表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TAX A-GO-GO! 〜国税局特殊強制徴収班〜  作者: 紘野 流
TAX File.02 責任追及責任税
5/7

(2)責任の在処


 開き直ったように、男性記者は左手の甲を差し出した。



「……じゃあ払えば、好きに言えるってことだな?」



 口元に薄く笑みを浮かべ、意地が悪そうに言う。


 ゴゴは表情を変えず淡々と、スマートフォンのカメラを男の甲にかざす。中に埋め込まれたICチップ型の国民カードをスキャン。電子音がピッと鳴り、画面に個人情報が表示される。



「この件についてはな。……えーと、名前は五十嵐(いがらし)耕二(こうじ)さんね。引き落としは翌月末だから、よろしく」


「……こっちもこの仕事で食ってる身だ。払うからには遠慮なく行かせてもらうぞ。で、いくら払うんだ?」



 新聞記者の五十嵐が挑戦的に言った。だがゴゴは動じない。



「それは、今から分かる」



 ゴゴは親指を立てて、肩越しに背後の会見席を指した。


 ビューティヴィーガの顧問弁護士・波多野(はたの)はすでに想定済みのようで、すぐに手元の資料を確認し、マイクに語る。



「えー、概算ではございますが、瀬戸山(せとやま)社長の今期の年収は八千五百万円。十年分の想定収入額は八億五千万円となります」


「……それがどうした?」



 五十嵐は金額の発表の意味を理解できず、眉をひそめる。


 イチゴが横から説明を加える。



「責任追及責任税の額は、追及した相手が責任を取ることで失う十年分の想定収入、その約三割となります」



 一拍置いて、五十嵐に告げる。



「したがって、瀬戸山社長が辞任された場合、五十嵐さんは約二億五千五百万円を納めていただくことに……」


「なんでだよ! ……じゃあ、社長が辞任しなかったら?」


「年収一年分の約三割で済みます。二千二百五十万円ほど納めていただければ」


「……!」



 五十嵐の顔から一瞬血の気が引くが、遅れて言葉にならない怒りが表情に浮かぶ。


 周囲の若手記者たちは、囁き合っている。



(まだそれ知らないオヤジ記者がいるんだな……)


(いつの時代の取材方法だよ……)



 そんな失笑を感じ取った五十嵐は耳まで赤くなり、羞恥と焦りで立ち上がって、声を荒げる。



「撤回だ、撤回! 今の発言は撤回する。謝罪もしよう。それなら無効だろ!?」



 ゴゴが露骨に大きな溜め息を吐く。



「はいはい、じゃあもう一回手を出して」



 再びスマートフォンを取り出して手をスキャンし、ピッと電子音が鳴る。


 五十嵐の表情に安堵が戻る。


 イチゴが横でタブレットを見ながら、告げた。



「責任追及責任税の取り消しですので、修正税がその二パーセントが発生しますね。四百五十万円ほど」



 五十嵐の顔色が変わる。



「おかしいだろ! 撤回しても金がかかるなんて」



 勢いのままイチゴにつかみ掛かろうとする五十嵐。


 ゴゴがその手首を力強く掴んで止めた。



「撤回はゼロに戻るんじゃねえ」



 淡い赤色のサングラスの奥から光る、ゴゴの眼光。



「こっちは手間も時間もかかるんだ。公務員の作業コストを安く見んなよ」



 その視線に圧されて、五十嵐はどさりと椅子に腰を落とした。呆然として言葉も出ない。


 ゴゴとイチゴは淡々と事務処理を終わらせると、何事もなかったように再び会場脇へと戻り、壁を背に並んで立つ。



「えー……、それでは会見を続けさせていただきますが……」



 弁護士の波多野がわずかに咳払いを挟み、マイクで進行を立て直す。


 五十嵐はなおも茫然自失のまま、椅子の背にもたれている。


 波多野の横で瀬戸山美織(せとやまみおり)は安堵の表情を見せる。ゴゴとイチゴへと視線を向け、穏やかな笑顔で小さく頭を下げた。


 それから記者会見は、滞りなく進んだ。




 会見が終了して、記者たちが続々と会場を出ていく。


 ゴゴとイチゴもロビーへ向かおうとすると、背後から声がした。



「待って……!」



 二人が振り返る。


 駆け寄ってきたのは、瀬戸山美織だった。興奮気味に顔を赤らめている。



「あの……。ありがとうございました。私、何を問われるのか不安で……、正直、心細かったんです」



 はにかむように礼を述べる瀬戸山。


 ロビー奥の来客用ソファーには、五十嵐記者が腰を下ろして鬼のような形相でこちらを睨んでいる。気づいているのはイチゴだけのようで、小さく苦笑した。


 ゴゴは平然とした表情で返す。



「別に御社を助けようとしたわけではありません。たまたま巡回していただけです」


(巡回って言っちゃってる)



