第10話 ー邂逅ー
「そして最後に第9塔管理者レムリア様より!花布に牛革を用いられた、重厚で丁寧な作りの1冊の書物!こちら、なんと読むだけで魔道具作成の職につけるどころか、その最先端に至ることが出来る、そんな1冊になります!最低額指定はありません!」
遂に、私の番。
やや厚めの本ではあるが、劣化しないように工夫もしているし、読みやすいように中身の精査にはかなり力を入れたつもりだ。
一見してその価値が伝わりにくい事や、インパクトのなさからあまり値はつかないだろうが、力作であることに違いは無い。
「へぇ!普通にいい商品じゃないか!てっきり君の最高傑作みたいに使いにくい魔道具を出すのかと思っていたよ!」
「……最高傑作もそこまで癖はないぞ?」
メルクにいじられはするが、私の最高傑作の癖の強さは皆によく言われる事で、今更といった感じである。
……気持ちを切り替え、少々不安になりつつも入札の様子を見届ける事にする。
「おおっと121番134万エール!これを超える方は……ありがとうございます!2034番140万エール!……1008番160万エールがでました!」
良かった。思ったより好評でどんどん値がつり上がっていく。
恐らく表に出ない私の出品物ということで、興味半分もあるのかもしれない、それでも嬉しいことには違いはなかった。
……やはり、実際目にするまでかなり緊張するな。
ふとアドラの方を見ると、売値が全てではないですからね!などとほざいているが額じゃなければどう比べろというのか。
構うだけ無駄だろう。
「それでは落札!211万エールでの落札です!」
そうして、私が初めて参加したオークションは良い成果を残し幕を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆
オークションも終わり、皆で会場の裏口付近で談笑していると、ふとソーニャが欠伸を噛み殺したのが目に入る。
「ふぅ、もう夜も深けてきた。まだまだ積もる話はあるが、私は帰ることにするよ。ソーニャも眠そうにしているしね。」
「あ、すみません……」
謝るソーニャの頭を撫でつつ、改めて皆に帰宅の旨を告げた。
「おお!私も明日はやる事があるし帰るとしよう!です!それとレムリア!やはり君がいるのといないのじゃ全然違うぞ!です!来年もまた全員で揃いたいな!です!」
「本当に色々、そう、色々ありましたが、楽しかったですよ……そうだ、貴方にこれを。」
アドラが含みのある言い方をしつつ、私に1つの箱を手渡した。
これは……
「所有者が私であるならば貸し出すのはいつでも構いませんし、使ったお金の回収はなるべく早くしたいですからね。貸出料はまぁ……1週間で落札額の10%程としましょうか。」
「29万8千エールって事か……押し付けがましい上に随分なぼったくりじゃあないか。」
「おや?借りないのでしたらそれでもいいのですよ?」
あぁ、これだから商売人は嫌なんだ、懐具合の見極めがうざったい程に上手い。
「はぁ、分かった。有難く借りるとするよ……それじゃあまたね、来年もなるべく参加出来るようには心がけるつもりさ。」
そうしてしばしの別れを告げ、会場を後にする。
すっかり闇に包まれた道路は人通りも少なく、チラホラと見える酒場や宿の明かりは誘蛾灯のようで、時折人影が吸い寄せられていく。
「レムリア様、今日は楽しかったです。」
「そうか……私もだ。アドラの悔しがる顔も面白かったし、来年もまた参加するとしようか。」
「はい!今からもう楽しみです!」
気がはやる彼女を横目に星明かりに照らされる道をゆっくりと歩いた。
歩き始めてはや数分、ちらほら見られた飲んだくれももう見かけず、今は閉まっている商店通りへかかった頃。
私とソーニャの足音に合わせるように少し後ろから足音が聞こえた。
……やはり、誰かがつけてきている。
目的は私かソーニャか、気の所為ということも無くはない……か?
