第12話 ー予兆ー
「マジでこうなるのかよ、なんでだぁ……」
折角の休みにもかかわらず、同僚に武道大会を見に行こうと誘われ、ついて行ってみればまさかの参加、同僚に押し切られつい許可してしまったが休みは潰れるし対戦カードは散々だし大失敗である。
「それでは続いて第4試合!衛兵ナハト・ナバン対第6位階冒険者ラースの試合を始めます!」
あぁ、初戦からきつい相手だし胃が痛ぇ。
不安と憂鬱を抱えつつ入場口を潜り、大観衆の中、舞台の中心へと進む。目の前に見えるあの大男が相手か……
……嘘だろ、こいつ俺の背丈の2倍はあるぞ。
「両者揃いましたね?改めて確認しますが殺傷や審判の判決後の攻撃は禁止、破れば即失格です。よろしいですか?」
「えぇ。」「はい……」
「ありがとうございます、それでは両者とも位置に着いてください。」
審判員はそうして離れていき、拡声の魔道具を構える。
俺は隊支給の剣を抜き、流れる汗を隊服で拭う。
相手は……城扉のような、そんな大盾を2枚、背から外し構えた。
「観客の皆様、お待たせいたしました!両者準備が出来たようです!」
俺は大きく息を吸って、深呼吸する。
「それではこれより第4試合を開始いたします!……始めッ!」
告げられた開始の合図と、続く歓声。
それに合わせ俺は最短距離で大男に近づき、開いた盾の隙間、更にその鎧の隙間を狙った。
だが剣が届く前に、相手はそれに合わせるように盾を閉じて突っ込んでくる。
盾に潰される前に剣を引き、右に避けて切りかかったが、大男はその場で踏み込んで完全に止まり、左腕を叩きつけるように俺に振るう。
斬りかかった剣を即座に戻してそれを防いだ……が、大きく吹き飛ばされてしまう。
「がぁ、いってぇ……」
防いだ上後ろにも飛んだのに腕が痺れる。
なんて威力だよ、下手に食らえば明日の仕事にも影響が出そうだ。
改めて構え直し、距離を詰める。
相手も合わせるように突進してくるが、勿論考え無しじゃあない。
予め準備しておいた氷柱の魔法で盾を腕ごと凍らせ地面に貼り付け、裏に回って防護の薄い関節を狙う。
だが……予想よりも大男は怪力だったようだ。
氷柱から盾を強引に引き剥がし、防御しつつ跳ね除けようと腕を振るう。
体勢が悪い中振るわれたその盾を俺は全力で蹴り、体勢を崩させ肘の内を切りつけた。
……浅すぎたか。
距離を取って構え直すが相手の動きに変化はない。
それにしてもお互いこのままでは一進一退、どうにかあの鎧を打ち崩さねばならないが……
どうにか攻略の糸口はないかと探っていると、大男は突然大きな溜め息とともに更に距離をとった。
「第1試合から使う気はなかったのだけれど、仕方ないわね。」
大盾を背に収め、後ろ腰につけた円盾と銀色の鞭束を手に取る。
その鞭が解かれると、長さは3m程にもなった。
「私のとっておき、柔らかくさせる魔法を付与した魔鉄の芯に巨獣の皮を用いた特注品なの。」
「……いきなりよーく喋るじゃないか、もう勝ったつもりか?」
やや感情が昂った様子の大男に会話を促す。
まだ最初に受けた手の痺れは残っている。だが、ある程度は回復してきた。
「別に知ったところで私以外扱えないし、実際これから貴方は何が起こったのかわからず負けるんだから丁度いいじゃない?」
何が丁度いいのだろうか。ともかく、あの見た目から想定される重量でもかなりのものだ。それがあの怪力で振られると思うと……ゾッとする。
「お喋りはこの辺で終わりにしましょ。」
次の瞬間、ブォンという風きり音と爆音。
既の所で回避したが、立っていた位置の地面は大きくえぐれている。
えぐいな、下手に当たれば死ぬんじゃないか?これ。
ともかく、あの速度の鞭を避けれたのは多分相手が腕を狙ったからだ。舐めているのか慎重なのか、殺してしまいそうだからかは分からないが……利用させてもらおう。
剣を鞘に戻し、手甲のズレを治しつつ目を瞑る。
相手に何かがあると思わせろ、そうすれば俺の勝ちだ。
「なんのつもりかしら?諦めちゃった?」
「いいから……かかってこいよ。」
大丈夫だ、足は捨てよう。
はは、いいぞ、楽しくなってきた。
一時の呼吸の間……来た!左腕に触れる感覚に併せ掴み、巻きとり脚で押さえつける。
左手の手甲はひしゃげ血が滴り落ちる……こっからは意地、相手は怪力だが俺も負けちゃあいねぇ!
