(3)騒音騒動
「報奨金、いくらもらえるんだ?」
野見山は唇の端を歪め、歯を覗かせながらゴゴに訊く。
ゴゴもまた微笑を見せる。期待させるかのように。
「野見山さんに通報いただいた楠ノ宮公園の男性のエレキギターの音量税、先ほど徴収できまして」
「お、それで?」
「徴収総額は、3,675円です」
「……あ? 三千……」
野見山の動きが一瞬止まる。思っていた金額と全く違う、と物語るように野見山の眉が寄る。
ゴゴはさらに続ける。
「ええ。ちなみにこれは、通報の件の後で発生したアンプ音の追加徴税も含めてて、野見山さんの通報分のみですと、正確には345円。仮に一割の報奨金が確定すれば、野見山さんの取り分はおよそ35円ほどですかね。おめでとうございます」
「おい……」
「なお、振り込みは5,000円からとなってますので、35円はそれまでプールですね」
「少なすぎるだろ! 住民の静寂を害するロックの音だぞ!?」
想定外の少なさに驚いて怒りを見せる野見山。
一応、横の女性局員イチゴの顔を見ると、イチゴも申し訳なさそうな顔をしながらも「そうなんです」と金額の確定を首をすくめて知らせている。
「このぉ……!」
逆上した野見山の手が伸びた。反射的に、弱そうなほうであるイチゴを狙っている。
その瞬間。ゴゴはその手を強く払いのけ、野々山の肩をドンと強く突き押した。
「うぉっ……?」
野見山は玄関でよろけ、壁に手をついてかろうじて踏みとどまった。
ゴゴは土足のままズカズカと室内に入っていく。
野々山は慌ててゴゴに怒鳴る。
「お、おい……! 令状もなしに……」
「すみません、特殊強制徴収官には令状なしの強制捜査権がありまして……。お邪魔します」
イチゴは恐縮してぺこりと頭を下げると、丁寧に靴を脱いで玄関に揃えて、ゴゴの後を追って部屋に入る。
ゴゴは最奥の六畳間の窓を勢いよく開け放つ。
明るい夕空の下、楠ノ宮中学校の校庭が広がっており、先ほどの楠ノ宮公園も左に少し離れた場所に見える。ゴゴは目を細めてその公園を見ると、予想通りという表情を見せて、タブレットを取り出し起動する。
「おまえら、勝手に……」
怒りに震えている野見山。ゴゴは冷たく言い放つ。
「野見山春雄……。楠ノ宮公園で若い革ジャンの男がエレキギターをかき鳴らす音で、安静にくつろげないと、この自宅から通報。間違いない?」
いつしか敬語が消えて、タメ口になっている。
「……ああ。昼寝もできなくてよ」
「ここからは聴こえないだろう」
「あ? エレキギターだぞ!?」
野見山は苛立っている。イチゴが恐縮して補足する。
「あのー……。その革ジャン男性、アンプを使用せず弦だけの演奏でして。ここまで聴こえるとは考えにくく……」
「そ、そんなわけあるか! あんたらが来たから音を切ったんだけだろ」
怒号でごまかしているが、野見山の視線は泳いでいる。ゴゴはタブレットを触りながら、淡々と告げる。
「昼寝もできないほどの音だった、と。 しかし当該時間、このアパートはもちろん、この周囲の住民からも、エレキギターの騒音の通報は無し」
「い、いや……、その時はホラ、いつものようにそこの中学校の吹奏楽のうるさい音も混ざってたし……」
「通報時間は十四時十八分。楠ノ宮中学校は六限目の授業中だな。この時間は音楽の授業もなく、呑気に部活をしている生徒も当然いない」
「……っ!」
ゴゴの説明に、野見山の言葉が詰まる。
「エレキギターを弾いている男が見えたので、聴こえた気になって事実と違う通報ということか。虚偽通報はかなりの重罪と重税だが」
「きょ、虚偽じゃねえ……!」
「まあ確かに、幻聴が聴こえてたってこともある。速やかに精神科もしくは心療内科を受診して、診断書を国税局に提出することを奨める」
ゴゴの冷淡な説明に、イチゴも事務的にウンウン頷きながら自分のスマホをいじって何やら手続きをしている。野見山は立つ瀬もなく立ち尽くす。
野見山は何かを思い出して、はっと顔を上げる。いきなり身を乗り出して主張する。
「じゃ、じゃあ、そこの中学校の吹奏楽部の騒音の通報はどうだ」
先ほどから鳴っているブラスの音を、野見山は指で指し示す。
