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タックス

 タックスの雑貨店は荒野にぽつんと建つ駅舎だ。その鉄道はとっくに廃線になってるから迎えるべき列車は来ない。代わりに俺たちみたいなのが頻繁に訪ねてくる。

「いらっしゃい」

 事務所を兼任する店舗で俺たちを迎えたのは、しかし、馴染みの肥満体じゃなかった。彼女はスリムだった。いつもはタックスが贅肉を溢れさせているカウンターのうちを悠々と泳いでいた。

 面食らっている俺たちに彼女は苦笑した。

「安心して、店を間違えたんじゃないから。会うのは初めてよね?」

 鼻の上に散ったソバカスがキュートなハート型に歪む。

「嬉しいサプライズだ。この店に寄る理由が増えた」

 キャスパーがいそいそと進み出てカウンターに寄りかかる。

「手品を見せようか。あんたの名前を当てる。当たったら今度、一緒に食事を。――シシーだろ?」

「へえ、タネを教えてくれる?」

 彼女の眼に興味深そうな光が浮かび上がる。

「ネタばらししちゃつまらない」

「知りたいわ」

「しょうがないな、特別だぞ。用心深いタックスは店を他人に任せない。信用してるのは身内だけだ。で、こないだ都市まちで暮らしてる一人娘が里帰りするとか言ってた」

 あっはっはと陽気に笑って彼女は手を差し出した。

「正解よ、手品師さん」

「キャスパーだ」

 キャスパーは彼女の手を取って握手する。で、放さない。

「親父さんに似なくて幸運だ。だって奴は、ほら――」

「太っちょのおチビさん? これでも体型には気をつけてるの」

「その成果は充分に出てる」

 キャスパーは親指を撫でるように滑らせて、彼女の肌の感触を楽しんでる。やれやれ。

 バルサは興味なさげに店内をうろつき回って、棚の商品を眺めたりしている。毒々しい色のソーダ瓶の前で一瞬ぎょっとしたように足を止めてから、入り口のドアのところに落ち着いた。あのソーダはあとで買ってやろうと思う。

「タバコくれないか。『マデクワナ』を」

「メンソール? ライト?」

 俺はさりげなく窓辺に近づいた。窓の外を横目で眺めながら、キャスパーのお楽しみが終わるのを待つ。

「ミドルヘビー」

「変ね、ないわ。ごめん、切らしてるみたい」

「後ろの棚の上じゃないかな。悪いけど探してくれないか」

 シシーは言われた通り棚に立てかけられた脚立に上った。ホットパンツに包まれた半球がうごめく。

「きっと奥のほうだ。ああ、もう少し右」

「どこ? もっと奥?」

 ゆらゆら揺れる魅惑の光景。ここからじゃ見えないが、キャスパーの鼻の下は伸びている。文句をたれる義理はない。ありがたくご相伴にあずかろう。

「そう奥。手を伸ばして。思い切り突っ込んで。ああ、いいね。上手だ。ふう」

 小さく小さく、撃鉄を引く音がした。

「で、お嬢さん」

 魅惑の肉に銃口が沈み込む。キャスパーはカウンターの上に座って、ゆったり足なんか組んでいる。

「あんた誰だ」

 タックスに娘はいない。息子ばかりが十二人。

 タックスが太っちょのおチビさんなのは本当。どっちもかなり控えめな表現だけど。

 窓の外は静まりかえっている。お仲間の姿はない。単独犯だ。

 考えなしの物取りってとこだろう。下調べすらしないレベルの。きっとタックスの本業も知らない。なんともお粗末。

「あいつの悪趣味はどうにかなんないのか」

 入り口をふさいでいたバルサがぼやく。

「許してやれよ。誰にだってちょっとした楽しみは必要だろ」




 都市まちと町、町と村、村と集落。その間に横たわる荒野。法の及ぶ範囲はごくわずかだ。司法機関の連中は指についたドーナツの砂糖をしゃぶるのに忙しい。奴らが白い粉でハッピーになってる間、代わりを務めるのが仲介屋ブッカーだ。簡単に言えばオシゴト斡旋業者。彼らは警察や企業が手を出したがらない案件を引き取って、適切に処理できる働き手(ウォーカー)に渡す。最大の強みはネットワーク。どんな田舎町でも僻地でも、奴らの末端神経は過敏に反応する。

