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古の遺産

 昨日に続いて本隊とは別行動を命じられていた佐村少尉と、臨時に彼の指揮下に入った兵たちは、実田に指示された場所に来ていた。そこは辻野大尉と部下が偵察を行っている場所にほど近い場所で、森と宇賀那の土地の境目あたりだった。

 

「実田、本当に役に立つのか。こんなものが」

 

 佐村は連隊本部の方からビヤーキーに乗って来た実田を見るとすぐさま、彼の部隊が時にはトラック、時には馬匹、時には人力を使用して苦心惨憺の末に運んできた薄汚れた金属の塊を指さした。

 それは野砲と重砲の中間程度の大きさの筒状の機械だったが、数百年以上にわたって放置されていたらしく、銀色をしていたであろう表面は白く曇っている。

 


 昨日佐村たちが古の者と会った場所の近くに放置されていたこの機械を、実田の命令で偵察を行っていたセラエノ神智教会の1人が発見した。実田はそれを聞くや否や回収を提案、昨日のことで多少の地理勘がある佐村たちが駆り出されることになったのだ。

 

 「ああ、一時は人類を遥かに超える文明を持っていた連中、古の者の武器だ。連中はかつてはクトゥルフの眷属と互角に戦い、ショゴスの反乱を鎮圧したのだ」

 

 実田は自信ありげに言った。彼が珍しく嬉しそうであることに佐村は気づいた。

 

 「昨日見た古の者の武器か。あの化け物に対して使うつもりか?」

 「ああ、普通の手段では殺すことが出来ないショゴスを、古の者はこの武器を使用して倒した。おそらく、クトゥルフの落とし子に対しても、それなりの効果が見込めるはずだ」

 「それはいいが、あんな森の中に放置されていた機械が使い物になるのか。なったとして、使い方が分かる者などいるのか?」

 「心配は無用だ」

 

 そう言うと実田は、ローブの中から薄汚れた巻物のような物体を取り出した。と言うより、それは本当に巻物であるらしく、内部には図や記号のようなものがびっしりと描かれていた。

 

 「何だ、それは?」

 「セラエノから持ち込んだ書物だ」

 「セラエノ?」

 「宇宙の全ての知識が収められた図書館がある場所だが、まあ貴殿らには関係がないな」

 

 実田は面倒くさそうに答えると、半ば溶けたような形の指で機械を触り始めた。筒の側面に付けられた目盛りのようなものを操作すると、内部から甲高い音が聞こえた。

 

 「動くのか?」

 「ああ、作った連中と同じで、やたらに寿命が長いようだ」

 

 実田は佐村ではなく巻物の方に視線を向けていた。巻物の開かれた部分には、目の前にあるものとよく似た機械の絵が不可解な記号と共に描かれている。

 

 「イースの大いなる種族も熱心なことだ。少し小競り合いをしただけの連中の武器についてまで、詳細な記録を残してくれるとは」

 

 実田は薄く笑いながら、機械の先端をクトゥルフの落とし子がいる方向に向けた。どうやら、巻物の中の情報をもとに、機械を本当に使う気のようだ。

 

 「実田、その武器だが」

 「何だ?」

 「いったい、どういう機能を持っているのだ? それと、こんな遠距離から発射して効果があるのか」

 

 機械の形は中型の大砲のように見えなくもないが、砲口は開いていない。しかも、砲弾らしきものも見当たらない。これでどうやって、対象にダメージを与える気なのだろうか。

 さらに気になるのが、佐村たちが現在いる位置とクトゥルフの落とし子との距離が離れすぎていることだ。これでは命中が見込めるか怪しいし、当たったところで効果があるのかも分からない。

 

 「見ていれば分かる。貴殿らは、クトゥルフの落とし子がいる方向に立っている連中を退去させろ。巻き込むのは本意ではないのでな」

 「分かった」

 

 佐村は慌てて、実田が武器を向けた方向にいる部下、及び敵の動きを観測していた辻野大尉の部隊に避難を呼びかけた。

 実田の不可解な言葉は気になるが、とりあえず今はそれどころではない。一昨日からの異形の怪物たちとの戦いで散々痛めつけられた将兵が、この上謎の兵器の攻撃に晒されるようなことがあってはならなかった。

 



 将兵が機械の前面から退去したことを確認した実田は、その向きを微調整すると、横から突き出た突起のようなものを倒した。佐村は彼が古の者の兵器を作動させたのだろうと思い、何が起きるのかを観察した。

 



 兵器の先端からは、銃砲弾その他の人類が考え付きそうなものは全く発射されなかった。それどころか、機械の微かな稼働音が聞こえるだけで何も起きているようには見えない。

 

 「失敗か?」

 

 佐村は首を捻った。おそらく数百年は放置されていた代物だ。やはり壊れているか、あるいはエネルギーが切れているのではないか。

 佐村は不信の目で兵器を見下ろした後、実田に声をかけようとして顔を上げた。所詮、このような怪しげな機械に頼ったのは間違いだったのではないか。

 