 イチゴは内心でツッコミを入れる。先ほどは護摩堂(ごまどう)に「巡回」と言われて否定していたのに。


 瀬戸山美織はなお深く頭を下げると、撤収作業が始まった会見場へと戻っていった。


 それを見計らったように、離れたソファから五十嵐が立ち上がり、靴音を強く鳴らしながら一直線に歩み寄ってくる。



「さっきはよくも、邪魔してくれたな……!」



 鼻息荒く近づく五十嵐。


 ゴゴは気づいてはいたが、視線すら動かさず小さく溜息を吐いている。


 その無関心さがさらに神経を逆撫でしたのか、五十嵐は胸を張ったままゴゴへ突進していく。


 ペンを持つ右手、手帳を持つ左手を左右に広げているのは、手を出していないというアピールであろう。



「ちょっと……」



 ゴゴが突き飛ばされないように、イチゴが割って入ろうとしたその時。


 ジャキジャキッ……!


 ゴゴは特殊警棒を素早く引き伸ばす。


 そしてその棒身を突進してきた五十嵐の首にピタリと当てた。五十嵐は目を見開き、衝突寸前で急停止する。


 まるで刀の刃を押し付けられたような緊迫感の中、五十嵐は眉をひくつかせながら虚勢を張って言う。



「おいおい……。無抵抗な記者に暴力か?」


「今すぐ離れろ。公務執行妨害になるぜ」



 淡い赤いサングラス越しに、ゴゴの視線が向けられる。


 五十嵐は鼻で笑う。



「この通り、手は出してないぞ」


「警棒を抜かせただけでも十分だ。このままだと公務執行妨害予防税のカウントが始まってしまうが、いいか?」


「……!」



 「税」という単語に過剰に反応して、五十嵐の足は反射的に一歩下がる。


 その無意識な動きに気づき、五十嵐はさらに苛立つ。



「ふ、ふざけんな……!」



 あまりの声の大きさに、イチゴは思わず目を閉じてしまう。



「てめえら国税の特殊徴税は、誰もがむかついてんだよ。よくもそんな非情なことが平気でできるもんだな。おまえらの悪行、記事に書いてやろうか?」



 五十嵐は手元の手帳をペンでパンパンと叩きながら、大声を上げる。


 ゴゴは特殊警棒を小さく収めながら、五十嵐を見据えて言う。



「書けよ」


「あ? いいんだな? 政府の犬が」


「読者に向けて、しっかり書きな。特殊徴税新法は、あんたたち国民が選んだ政治家どもによって作られた制度だってな」


「……!」


「オレたちは政府の犬じゃねえ。国民の犬なんだ」



 ゴゴは一歩距離を詰め、真正面から五十嵐へ視線をぶつけた。



「飼い主がまともなら、余計な徴収なんて要らねえし、こんな制度も生まれねえんだよ」



 淡い赤のサングラス越しでも、ゴゴの視線の気迫は十分であった。その圧に、五十嵐はたじろぐ。額には冷や汗が滲む。


 ゴゴの言葉はさらに続く。



「マスコミは権力を監視するんだろ? なら、有権者が作り上げた権力の有り様を、しっかり有権者に伝えてくれ。特殊徴税の仕組みも、今の財政難も全部、有権者の選択の積み重ねが生んだもの。他人の責任を問うより、自分の責任を自覚してもらいたいね」


「ぶ、侮辱だ……! 有権者を馬鹿にしてる」


「どう受け取ろうが勝手だが」



 ゴゴは視線を外し、スマートフォンで次の予定を確認しながら話す。



「ただ、責任追及責任税が加算されないように気をつけな。余計な徴収は、こっちもいちいち面倒なんだ」



 ゴゴは言い放ち、用事は済んだとばかりにエントランスへと歩みを進めた。


 イチゴが焦った表情を見せながら、五十嵐に伝える。



「えっと……。さっきの話は、あの人個人の見解でして……」



 まるで自分が代表者として取材を受けているような感覚になっているのか、照れながら会見口調で話す。



「えー、特殊徴収課としましてはー、引き続き粛々と業務を遂行していく所存でしてー……」



 うまくまとめられたのかどうなのかよく分からないまま、イチゴはそこで言葉を打ち切ると恥ずかしそうに一礼をし、ゴゴの背を追った。



「……」



 五十嵐は呆然として立ち尽くしたまま、二人の姿を見つめていた。




(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