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TAX A-GO-GO! 〜国税局特殊強制徴収班〜  作者: 紘野 流
TAX File.01 音量税
2/7

(2)夢への音


 トクチョー。


 それが彼ら、()()()()()()()の通り名である。



 従来、税金の対象は大きく分けて三つあった。所得への課税、消費への課税、資産への課税である。


 だが、財政難に陥ったこの国は数年前、もう一つの課税対象を作り出した。


 「行動」である。


 国の発展を阻害する行動、社会に余計なコストを発生させる行為と見なされたものに「特殊新税」を課する「特殊徴税新法」が制定され、新たな財源として期待された。


 国税庁徴収部には、従来の徴収課とは異なる「特殊徴収課」が新設され、各地の国税局には「特殊強制徴収班」が配備された。


 そこに所属する特殊強制徴収官たちは、街に出ては人々の行動を一挙手一投足監視し、特殊新税を徴収していく。彼らにはその徴収にあたりとてつもない強制力が与えられている。


 そんなる彼らトクチョーは、国民にとっては憎悪と恐怖の存在となっている。




 「国税局」の文字が書かれた、パトカーに似た白黒カラーに赤ラインの高級車が、街中を走る。


 助手席には制帽を脱いで膝に置いている男。特殊強制徴収官A-0055。通称ゴゴ。


 運転席にはゴゴと同年代だが、制帽をきちんと被り、背筋を伸ばして座る、目の細い優しそうな男性同僚。特殊強制徴収官C-0046。通称シロ。


 全面のカーナビの画面からピコーンと軽やかな音が鳴る。空中にホログラムとして画面は拡大し、笑顔の女性同僚が映し出される。


 音に気づいて、後部座席の若い女性が前の両席の間から顔を出して画面を確認する。特殊強制徴収官E-0015。通称イチゴ。



「ゴゴさん、どちらに向かってますか?」



 画面の中の女性がにこやかに確認する。特殊強制徴収班職員B-0039、通称ミクである。



楠ノ宮(くすのみや)中学校方面だ」



 短く業務的に応えるゴゴ。



「例の騒音通報ですね。諸々、各デバイスに情報を伝送しておきました」



 ミクはキーボードをカチャカチャと軽快に操作しながら、柔らかく微笑む。



「了解」



 車内の三人が応答すると、ホログラムはミクの笑顔のまま、シュンッと消えた。カーナビの画面には再びルートマップ。



 車のタイヤがキッと音を立てて停止する。


 小さな児童公園横の細い公道。門柱のプレートには「楠ノ宮公園」と描かれてある。


 いくつかの遊具しかない寂れた公園。端のベンチに座って、革ジャン姿の若い男がエレキギターを右手のピックでシャンシャンとかき鳴らしている。他に人はいない。


 近づいてきた足音に気づいた、若者が顔を上げる。


 ゴゴとイチゴが立っていた。ゴゴの背後には、国税局と書かれた特殊ドローンがぷかぷかと宙に浮いている。


 身分証明の手帳を提示する二人。イチゴが名乗る。



「国税局の特殊強制調査官、E-0015です」


「え、トクチョー……!? 俺、なんか金取られちゃうんですか」



 若者はトクチョーの存在を知っているようで、焦っている。ゴゴは若者の対応をイチゴに任せ、付近をキョロキョロと見回している。


 イチゴは申し訳なさそうな顔で、丁寧に若者に説明をする。



「えーと……。この付近の住民の方から通報がありまして……。公園で若者がギターを鳴らしていて、音量税の課税対象じゃないかと」


「そんな! このエレキ、ミニアンプは付いてますけど、アンプは外では常に切ってるんですよ。新税が怖くて、仕方なく弦だけで練習してるのに」



 若者はジャラリと六弦を鳴らすと、小さな弦の金属音しか鳴っていない。音量はゼロであることをアピールするように、何度も鳴らす。騒音と呼ぶには、明らかに無理がある。


 若者の猛抗議に、イチゴは苦笑する。



「ですよねー……」


「この弦だけの音が騒音って言うなら、今聞こえてるブラスバンドの音のほうがよっぽど騒音じゃないっスか」



 確かに、楠ノ宮中学校が近くにあるために、吹奏楽の演奏がここにも聞こえている。



「はは……。ですよねー」



 イチゴが同調して苦笑を見せる後ろで、ゴゴはタブレットを取り出して操作を始めながら、切り出した。



「345円だな」


「……え?」



 若者が目を見開いて聞き返す。ゴゴは陽に光る赤いレンズのサングラスを指で押し上げて答える。



「音量税。アンプをつけないエレキギターの演奏の場合は345円だ」


「なんで金取られるの!? 」


「法律でそう決まってるからな。楽器ごと、状況ごとに細かく定められているんだ」


「おかしいだろ! 俺はロックミュージシャン目指してんのに、公共の公園でまともに音も出せねえ。こんなチンケな音量でも金取るなんて、法律は若者の夢を潰すためのものかよ」