「ほら、この音! これは他の住民だって通報してる事実だし、あんたらも分かるだろ。毎日毎日パッパパパッパパ、トランペットやらサックスやら金管楽器がうるさくてたまんねえ。そのたびに通報してるんだ。これは文句なく報奨金案件だろ」
反論材料を見つけた喜びなのか、野見山は口角泡飛ばす勢いで、大声量で叫ぶ。
だがゴゴは長いため息をつく。野見山の反論はただの雑音だと言わんばかりに、吹奏楽の曲を聴きながらタブレットをいじる。
イチゴが一歩前に出て、恐縮して野見山に説明する。
「えーと……。中学校の吹奏楽部の出す音は『騒音』ではない、と法律に定められておりまして……」
「あ、バカな? この音量だぞ!?」
野見山は知らなかったようで、大声で聞き返す。
イチゴの説明は続く。
「小中学校の部活動の音やプール授業の声などの屋外活動の音、それに保育園の園外活動や運動会の音などは……、少子化の今、未来の経済を支える人材を育む必要音量と見なされて、騒音扱いにはならないんです」
「はぁ……?」
「確かに野見山様の他にも吹奏楽の通報者はこの地域に複数いらっしゃったようですが、今もう一人の同僚が楠ノ宮中学校に行ってまして……。吹奏楽部は愛好会やサークルではなく、正式な部活動であると確認済みだそうです」
「……」
「野見山様は他にも保育園のバザーや小学校の遠足の音なども通報をいただいておりましたが、法で定められている以上、通報自体が無効でして、報奨金の発生はなく……」
「なんだと……」
「あと、サックスは木製のリードを使うので、金管楽器ではなく木管楽器です」
「くっ……!!」
野見山の顔が屈辱で紅潮していき、額に血管が浮かぶ。最後のイチゴの一言は余計だったようで、ゴゴはつい噴き出している。
唇を強く噛んでいる野見山に、ようやくゴゴは目を向けて言う。
「報奨金目的の通報、大いにけっこう。良い世の中を作るための国民のご協力には、心から感謝する。これからも、特殊新税の課税対象を発見したら遠慮なく通報いただきたい」
「お、おぅ……」
思わぬゴゴの感謝の言葉に、野見山はホッとしたような表情で、よく分からない強がりな言葉が口から出る。
その時、ゴゴの視線が横へ流れた。
机の上にはパソコンとデュアルモニター、マイクにウェブカメラが設置されてある。
興味深そうに顔を近づけるゴゴ。
「ふーん。ここで配信しているのか」
「……!」
野見山は焦る。どうやらとても大事な機材のようだ。
「動画配信サイトで報奨金獲得を煽ってる『フリーMT』……。あのオッサンライバーの発信基地というわけか」
ゴゴがイチゴにタブレットを差し出した。動画配信サイトが表示されている。『フリーMT』と名乗る仮面姿の男。
<今すぐ国税局に通報アタック!報奨金をガッポリ貰おう!>
派手な赤文字のサムネイルをタップすると、仮面男はやたら狂気的に熱弁をしている。生配信のアーカイブ動画だが、再生数は4,500回、チャンネル登録者数は812人のようと表示されている。
イチゴはリアクションに困った顔をするも、ふと気づく。
「あ、フリーMT ……。フリーは自由じゃなくて、英語で蚤。MTはマウンテンで、ヤマってこと……」
由来を探り当てたが、結局リアクションに困っている。
顔が引きつっている野見山は、視線を泳がせる。
イチゴから返されたタブレットに、ゴゴは再び指を滑らせ、呆れたように言う。
「あんた、この随分と大声の生配信、夜中にやっているようだな。両隣の住人からも何度も深夜に通報が来てる」
「そ、そりゃあ、昼にあんな吹奏楽の音がしてたら、配信なんてできねえよ。夜にやるしかねえだろうが」
「まあ、隣人の通報だと民事不介入にあたる。オレたち国税局は関与しない」
「そ、そうだよな……」
特殊新税がないと知ると、野見山は明らかに安心した表情で息を吐いた。
「だがな、ノミーMTさんよ」
ゴゴが赤いサングラスを光らせながら、野見山を見て告げる。イチゴは横で「フリーMTさんですけどね」と、小声で訂正をつぶやいている。
「両隣の住人も、この下の家族も、あんたの配信の大声に耐えられず、みな一週間ほど前に他所へ引っ越している」
