第11話 ー武闘大会の裏側ー
まさか、あの状況から抜け出すとは……
星片ニクスを弾いて隙間を作ったわけでもなく、ただ瞬きの間には既に拘束から逃れていた。
少なくともそんな芸当ができる者なんて聞いたこともないし、どうやったのか検討すらつかない。
……いや、言い訳はいい。
慢心が逃げる隙を作った、その事実が私に重く伸し掛る。塔の管理者としてあってはならない失態だ。
甘く見すぎていたかもしれないが、相手も私の拘束から抜け出した時に攻撃に移らなかったのは私の奥の手を警戒したからと見て間違いは……
あぁ駄目だ、これも慢心だな。
少なくとも得られたものは多い。
一先ず情報共有と対策を練ることにしよう。
「レムリア様!ご無事ですか!?……ッ!」
憂鬱な気分になりながら情報の整理をしていると遠くからソーニャの声が聞こえた。
彼女は近づくと同時に私に突き刺さる短槍を見て小さな悲鳴をあげた。
「あぁ、勿論……捕らえようと手加減しすぎた結果、残念なことに逃げられてしまったけどね。」
「そんなこと!それより、その、大丈夫なんですか!?」
普段とは違いしおらしく涙ぐんだソーニャを見る。
どうやらかなり心配をかけてしまったらしい。
「まぁ、そこまで深く刺さっては無いからね、下手に引き抜くと出血が増えるから一先ず治療の準備が整うまでこのままにしておくよ。」
追加で感謝と謝罪を述べつつ頭を撫でるとソーニャはボロボロと大粒の涙を流し始めた。
ど、どうすれば……
「それで、今こんな話をするのは悪いが、お前が逃すなんてそんなに強かったのか?」
そう割って入るように語りかけるのは短い黒髪に赤く鋭い瞳、顔に入った大きな傷も、まさに不良青年といった風体に拍車をかけるが、隊服をしっかりと着こなしている事からも今は印象が違って見える、そんな青年だった。
第2塔管理者のベヌスである。
正直助かったがソーニャが凄い顔で彼を睨んでいる……すまない。
「どうだろう、彼女も私も全力ではなかった。私も魔道具を使った戦闘は久々だった上、正直、彼女の見た目の年齢に引っ張られて慢心をしてしまっていたよ。」
「そうか、咎めはしないが気をつけろよ。取り敢えず治療班を呼んで、配置している衛兵に注意を促してはおくとして……いや、下手に動かすと被害が増えるかもな。」
それもそうだ。
「相手の手の内を完全に割ることが出来なかった以上、かなり警戒度を上げるべき案件かもしれないね……最初に起こされた事件が私を狙ったものでよかったと言うべきか。」
「滅多なことを言うもんじゃあねぇぜ、ほら、お前のお付きも心配してる。」
頷くソーニャを横目に、これからの対応に頭を抱えた。
◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ、危なかったぁ……相手が殺す気で来てたらちょーっとだけ、不味かったかも。」
燭台の灯りが、暗い部屋をぼんやりと照らしている。
オレンジ髪の少女が部屋に繋がる階段を降りてくると同時に、木製の椅子で仰け反っていた青年がそちらを向いた。
「……遊びに行ってたんじゃないんすか?」
青く短い白髪混じりの髪に山羊のような横に開かれた瞳孔。
関東国では一般的な袴と呼ばれる装束に身を包み、傍には一振の刀が掛けられている。
降りてきた少女に目立つような傷はなく、身なりの変化は無い……が、先程の言葉を聞いたからか青年は少女に心配の目を向けた。
「いや、ちょっと無茶しちゃっただけで全然大丈夫。でも、前情報よりこの街の管理者とやらは警戒しといた方がいいかも。」
溜息をつきつつ少女は椅子に座り、疲れた様子を見せ机に突っ伏した。
「ほんとっすかぁ?それより、ダリっちの方も衛兵にバレちゃって警戒を敷かれているらしいっすよ、中々準備が終わらないっすね。」
「……ダリアに聞かれたらまた怒られるよ?その呼び方。まぁいっか、後で怒られても私はしーらない。で、話を戻すけど私もバレちゃって警戒されそうだし、動きにくくなる前に先に仕掛けからしちゃおうよ。」
「お!了解っす!じゃあ俺っちはルートの確立だけしてそっち手伝うっす!」
そう言って青年はバン!と机を叩き席を立つ。
その勢いで燭台の火が揺らぐが、瞬きの間に部屋は元の様相を取り戻した。
「え?いいの?練習まだ1回しかしてないよね?」
意気揚々と立ち去る青年の背に少女は言葉を投げかける。
それを聞いた青年は立ち止まり、軽くサムズアップして言葉を続けた。
「大丈夫っすよ!前回は遅く走りすぎただけなんでっと、それじゃ、先いってきます!」
「はは、おっけー。私は疲れたし一眠りしてからかなぁ……じゃ、また明日ね。」
◆◇◆◇◆◇◆
翌日、昨夜の少女は大々的に貼りだされ、私が用意した似顔絵も街で流されることになった。
だが街から出た形跡が無いにも関わらず足掛かりを掴むことは叶わず、寄せられた情報も全てが褒賞狙いの嘘、または見間違い等の結果となる。
そんな荒れ模様な街の雰囲気ではあるが、祭りに大きく影響することもなく、毎年恒例の賑やかさは変わらずであった。
「おはようございます、レムリア様。また片付けもせずよくお眠りだったようで……借りた鏡も机に置きっぱなしにして、返す前になくしちゃいますよ?」