「ソーニャ、少し忘れ物をした。1度取りに戻るから先に帰っててくれないか?」
緊急時のハンドサインを交えつつそう説明する。
これで相手の目的がどちらかわかる上に、ソーニャを遠ざけることが出来る。
お互い逆の方向へ進み、私は追跡者が隠れた物陰の横を通り過ぎようとして……
「なんの真似かな?これは。」
首を狙うように剣が振るわれるが、それを軽く後ろに下がって避ける。
狙いは私か。
「レムリア様!」
「邪魔だ!いいから行け!」
駆け寄ろうとするソーニャをやや強い言葉で追い返し、改めてその者を見る。
オレンジ色の髪の少女……見た覚えがある、確か……
「鏡。渡されてたのは見たから知ってるよ?それ、頂戴?」
「君は……あの時アドラと競り合った少女か。それで?これは彼の物だ。よこせと言われて君に渡す道理はない。」
言い返したその瞬間、瞬きの間に目前へと彼女が迫る。
「……ッ!」
続け様に何度か武器が振るわれるが、既の所で回避が間に合い、傷を負う事は無かった。
「反応が早いなぁ。これはちょっと大変……かも?」
わざわざ受け身になる必要もなかったが、相手の足運びから下手にリスクを取っていい相手では無いに違いない。
改めて、彼女が距離をとったことで手にしていた武器がよく見える。
手に持つのはさほど長くなく、先端につれ幅が広く外側に反ったダガーの1種。
確かライン帝国の軍隊に支給される量産品で、彼女がその関係者だとは思えない以上、盗品とみて間違いないだろう。
「鏡を必要とする理由を教えてくれないかな?」
「……教えれば素直に渡してくれるの?」
「ははっーーー。まさか。」
それと同時に、彼女は凄まじい速度で詰め寄り大きく横薙ぎに払う。
それを後ろに飛んで避け、続け様に振るわれるそれを半身で躱しその流れで回し蹴りを叩き込んだ。
「……ふむ、やはり流されるか。」
「うーん、別に良いんだけど……本気で来ないと死んじゃうよ?」
「要らぬ心配だが……確かに早く帰らねば余計な心配をさせてしまうね。最高傑作、9番『星片ニクス』。」
腰に着けた空間収納の魔道具に手を当て最高傑作の1つを呼び出した。
応じるように私の周囲には1辺2m、底辺1m程の巨大な7枚の板が現れ、浮遊し始める。
本気というにはまだ遠いが……人々が武器防具に求めたシンプルな強さというものを教えてやろう。
◆◇◆◇◆◇◆
自身の周囲をゆっくりと回るように浮遊させた7枚の板。勿論ただの板ではないし、等しい2辺はよく研がれている。
全てに浮遊と魔力操作が付与してあるのだがただそれだけ、気づけさえすれば簡単に操作権を奪えなくもない……まぁ勿論、そう簡単にさせないようにしているが。
「様子見かい?来ないならこちらからいこうか。」
7枚のうち3枚を自身の周囲に残し、個別に動かして斬り掛かる。
当たらずとも動きは制限できる上、体力の消耗も少なくはないだろう。
「ッ!それ!ちょっとずるいと思うな!……でも、かなり集中していないと使えないくらい、難しいんじゃない?」
文句を垂れた後、推察を述べると同時に全ての板を捌き切り、此方へ駆けてくる。
残した板で迎撃しようにも……位置が良くないな。
動線上に自身を巻き込みかねない上、推察の通り肉弾戦をしながら操作する余裕はない。諦めて受けに徹するとする。
「あはは!やっぱりさっきより動きが鈍いよ!それ使うの向いてないんじゃない?」
「ちっ、肉弾戦は!得意ではないんだが……ねッ!」
どうにか距離を取れないか、無理やり間に板を立てて下がりたいところではあるがタイミングが掴めない。
突然、彼女の身体がグンと沈んだかと思うと踏み込んだ上で回し蹴りを叩き込んでくる。
威力が出る前に抑えようとして彼女の脹脛を掌で押えた時、鋭い痛みが走った。
