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スワン・ピーク<3>

『楽園よ。タダで寝床と食事と医療品を与えてくれる。追っ手が来ても守ってくれる。尼さんたちは全員、天のお使いに違いないわ。その証拠に――』

『カルトさ。集めたガキを夜な夜な悪魔に捧げてんだと。若い生き血を頭から浴びりゃ永遠の美貌が手に入るってね。狂信者どもめ。その証拠に――』

 町で聞き込んだ聖域教会の噂は、大別してこのどっちかだ。楽園か、カルト。正反対の表情で語った連中が最後に付け加える文言は奇妙なほどに似ていた。

『その証拠に、入信して帰ってきた奴はひとりもいない』

 この目で実物を見ればどちらの噂にもうなずけた。

 ゴシックホラーと廃墟と要塞をまぜこぜにしたような建物たちは、回廊でつながっている。石畳に落ちるアーチの影は紫衣の女たちとよく馴染んだ。

「ごきげんよう、同胞」

「ごきげんよう、同胞」

 すれ違うたび、尼僧たちは穏やかに挨拶を交わす。赤ん坊の泣き声と子どもの騒ぐ声が遠くからこぼれてきて、高い天井を跳ね回る。

「出産まではこちらでお過ごしください」

 俺たち〝夫婦〟は他の建物群からぽつんと離れた宿舎に案内された。先導したのは杖をついた尼僧だ。驚くほど若い。きっとまだ十代。だが、驚くほど落ち着いてもいた。

「赤ちゃんが生まれた時、あなたがたを正式に受け入れるかどうか院長が判断します」

 キャスパーがわざとらしく目を丸くする。

「判断するってどういうことです? 私たちを助けていただけるのではないのですか?」

 尼僧は静かにうなずいた。

「この教会についてどのような風聞が出回っているのかは存じませんが――当教会は困難な状況にある子どもたちを保護します。こうしてご両親が揃っていて、赤ちゃんが健康であれば、〝困難な状況〟とは申せませんでしょう」

「つまり、赤ん坊が無事に生まれたら出て行けと」

「奥様の枕が上がるまではお待ちします」

 俺はがっくりとうなだれた。頭からかぶっている襤褸ぼろがずり落ちそうだったからだ。それに、ヒゲの剃り残しがあるかもしれないし。

 若い尼僧の声音に同情の色が浮いた。よろしければ奥様の入浴やお着換えをお手伝いしましょうか、という彼女の提案をキャスパーは丁寧に辞退した。

「ありがとう。でも妻は内気で。それに、信仰上の理由で家族以外の者に肌を見せることができないのです。相手が女性でも」

「左様ですか。では、ご用があればお呼びください」

 尼僧は足を引きずりながら部屋を出た。

 ドアが閉まるなり、キャスパーは言い放った。

「いい場所じゃないか」

 奴がうんざりした表情で見回した今夜の寝床は僧房じみていた。質素なベッドが二つと、年代物のチェストがひとつ。なんとも素敵な愛の巣だ。

「酒なし、音楽なし、女なし。きっと朝食は聖人のクソだ」

「女なら山ほど見ただろ」

 紫色の尼僧たちを。

「お前にとってはそうかもな。俺には違うんだ、童貞くん」

「残念、今は妊婦で処女だ」

 俺はかぶっていた襤褸ぼろきれをむしり取った。窓をわずかに開けて、そこにひっかけておく。流れ込んでくる新鮮な夜の空気。少しすっとした。

「やっぱり、ここは少々きなくさいぜ」

 窓辺に寄ってきたキャスパーが紙巻に火をつけた。

 キャスパーが俺ご本人も存じ上げなかった信仰上の理由をでっち上げた時、あの若い尼僧は眉をしかめもしなかった。ごく自然に受け入れた様子だった。情熱的な信仰心と異教徒への排斥は双子みたいに仲がいい。異様に寛容なだけかもしれないが、無視はできない違和感。

「で、あいつは?」

「もう少し待ってろって。そんなにすぐは無理だろ」

「はん、メイクでもお直ししてやがんのか? 笑える、ぜひ見たい」

 最後の母音は背中への衝撃と共に断ち切られた。窓から無造作にぶち込まれた脚のせいだ。つんのめったキャスパーは、それでもギリギリ耐えた。派手な音をたててすっ転ばなかったのをほめてやりたい。

「バルサ! てめえ!」

「タレット。正門に二。裏門に一」

 バルサは音もなく床に滑り降りてきた。

「出入口はそのふたつだけ。外壁は十mを下回る場所はない。ボロい石壁に偽装されてるが、中身は鉄板。厚さは平均十五㎝ってとこか」

 バルサは踏ん張ったまま固まっているキャスパーの口から煙草を奪い取った。

 最初に感じた〝要塞〟という印象は間違ってはいなかったらしい。タレットだって?

「奥の――本館って言うのか? 広い建物にガキがいっぱいいた。尼さんと、少しだけど男もいた。本館とつながってる小さい棟がいくつか。食堂や厨房、個室が並んでる居住用の棟や、病院みたいな棟もあった」

「カトリとサーシャ親子は? 見たか?」

 フォルダに挟まれていた写真で見た二人の特徴はバルサに伝えてあった。あったのだが、

「分からない。金髪、痩せ型、ロングヘア。そんな女やガキは掃いて捨てるほどいた」

 言うべきことは言ったとばかり、バルサは深く煙を吸い込んだ。

 ダメか。俺の穴蔵の限界はこの辺にある。

 潜入はひとまずは――スマートな方法では決してないにせよ――成功。次は対象の発見と確保だ。さて、どうするか。

「いい考えがある」

 バルサの手から煙草を奪い返してキャスパーが言った。

「未来の我が子のために見学会と洒落込もうじゃないか、妻よ」

 奴は片頬だけで笑って見せた。俺はうめいた。畜生、八つ当たりだ。

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