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TAX A-GO-GO! 〜国税局特殊強制徴収班〜  作者: 紘野 流
TAX File.02 責任追及責任税
4/7

(1)記者会見


「ローレルパレスホテルに十時からだったよな」


「はい。十五分前には到着しておきたいですね」



 ゴゴことA-0055、イチゴことE-0015。


 濃紺の制服に身を包んだ二人は、国税局庁舎の長い廊下を並んで歩いている。左側には各部屋へのドアが並び、右側はガラス張りで朝の陽光に照らされた街の様子が見える。


 前方から、一人の長身の男が足早に歩いてくる。


 銀縁眼鏡の奥の視線は手元の資料を追っている。皺も乱れもないネイビースーツ、丁寧に七三に撫で付けられた黒髪、足元には丹念に磨き上げられた革靴。


 査察調査部査察課に所属する査察官、護摩堂(ごまどう)研介(けんすけ)。ゴゴと同年代で、庁内でも融通の利かない堅物として知られている男である。


 正面から歩いて来るゴゴに気づき、顔を上げて軽く口端を上げる。



「今から市井の巡回か? 特殊強制徴収官(トクチョー)は暇そうだな」



 護摩堂は手にした資料の端でゴゴを指し示して、嫌味を放った。



「巡回と言うな。お巡りさんじゃねえんだ。オレたちの仕事が無駄だと思うなら、いっそ財務大臣にでもなってこの制度を変えてくれ」



 歩調を緩めず、ゴゴも正面から言い返す。軽口の応酬は二人にとってはいつものことである。


 イチゴは護摩堂の生真面目な雰囲気に萎縮してか、道を譲るように廊下の端に身を寄せる。



「例の記者会見に行くのさ」


「……!」



 すれ違いざまにゴゴが告げると、護摩堂の足がピタリと止まる。



「ビューティーヴィーガ、瀬戸山(せとやま)社長の会見です」



 イチゴが横で恐縮しながら補足する。


 護摩堂の表情には一瞬別の色が差し、何か言いかけたが、それを飲み込んで軽口に変える。



「そうか。俺も覗きたいところだが、俺たち査察課はおまえら特徴課と違って、猫の手も借りたいぐらい忙しいんだ」



 鼻で笑って歩き出そうとするその背に、ゴゴが呼びかける。



「おい、護摩堂」


「なんだ」



 護摩堂は振り返る。


 ゴゴは赤いサングラスの奥から目を光らせ、先ほどまでの軽さが消えた真剣な表情で伝える。



「査察課と特徴課は敵じゃねえ。同じ国税局の仲間なんだ。猫の手はもちろん、必要な時はいつでもオレたちを使え」



 ゴゴはそう言うと片手で軽く上げて見せ、背を向けて進み始めた。イチゴが慌ててその後を追う。



「……」



 護摩堂は無言で、遠ざかっていく二人の背中を見つめた。




 一等地に建つ名門シティホテル、ローレルパレス。


 その宴会場のひとつはこの日、臨時の記者会見会場へと姿を変えていた。


 百人は収容できる広さ。高い天井にはシャンデリアを思わせる大型照明が吊られ、厚い絨毯が敷かれた空間へ均一な白い光を落としている。


 純白のテーブルクロスが掛けられた二人掛けのテーブルがスクール型に何列も整然と並べられ、新聞社、通信社、テレビ局などマスコミの記者たちが座って待っている。


 後方には三脚に支えられたテレビカメラが数台並び、前方に設けられた会見席にレンズが向けられている。会見席の長机には四脚の椅子が横一列に置かれ、マイクが並べられているが、まだ会見者の姿はない。


 ゴゴとイチゴは入口から入り、記者席の横側に壁を背に並んで立つ。二人とも濃紺の制服姿のため、ホテルの警備員と思われているようで、誰も二人を気にする様子はない。



 十時を回ると、前方脇の扉が開いた。


 スーツに身を包んだ四人の男女が入ってきた。入室した瞬間から一斉に無数のフラッシュが浴びせられ、会見席へ歩み寄ってもまだ光のシャワーは続いた。


 先頭にいた純白のパンツスーツを纏う女性が、中央右側、最もマイクが集められた席の前で立ち止まる。


<株式会社ビューティヴィーガ 代表取締役社長 瀬戸山美織>


と書かれた紙が、卓前に貼られている。



 ビューティヴィーガはこの地域を代表する美容関連企業として知られている。市内に三件の美容クリニックを展開しているが、三年前から健康食品の通販を開始して急成長。瀬戸山社長が美容系インフルエンサーとしてSNSで注目を集めたことで、その知名度は全国区へと押し上げられている。


 瀬戸山美織(みおり)は四十代とは思えぬ端正な美貌の持ち主だった。その美貌には女性たちの羨望の目が集まり、百万人に迫るフォロワーを抱えるSNSでは、その洗練された私生活や美容法が日々発信され続けている。


 この日は謝罪会見という場に合わせ、普段の華やかなSNS投稿に比べると極めて落ち着いた雰囲気の服装であるが、それでも美女特有のオーラがあった。濃茶色のセミロングの美しい髪が背に柔らかく流れ、自然に記者たちの目が集まる。


