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パラセレネ

「ありがとう、こんばんは、僕の名前は狂ってる」

 幹線道路沿いでヒッチハイカーを拾ったのは、偶然と気まぐれとやけっぱちのなせる業だ。普段なら、夜半の荒野でぽつんと突っ立てるような奴を乗せてやろうなんて思いつきもしない。自己紹介が終わる前に後頭部に風穴が空くのがオチだからだ。臆病は最良の友。だが、その夜は最初からなにもかもおかしかったんだ。満月が悪い。正気じゃなかった。日没をゴングに、バルサとキャスパーが史上最高にくだらない理由でケンカを始めた。勝てない喧嘩は売らない主義の男が、ホモ属の頂上であぐらをかく女を挑発した。暑い季節なのに俺は風邪をひいてた。だから仲裁は遅れた。細長い体に馬乗りになった小さい体を羽交い絞めにして引きはがした頃には、パイナップルを片手で潰す拳の中には既に戦利品が収まってた。毎朝毎晩、途轍もない手間をかけて整えられる黒いヒゲだ。向かって右の頬、三分の一をゴッソリいかれてた。やめときゃいいのに、キャスパーはさらに吠えたてた。結果、左側もいかれた。

 そんなわけで、車内の空気は悪かった。

 運転席のキャスパーは両頬を真っ赤に腫らし、助手席の俺は本格的に上がり始めた熱でダウン、バルサは後ろで寝そべっている。誰も一言も発しない。

 だから、キャスパーの破れかぶれが顔を出したとき、俺にいさめる元気は残ってなかった。手を大きく振りながら立ってたそいつの前で車は止まった。風体からしてまともな野郎じゃなかった。でかい木のボタンがついた綿入りのコート、つばの広いハット、ぱんぱんに膨らんだ三角形のリュック、大きな蝙蝠傘。全部が全部、遠目でも分かるくらいボロだった。傘なんか半分は骨だけだった。ついでに言うと、その夜、雨は一滴も降ってなかった。

 乗ってけよとキャスパーが声をかけると、あいつは嬉しそうな小走りで近寄ってきた。そして、冒頭のセリフだ。

「悪い、聞き取れなかった。もう一度」

「僕の名前はクルッテルです」

 ひょろ長い体を折りたたむようにして身をかがめた野郎は、遠目で見るより若かった。十代の後半くらいか。瞳がぎょっとするほど澄んでいた。目の前の世界を見ていない者の目だとすぐに知れた。

「そりゃ――ずいぶん親を恨んだだろうな」

「本当の名前じゃないんです。でも、みんな僕をそう呼ぶので、いっそ自分から名乗ろうと思って。そのほうが手間がないでしょう?」

「あ、そう」

 クルッテルとキャスパーがそんな会話をしている横で、俺はバックミラーに目をやった。鏡の中でバルサと目が合った。警戒フェーズは最低ライン。奴の小さなアゴがかすかに上下した。ならまあ、いいか。

