第21話 ー騒動が開けてー
「レムリア様、フェノン・アレイスター様がお見えです。例の指輪の件ですね。」
指輪?あぁ、すっかり忘れていたがそういえば約束を取り付けてもらったんだったか、一先ず作りかけの魔道具を放置して下へ向かおう。
……別の白衣に着替えておくか、石粉などで少々汚れてしまっているしな。
◆◇◆◇◆◇◆
「お初にお目にかかるのう、レムリア殿。」
通された部屋で座って待っていたのはボロ布をローブのように纏う、白い髭を伸ばした浮浪者のような老人であった。
観察するように目を向け、ふと、1つの違和感覚える。
「どういうつもりだい?」
具体的な部分に触れず、確かめるように尋ねる。
ソーニャが何事かと私と相手の顔を見比べるが、どうやら気づいてはいないようだ。
「ほっほ、どういうつもりとは、また変わって言い方をされるのぉ。何か気になることでもありましたかな?」
「大ありさ、呼吸の間隔、皮膚に張り出した血管の脈動のなさ、視線の微妙なズレ、上げればキリがないが……少なくとも人には見えないね。」
私が感じた違和感、それは、人を模して作ったかのような、少なくとも本物では有り得ない、そんな絶妙な差であった。
それを告げられた目の前の老人は驚いたように目を見開き、大きく笑う。
「ワハハ!まさか見破られるとはのぅ!喜べレムリア殿、この街でこれを見破ったのは貴殿で2人目じゃ、ウラン殿に続いての。しかしあやつはダメじゃ、感覚だとしか教えてくれんかったからのぅ、その点、貴殿には感謝してもしきれん、これでワシの魔法は更に上を目指せる。それで、どういうつもりと聞いたな?別にどうするつもりもない、心配せんでも常日頃からこうなんじゃ、気を悪くしたならすまんの。」
確か、知る限り彼には宝石の塊を産み出し、自在に操る固有魔法があったはずだ……2つの固有魔法を持っているとは珍しい。
完全な自身と同一の分身?または自身の姿形を変える魔法……どちらかは一目で分からないが、どちらであれ凄まじいな。
「いや、別にいいさ、面白いものを見せてもらった。さて、本題に移らせて貰っても良いだろうか?」
「ほっほ、勿論だとも。これじゃろう?」
そう言って、彼はしわがれた指からゆっくりと指輪を外し、机の上に置いた。
黄水晶で作られた指輪か、材質から耐久性等不安はあるが……美しいな。
ふむ、効果は……
粘糸生成、物質硬化、魔力吸収、耐腐食、耐衝撃の5つ。間違いない、総数5の指輪だ。
魔力を通して糸を発生、硬化で糸の耐久力を上げてってところか、他はおまけ程度だね、その2つと噛み合いがない。
成程、魔力吸収で常に耐腐食と耐衝撃を起動して、魔力を流した時に前者二つが有効化、逆に魔力吸収含め三つが無効になるのか。
複雑な組み合わせ方だ、外側の装飾も美しいとは思ったがそれさえ魔法陣の1部に組み込まれている。
他に転用出来るかと言われれば難しいが、これなら十分人智の及ぶ代物だ。
収穫はあった、同じ効果で作るとすれば……かなり精密に作らなければいけない為に時間はかかるが、出来なくはない。
「ほぅ、流石研究者様や学者様の面構えじゃな。」
気づけば、彼が私の顔を覗き込んでいた。
そんなに変な顔をしていただろうか、それとも独り言を呟いていたからか?