 瀬戸山社長の左隣りには、同世代と思われる黒いボブカットの女性。ダークグレイのジャケットスーツを着ている。


 さらにその隣りには、ネイビースーツの四十代後半の男性が続く。



<株式会社ビューティヴィーガ 取締役副社長 宇佐美亮子>


<株式会社ビューティヴィーガ 情報管理部長 小野田将>



と。前方の紙で確認できる。


 そして瀬戸山社長の右隣りには、五十代後半と思われる恰幅の良い男性。ブラックスーツに群青のネクタイ。とても落ち着いた雰囲気である。



<顧問弁護士 波多野慶彦>



と紙には書かれてある。


 四人は横一列並び、申し合わせたように頭を下げる。 


 その姿に無数のフラッシュが浴びせられる。


 謝罪会見の記事において最も象徴的な場面であることを理解しているからか、社長たちは意識して長めに頭を下げている。


 この会見は、同社が保有する顧客情報の漏洩について説明するために開かれたものであった。



「……第三者による不正アクセスにより、三万件を超える個人情報が流出した可能性があり、またクレジットカード情報についても一部……」



 顧問弁護士の波多野が、抑えた口調でマイクに向かって概要を説明をする。



「……調査致しましたところ、データサーバ内のアプリケーションの脆弱性を突かれた形跡が確認され、現時点では顧客データの流出の可能性を完全には否定できず……」



 技術的な部分については、情報管理部長の小野田が資料を見ながら慎重に言葉を継いだ。


 その間、社長の瀬戸山はぎゅっと口を結び、青ざめた顔色で申し訳なさそうに視線を落としている。会場の記者たちの意識は、やはり説明役の二人よりも、中央に座る有名人の彼女に向いているようだ。


 質疑応答の時間に移ると、記者たちの質問が飛んだ。



「瀬戸山社長、ネットワークアクセス管理は日頃どのように行われていたのでしょうか」


「社長、第三者ではなく社員や開発会社などの関与の可能性はないんですか」



 記者たちは次から次に、瀬戸山美織に質問をぶつけていく。



「瀬戸山社長に質問が集中してますね……」



 イチゴは記者会見を見つめながら、右隣りに立つゴゴに耳打ちする。



「ああ。記事にするにはあの社長本人の言葉が一番欲しいだろうからな」



 ゴゴは冷ややかな目で会見席を見据えたまま、イチゴに返した。


 問いを浴びるたび、瀬戸山美織は必死に返答しながらも、専門的な内容に差し掛かると言葉に詰まり、ますます肩身を狭くしていく。



「……」


「えー、その点については私から補足いたします」 



 間が生じるたび、小野田部長や弁護士の波多野がすぐにマイクを引き寄せて説明を引き継いでいく。


 続く質問は、さらに踏み込んだものだった。



「クレジットカード情報へのアクセスは、社員側でも可能だったのではありませんか。長期間をかけて内部で解読していたという可能性はないですか」



 その問いに小野田部長は眉を上げ、反射的に強い口調で言い返す。



「そのデータベースには英数字十三桁のパスワードを設定してあり、そう簡単に解読はできるものではありません」



 言い終えた直後。記者席の空気が一気に変わる。小さなざわめきが波のように広がっていく。



「え、な、なに……?」



 その変化を肌で感じたイチゴが、戸惑いの声を漏らす。


 ゴゴは冷静な声で答えた。



「あの部長、桁数を言っちまった。ああいう失言を連中は待ってたのさ」



 記者たちはその一言の重みをすぐに掬い上げ、妙な正義感で攻撃のような質問を浴びせていく。


 小野田自身はまだ何が起きたのか理解できていないようで、ざわつき始めた記者席を見渡しながら落ち着きを失っている。


 前から二列目に座る、口髭を蓄えた白髪混じりの五十代後半の男性記者がここぞとばかりに手を上げた。


 地方紙のベテラン記者のようで風格があり、威圧的に言葉を放った。



「瀬戸山社長。このまま悪徳業者にデータが渡り不正利用されたら、社長はどのように責任を取るおつもりですか? 社長を退任されることもお考えですか?」


「……!」



 その問いが発せられた途端、すぐに反応したのは弁護士の波多野である。机上に置いていたICレコーダーに視線を落とし、録音が続いていることを確認する。


 前列の若い記者二人も、息を呑んでいる。ベテラン記者の質問が持つ意味をよく理解しているようだ。



「はい、ちょっと失礼」



 会場の端から大きな声が上がり、記者たちはざわめきながら一斉に視線を移す。


 ゴゴが迷いなく、記者席の前を一直線に横切っていく。


 そのベテラン記者の前で立ち止まると、赤いサングラス越しに見下ろす。


 偉そうにふんぞり帰っていた白髪混じりの記者は、眉をひそめる。



(……警備員か?)



 記者が思っていると、ゴゴは身分証明証を開いて見せた。



「国税局特殊強制徴収官 A-0055だ。白熱した会見の途中で申しわけないが、特殊徴税を執行させてもらう」


「は……?」


「ほら、国民カード出して」



 男性記者はいきなりの通達に腹を立てる。



「こんな時に、トクチョーが何の用だ」



 反射的に、ゴゴの後ろについてきた若い女性のイチゴに対して威嚇するように言った。


 イチゴはおずおずと自分の身分証明書を出し、説明を加えた。



「責任追及責任税の徴税ですねー」


「せ……責任追及……責任税?」


「雇用関係にない第三者が、他者に責任を追及した場合、その責任追及行為によって生じるあなたの責任に対して課税されるんですが」


「……!」



 イチゴの説明に、記者は理解が追いつかず混乱している。


 ゴゴが大きく溜め息を吐いて言った。



「なんだ、あんたベテラン記者のようだが、知らねえのかよ。余所者が軽々しく他人の責任に口を挟む時代じゃねえってことだ。正義を振りかざして他人の責任を問うなら、金払ってやれ」




(つづく) 

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