「なッ!?なんで!ワタシが力で負けているの!?ありえないありえないありえないわ!?」
鞭を何度も引っ張り戻そうとする大男。
持ち手より巻きとって掴む方が力が入ることに相手は気づいていないようだ。
引く度に左手がミシミシと音を立て激しい痛みが襲うがこの程度ならまだ耐えられる。
1歩、2歩と相手に近づく。
鞭が弛んで引く力がマシになった。
「離せ!離しなさい!」
相手は自慢の怪力で負けたからかパニックになっている。
慌てふためく隙に走って詰め寄った。相手は焦りつつも鞭と円盾を投げ捨て、大急ぎで大盾に持ち変える……が、俺の方が速い。
脚を蹴り体勢を崩させ、勢いそのままに突進し馬乗りになって剣を喉元に当てつつ審判を見る。
「勝負あり!勝者!ナハト・ナバン!」
「しゃあおらぁ!」
……勝った。
既に左腕は麻痺し感覚が無くなっていた……だが、勝てたんだ。
「あぁ、すまない。無理な体勢で後ろに倒してしまって、脚と腕は大丈夫か?」
彼を無事な右手で引っ張り起こす。
うぐ、重いなこいつッ。
ゆっくりと立ち上がった彼を見上げたが、改めて見ても2mはあるな。
「……はぁ、悔しいけど完敗ね。私は大丈夫、あなたこそやばいんじゃない?」
言われて左腕に目を移す。
折れるどころか裂傷も多く、見るに堪えない惨状だが、まぁ、このくらいなら問題ないだろう。
「次の試合が始まる前には治療してもらうさ、いい試合だった。ありがとう。」
「こっちこそ、ワタシも自分の腕力を過信してたし……ありがとう。今考えてみても慌てすぎよね、ワタシ。だから第7層位階認定に落ちるんだってよく周りからも言われてるのに……」
「ははっ、今回は俺が勝ったが、もうそんなまぐれは無さそうだ。応援してるぜ。」
肩を落とす彼を励まし、熱い握手を交わす。
それを讃えるかのように会場には一際大きな歓声が上がった。
◆◇◆◇◆◇◆
「彼、凄いな……左腕を犠牲にしていたね。」
べヌスのお墨付きである衛兵が無事勝利を収め、改めて試合内容を振り返る。
「度胸は人一倍だと思っていたが、あそこまですんのか、根っから衛兵に向いているっつーべきか……」
まぁ、流石の彼も先程の戦い方にはやや引き気味である。
実際、自身へのダメージを度外視した強引な勝利の組み立て方は参考になる。
私は度重なる自身への実験で痛みはある程度許容できるから尚更だ。
ああそういえば、研究素材を集めさせる人材を集めようかなと考えていたんだった、1試合前圧倒的な強さを見せたエリアスという選手と共に記憶しておくとしよう。
「これは戦闘や賭け以外の楽しさも私達にはあるね。」
「わかるか!?だから毎年やめられないんだよなぁ!」
テンションの上下が激しいな全く……
若干キマってるベヌスを横目に、戦闘の熱に当てられ盛り上がった観客に目を移す。
中々おぞましい勝ち方ではあったがやはり空気感の支配力は強いようで、あちこちで熱く語り合っているのが見える。
おや、あれは……
「あそこの1団、衛兵じゃないかい?なにか探し回ってるようだが。」
目に入ったのは客席を分けるように動き回っている数名からなる1団。
衛兵の隊服を着ているのでベヌスの所の人員に間違いはなさそうだ。
「うわ、今日来たのかよ……クソ、レムリアはここにいてくれ、多分探してるのは俺だ、行ってくる。」
少し絶望的な表情をしつつ、仕方ないと彼は立ち上がった。
そうだ、いい機会だし貸出料で出費の予定がある私のポケットマネーを潤しておこう。
「こんな時のために希少な映像記憶の魔道具を持ってきているが撮っておくかい?使い捨てだしかなり高くはなるが……」
そうべヌスに持ちかけると先程の表情とは一転、笑顔のままに幾らでもいいから頼む!と食い気味にお願いされてしまった。
予想よりいい食いつきでちょっと驚いたが幾ら貰うかは後で考えればいいだろう。
お互いホクホク顔で私は観戦を続け、彼は仕事に向かうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
「あんたねぇ!巻き込まないでって言ったのに巻き込むしガッツリバレちゃってるし何してんの!?」