 にこにこ笑う少年をバルサの隣に乗せて車は滑り出した。

 どこまで行くんだとたずねると、

「空港へ」

 と答えが返った。ちょうど俺たちが通ろうと思っていたルートの途中だ。ラッキーな奴。夜明け前には着くだろう。




「実は僕、王子様なんです」

 俺はせき込んだ。バルサは黙殺した。笑ったのはキャスパーだけだ。

「昨夜の女にそう言われたのか?」

「ええと、おっしゃっている意味がよく分かりません」

 クルッテルは柔らかく首を傾げた。

「王子っていうのは文字通りの意味です。僕は王家の血を引く、王国の後継者です」

「そりゃいい!」

 キャスパーはハンドルを叩いて大喜びした。

「なら、尊き御身におたずねするが、あんたはどこの国の王子様だ? 火星か? 金星か? 地底の恐竜ニンゲン帝国なら嬉しいね」

 『恐竜ニンゲンの逆襲2』はこないだ三人で観たばかりだ。典型的なB級SFホラー。トカゲの着ぐるみがなぜかシャワー中の金髪美女ばかり襲うような映画。

「ごめんなさい、恐竜帝国じゃないんです」

 クルッテルは心苦しそうに眼を伏せた。奴のコートからはすえた垢の匂いがした。

「僕の国は南アフリカの――小国です。具体的な名前は伏せさせてください。あなたがたにご迷惑がかかるといけない」

 美しい国なんですよ、とクルッテルは語った。

 滴るような緑と白い花に覆われた国。水路が網の目のように這う首都の中央には黄金の鷹の形をした宮殿がある。広大な庭には象や孔雀、ライオンや巨大な亀が放し飼いにされている。獣たちは互いをむさぼり合ったりしない。人々もだ。国中においしいパンの木が植えられていて、その実は自由に取っていいことになっている。誰もが涼しく快適な土の家を持っている。ダイヤモンドがあちこちにごろごろ転がっていて、子どもたちの石けり遊びの役に立っている。女たちは鮮やかな布を織り、男たちは木工細工に夢中。その国の法は一つだけ。「週に二度は散歩をしよう」。

「いいね、いいね」

 キャスパーはうそぶいた。

「お国に酒はあんのか?」

「はい。ヤシの実の汁をかもしたお酒が。決して悪酔いせず、悪夢も見せず、かすかに甘く優しいだけの飲み物。みんな朝から晩まで木陰でそれを飲み、体を養います」

「家族は? どんな連中だ?」

「父は国王です。立派な体格で威厳があり、本当は少しおっちょこちょい。母は限りなく美しく偉大な王妃。それから十一人の小さな弟妹たち。最良の家族、僕の宝物。皆にまた会うのが待ちきれません」

「たまんねえな。――だけど」

 キャスパーの尖った舌が下唇を舐めた。虚飾の権化みたいな男は、他人の欺瞞には辛辣だ。今は特に残酷な気分だろう。うっぷんを晴らしたがってるし、八つ当たりをしたがってる。なんせ、ご自慢のヒゲをむしられたあとだ。

「そんな理想郷の王子様が、どうして荒野をダニみたいに這いまわってる?」

 やめてやれよ。普段の俺ならいさめただろう。やせっぽちのガキの無害な妄想までぶっ壊してやるなよ、と。

「お袋はヤク中の売春婦、親父はろくでなしのヒモ野郎。そんなとこだろ? 今晩も家を追い出されたか? 客でも引いて来いって」

 だけど熱のせいで俺は怠かった。口を動かすのもおっくうだった。クルッテルみたいな境遇の奴は掃いて捨てるほど知ってた。

「その右目の下はどうした? お袋の客に殴られたか? それともお前の客か?」

 バックミラーの中で、血色の悪い爪以外の飾り物を持たない指が紫と黄色のまだらの痣をなぞった。隠そうとして、すぐにあきらめたような仕草。

 細い首が折れた。コートごしでも分かるくらい薄い背中が丸まった。悪魔じみた男は獲物の血のついた唇を美味そうに舐めようとして――当てが外れた。

「まさか、ご存じだったとは。博学なんですね」

「あ?」

「これは我が王族の証。家族みんなおそろいの痣があります」

 顔を上げたガキの頬には、醜い痣と感謝の笑みが広がっていた。

「でも、気づかってくれてありがとう」

 少しも痛くなんかないんですよ、生まれつきです、大丈夫、どうか心配しないで。

「あなたはいい人ですね、キャスパー」

 しばらくの絶句ののち、

「俺の負け」

 と、キャスパーが呟いた。




「国を出て良かったのは、映画や音楽に触れあえたことですね」

 クルッテルは安物のコーヒーに映った月を両手で包み込んでいた。荒野での小休憩。キャスパーは用足しに姿を消し、バルサは車を降りなかった。俺たちは二人きりで小さな火を囲んでいた。俺は熱のせいでがたがた震える体を両手で抱えてた。

