書くことについて
そして、俺は本格的にぶっ倒れた。
万年筆と手帳を手に入れて四日目のことだ。
正直、前後の記憶はあいまいだ。だから、ここから先の話は伝聞になる。
覚醒と気絶のめくるめくリフレインを踊っていた俺は、町一番と評判のヤブ医者の元に放り込まれだ。半日後、輸液と輸血の管を引きちぎって逃亡。奴らが俺を見つけたのはバッタ物の露店の前。ふたつを握ったままひっくり返っていたらしい。奴らは――多分、小さいほうの奴だと思うが――死体に限りなく近い俺の体を担いで、安宿のベッドに投げ込んだ。俺はシーツをひっかぶって顔も見せなかったらしい。奴らは「まあいいか」と思ったそうだ。半病人にベッドは何よりの薬だと、俺がシーツで籠城をしている姿に生暖かい視線を向け続けた。飯も食わず風呂にも入らない人間を何日も放っておいたあいつらも大概だと思う。
さすがにやばいと気づいたのが、四日目だったそうだ。
「あれはちょっとしたホラーだった」
と、キャスパーは顔を青ざめさせる。
一日遊び歩いていた奴らが、さあ寝るかとベッドのダンゴ虫を枕代わりにしようとした時だ。キャスパーが気づいた。
「おい、なんか聞こえないか」
「ネズミだ。カリカリカリカリ、なんかかじってる」
「違うだろ。だってこの音は――中から聞こえる」
二人はそろって、こんもり丸くなったシーツの山に耳をくっつけた。お互いの表情に自分と同じ困惑を見つけた。ひとつうなずき合った。そして左右からシーツを引っぺがした。
「人を雇わないとな、と思った。ええと、エクソシストって言うのか? そういう連中を」
とはバルサの証言。
俺は書き続けていたそうだ。
安いマットレスの上、うつぶせに丸まって。
「体はぴくりとも動かないのに、ペンと指だけ超高速。背筋が凍ったね」
「狂ったおもちゃみたいだった」
「頬がこけて目が真っ赤に血走ってて。しかも瞬きしねえんだ、これが」
「あ、こりゃダメだ。素直にそう思った」
この話になると、奴らは今でも妙に多弁になる。
ペンが紙をひっかく音だけが響く深夜の安宿で、二人は顔を見合わせた。
「なあ、バルサ」
「なんだ、キャスパー」
「お前、やるか?」
「いいのか? 本当に?」
「薬を使ってる余裕はなさそうだ。へし折るなよ」
「努力は、する」
バルサは素早く後ろに回り込み、俺の首に腕を巻き付けた。チョークスリーパー。頸椎が無事だったのは幸運だった。正しく気道をふさがれた俺は簡単に落ちた。一日以上眠り続けた。今度は奴らは遊びに出るなんてことはしなかったらしい。
「起きた時に元に戻らなきゃ、もう一回絞めないとな、と思って」
そして、俺は目覚めた。朝陽が差していた。
あの四日間で書き綴ったページは破って捨てた。ヤク中のミミズの遺言みたいな内容だったからだ。
その代わり、新たな習慣ができた。
俺は書くようになった。
自分の膝や、古い寝袋や、あるいはこの荒野を机代わりに、白いページを黒い文字で埋めていく。この行為にどんな意味あるのかは分からない。一銭の金にもならないことだけは確かだ。それでも書く。奴らは何も言わない。
今は夜だ。小さな焚火を囲んで、俺たちは好き勝手な時間を過ごしている。
寝転がったバルサは炎をじっと見つめている。時折、木の枝で焚火をつつきまわし、火の粉を舞わせて遊んでいる。
赤い岩にもたれかかったキャスパーは、俺じゃ目次でダウンするような本を読んでいる。多分、明日には読み終わって焚きつけにする。
俺は書いている。
静かな夜だ。星も何一つ囁かない。
(了)