まぁいい、コホンと咳払いをしつつ姿勢を正す。
「本当に助かったよ、それで報酬だが……」
「ほっほ、別に報酬なんぞ要らん、むしろこっちが感謝したい程じゃ。」
そう言われ驚く。冒険者が報酬を求めないのは正直珍しい。
魔法への指摘はそこまで価値のある事だったのだろうか、それは人それぞれであるが、彼の中ではかなり重要な事だったらしい。
「いいのかい?あくまで今日の本題はこっちだったんだ、正当な報酬は用意するつもりでいたよ。」
気づき、とは他全てに通じる学問において最も重要視される力だ。
特に魔導技師の分野において後に作れる物を考えるとその価値は計り知れない。
「良い良い。改めて感謝するぞレムリア殿、此度はお互い実りある対談と相成った事、喜ばしく思う。」
「はは、そうだね。感謝するよアレイスター殿。」
そうしてお互い部屋を後にし、自室に戻る途中でふと立ち止まる。
そういえば、襲撃の後特に休みもせず私に付きっきりだったな。
あれだけの大怪我をしたんだ、幾ら治したと言っても心を休ませるべきだ。
「ソーニャ、今更だが体調は大丈夫か?今日くらい休んでいてもいいんだぞ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが体調はもう万全ですので問題ありません。」
はぁ、職務に忠実というかなんというか……よし、強引に休ませるとしようか。
目が合いやや戸惑うソーニャの横に立ち、ゆっくりと抱えた。
「ちょ、ちょっとレムリア様!?」
「軽いな、ちゃんと食べているのかい?」
「お、下ろしてください!休みます!休みますから!」
ソーニャの訴えを無視し、抱えたままソーニャの部屋へと向かった。
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「ふむ、レモングラス……いやシトロネラか?詳しくないから分からないが……心安らぐいい匂いだね、昨日の夜にはそこまで感じなかったが、何か焚いたのかな?」
「あー、えと……朝にレモングラスのお香を少し……」
部屋に入ってすぐ、少しだけ残った柑橘系の匂いが身体を包む。
ベッドの前に立ち、ゆっくりとソーニャを降ろした。
「明日は一緒に出掛けてもらうつもりさ。だから、今日はゆっくり休んでいてくれ。」
「うぅ、分かりました……けど、食事はちゃんと取ってくださいね?」
こんな時にでも小言を言う彼女。
変わらないなと思いつつ頭を軽く撫で、部屋を後にした。
道中研究材料を適当に倉庫から持ち出して今日の予定を練る。
「まずはあの指輪の模倣、出来れば別種の総数5の指輪を作るか。」
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「レムリア様、おはようございます……えと、昨日は、その、ありがとうございました。」
んむ……ソーニャ?
どうやら作業の途中で寝ていたようだ。
机から顔を上げ、作りかけの指輪を改めて確認する。
裏面は大方できたが、表面の装飾と陣の組み合わせはかなり複雑な為に数日要するだろう。
それより……こんなだらしない状態だと言うのに珍しくソーニャから説教を受けなかったな。
そんなことを考えつつ、いつものように広げた本を片付けるソーニャを見てそろそろ新しい本に変えるべきか検討する。
大抵の本はもうだいたい頭に内容が入り切ってしまったしな。
ともかく今日はパレードの日、時間は真昼からなので早めに出て露店を先に巡ることにしよう。
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なんとまぁ賑やかな、周りの人の多さに驚かされる。
「そこの兄ちゃん!どうだい!一角牛のステーキ串1本500エールだよ!」
「焼きたてのパン各種一律250エール!他所で買うならうちにしな!安いよ!食べ歩きにどうだい!?」
割合としては食べ物関係の出店が多いか?