「お国にもそういうのはあっただろ」

 俺が尋ねると、クルッテルは少し恥ずかしそうにうなじをかいた。

「ええ。ディズニーだってショパンだって素晴らしいです。でも、つまり――両親は少し心配症で、暴力とか、ええと、性的な描写から子どもたちを遠ざけようと、ちょっとがんばりすぎているところがあって」

「ああ。そりゃつまんないよな」

 俺は震えながら笑った。女の乳首が映っただけでソファから飛び上がってテレビのチャンネルを変える親たちの姿が頭に浮かんだからだ。その両親が実在しないことは分かってたけど。

「で? こっちじゃどんな過激なブツを摂取したんだ?」

「大きなサメが色んな人を次々に食べちゃう映画、あれは最高でした!」

 クルッテルは顔を輝かせた。いいね。俺も映画や音楽は大好きだ。

「ジョーズ? ディープ・ブルー?」

「僕のお気に入りはジョーズ4」

「4なんか出てないだろ」

「出てますって。そりゃお世辞にも出来がいいとは言えないけど、僕は好きなんです。あとはシャークネード。サメが竜巻に乗って空から降ってくるやつ」

「サメが、空から。……お前の妄想力、すごいな」

「なにがです?」

「なんでもない」

 音楽はどんなジャンルを? ニルヴァーナぁ? おっさんみたいな趣味だな。

 失礼な人だなあ! カートのかっこよさは世代を問いませんよ!

 こないだ結成なん十周年とかのツアーをしてたよな?

 誰と間違えてるんです? ニルヴァーナはとっくに解散してますよ。常識でしょ。

 グランジは詳しくないんだ。俺はスマッジコア派だから。

 スマッジコア? 知らないなあ。名前の響きからするとヘビメタって感じだけど。

 ――この際、正直に告白しちまおう。この、おそらく頭がおかしいガキとの会話は――あー……、楽しかった。心から。アホな音楽の話、実在するかもあやしい映画の話、ジャンクフードの話、おっぱいの話。そんな話を、いつまでだって飽きずにしていられる気がした。

「なんだよ、お前ら。ずいぶん仲良くなりやがって」

 キャスパーが戻って来た時、俺たちは屋根裏にこさえた秘密基地でタオルケットを分けっこするガキみたいに肩を寄せ合っていた。

 立ち上がったとき、寒気が消えているのに気づいた。体が少し楽になっていた。




「子どもの頃、月に行くのが夢でした」

 クルッテルは両手で大きな帽子のつばをつかんで引き下げた。変わった品種の兎のようだった。

「銀色のロケットに乗って、真ん丸のヘルメットをかぶって。アームストロング船長のような宇宙飛行士になりたかったんです。シェパード船長みたいに月面でゴルフをしてみたかった」

「月でゴルフはできない」

 バルサはクルッテルのほうを振り向きもせず、大真面目に答えた。

「餅つき中の兎にボールが当たったら困る」

 その頭上を弾がかすめて行った。

 幹線道路を猛スピードで突っ切ってきた黒い車が俺たちのケツにかみつきやがったのは少し前だ。挨拶は銃弾だった。クルッテルは真っ青になった。

「どうしよう、僕のせいだ! 身代金目当てに僕をさらおうとしてるんだ。あなたたちを巻き込んでしまった、ごめんなさい!」

「いいさ、慣れてる」

 妄想の中の誘拐犯にしろ気まぐれを起こした芥衆アクターズにしろ悪者には違いない。ならやることは決まってる。俺は銃を握って助手席の窓を開けた。バルサもだ。キャスパーはアクセルを踏み込んだ。俺は震えるクルッテルに言った。

