第19話 ーそれぞれの決着ー
「あぁもうやっぱり!アイリス!リンドウ!聞こえる!?」
本を抱えたまま壁に向かって声を上げる彼女に、メルクは近づきつつ声をかける。
「この壁は特別製だからね、そんな事をしても無駄だよ。それはそうと、ここに来る前、アドラ達と情報共有をしたんだよね。」
そう語り掛けつつ近寄るメルクに、ダリアは警戒の様子を見せる。
「一体なに、急に。もしかして時間稼ぎのつもり?」
「まぁまぁ、僕は話すのが好きなんだ。いいから聞いておきなよ。君達3人の中で、唯一戦法が割れていないのは君だけ、だけどモノリスの守護や主要施設への攻撃に魔物を配置していたと聞いてね、君を見た時にピンと来たんだ。」
「魔物を操っていたのが私じゃないかって事ね?」
「正解!その通りさ。簡単な推測でしかないけど間違いじゃないだろう?僕の経験がそう言っているからね。」
拍手をしつつ称えるメルク。
平時とは違いメルクは膝下までかかる広い純白のヴェールを被り、円形に矢羽のような鋭い装飾の光輪が背後に浮いている。
「それと、今君を見てもう1つ推測したことがあるんだ。」
メルクは続ける。
「君自身隠密は得意だけど、近接戦闘は苦手なんじゃない?そうでも無ければ……」
目の前に立つダリアを叩くかのように腕を振り抜く。
すると、まるで霧のようにパッと消えてしまった。
……塔の仕掛けに掛からないということは、思ったより単純な魔法を使っているようだ。
「こうしてわざわざ偽物まで用意して、姿を消して隠れる必要は無いからね。」
姿を隠すような魔法は通常魔法には無いはずだ。
であるならば、洗練された固有魔法を持っている。つまり、彼女自身がかなりの実力者であることの証明であった。
「……ッ!皆!お願い!」
その声が聞こえると同時に、自身を囲むように魔法陣が現れ、そこから多種多様な魔物が呼び出された。
「おお、壮観だ……骨が折れるなぁ、これ。」
仕掛けの中でこんな芸当が……いや、仕掛けが機能していない?壁の向こう側で何かあったな……急がないとヤバそうだね。
巨大な熊の様な魔物の腕を垂直に飛んで躱し、樹木のような魔物が叩きつけるように振るった根を見えない何かが斬り飛ばす。
魔物がそれに驚いた様子を見せたのもつかの間、瞬きの間に辺りの魔物は全て気絶し、次々とその場に倒れた。
「はぁ!?」
ダリアの驚く声。
それもそのはず、少なくともメルクから仕掛けた様子は一切ない。
「僕の仲間はみーんな優秀でね、第4塔のマルスは知ってるかな?これは彼の魔法から着想を得たんだよね。彼の固有魔法は暴動の鎮圧なんかに最適でさ。彼は付与魔法の形態で重力を……っと、これは言っちゃダメなんだった。」
「……ッ!ボラちゃん!お願い!」
今までと違う、名前付きの魔物。
気絶した魔物達が現れた魔法陣の中に消えたかと思えば、メルクの前に大きな魔法陣が現れる。これは……
「まさか竜の幼体まで飼っているなんて、骨が折れるなぁ……ほんとーに。竜って魔法が効きずらいんだよね。」
まるでなんてことは無いかのようにメルクはにへらと笑う。
それと同時に前へと手をかざすと、背後の光輪がゆっくりと回転を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
賊の拘束が終わったレムリアはソーニャの元へと向かった。
かなりの出血量だ、手持ちの薬液で救いきれるか……
「ソーニャ!無事か?私が誰かわかるか?」
「レムリア様、すいません……私……」
「謝罪はいい!すぐ治すからな……!」
明らかに最初に見た時よりも目の焦点があっていない……
傷口に傷塞ぎの薬液を掛け出血を止め、様子を見て増血剤の薬液を与える。
徐々に詰まる呼吸が安定し、小さな寝息をあげ始めた。
「念の為に良い物を白衣に入れてて助かったな……」
