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The Woman

 俺は女を見ている。

 女の肌は安っぽいモーテルの安っぽい電球の光に照らされて輝いている。健気だなんて思ったりしない。そんな風に感じさせる女とは寝ない。

 都市まちを恋しがったのはキャスパーだった。

 奴は百もの理由を店先に並べ立て、俺はしぶしぶハンドルを切った。しぶしぶってのは少し嘘だ。俺もそろそろ喧騒やネオンや下水の匂いが懐かしかった。車を預けたら別行動。奴らは雑踏の中に消えていった。キャスパーの時間の過ごし方は俺と似たようなものだろう。バルサは――まあ、バルサはバルサだ。なんか食ってるか、誰かぶちのめしてるか、世界の半分を滅ぼしたり救ったりしてるだろう、多分。

 俺は手ごろなナイトクラブの階段を降り、洒落たバーテンに洒落た酒を頼む。カウンターにもたれかかってグラスを弄ぶ。ダンスフロアを見渡す。このクラブの一番の売りは音楽や酒じゃなくてFJファンタジー・ジヨツキーだろう。フロアより一段高いステージで独り青いライトに照らされている彼の横顔は修行僧じみている。ミラーサングラスをかけた、高僧。FJの前には巨大なターンテーブル似た台。その上に整然と並んだ錫の鉢の内側では炎が燃え続けている。FJは指揮者の手つきで炎になにかをくべる。白っぽい粉や、乾燥した葉、小さな紙片、練って丸く固めたなにかを。鉢からあふれ出た濃い煙がフロアを這う。甘く重だるい香りが漂う。キノコ、罌粟けし、ペヨーテ、石灰、それから大麻。ここのFJは自然派らしい。FJのブレンドに合わせDJがダウナーな曲に切り替える。客たちは潤んだ目で陶酔を受け入れる。深海魚みたいに踊る。立っていられなくてフロアに寝そべる奴らもいる。つかの間の死。

 目が合う。彼女はごったがえすダンスフロアから猫みたいに抜け出してきた。やあ、ハイ、いい夜だな、どこから来たの?、友達と一緒?、ここって少し寒くない?、俺もそう思ってた、ねえ、あたしの部屋はあったかいよ、すごくあったかい。

 俺の好みはシンプルだ。

 若くて、頑丈なの。鎖骨や肋骨が飛び出してるのは嫌だ。注射痕だらけの腕は苦手。少しでも気に食わなきゃこっちを遠慮なく張り倒してくるようなのがいい。かわいそうなのは、困る。

 俺はうつぶせで眠る女の背中を見る。

 健やかな寝息に合わせてたゆたっている。まろく乗った脂肪は、肌に落ちかかる影の浸食を許さない。影を寄せつけない、肉。枕に頬をうずめたまま、彼女が何事か呟く。メタリックイエローに塗られた口角が上がる。幸せそうなよだれ。ぬぐってやりたいような気もしたが、俺はさっきまで好き勝手していたその体にもう触れることも出来ない。俺は祈る。どうかどうか、彼女の眠りをお守りください。

 俺はベッドから立ち上がる。ジーンズを履いて、シャツもちゃんと着て、モーテルを出る。空の端が薄いオレンジに染まり始めていた。

 車に戻って、後ろのシートの上で丸くなる。眼を閉じる。

 頭の中がうるさい。

 ダンスフロアを横切って近づいてきた脚、ヒールの音、抱いた肩の感触、コロンの下に潜んだ汗の匂い、安っぽいモーテル、安っぽい電灯、ざらついたシーツ、まろい背中、影を蹴散らす背中、空の端っこの色、近づいてくるふたつの足音、ドアが開く音、左右からのしかかられる重み、体温、熱。俺の仔犬ども。

 出したい。吐き出したい。言葉が跳ね回ってる。脳は腫れあがってる。頭蓋骨が内側から砕けそうだ。俺の頭の中は狭くって、もう書くとこなんて残ってなくて、それでも無理やり押し込めようとするから、頭の中はうるさくなる一方だ。

 俺は作家になりたい。


(了)

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