(1)特殊強制徴収官
二十年ほど先の近未来。
高層ビルが立ち並ぶ、昼下がりの都会の中心部。
片側二車線の公道を走る車の行列の中に、大きなコンテナトラック型の広告宣伝車がある。
側面いっぱいに、札束を持ったキャバクラ嬢たちの写真がラッピングされており、キラキラと輝かしい。
『稼ぎタイタイ、稼げるゲルゲル、
稼げるガールズ、カセガール~♪』
カセガールという風俗求人サイトの宣伝車で、合いの手のようなBGMを車体上部のスピーカーから繰り返し鳴らし続けている。
運転席ではバンダナを頭に巻く無精髭の三十代の男が呑気に鼻歌を歌い、タバコを吸いながらハンドルを握っている。
開いた窓から、指に挟んだタバコの先の灰をトントンと外に落とす。
「ん? パトカーか?」
バックミラーを見ると、黒と白の上下ツートンカラーの車両が後方に近づいているのが見える。特に条例違反はしていないので気にはしない。
だが、あることに気づいてバックミラーを二度見する。
「やべっ! あの赤ライン、トクチョーだ!」
運転手は慌ててスピーカーの音を切り、窓を閉め、ハンドルを握り直してアクセルを踏み込む。黄色信号に変わった交差点を無理やり左折。車体が大きく揺れる。
後方から近づいてきた車は警察のパトカーではない。白黒の間に赤いラインが入り、ドアに大きく「国税局」の文字が書かれている。
助手席の窓から腕が伸び、屋根に赤い警光灯が取り付けられる。
キュゥィーン、キュゥイーン、キュゥィーン……!!
警察や消防のサイレンとは違う独特の電子的な警報音が、都会の喧騒を上回りやかましく鳴った。
――西暦204X年。
財政難に直面したこの国では、新たな財源を求めて「特殊徴税新法」が制定された。
定められた「特殊新税」の徴収のために、各地の国税局に「特殊強制徴収班」が設置された。
これは、そこに所属する特殊強制徴収官たちの熱き奮戦の物語である――
■『TAX A GO GO ~国税局特殊強制徴収班~』 作:紘野流
国税局と書かれた車両は、とっくに赤信号に変わった交差点にドリフトで突っ込む。
青信号で進んでいた横からの自家用車の前部に、ガチャンと接触してしまう。だが減速せず、広告トラックを逃さず追い続ける。
「マジか……、しつけえっ」
バックミラーで確認した運転手は舌打ちをすると、さらにアクセルを踏み込む。
その時。
国税局の車の助手席の窓から、全長70センチほどの機械がヌッと姿を表した。その車と同じ、白と黒と赤ラインのカラーリング。サイドに「国税局」の文字。
上部のプロペラが回転を始め、宙に浮いた。
特殊小型ドローンである。
そのドローンが急加速して、一気に広告宣伝車の運転席のすぐ横まで飛んでくる。
その期待の底部の取っ手のようなフレームを左手で持って、一人の男がぶら下がっていた。赤いレンズのサングラスをした若い男。警察官や税関職員のような制服を身につけている。制帽の下からは跳ねっ気のある茶髪が覗く。
「え、ええーーー!?」
運転手は突然横に現れた制服男を見て、焦る。
制服制帽の男が右手を横に突き出すと、握っていた特殊警棒がジャキジャキッと長く伸びた。
そして冷たい視線を向けたまま、その長い特殊警棒を振り抜く。
ガシャァァァン!!