ちらほらと地面に広げた布に古着や壺なんかを並べている店も見るがあまり目に留まるものはない。
一先ず東方の食べ物だという団子を購入しソーニャに手渡す。
未知の甘味に驚きつつも美味しそうに頬張る彼女を横目に、良い露店がないか練り歩く。
少しして、雑貨を広げた店でどこかで見た耳飾りを見つける。
これは……どこで見たのだったか、まぁ素材に対して値段が高すぎるし買うべきではないな、それより……
手に取ったのは1つのネックレス。横からソーニャが覗き込んでくるが彼女にもその価値が分かるようであった。
明らかにこの中では異常な出来だ。
「店主、これは?」
「それかい?それは南方諸国の名工が手がけた代物さ……買っていくかい?5500エールでどうだ?」
「丁度5500エールだ、確認してくれ」
「毎度!最終日だし目一杯楽しんでな!」
値切られるつもりで高めに出した値なのだろう、それをそのまま支払ったからか店主は気分よく渡してくれた。
歩きながら箱を開き、丁寧に納められたネックレスを見る。
雫の形に掘られた蒼い鉱石は、目を凝らせば細かく何らかの模様が刻まれているのが見える。
効果は……耐洗脳、そもそも洗脳に関する魔法は軒並み禁術であるが故に使い道は無さそうだが、それ抜きにして出来の良さは値段に見合っていると言えるだろう。
「ソーニャ。」
彼女の名前を呼びこちらを向かせ、首の後ろに手を回してネックレスをつける。
ふむ、良く似合っているな。
「え?あの……」
「嫌だったかい?」
「そんなまさか!……嬉しいです、ありがとうございます!」
はにかむ彼女の笑顔に、なんだか小っ恥ずかしい事をしたなと感じる。
そうして、多くの店を回りつつ、真昼まで時間を潰すのであった。
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「おぉ!楽団か、その手の教養は無いが、素人目にも分かる統率された美しい音色だね。」
「本当ですね!何だか心が弾むようです!」
パレードが始まり、楽団を先頭に巨大な造形物に乗った人々が通り行く。
あんな不安定な足場でよくあそこまで踊れるものだ。
そんなことを思いつつ食べている途中の串焼きをソーニャの前に持っていけば、彼女は戸惑いつつも口にした。
「こういうのもたまには悪くないね。……本当に、最近は働きすぎた。」
私の発言に思うところがあったのかソーニャがこちらを見たが、敢えて触れずにパレードを見続ける。
暫くして、パレードの中央程で塔の様な造形物と、管理者の皆を模した服装の9名が通り行く。
私のような人物もいたが勿論許可した覚えはない。
まぁ別に咎める気もないのだが。
「あ、あの、レムリア様……見間違いでしょうか。」
ソーニャが何かに気づいたようにおずおずと指をさす。
その先にはメルクの服装をした……メルク本人がいた。
他人の空似ではない、正真正銘彼であった。
「何をやってるんだあいつは……」
楽しげな笑顔で民衆に手を振る彼を横目に、何故か私が酷い羞恥心を感じつつ露店巡りに戻るのであった。
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「はは、しっかり楽しんでしまったね……途中あまり見たくはないものも見てしまったが。」
「はい……私も、楽しかったです。」
大量の購入した物を片付けつつ、椅子に腰かけ一息つく。
ソーニャは疲れてしまったのか昼間程のテンションの高さはなく、やや落ち着いた様子であった。
「私、レムリア様の秘書官で良かったです。」
零すようにソーニャが呟き、私も喜ばしい気持ちになる。
「……そうか、それは良かったよ。」
続けて、ぼんやりと思い出した事を尋ねる。
「そういえば、孤児院には最近顔を出しているのかい?」
ソーニャは元々、孤児院に住む子供の1人であった。
歳の割に読み書きができ、一般的な教養があるだけでなんら特徴のない人物。
ともかく、そんな彼女が目にとまり、私は彼女に秘書官としての道を歩ませる事になったのだ。
あの頃は私も忙しかった。かつて先代が私を見出したように、街を歩いて人を探してみたが奇しくも同じような道筋を辿るとは……脱線したな。
その後もソーニャは定期的に孤児院に顔を出してはある程度の金銭を渡しているようで、ふと最近はどうしているのか気になった次第である。
「最近ですと……数日前に1度顔を出しましたね、皆変わらず元気にしていましたが……それがどうかしましたか?」
「いや、気になっただけさ、最近は特に私に付きっきりだろう?ちゃんと時間は取れているのかと思ってね。」
「意外と私の時間もありますから大丈夫ですよ。それに、ただでさえ私がついていないとろくに研究以外の事をしないんですから……本当なら常に傍に控えていたいくらいです。」
冗談で怒ったような表情を見せるソーニャから目を逸らし頬を掻く。
そういえば、明日からまた大量の書類仕事じゃないか……この楽しい時間も今だけだと思うと名残惜しいな。
気づいてしまった憂鬱に暮れながら、彼女とこの短い時間を過ごすのであった。




