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スワン・ピーク<8>

 この世に絶対はない。だが、予定ってもんは絶対に狂う。綿密な計画ほど、特に。むしろ、人間は狂わせるために予定を立ててんじゃないかって思うくらいだ。俺たちの作戦もご多分に漏れない。

 襲撃は夜半だった。

 こじ開けた寝ぼけまなこに最初に飛び込んできたのは火花だ。

 どこから拾ってきたんだか、バルサが逆手に持った鉄の火かき棒。毛布を切り裂いた分厚いアーミーナイフの刃がそこに食い込んでいる。俺は毛布を跳ね飛ばす。キャスパーが銃を引き抜く。毛布が視界を覆う。一瞬の間。劇場の緞帳のように、毛布が薙ぎ払われる。開幕。すぐに二撃目。俺の顔の脇、耳たぶをかすめて刃が壁に突き立てられる。だが遅い。役者たちはもう配置についている。振り上げられた火かき棒の先端が月光を受けてきらめいた。鉄と肉のぶつかる鈍い音。Vに限りなく近いUの字に反り返る襲撃者の体。もちろん終わりじゃない。反った胴体を待ってましたとばかりに斜め下からの膝が襲う。後ろに跳ね飛ばされた体は案外細身だ。主役交代。この男はいつも一番おいしい場面を持っていきたがる。

 石の床がゆったりとした靴音を奏でた。床に伏した頭部に向けられる銃口。

「俺の寝込みを襲っていいのは美女だけなんだが」

 ややクラシカルだが決め台詞も悪くない。

 ところが、だ。

 襲撃者が顔をあげたとたん、演目は緊迫のアクションからスラップスティックコメディに転調した。

「あたしじゃ不足? キャスパー」

 血がこびりついた肉厚の唇を彩る蠱惑こわくの笑み。

「あんたたち、相変わらず一緒に寝てんのね。仲がいいこと」

「……ファティマ?」

「久しぶりね、メル。バルサも、さっきは加減してくれてありがとう」

 バルサがわずかにうなずく。冷静なのは女性陣だけだ。キャスパーと俺は馬鹿みたいにあんぐり口を開けている。

 ファティマは古い知り合いだ。俺たちと同じ傭兵。俺たちよりもベテランで、その腕は信頼がおけた。

 いてて、と腹を押さえながら彼女が立ち上がる。

「プロテクター入れてきて正解だった」

「ファティマ、なんであんたが」

 呆然とした口調でキャスパーが訊ねた。

「さっきの答えをまだ聞いてないんだけど?」

「いや、不足なもんか、そんなわけない」

 珍しくキャスパーの口調にキレがない。仕方ない。奴は昔、この魅力的な傭兵と何度か――まあ、つまり、〝仲良く〟した過去がある。ちなみに告白するなら俺もだ。駆け出しの頃の話だ。もうひとつ告白をするなら〝仲良し〟なのは俺たち側の言い分で、彼女にすれば〝デザート代わりに食っちまった若造ども〟だろう。

「あんたが来るって知ってたら、こいつらをベッドから蹴り出しといたのに。相変わらず綺麗だ。だけど残念だな。俺が恋しかったってわけじゃねえんだろ?」

 キャスパーの舌がようやく調子を取り戻す。

「ええ、悪いけど」

 魅惑のアーモンドアイが見下ろしてくる。長身のファティマは、並ぶと俺より目線が高い。毛布を切り裂いたナイフはもう鞘に納められている。さっきの一幕はちょっとしたお遊びだったんだろう。彼女らしい。

 傭兵のファティマがここにいる理由は、ひとつしかなさそうだ。

 俺はキャスパーのように言葉を弄さない。端的に訊く。

「あんたも仕事だろ? 誰に雇われた? 対象(ターゲツト)は?」

「依頼人の秘密は厳守。教えたでしょ、メル?」

「俺たちとバッティングしてる可能性がある。邪魔し合うくらいなら情報を共有したほうがいい」

 ふふっとファティマは声をあげた。腕が伸びてきて、赤く塗られた短い爪が俺のもみあげを撫でた。

「上等になったじゃない」

 ああ、クソ。やりにくいったらない。肌をくすぐる感触を強いて意識から追い出しながら俺は質問を続ける。

「昼間の警報はあんたのせいか? あんたがラ・モットの野郎と組むなんて信じられない。そんなに人手不足だったのか」

 苦笑と共に指が離れた。

「逆よ。あたしは撃退した側。ほとんどはタレットが仕事してくれたけどね」

「つまり、あんたの依頼人はこの教会か」

 驚いた。カルトにせよインチキにせよ、この腕利きを雇えるコネと資金力があるなんて。しかし、ファティマはゆっくりと首を振った。

「雇われたわけじゃない。あたしは聖域教会の信徒。もう何年もここで暮らしてる」

 驚きはさっきの比じゃない。

 俺が知るファティマという傭兵に詐欺も狂信も入り込む余地なんぞない。血の海の中でも、機銃をぶっ放すのと同時に扱いにくい連中の統率を完璧にやってのける女だ。

 ただの軽口? あるいは俺たちを騙そうとしてる? それはない。そんな嘘をつく意味はない。俺の思考をキャスパーが代弁した。

「こりゃびっくりだ。ここの神様は俺よりいい男か?」

 彼女なら、ここでバカな野郎の冗談に乗るはずだった。「ええ、そうよ。特に懐具合がね」とかなんとか。けど、そうはならなかった。

「誰にでも救いが必要な時がある」

 ファティマは静謐せいひつな眼差しで告げた。

「私の息子は、選ばれた。二年前、冬よ」

 彼女の瞳で炎の舌先が揺れた。ガキのころ何度も見とれたペールブルーの奥。カトリやサーシャと同じ種類の、熱。

 俺の一瞬の緊張に、すぐさまバルサが反応した。警戒フェーズ発動。火かき棒片手にゆっくりとファティマの背後に回り込む。

「勘弁してよ。やり合うために会いに来たんじゃない」

「なら、なんのために来た?」

 俺の問いかけに、ファティマは静かに答えた。

「教えてあげるため。馬鹿な侵入者のおかげで、儀式の日程が変わった。あんたたちの仕事に影響するんじゃない?」

「いつだ」

 今夜よ、と彼女は言った。

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