 だが彼は、次に起きた出来事を見て言葉を失った。機械の前面にあった木々の輪郭が、大きくぼやけ始めたのだ。それは明らかに振動によるものではなかった。

 敢えて言えば、極度に酩酊したときに生ずる視界の歪みに、目の前の光景は酷似している。だが、歪んでいるのは視界の一部だけだった。機械の前以外の景色は、これまで通り存在している。

 

 「…何が起きている?」

 

 部下たちが一斉に声を上げた。その声を聴いて、佐村は自分が見ているものが幻覚ではないことを悟った。目の前にある木々は実際に、歪んで崩れ始めているのだ。明らかに古の者の機械の作用によって。

 歪んだ木々は、すぐに火で炙られた蝋細工のように溶解した。その場に残ったドロドロの流動体は、青臭いような臭いを発しながら地面に吸い込まれていく。

 

 「おい実田? 何だ、これは?」

 「だから、これが古の者がショゴスとの戦争で利用した武器の効果だ。物質を構成する分子相互の連結を切断し、破壊する。ショゴスを構成する組織は物理的な衝撃では破壊できないが、古の者は反乱を起こした奴らを始末する方法としてこの機械を作り出した」

 

 佐村の質問に、機械を操作していた実田は億劫そうな様子で答えた。それ以上説明する気はなさそうなので、佐村はとりあえず先ほど消滅した木々の向こうを見ることにした。

 宇賀那に存在する家屋の一部が、倒れるでもなく砕けるでもなく、ただ溶け崩れていく。そして、さらにその先には、クトゥルフの落とし子の巨体が見えた。

 




 

 戦艦の舵が効くには少し時間がかかるが、やがて長門は5隻の僚艦と共に宇賀那への進路を取り始めた。ほぼ同時に主砲が発射される。長門が発砲可能な主砲塔の数は半減しているが、それでも十分すぎるほどの衝撃が艦内を刺し貫く。

 他の5隻の戦艦も発砲を続けている。被害を受けていない伊勢型、扶桑型の4隻はもちろんのこと、さっき射撃指揮所を破壊された陸奥も8門の主砲を唸らせている。おそらく予備射撃指揮所への切り替えが完了したのだろう。

 

 発射された主砲弾は、次々と宇賀那に落下している。海岸に係留してある漁船の近くに巨弾が落下し、それを跡形もなく吹き飛ばす。さらに海岸近くの家屋の一つにも巨弾が落下し、いかなる土木機械をも上回る速度でそこを更地に変える。

 

 もちろん怪物の周囲で炸裂する砲弾もある。相変わらず直撃は出ていないが、一部の砲弾はかなりの至近距離に落下し、怪物に確実に打撃を与えているようだ。そう言えばさっきから怪物は発光をやめている。積み重なる傷によって、攻撃が不可能になったのかもしれない。

 

 「怪物が森に向かっています」

 

 新たな報告が届いた。怪物はさっきまで、戦艦部隊がいる海の方向に歩いてきていた。それが今は、逆に森に向かい始めたというのだ。


 「奴には、そんな知性があるのか?」

 

 岡田は首を傾げた。彼はクトゥルフの落とし子が戦艦の砲撃を逃れるために、そのような行動を取ったと解釈したのだ。怪物が陸軍部隊の方に近づいて行けば、海軍側の砲は巻き添えを恐れて発砲できなくなる。その効果を狙ったものだと。

 だが問題は、怪物にそこまで考えた行動を取る知性と、そもそも陸と海の二つの敵が同じ国家に属しているという知識があるかだ。

 陸軍の報告によると、あの蛸のような怪物の仲間である半魚人は銃器を使用でき、さらにこちらの武器を奪取しようとしたということだ。ということは、確かにあの怪物が知性を持っていてもおかしくはないのだが。

 

 「逃がすな! 奴が陸軍部隊に接近する前に仕留めろ!」


  岡田は大音声で命令した。一度森に入られてしまえば、こちらからの攻撃は不可能になる。何としても、怪物と陸軍部隊が接触する前に仕留めなければならない。

 その声に応えるかのように、6隻の戦艦は主砲を発射し続ける。距離が近づいたせいで射撃精度が上がったらしく、怪物の近くで炸裂する砲弾の数はさっきより明らかに多い。

 

 「これなら…」

 

 岡田は呟いた。相手は戦艦よりずっと小さいが、味方の射撃精度も上がっている。このまま行けば、怪物が海に入る前に直撃弾を与えられるのではないか。

 

 そんな期待を抱きながら怪物の様子を観察していた岡田は目を見開いた。怪物が再び光を放っている。例の攻撃を放っているのだ。今度の目標はどの艦で、どのような損傷を受けるのだろう。

 そう思った刹那、後方から巨大な爆発音が聞こえた。岡田は顔色を変えた。何が起きたかはともかく、味方にこれまでで最大の被害が出たことは音を聞いただけで明らかだった。

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