 若者がギターのネックを強く握りしめて抗議する。どうも演奏の練習は真剣にやっているらしい。


 イチゴが気まずそうに頭を掻いている横で、ゴゴは面倒そうに答える。



「おまえ、345円は周囲への迷惑料だと思ってないか?」


「違うのかよ」


「意義の値段だ。おまえは夢だと語っているが、周囲に遠慮して練習しているその小さな音は、たかだか345円の値打ちしかない夢ってことだよ」


「なんでそうなるんだよ!」


「本気の夢なら、ちゃんと金を払ってスタジオでも借りて、マルチエフェクターでも使って、きちんとした環境でやれよ。そのための金こそが、夢への投資だろ。ケチるな」



 ゴゴは横のイチゴにタブレットを無造作に預けると、不意に若者の持つエレキギターを取り上げる。



「ちょっ……」



 若者が手を伸ばすのも気にせず、ボリュームのツマミをグルッと回す。


 すると、空気を裂くような大きな音。ゴゴが猛スピードのギターソロを弾き始めた。



「ええええ!?」



 上手いプロ並みのゴゴの速弾きテクニックの迫力に、若者は唖然として聴き入っている。イチゴは青ざめて周囲をキョロキョロと見回す。


 壮絶テクを目にして口をパクパクさせている若者に、ゴゴはエレキギターを投げて返す。若者は慌てて抱えるようにキャッチする。



「あ、あんた……、すげえな……」



 若者は憧れの眼差し。だが、ゴゴは無表情で踵を返す。


 イチゴが、言いにくそうに報告する。



「あのぉ……。今のはアンプを通してのエレキの音ですので、1分14秒の演奏時間ですと、だいたい3,300円ほどの徴税が発生してしまいますが……」



 歩き始めたゴゴは、肩越しに告げる。



「そいつの345円につけとけ」


「なんでだよ! あんたが弾いたのに」



 若者が即刻ツッコミを入れた。ゴゴは言い放つ。



「徴税に生じたコストだ。それに」


「……」


「おまえの夢の実現への投資のために、それだけの価値のものは見せたと思うぜ」



 ゴゴは公園の出入り口へと歩いていく。若者はまるで英雄でも見送るかのように、惚れ惚れとした表情でゴゴを見送る。


 イチゴは頭をかきながら、首をすくめて心の中でつぶやく。



(いや、めちゃくちゃ……)




 若いギタリストの徴税を終えたイチゴが、先に公園を出たゴゴに追いつこうと小走りで駆ける。ゴゴは特殊ドローンの底面の手すりに片手でぶら下がり、地上から一メートルほど宙に浮いて移動していた。



「ちょっとゴゴ先輩! ドローン使うと納税者に余計な使用税が追加されちゃうんだから、無駄にドローン使わないでくださいよ」



 イチゴの小言を無視して、ゴゴは周囲を見渡しながら片手懸垂をしている。監視と鍛錬を同時にやっているらしい。


 イチゴは、ゴゴの進行方向が気になって訊く。



「あれ、中学校に行くんじゃないんですか」


「中学校へはシロが先に車で行ってくれてる。オレたちは徒歩で楠ノ宮コーポだ」


「通報者のところですね」



 イチゴの返答に、ゴゴが静かにうなずく。



「ゴゴ先輩は徒歩じゃないですけどね」



 イチゴはボソッと皮肉をつぶやいた。 



 楠ノ宮中学校のすぐ近く。高級住宅街の中に、古びた三階建てのアパートがある。外壁は少し色褪せ、「楠ノ宮コーポ」と銘板に書かれてある。


 エレベーターはなく、錆びた外階段をカンカンと靴音を響かせながら登るのは、イチゴ一人。ゴゴはドローンに捕まって宙を上昇している。



 「ちょっと! ズルい」



 イチゴは焦って階段を駆け上がる。


 三階の中央寄り、三〇三号室。表札には「野見山」とある。


 イチゴが恐る恐るインターホンを押す。 


 その間も、ゴゴは街の風景を見回している。近くの中学校の吹奏楽部の曲が聴こえ、それに合わせて軽く鼻歌を歌っている。


 イチゴは黙って待つ。名乗れば確実に中には聴こえるような薄い木製のドアだが、名乗らない。



(国税局と名乗っちゃうと、税金の取り立てだと思われたり、周囲の家に誤解を与えたりするからなあ……)



 全く反応がなく、イチゴは引き返そうとする。


 だが、ゴゴがいきなり前に出て、木の扉をどんどんと激しくノックし始めた。



「ちょ、ちょっと、ゴゴ先輩……」


「どうもー。例の報奨金の件で伺いましたー」



 焦って袖を引くイチゴに構わず、ゴゴはわざとらしく大きめの声量で言い放つ。


 すると、ガチャリと鍵の開く音。ノブが回り、ドアが少し開く。


 六十代後半と思われる男が顔を覗かせる。よれたポロシャツ、伸びかけた無精ひげ、整えていない髪。眉を寄せ、機嫌が悪そうだ。



「うるせえな。騒音の通報の件か?」



 疑うような視線を見せる男性に、ゴゴは身分証明証を見せる。慌ててイチゴも後に続く。


 ゴゴは柔らかな笑みを見せ、今度は小声で話した。



野見山(のみやま)さんですね」


「そうだが」


「どうも。国税局の特殊強制徴収官(トクチョー)です。通報のご協力、感謝しますよ」


「報奨金の件と言ったな。まだ報奨金は振り込まれんのか。一つも来てないが」



 野見山はいかつい顔で訊く。報奨金の件と聞いただけでいきなりドアを開けたのは、報奨金目的の通報者だからだ。


 イチゴが説明を加えようと進み出るが、ゴゴはそれを手で制して、自分から話し始める。



「課税確定までは多少の確認も必要でしてね。今回もちょっと、野見山さんにいくつか確認を取ってからでないと」


「しょうがねえな。さっさと済ましてくれよ」



 野見山は面倒そうに言うが、その過程の先に金への期待があることが、表情から読み取れる。


 ゴゴはタブレットを取り出すと、目を落として操作をしながら話す。



「いろいろと通報していただき、助かります。手短にいきましょう。まず、先ほどご通報いただいた、楠ノ宮公園のギターの騒音の件なんですが、こちらは徴税が確定してまして」


「おっ、ホントか?」



 野見山は目の色が変わって、口角も上がった。


 扉を大きく開けて身を乗り出してきた野見山をチラリと見て、ゴゴはニヤリと笑みを返した。




(つづく)

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