「頭を下げて、目を閉じて、耳をふさいでろ。それから――そうだな、話をしててくれ。子どもの頃の夢はなんだ?」

 クルッテルはためらいがちに語り始めた。月に行くのが夢でした、と。ゴルフの話になる頃には、もう声は落ち着いてた。バルサが反応したのは意外だったけど。

「兎ですか。バルサはロマンチストですね」

 うふふ、とクルッテルは目を閉じたまま笑った。

「ロマンチストはお前だ。ひとは月に行けない。窒息して死ぬ」

「兎は大丈夫なのに?」

「特別な兎なんだ。仙人の兎だから」

 後ろの車に向かってバルサと俺は銃弾をばらまく。明るい満月の夜。向こうのスコープがきらきら光っていた。なかなか上等な装備だ。

「でも、もう宇宙飛行士になりたいとは思いません」

「どうして?」

「少し大きくなってから僕は歴史を学びました。第二次世界大戦のことを。あの戦争で、ひとが決して使ってはいけない力を使ってしまったことも。それは銀色のロケットと無関係じゃなかった」

第二次世界大戦(WW Ⅱ)?」

 バルサが鋭い舌打ちをひとつして、空になったマガジンを投げ捨てた。

「感傷的すぎるとおっしゃりたいんでしょう。分かってます。物事にはなんでも良い面と悪い面がある。戦争は、特に大きな戦争は科学と進歩のカンフル剤です。あの大戦が起きなければ、きっとアメリカは覇権を握らず、インドは独立せず、クレジットカードやインターネット、スマートフォンも生まれなかった」

 バルサは使い物にならない銃に罰を与えた。大きく振りかぶって後ろに投げやがったんだ。

「分かっていても、僕はもう、以前みたいに月を愛せなくなってしまった」

 鉄の塊はフロントガラスに命中したが、猛追する車は一瞬蛇行しただけに終わった。

「第一次だか第二次だか、インドだかスマートだか知らないが」

 バルサはシートの下を引っ掻き回して、代わりになりそうな獲物を探す。

「得ることと失うことは同じだ」

 獲物は見つからない。バルサは早口で言い捨てた。

「選択は常に代償を伴う。右か、左か。肉か、魚か。兎か、死か。過去は選ばれなかったものたちの積み重ねだ。後悔に意味なんかない」

 驚いた。奴にしては珍しい長広舌だ。

「ぼくは」

 今にも泣き出しそうな声がためらった。

「ぼくは、月を愛していいんでしょうか」

「知るか。選べ。選択だけはいつだって許されている。――キャスパー! お前の銃を寄こせ!」

 バルサが後部座席から手を伸ばした。

 ハンドルにかじりついて前かがみになっていたキャスパーは、唇をへの字に曲げた。

「……いやだ」

 髭をむしられた奴の両頬はまだ真っ赤に腫れている。

「キャスパー!」

 バルサが牙をむいて怒鳴った。キャスパーはそっぽを向いた。クルッテルの小さな声。

「僕は愛したい。月を、この世界を」

「寄こせ!」

「い・や・だ」

「例え選んではいけなかった世界であっても」

「お前の死体からもぎ取るぞ!」

「殺されたっていやだ」

 ヘッドレストに穴が開いた。銃弾の雨が追って来る。でも大丈夫。

「なあ、分かってるだろ?」

 俺の熱はほとんど引いてる。屋根裏のタオルケットで休んだおかげだ。仲裁だってできる。

「お前を頼ってるんだ。甘えさせてやれよ」

 キャスパーはほんの少し黙ったあと、

「俺じゃなくて、俺の銃だろ」

 わざとらしいため息をついて銃を後ろに放った。




 朝陽に包まれた空港は水色に染まっていた。

 伸び放題の雑草の間から辛うじて濃い灰色をのぞかせる滑走路。俺たちは破れた金網から中に入った。とっくの昔に廃棄された空の港はどこかうら寂しい。乾いた風が枯れ切った雑草を薙いだ。