直ぐにそれ以上進まぬように指先の力を強め、軸足を蹴って払いつつ間に板を立てて距離をとる。
改めて痛む掌を見ればバックリと割れて血が流れ出ていた。
急いで止血しつつ、観察に移る。
街灯の光に照らされ、薄らと金属質の反射が見えた。
「脹脛と、靴の両辺、腕は見えたな、仕込み刃か……毒は塗っていないようだが、さてはまだ扱いになれていないね?」
「んーん、違うよ……そんな勿体ないこと、したくないだけ。」
嫌な話の逸らし方をするが、実際自身を傷つけ兼ねない以上下手に毒は扱えないのが事実だろう。
とはいえ、星片ニクスを用いて尚近ずける近接戦闘能力の高さ、更にこの暗さだとどこに何が仕込んであるのか分かりずらい。
下手に受けに回るのは不味いな。
彼女が迫り、その踏み込みに合わせるように暗闇の中から板を高速で叩きつける。
流石に面で打てば攻撃範囲は広く、狙い通り彼女は避けの体勢を諦め防ぐ姿勢をとる。
だが、吹き飛ばされると同時に私に向けて腕を振るったのを見逃さなかった。
攻撃を続けつつ回避行動を取った次の瞬間、背後から建物の倒壊音が聞こえる。
もし、正常な体勢から振るわれていれば間に合わなかっただろう。
現に保険で用意していた自身を覆う物理障壁の魔道具は今の一撃で叩き割られている……かなりスレスレだったのは間違いない。
「うっそー、それ避けれる人あまりいなかったのに……なんてね。」
星片ニクスでの攻撃を捌きつつ見せた彼女の笑顔、それと同時に腹部に鋭い痛みを感じる。
……音も、動きも見逃してなどいない。
あまりの痛みに視界が歪み、全身が熱く感じる。
力が抜け倒れそうになる身体を気力で抑え、膝立ちの姿勢に移り、状況把握に徹した。
辺りに浮かぶ星片ニクスが大きな音を立てて地に落ちる。
「あれ、倒れないんだ……凄いね。でも……」
遠くで彼女の声が聞こえる。
腹部には、1m程の大きさの捻れた短槍が突き刺さっており、彼女が述べていた理由からか、毒の類は無さそうに見えた。
攻撃せねば後は無いが、今の状況では数秒も保てはしないだろう。
「あは、苦しいよね?今楽にしてあげる。」
膝をついたまま、濁る視界で彼女を見上げた。
1歩、また1歩と楽しそうな鼻歌と共に足音が近づき……彼女が目の前で立ち止まる。
……いや、立ち止まらせた。
「おっと?……全然効いてなかったんだ。あはは、騙されちゃった。でも凄いね?そんな重症になってまで、その板を扱う集中力が保てるなんて。」
3枚の板を重ね噛み合わせるように首元に突きつけ、ゆっくりと姿勢を戻し、体の調子を確認した。
念の為短槍の追撃を警戒するがやはり何の起こりも見えない。
タネが割れていない以上、警戒を完全に解かずとも不安は残る……が、一先ず問題ないように思い、言葉を発する。
「はぁ……効いているさ、かなりね。」
それを聞いた彼女は不貞腐れたように頬を膨らませた。
実際かなり身体は痛むが、この程度であれば動く事も、星片ニクスの操作も可能だ。
現在進行形で白衣の内側に取り付けられた薬液を用いて傷の悪化は防いでいるが、一時的なものでしかない為になるべく早く然るべき治療を受けたいところである。
「ふーん。ねぇ、ちなみに痛みを感じないわけじゃないんでしょ?ほら、汗だってかいてる。」
嫌な予感がする。
今の言葉は諦めた者のソレじゃない。
「悪いが情報をそう易々と与えるほど馬鹿じゃないんでね。」
「そっか……あ、もう時間切れだね……じゃあ、バイバイ。」
そう言って、瞬きの間に彼女は星片ニクスによる拘束から逃れ、夜の闇に溶けるように走り去っていった。
明瞭になりつつある視界の端に、ソーニャと第2塔管理者であるベヌスの姿が見えた。