運転席側のサイドガラスが、音を立てて粉々に砕け散った。
「ヒィィッ!!」
たまらず運転手はハンドルを左に切り、ブレーキを踏み込む。
広告トラックは歩道を乗り越えて空き地へと突っ込んで停止した。歩道まで車体後部がはみ出している。
ドローンにぶら下がった制服の男は運転席の横に何なく着地すると、運転席の扉を強引に開ける。
バンダナの運転手が転がり出た。
「痛ててて……」
地に膝と手をついている運転手に、制服姿の茶髪男は手帳を開いて見せる。身分証明書になっていた。
エンブレム、そして「国税局」の大きな文字の下に、
<特殊徴収課 特殊強制徴収班 A-0055>
という文字が刻まれている。
「国税局特殊強制徴収官 A-0055だ。特殊徴税を執行させてもらう」
そこに、先ほどの国税局の車が、警報音を鳴らしながら到着する。
交差点でぶつかってバンパーがベコベコにへこんだ自家用車もついてきて、その近くに停車している。
「もう~、ゴゴ先輩~」
国税局の車両の後部座席のドアが開いて、同じく制服姿の若い女性が、ミディアムヘアに被った制帽を整えながら駆け寄ってくる。
優しそうな顔で、地に伏している運転手に手帳を見せた。
「あ、国税局のE-0015ですー。特殊強制徴収官です」
どちらも自分より若い局員だからか、バンダナの運転手は強気になって立ち上がり、大声で吠える。
「なんだよ! 法律にも条例にも違反してないだろ。昼にしか走らせてないし、さっきもサイレンの前に音は切って、緊急車両の邪魔はしてないはずだぞ。それでも犯罪なのかよ」
女性の若い税務局員は少し申しわけなさそうな顔をしているが、男性局員は全く気にする様子もなく、小さめのタブレットを取り出して、何やら処理を始めている。
「警察じゃないんでね。特殊新税の徴収だけだ。金さえ払ってくれればそれでいい。国民カード出して」
男性局員が空いている人差し指でちょいちょいと招く動きをする。
「待てよ、おかしいだろ! 窓も割られたぞ」
運転手は迫って食ってかかるが、男性局員は全く気にも止めていない。淡々とタブレットを叩いて、ハンドスキャナーを取り出す。
ギャアギャア言っている運転手に、女性局員は恐縮した顔で告げる。
「あのぉ、すぐに応じたほうがいいと思いますよ……。遅延秒数で徴収金額が増えていくだけなんで……」
「な、なんだよ……! 何の税金だよ!」
運転手はしらばっくれて、胸ぐらをつかんで脅そうと女性局員に手を伸ばす。だが、男性局員がスキャナーを持つ手でそれを制する。
「知ってるだろ。音量税だよ。静寂を害する音響には、特殊新税が課税されることになってる」
「うるさい街中じゃねーか。なんでうちの車の音だけ課税なんだよ! 他にもクラクション鳴らしてる車だってあるだろ」
「スピーカーを鳴らして営業をしているからだ。音量を利益に用いる行為には税がかかる。今回のケースだと運転者は……12万4500円だな」
「なんでだよ! 言うなら、あの風俗求人情報の会社か、広告を請け負ってる宣伝車の会社にだろ。俺は言われたとおりに車を運転してただけだ」
「もちろん、どちらの会社にも徴収しに行く。だが街宣車の場合は運転手も搭乗者も徴収対象なんだ」
「おかしくねえか。この国ではまともに働けないってのかよ」
「国の制度に文句があるなら、投票所で参政権を行使するか、どこぞの惑星にでも理想の国を建国しな」
男性局員がスキャナーをかざして淡々と言う。
女性局員がスマホの半分ぐらいの大きさがある腕時計を見ている。録音や計測、連絡ができる局員用のデバイスである。特殊新税は逃れられない。対処用の一定時間が過ぎると、秒単位で追徴の金額は跳ね上がっていく。
運転手もそれを知っていて、舌打ちしながらしぶしぶ左手を差し出す。
「はい、埋め込み型の国民カードね」
男性局員はぶっきらぼうに言いながら、運転手の左手の甲にスキャナを当てる。ピッと電子音が鳴る。
現在この国では、「国民カード」と呼ばれるICカードの携帯が義務付けられている。不携帯の場合は特殊新税の「証明不可税」が秒単位で加算されていくので、国民は常に国民カードを持ち歩いている。
運転免許証、健康保険証、年金手帳など多くの機能を内包する個人認証デバイスであり、税金の管理もこのカードで行われる。特殊新税もここから直接税と一緒に引き落とされるシステムである。