さて、窮地は一先ず脱した。
アドラが時間稼ぎ役となると私かメルクが手伝わねばならない。
私もかなりの手傷を負っている為治療は必要だが、手持ちがない以上諦めるしかないな。
ボロボロではあるが私の白衣をソーニャに掛け、足元の導線を指定の手順で操作し、アドラ側の防火隔壁を解除した。
◆◇◆◇◆◇◆
「おや、レムリア。まさか貴方が一番最初に終わるとは思いませんでしたね。さて、青年。投降されては如何ですか?」
「おや、それはどういう意味かな。」
期待してなかったような私の軽い冗談にレムリアが笑いつつも反抗してくる。
彼女の肩に大きな傷が見え、相当な激戦だったであろうことが察せられた。
「なッ!?アイリス!おい!クソックソックソがッ!お前らマジで許さねぇ!」
2本の鉄鎖獣と7つの魔道具が破壊され、手持ちを考えやや冷や汗をかいていたがどうやら間に合ってくれたようだ。
リンドウは完全に血が上ったようで、口調は激しさを増し、レムリアを標的に据えた。
そんな彼の前に立ち、持ち得る全ての魔道具を用いて只管に邪魔をする。
鉄壁を生み出す魔道具、拘束に特化した縄の魔道具、強烈な風を吹き出す魔道具等々、手数はあれどどれも長くは持たず壊されていく。
「邪魔するんじゃねぇ!よくもよくもよくも!クソッ!なんで……なんでこっちの魔道具は使えねぇんだ!」
剣戟が勢いを増し、また4つの魔道具が破壊されると同時に、一瞬後ろに下がったリンドウが札を破る……危ないですね、少し前に魔素がまた元の濃度に戻ったから良いものの、それより前に使われては取り逃すところでした。
「随分感情的になりましたね。おかげでこんなにも仕掛けが楽……確実な投資をするような気分ですね。」
辺りに散らばるボロボロに崩れた魔道具の残骸、その中から5つの魔法陣が輝き、魔力の鎖となって彼を縛り上げる。
単純な拘束魔法の1つ……ですが、この場においては塔の制約にも掛からず、尚且つ通常魔法であるこれは単純かつ強力で、完全に彼を拘束することに成功した。
「離せ!クソッ…がァ!アイリス!起きろ!起きろって!」
強引に鎖を引きちぎろうと藻掻く彼に、レムリアは近づいた。
「まさか、切っ掛けを作ったとはいえ、アドラ一人で捕縛に至るなんてね。」
そう言いつつ、レムリアは銀色の槍を彼の口と両手脚に当てる。
石化したにも関わらず動ごうとした為に大きく体制を崩し、彼は大きな音を立てて床に倒れ伏した。
……良い魔道具ですね。
「当然です、私を誰だと思ってるんですか。それより、大丈夫なんですか?かなり酷い怪我に見えますが……痛くないんです?」
「別に、実験で痛みには慣れているからね。身体への異常や威力の小さい攻撃に気づけるように痛覚を鈍らせてはいないから、痛みはちゃんと感じているんだけどね。」
見ている側が痛いので治して欲しいんですが……
「ともかく、大丈夫ならメルクの補助に……」
私がそう言いかけると同時に、メルク側の防火隔壁が降りた。
◆◇◆◇◆◇◆
ダリアが姿を現し、倒れた竜へと駆け寄った。
泣きながら治療するその背後に無傷のメルクが疲れた様子で立っている。
「……戦闘中だと言うのに姿を見せて治療に走るなんて、死にたいのかな?」
その言葉に、応急処置を終えたダリアが立ち上がり、こちらに振り向く。
「ッ!どうとでも言えばいいじゃない!アイリスもリンドウもやられた!私だけじゃあもうどうしようもないじゃない!」
どうやら壁の向こうでは既に戦闘が終わったらしい。どうやって把握しているかは謎だが、諦めてくれるのであれば話が早い。
「……ちょっと、諦めるのは勝手だし結構だけど、拘束はさせてもらうからね。それより、なんで君自身は戦わなかったの?そうしたら僕もかなり苦戦したと思うんだけど。」
「どういう意味!?私は戦えないの!戦えるならあんたなんて……!」