「あ、あぁ……おはよう。鏡はちょっと今調べるには時間が無くてね、昨晩の敵が使っていた見えない一撃と、その後拘束を抜けた術の手掛かりを優先して探していたのさ。」
毛布を持ち上げ冷ややかな目で私を見つめるソーニャに弁明のような、言い訳のような言葉を紡いだ。
「それでも!寝る前には一旦片付けられましたよね!?ああもうこんなに散らかして……」
あぁ!まだ目を通していない本や資料も多いのに……
しかし私にその機敏な動きを止められる訳もなく、ベットや机、椅子に積まれた全ての物が無慈悲に本棚送りとなるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ダリっち!俺っちが手伝いに来たっすよ!」
「リンドウ、その呼び方はやめてって、それで?もう何回か予行練習するって言ってなかった?」
緑色の髪に同色の瞳、黒い衣服のその少女はやや箱入り娘を思わせる、そんな彼女は準備の手を止めることなく答えた。
「いやまぁ1回やったしもう大丈夫かなって!本番でやることもっすけど、こっちの準備の方が大事っす!」
「それもそうだけど……と、取り敢えず3箇所目はこれで終わり、後は1箇所だけ。」
「おお、思ってたより進んでたんすね、手伝いは余計っすか?」
「いや、最後の1箇所は多分私1人じゃちょっと厳しくなるよ。どっちにしろ助けを求めるつもりだったし丁度良かったかも。今日は相手にしたくないのが空けているとはいえ流石に勘づかれてかなり固められてるから……最悪、戦闘して引っ張ってもいいかな。」
「マジっすか!?やっりぃ俺っち全然暴れ足りなかったんすよ!」
それを聞いた青年がはしゃぐようにガッツポーズをする。
それを見た少女は呆れたように溜息をついた。
「最悪のケースだよ?最悪。それと私を巻き込むのはやめてね、ほんとに。」
「勿論!わかってるっすよ!」
「ほんとかなぁ?」
◆◇◆◇◆◇◆
「よ、昨日ぶりだな。よく寝れたか?」
「べヌス、君はよく眠れなかったみたいじゃないか。」
彼の鋭い目の下に出来たクマを指さし、ついでとばかりに軽度の疲労回復剤を渡しておく。
明らかに昨夜の件が睡眠不足の原因と推測できるがあまり無理はして欲しくないな。
情報が少ないために対応に難儀しているのだろう。
「そんな状態で見に行くのかい?」
「あぁ!1年で1番の楽しみだからな!」
そこまで言うなら仕方ないが……
街の東側にある円形闘技場の入口で、必要だからと多少の変装をしつつ私達は落ち合い、一般席に向かった。
私はともかく、ベヌスは意外と顔が割れている以上念の為と言うやつである。
「初めての見物は一般席で、か。」
「こういうのがいいんだよ、こういうのがな。」
彼なりの楽しみ方というものだろう、それに乗るのも悪くは無い。
席に着いて早速受付で渡されたトーナメントと賭け用のオッズが書かれた紙を見る。
見慣れない名前ばかりだがそういった情報に触れることが少ないため当然と言えば当然である。
「別枠にウランの名前があるが、エキシビションといったところかな?そういえば毎年そんな感じのことを言っていた気はしなくもないが。」
「そうだな、去年は第5位階冒険者、ルディってやつが優勝してウランに挑んでたが、まぁ結果はお察しの通り。でも次の第8位階冒険者はきっとあいつだって皆大熱狂だったんだぜ。」
知らないうちにウランがまた強くなっていそうだ。
ともかく、開始までもう少し掛かるらしいので席の合間を歩く販売員から適当に果実水を購入して1口つける。
日差しと檸檬の風味が心地よい。
◆◇◆◇◆◇◆
第1、第2試合は特に何かを感じるでもなく、盛り上がりも少ないごく一般的な戦闘で終了した。
意外とこんなものかと思ったが、そんな考えは第3試合で一気に吹き飛ぶことになる。
東入場口から現れた黒い外套に白く長い鼻のついた、不気味な仮面をつけたエリアスというその男。
前2つとは違いその対戦相手に第7位階冒険者が出るということもあり、少々期待しつつ見ていたのだが、蓋を開けてみればエリアスの圧倒的な勝利が待っていた。
「今のは……正直驚いたな。」
「初出場の無名戦士というからてっきり相手が勝つかと思っていたね。使っている武器はスティレットか……あの速度の突き技は中々目を見張るものがある。」
「あぁ、出来れば衛兵の重役として雇いたいが、名前すら聞いたことがねぇな。別の所から来たばかりか最近頭角を表したか、ともかく頭に入れておくか。」
試合中まさかの展開で興奮のあまり叫んでいた彼だが今は随分と落ち着いている。
そんなテンションで最後までもつのか?ただでさえ寝不足だというのに。
それにしても、あのスティレットでの戦い方はどこかで見た覚えがあるような……?
「お?次は今日非番のうちのやつか。」
「へぇ、衛兵も試合に出てるのか。」
祭りで全員駆り出されているものかと思ったが、
意外とそうでも無いらしい。
ふと気になり辺りを見渡せば観客席にチラホラ見覚えのある人物がいた。
「あぁ、こいつもなかなかイカれ……まぁ、強ぇヤツだから期待できるぞ、ちょっと危うい所はあるが俺が目を付けてる隊員の1人さ。」
果実水を啜りつつ、進行のアナウンスを待った。