「あ、ああ。おかげで気兼ねなく配信できるがね」
開き直って勝ち誇った顔の野見山。
「よかったな。そして他所へ引っ越したその元隣人たちが、ここのところ深夜にこの下にやって来ては、あんたの大声を通報している」
「はっ。出ていって無関係になったってのに、アホな奴らだな」
野見山は小うるさい隣人がいなくなったことが天国のようで、彼らを敗北者のように嘲笑う。
ゴゴは告げる。
「そう。無関係なんだ。ということは、民事不介入の隣人通報ではなくなる」
いまいちピンと来ていない野見山に、ゴゴは説明を加える。
「音量税通報は成立しているってことだ」
「……は?」
「彼らはわざわざ転出先から連日やってきて通報を繰り返している。アーカイブもあるから声量の証拠も十分」
ゴゴはタブレットの画面を指で差しながら言う。
「彼らのここ数日の通報を合算すると、ざっと見積もって、45万円ぐらいの音量税の徴収となるな」
「……そんな馬鹿な!」
野見山は驚愕の声を上げる。当初の多額の報奨金の期待が、35円になり、さらには45万円の請求に反転したのだ。その落差の感情は大きい。
ゴゴはタブレットで野見山の情報を確認する。
「昨年に会社を定年退職。今年、妻と離婚して独り身。へえ……」
「……」
「定年で会社に行かなくなって、家で妻から騒音扱い。そして出ていかれた腹いせに、他人の騒音探しってとこか? まあ最近よくある話だが」
「……!」
図星のようで、唇を噛み目を血走らせている野見山に、ゴゴはタブレットの画面を向ける。
先ほどのフリーMTの報奨金狙いの動画。
<特殊新税の報奨金で大儲け!>
大きな赤文字の煽りサムネイル。札束を団扇のように持って仰いでいる、仮面姿の男の写真。
タップするとフリーMT、つまり仮面をつけた野見山が熱弁する映像。
『俺はこの報奨金で儲かって豪遊できているんだよ! 特殊新税なんかに金を払うより、逆に利用して報奨金で儲けよう! そのノウハウはゴールド会員のメンバーシップで公開中だ!!』
画面の中のフリーMTはやたら煽っている。
狭いこの部屋にはグリーンバックの幕が張られているが、画面上では豪邸の応接室のようなシャレた空間が背景に広がっている。
「このフリーMTさん、報奨金で儲かって豪遊できてると言ってるが。どれだけ報奨金をせしめたの?」
ゴゴが嘲笑気味に訊く。何十年前から続く情報商材商法の類だ。
野見山は何を言っても特殊新税が加算されそうで、迂闊に語れず、言葉を選びながらつぶやく。
「いや……、もらったことは……ない。……だから、悪用にはなってないよな!」
途中からいきなり開き直る野見山。
だが、横のイチゴが申しわけなさそうに説明する。
「あのー。特殊新税には誇大税というのもありまして、事実とは異なることをさも事実のように誇張して発信すると、税金かかっちゃいます」
「……う、うわあああああ!」
突然発狂する野見山。
「ふざけんなおまえら!!!!何なんだよ!!!!何やっても税金税金って!!!!」
野見山の怒りが爆発し、腹の底から大声で咆哮した。
怒りは止まらず、罵詈雑言が繰り返される。イチゴは両手を両耳に当てて鼓膜を保護している。
野見山は枕を壁に投げたり、椅子を蹴ったりして怒りを見せてながら、大音量の罵声をがなり続けた。
ゴゴは涼しげな顔で一息吐くと窓に歩み寄り、三階から見下ろす。
地上には十人ほどの人間の姿。この部屋にスマホを向けて写真を撮ったり録音をしたりしている。
ゴゴのタブレットから、ピコン、ピコン、ピコン、と電子音が立て続けに鳴る。
音が鳴るたび、タブレットの画面には次々と新着通知が表示される。
「音量税通報アリ」
「音量税通報アリ」
「音量税通報アリ」
野見山は我を忘れて、まだ大声で怒鳴っている。どんどん重税が積み上がることにも気づかず。
吠える野見山にも、耳を押さえるイチゴにも、誰にも聞かれることなく、ゴゴは苦笑しながら窓の外を見てつぶやく。
「声が大きい奴が勝つという時代は、とっくに終わってんのにな」
視線の先の通報者たちは、一切の声を出さずに黙々とスマホを見つめて通報していた。
<TAX File.01 音量税 了>