この運転手のもののように、手の甲に埋め込むICチップタイプもあり、紛失もなく便利なので浸透率も高い。
男性局員はタブレットを見ながら、さらに言い加える。
「それから、四分間のドローン使用税、特殊警棒使用税、ガラス破片の公道清掃税……」
「ちょ……、ちょっと待て!」
どんどん加算されていく特殊新税の金額に焦って、運転手が抗議する。
「ドローンも警棒も、俺が使ったんじゃないだろ。あんたが勝手に使ったんじゃないか。ガラスもあんたが勝手に割った。なんで俺の負担なんだよ」
「特殊新税の徴収にかかる経費は、その徴収に加算されると法律で決まってる。徴収の必要がなければ存在しなかったコストだからな」
男性局員が説明しながらタブレットに入力している。
女性局員が肩を寄せるように近づくと、そのタブレットの画面を確認しながら説明を加える。
「それと、今このトラックが歩道を塞いでいることによる交通阻害税。あとは、先ほどうちの車が衝突したあそこの一般車の修理費用も、あなたのご負担になります」
「おかしいだろ!」
「法律で決まってるんで……」
申しわけなさそうに、女性局員が首をすくめた。
抗議したところで何も変わらない現実に、運転手は観念はしているが、やるせない怒りを、わなわなと震えながら恨み節に込める。
「おまえら……。そんなに国民の自由を奪って、楽しいか?」
男性局員は気にせずタブレットを操作しながら、口だけで応じている。
「別に、自由は奪ってないが」
「奪ってるじゃねーか! 特殊新税とやらの監視の目で、俺たちは何もできやしねえ」
運転手がうるさく怒鳴ったが、手続きが終わったようでタブレットのカバーを閉じた男性局員は、運転手の目を見て冷たく言い放つ。
「あのなあ。特殊新税は罰金刑じゃねえんだ。文字どおり税金。だから、税金を払い続けてやり続けるっていう自由もあるだろ」
「な……っ!」
「うるさい街宣車を運転したいなら、税金を払い続ければいい。それだけの金と覚悟を用意して、世の静寂に抗いな。そんな金は無駄だ、払う覚悟もない、ってんなら、その金と時間を使って別のことをやれ。その選択は自由だろ」
「……血税って言葉、あるだろ。新税なんて、血を取られているようなもんだ。死ねと言ってるようなものじゃねえか」
「明日生きるために、今日死ぬ気で納税すればいい。恨みたいならオレたちじゃなく、政治家を選んだ全国民を恨んでくれ」
「こ、この野郎……」
男子局員の冷笑に挑発を感じて、運転手は怒りの形相で進み出る。
そこに、横から女性局員が申しわけなさそうに口を挟む。
「あのぉ……、運転手さん」
「あ? なんだぁ!?」
「私たちにお怒りになるお気持ちは分かるのですが、その間にも、あそこで歩道を塞いでる交通阻害税はどんどん加算されてますよ……」
「……!」
女性局員が指を刺す先で、トラックの尻が歩道を塞いでいるのを、多くの通行人がスマホをかざして撮影をしている。
特殊徴税新法では、特殊新税の課税対象になる事象を撮影して国税局に通報した者には、幾らかの報奨金が支払われる仕組みである。当然、その報奨金も大半を納税者が支払うことになっている。
「く、く、くそっ……!」
運転手は大いに焦ってトラックに駆け戻り、「撮るな撮るな」と周囲に叫びながら運転席に飛び乗って、エンジンをかける。
撮影され通報されればされるほど負担が大きくなる監視社会なのである。
宣伝トラックが走り去っていくのを、女性局員は見送った。再びスピーカーを鳴らさないかの確認である。
「……」
仕事と割り切ってはいるが、何だか憐んでいるような表情も浮かぶ。
国税局の車を運転していたのは、もう一人の男性局員。先ほどの猛烈な追走をしたとは考えにくい、目の細いニコニコ顔の三十歳ほどの長身男性。運転席から出て先ほどA-0055が使用したドローンを回収して車に運んでいるところである。
一仕事終えたA-0055と名乗った男性局員は、車に戻りながら、女性局員E-0015を呼ぶ。
「おーい、イチゴ。行くぞ」
「あ、ゴゴ先輩、待ってー」
女性局員は複雑な思いを振り払い、制帽を手で押さえて、車へと駆けた。
(つづく)




