いい日旅立ち
俺が作家になりたいと告白した時、二人はすぐさま周りの奴らを全員殺した。連中が俺の言葉を笑ったからだ。
「しかしだ、メル。なんでお前が作家なんぞに」
血まみれの腹をおさえてうずくまってたバーテンに最後の一発をくれてやりながらキャスパーが言った。
「物書きなんてのはタイプライターでマスかく手合いだぞ。奴らの万年筆のインクはザーメン。少しもスタイリッシュじゃない」
「その通り。俺はマスかいてぶっかけたいんだよ」
俺は奥の厨房から顔を出して答えた。
「頭の中で言葉がうるさいんだ。十五の頃を覚えてるか? 毎日、ぶっ放すことばっか考えてた時期があるだろ? そんな感じだ。頭蓋骨が内側からはじけそうだ。俺はどうしたってこいつらをひり出さなきゃならない」
「十五か。そりゃキツい」
「しかもただの十五じゃない。ぴかぴか童貞の十五歳だ」
キャスパーは同情に満ちた声でうなった。
「だが作家ったってなにを書く? 詩、小説、エッセイ、評論――ハードボイルド小説だけはやめろよ。そんなもん書いてみろ。端から全部燃やしてやる」
俺はようやく見つけた赤いポリタンクを運びながら答えた。
「分からない」
は、とキャスパーが間抜けな声をあげた。
「俺は俺の頭の中で暴れてる奴らを静かにさせたいだけなんだ」
キャスパーはバースツールに腰かけ、下半分だけ生き残ったジンの瓶に直接口をつけた。俺はその間にポリタンクの灯油を床にまく。
「旅だな」
やがてぽつりと呟いた。
「いい作家ってのは放浪するもんだ。ヘミングウェイ、チャトウィン、ガルシア=マルケス」
「誰だ、それ」
「気にすんな。死んだ奴らだ」
旅か。悪くない、と俺は思った。この小さな裏通りに押し込められているのはうんざりしていた。
店の外からけたたましい音が響いた。表に出ると、古いステーションワゴンのバンパーと街灯の鉄柱が熱烈なキスを交わしていた。ワゴンは元・バーの常連、現・死体の誰かの持ち物だろう。
「運転は嫌いだ」
運転席から滑り降りながら、バルサが不機嫌そうにキーを投げてよこした。
バーからあがった火はストリートの三分の一を焼いたそうだ。
「腹の立つ町だったからな。ちょうどいい」
助手席でキャスパーはそう評した。
バルサは後部座席で目を伏せる。
(了)