「もうすぐ父と母が迎えに来てくれるんです。楽しみだなあ」

 そうだな、と俺は答えた。

 リュックを背負った痩せた背はまっすぐに伸び、待ちきれないように淡い天を仰いでいる。キャスパーは金網に寄りかかってうつむき、バルサはその横で腕を組んでいた。

「でも、変だなあ。少し遅れてるみたいだ。連絡してみます。少し待ってくださいね」

 クルッテルはボロボロのコートのポケットから、手に収まるくらいの金属の黒い板を取り出した。ビルかなにかを取り壊した時の廃材みたいな板だ。奴はそれを耳に当てた。

「もしもし、お母さま? うん、こっちはもうついてる。え? 出発が遅れた? 積乱雲の影響?」

「なあ、クルッテル」

 俺は情けなくなるくらい小さな声で言った。この声が届いてほしいのかほしくないのか、自分でもよく分からなかった。

「ジョーズに4作目はないし、サメは空から降ってこない」

「ううん、大丈夫ならいいんだよ、お母さま。待ってるから」

「ひとは月で息ができない。板切れに話しかけても誰も答えない。お前の痣はただの痣だ」

「僕はいつまでだって待ってるから」

 近くの町に俺の知り合いが住んでる。まともな商売をしてるまともな奴だ。子どもひとりくらい見習いとして置いてくれる。百年待ったってお前の両親は。

「メル」

 振り向いたあいつの大きな目は、明け方の空より澄んでいた。

「ありがとう、ここまで連れてきてくれて。映画や音楽の話をしてくれて」

 クルッテルはゆっくりと俺に近づき、手を取った。

「僕は帰ります。僕の王国へ。家族の元へ」

 轟音。

 黒いコートが大きくめくれ上がり、傘が空高く飛び去った。白銀の腹を光らせて機体が舞い降りた。丸い窓からこちらを心配そうに伺う人々の姿が見えた。立派な体格で威厳があり、本当は少しおっちょこちょいそうな父親。限りなく美しく偉大な母親。それから十一人の小さな弟妹たち。皆に同じ痣があった。

 俺たち三人はバカみたいに長いこと、王子を乗せた誇らしげな翼が消えた空を見上げていた。

 二〇二七年、夏の朝の話だ。

 俺は知っている。

 歴史のどこを引っくり返しても第二次世界大戦(ワールド・ウォーⅡ)なんて単語は存在しない。大戦ザ・グレート・ウォーなら近いかもしれないが、あれはヨーロッパの内輪もめだ。賠償金と大恐慌、ハイパーインフレで叩きのめされたドイツ帝国は、持ち前の粘り強さを発揮、四半世紀かけて立ち直った。一九三〇年の大統領選で候補者のひとりが演説の最中に心臓発作で死んだのは悲劇だった。チョビ髭の候補者だ。

 東の海はエンペラーたちのもの。大陸の王朝はいっとき途絶えたが、間もなく復活を果たした。北京の紫禁城の御簾のうちには皇帝がおわす。農奴の血が染みこんだ凍てつく大地に君臨するのは王家ロマノフを要する貴族オリガルヒ。そのお隣、現人神が統べるとかいう島は国家単位で引きこもる変わり者。ふるい龍たちは老いの恍惚のうちにあり、もう世界と関わる気はさらさらなさそうだ。アジアは静かにまどろみ、よどんでいる。さざなみも起きない。

 月世界旅行なんてSFの世界の話。二十一世紀の人類に月を見上げる余裕はない。世界はゆるやかに枯れ始めている。誰もがそれを感じている。原因は分からない。学者連中に言わせれば気候変動だとか環境汚染だとか河内ハノイ風邪の大流行だとかって理屈を並べ立てるだろう。俺なら一言で済む。この世界はもう寿命だ。

 黒い板に話しかけたって通信なんかできない。電話にはコードが必要。ジョーズは一作だけ。サメは空から降らない。

「狂ってるのはこっちかもな」

 どこからか流れてきた一枚の紙が、乾いた風に舞った。

 ペラペラの色あせたチラシ。ニルヴァーナの結成四十周年ツアー。六十歳になったカート・コバーンが、ギターを抱えて笑っていた。


(了)

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