……?彼女は相当、いや、少なくとも今回の3人の中では1番強いと思ったんだけど、勘が鈍ったかな。
違和感はあるけれど、皆も待っているし終わらせるとしよう。
◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、僕が1番遅かったのか……ごめんごめん。そっちも無事鎮圧できたようで何よりだよ。」
そう言って、気絶したダリアと他2人を纏めて、メルクが気絶させる。
追い打ちとばかりに持っていた転移の札を全て回収し、私が彼らを地面ごと石化させる。
メルクの魔法を久々に見たがやはり対人においてかなり有用だな。
「無事じゃないですよ!私の魔道具が幾つ破壊されたと思ってるんですか!?集め直すのに数千万エールはくだらない!それにこの塔の仕掛けを吸収でもって解除された上、転移札を使われるんじゃないかって私が1番ヒヤヒヤしたんですからね!」
破壊された魔道具を確認し、かなりの出費だということに改めて気づいたアドラが若干の嘆きを混ぜつつそう語る。
吸収?あの魔素の量を?それを糧にしたのであればかなり手が付けられない事になっていたはずだ、よく耐えたな……
「ふむ、吸収か……対策しておくとしよう。だが一定の濃度に戻るようにはしてただろう?」
「聞かされてませんでしたけどね!」
いやそうなるとは思わないし……まぁいい。
「まぁまぁ落ち着いて、出費に関してはどうにか僕も手伝うからさ。それより、ソフィアちゃんは大丈夫だった?」
心配の様子を見せるメルクとアドラを部屋の隅に寝かせたソーニャの元に連れていく。
「窮地は脱したよ、この通りね、まだ目は覚ましていないが……一先ず安心していいと思う。」
「そっか、かなりボロボロだったから心配だったんだよ……よかった。」
ほっとした様子を見せるメルクに、アドラが何かを気にした様子で話しかける。
「あの、今更ですがなんで2人は平然としてるんです?あれどうするんですか。」
面倒だったから考えないようにしてたのに……
アドラが指さした先、そこには恐らくメルクが倒したであろう竜の幼体が倒れていた。
……遠目から見てわかるようにまだ生きているね。
「あはは……あの子どうしたらいいと思う?仕掛けがまた起動しちゃったからあのダリアとかいう娘が本に戻せなかったみたいなんだよね。」
「下手に魔法を使わせたら逃げられかねないし、一緒の牢に入れようにも図体が大きすぎるか……困ったな。」
「殺してしまいましょう、後腐れもないですし、構いませんね?」
そう言ったアドラに、メルクが申し訳なさそうな様子で間に入った。
「敵に絆された訳じゃないんだけど……その、出来れば殺したくないんだ。どうかな?」
「そう簡単に自然に返していいような魔物じゃないんですよ?……はぁ、私は構いませんが、レムリアはどうです?」
こいつ、私に丸投げしたな。
……対処に頭を悩ませるが、メルクの意思は尊重したい。
賊の方は街一つを危機に陥れた点で情状酌量の余地なく死刑または終身刑になるだろう。
結末がどうであれ、賊の手駒を生かすというリスクを自身の気持ちの為に負うのは私達の立場からして愚策に違いない。
だが……
「わかった、殺すのはなしだ。だが、どちらにせよ今どうすべきか……ッ!?」
考え込む私の肩をいきなりアドラが叩く。
「いきなりなにを「逃げれられてますよ!」……はぁ!?」
メルクと私が同時に振り向く。そこに気絶させ、石化で地面に縫い止めていたにも関わらず既に敵の姿はない。
辺りには石化を解除した際に生じたであろう石片が散らばり、賊が自由に動ける事が察せられた。
失敗した、目を離したのは一瞬だぞ?まさかメルクの魔法を受けて1時間もせず目を覚ますなんて……
「大丈夫だよ、今すぐ追おう。転移札はこちらの手にあるし、そう遠くまではまだ行ってないはずだからね。」