「い、いや!ちょっと思ってたより相手が強くて、即制圧は無理でしたっす!一応最初にいた衛兵は全部何とかしたんすよ!?でもどうやったのか応援を呼ばれたみたいなんすよ!」
「言い訳はいい!さっさと逃げるよ!目的自体は達成したし別の所に行かせたアイリス呼んでさっさと実行すれば問題ない!」
「りょ、了解っす!」
◆◇◆◇◆◇◆
「それで、一体何があった?」
一先ず邪魔にならぬよう、今は試合中で人通りの少ない通路まで連れ出し、要件を聞く。
案の定自分を探していたようだが……若干戸惑っているな。
「べ、べヌス団長、ですよね?その、変装されてたとは……」
「ん?あぁ、そういやそうか、取り敢えずこのままでいいから話してくれ。」
続きを促すと、1人の隊員が呼吸を整え話し出す。
「すみません……やはり来ました、例の門詰所への侵入です。北、西、南は侵入痕のみだったんですが遂にしっぽを見せまして、本部に東門から青に所々白の混じった髪色の輩が侵入したと連絡があり、警備に当たっていた12名に対応させたのですが、かなりの実力者だったらしく、応援信号を受け駆けつけた頃には……」
「成程。一先ず対応した隊員の治療と、賊の捜査と被害状況の確認を並行して進めろ。荒れるぞ、これは。」
何者だ?少なくともこれまでの侵入痕と関係性はある、東西南北全ての詰所に侵入された事になるのだから。
今までと違うのは実力者が正面から強行手段をとってきたということ、であれば侵入しなければいけない何かがあるはずだ。
だが東門詰所も他と同じで調書や通行者関係の何か、常駐する衛兵の私物程度しかない。
つまり侵入自体が目的か、目眩しのブラフか、それとも……
結論は出せないな。
だが、俺の勘は少なくともこれで終わりじゃないと言っている。
近頃外部の人間が増えたからか軽犯罪の増加は見られるが、今回のこれは組織的、計画的すぎる。
円形闘技場に戻り、レムリアの元へ向かう。
今、居所が割れていて最も近いのは彼女だ。
幸い基本業務や義務に対して積極的に出てこない彼女ではあるが、マルスからちゃんとした重要案件で呼び出せば彼女が動いてくれることは聞いている。
席に戻りレムリアの手を引く。驚きつつも何かを察し大人しく着いてくる彼女を先程の通路まで連れ出し、要件を伝えた。
「レムリア、突然の事ですまない。録画はいいし、後で使用料も払おう。それより、第2塔管理者べヌス・ガードナーの名で協力要請を出させてもらう、緊急事態の為書面ではなく口頭での要請となることを謝罪する。」
いつもとは違う、真剣な口調。
それだけで彼女は彼女自身が動くに値すると判断してくれるだろう。
「それはマルスからの入れ知恵か、まぁいいさ、当然、受けようじゃないか……寧ろそうまでしないと緊急事態でも私が動かないと思われているという事かな?心外だな。」
続く独り言に謝罪し、手短に状況を伝える。
「なるほど、確かに緊急事態だ。今までどの詰所も何かを取られた跡はないんだね?で、東門詰所は警戒網を敷いていたが強行突破されたと……門に仕掛けはされていないかい?たまたま東門を出入りした人物探るためという可能性も無くはないが、どちらかと言うとなにか大きな事件の仕込みの可能性が高いような……いや、待てよ?」
「どうした?何か気づいたことでもあったか?」
ちょっと待って欲しいと静止され、数秒の沈黙が流れる。
彼女の呟きは聞き取れないが、何か確信に迫ろうとしているのだろう。もどかしいが大人しく待つことにする。
「次の段階までは検討が着いた。だが最終的な目的はなんだ?その先は……いや、今はいいか。最初に詰所の侵入が見られたのは何時の話だ?」
「確か6日前だな。」
「となるとアドラから借りた鏡はほぼないね、確定ではないが……人物か、他の物の2択か、一先ず全ての詰所に門の検査をするように伝えるんだ、何かしらの仕掛けがされていると見て間違いない。例えば門を開かなくする、とかね。それと、マルスに迷宮を封鎖させるべきだ、間に合うか分からないが……念の為にウランに声をかけようか。」
門の検査は分かるが、迷宮の封鎖?
……彼女には何が見えている?
「待て待て、説明してくれ。どういう事だ?何が起こる?」
「……そうだね、時間が無いから結論を先に述べよう。まだ確定ではないが恐らく、迷宮の氾濫が起こるよ。」