 仲介屋と付き合うのは難しくない。必要なのは覚悟と度胸と羽みたいに軽い命。そして、一番肝心な点は信頼だ。

 タックスは信頼できる仲介屋だ。ごめん、嘘。信頼できる、は言い過ぎた。

「タぁーーーークッスぅ」

 彼は生きていた。地下の食糧貯蔵庫で縛られてた奴さんを見つけるのには、少し時間がかかった。「でかいチャーシューかと思って見逃した」とはバルサの弁だ。

「情けないザマだな、え? あんなアマチュア相手に」

 猿轡を外してやりながらキャスパーがぼやく。タックスはぶはっと大きく息をついた。

「油断した。だって――あの尻、な?」

「ああ、最高だった」

 キャスパーが大きく頷いた。その尻の持ち主は今、椅子に縛り付けられて転がされている。あとはタックスが好きにするだろう。

 俺たちは貯蔵庫から店に戻った。タックスはせかせかと所定位置であるカウンターの中に収まった。やっと座りのいい光景になった。

「持つべきものは友だ。約束しよう、今度から最高の傭兵ウォーカーの名を訊かれたら、真っ先にあんたがたの名を出すって。ブランデーは? 上等なのがある。いやいや、あんたらならシェリーだな。分かってる分かってる」

 栓が抜かれた。おべんちゃらよりずっと心地いい音だ。濃厚な香りがあたりに漂う。

「で、賞金首をとっ捕まえたって? ふむ、メンを改めさせな」

 バルサと俺で件の芥衆アクターズを車のトランクから店まで引きずってきた。もう息はしていなかった。タックスは頬肉を震わせて首を振った。

死体(DOA)か。ボーナスはナシだな」

「ここについた時は生きてた」

 俺はむっとして言い返した。タックスが間抜けをやらかさなきゃ、間に合ったはずだ。

「俺たちは命の恩人だろ?」

「七八〇〇ドラーロ。こっからあたしの手数料を引いて、税金を引いて、おおそうだ、今月は特別協会費の徴収もあるんだった」

 がちゃがちゃ、チーン。クラシックなレジスターから引っ張り出された紙幣は羽よりもずっと軽い。キャスパーはサングラスの向こうで片眉を上げてみせた。バルサは鼻にしわを寄せてシェリーの匂いを嗅いでいる。

 俺はカウンターの金をつかんでポケットにねじ込んだ。三段アイスはナシだ。

「なあ、坊主。あんたらのことは息子みたいに思ってる。ほんとさ。だが他の傭兵の手前もある。依怙贔屓えこひいきなんぞしたら信用を失う」

「分かってるさ、タックス」

 タックスの息子たちは俺と同じ傭兵だ。だった。親父に斡旋された仕事で、全員が荒野の染みになった。

 そう言ってくれると思ってたよ、とタックスは上機嫌で棚から何かを引っ張り出した。色あせた黄色のフォルダ。カウンターを滑らせてこちらに寄こす。

「贔屓はできないが、おいしい仕事を紹介してやることはできる。言っとくが、あんたらだから回してやるんだぞ」

 俺はフォルダを開いて、綴じられていた書類をパラパラめくる。

「スワン・ピークか。近いな」

「だろう? コーヒーを買うついでにでも寄るといい」

 最後のページまでたどり着くと同時に、キャスパーが俺の後ろからにゅうと手を伸ばしてフォルダを閉じた。

「悪いな、タックス。あんたの仕事は受けられない。旅の途中なもんでね」

「旅だと? キャスパー、旅って言ったか?」

 キャスパーは体の前で手をひらめかせ、腰を折って芝居がかったお辞儀をしてみせる。

「気でも触れたのか?」

「あんたには負ける」

「そうか」

 タックスは愛想を吹き消して俺の手からフォルダをむしり取った。仕事をする気がない傭兵なんて、金の卵を産まないガチョウと同じだ。絞めるか、追い出すかの二択しかない。

「なら、もうここに用はないだろ」

 タックスの視線が椅子ごと床に転がった元・娘に注がれる。ハート型のそばかすを獰猛に歪め、雌ライオンのように毛を逆立てる彼女はうかつに過ぎた。荒野のルールは目には目を、じゃない。目には目と歯と鉛玉を、だ。

 キャスパーはひと息にシェリーをあおってからカウンターを離れた。バルサはグラスを手つかずのまま残した。俺も二人に続く。

「旅なんてもんは」

 店を出ようとした瞬間、カウンターの薄暗がりから聞こえた呟きは、寝言と妬みに似ていた。

「旅なんてもんは、帰る場所のある奴のすることさ」

 後ろ手にドアを閉め、俺は店を出た。二人はボンネットに左右から寄りかかって待っていた。

「奴さん、なんだって?」

 キャスパーが俺に訊いた。

「良い旅を、だとさ」


 彼女は全部で七八〇〇ドラーロになったらしい。

 新資本主義に祝福あれ。


(了)

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