293 引越し5〜聖遺具〜
[前回までのあらすじ]引っ越しのため高級不動産屋を訪れたミラナたちは、ギルド職員アルデオンから、国境近くの森にある巨大な屋敷を紹介される。しかしその物件には、ただの空き家では済まない事情があるようで……。
場所:リヴィーバリー
語り:オルフェル・セルティンガー
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アルデオンさんは、『神よりもたらされし三つの聖遺具』と書かれた書類を人数分取り出すと、俺たちに配っていった。
――おいおい、なんの話が始まるんだ? ここ、不動産屋じゃなかったの?
壮大すぎるタイトルにたじろぐ俺。
ついさっきまで、ミラナと座るソファーのことを考えていたのに、どうして神様まで出てくるのか。
けれど、アルデオンさんとシェインさんは、真面目な顔で向き合っている。どうやら冗談とかではないようだ。
俺たちは渡された書類をめくりながら、聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「オトラー帝国との対立を語るうえで、まず避けて通れないのが『聖遺具』の存在です。皆様は、神より授けられたと伝わるその遺物について、どの程度ご存じでしょうか?」
「聖遺具、ですか……。申し訳ありませんが、私は聞いたことがありません」
「承知いたしました。では、ヴィラ・シルヴァの成り立ちと帝国との対立の背景をご理解いただくために、まずはその『聖遺具』についてご説明いたしましょう」
そう言うと、アルデオンさんはわずかに居住まいを正した。
ふと周りを見渡すと、いつの間にか他の商談テーブルから客の姿が消えている。
どうやら、店主さんが気を利かせて、人払いをしたようだ。広い店の中が妙に静かで、紙をめくる音まで耳につく。
俺たちにこの屋敷を勧める理由は、どうやらかなり込み入っているらしい。
面倒ごとの匂いはするけど、それでもオトラーが絡む話だ。俺としてもやっぱり気になる。
みなが聞く体勢を整えると、アルデオンさんは神妙な顔で口を開いた。
「現在の国境の緊張は、単なる侵略の繰り返しだけで片付けられるものではありません。そこには、三国のあいだで長く重要視されてきた、聖遺具の所有権をめぐる問題があるのです」
「なるほど、所有権争いですか……。聖遺具というのは、それほどの価値があるものなのですか?」
「はい。暗黒期が二十年ほど続いたのち、魔王は精霊たちにより討伐されたと言われています。しかしその後もこの大陸では広範囲に闇のモヤが広がっていたのです。それを浄化し、人々が安心して暮らせる土地を取り戻すために使われたのが、この三つの聖遺具です」
「えっ、モヤを浄化した……!? それは本当にすごい力ですね」
俺たちは目を見開きながら、あらためて資料に顔を寄せた。どうやら聖遺具というものは、ただの骨董品ではないらしい。
これは国ひとつの運命だけでなく、大陸全体の行く末を大きく左右する話だ。
不動産屋ですることでもない気はするけど、俺は三百年前の光景に思いを馳せた。
アジール博士の地下迷宮を使い、闇のモヤをばら撒く魔王ジンレイ。同じ国だったはずの場所で、戦い殺し合う兵士たち。聖地にありながら信仰を忘れ、絶望に染まる聖職者たち……。
あのころ、この大陸は、すでに闇のモヤに呑まれかけていた。二十年も続いた暗黒期に、それはどれほど悪化していたのだろう。
そんな状況を鎮められる道具があったなら、それはまさに希望の光だ。
表紙を一枚めくってみると、『聖剣』『聖なる指輪』『聖なる鏡』という大きな文字が目に入った。
その下には細かな文字がびっしり並び、それぞれの道具の効果などが丁寧に説明されている。
「わ、なんだこれ……! なんかすげーすごそう!」
「いったいどこから、こんなものが……」
「暗黒伝説によると、これらは光の大精霊シャーレンがこの世界にもたらした品だと伝えられております」
「「えぇっ、シャーレン!?」」
みんなの声が裏返る。
かつてイニシス王国の聖騎士たちに『大精霊の祝福』を授け、国土の浄化を支えた女神。
まさかその名前を、こんな異国の街の不動産屋で聞くことになるとは。
――もしかして、シャーレンがいなくなってたのって、この聖遺具を準備するためだったのか?
――さすがは何百年も、みんなに信仰され続けた大精霊だな。
俺は夢中になって、資料の文字を目で追った。
「わっ! ミラナこれ見て!? この聖剣ってやつ、すごくねー?」
「わぁ、ほんと……! 広範囲の闇のモヤを一瞬で浄化できるって書いてあるね!」
ミラナの瞳も輝いている。水の国で暮らしていた彼女にとっても、闇のモヤは身近な脅威だったはずだ。実際、ジンレイがはじめに狙ったのは、イニシスよりも水の国だった。
――こんな便利なものが、この世界にあったなんてな!
――あのころの俺たちに、教えてやりたいくらいだぜ!
俺は少し興奮しながら、隣にいるシンソニーに視線を送った。
しかしシンソニーくんは、なぜだか妙に落ち着いている。
「あれ? シンソニー……。もしかして、知ってた?」
「あ、うん。噂で聞いたことがあるよ。ベルガノンの国宝には、村ひとつ分の闇のモヤを一太刀で浄化できる聖剣があるんだって」
「えー!? さすがシンソニー。よく知ってるな!」
俺の大声に少し身を引きつつ、シンソニーはにこにこ微笑んでいる。
いつも俺たちと一緒にいるはずなのに、いつの間にこんな情報を仕入れてくるのか、なんだか少し不思議なくらいだ。
「これって聖騎士の浄化瞑想より効果範囲広いんじゃねーか?」
「うん。それに、瞑想よりずっと早いみたい。びっくりだよね」
俺は資料の挿絵を見詰めながら、聖剣が振るわれる場面を思い浮かべた。
トリガーブレードにも負けないくらい、見た目からしてカッコいい剣だ。きっといい音が鳴るだろう。
その剣を振るう資格があるのは、エンベルトみたいな嘘つき聖騎士なんかじゃない。もっと気高くてかっこいい、光の剣士がいたはずだ。
俺の知り合いのなかから選ぶなら、ハロルドあたりが似合うかもしれない。彼が聖剣を振り抜けば、あの鋭い目に光の魔力がほとばしる。
闇のモヤは一気に吹き飛び、光の蝶バタタガがキラキラと飛び交って……。
そんな光景を思い浮かべて、俺は少しワクワクしてきた。
周りを見ると、先輩たちも食い入るように資料に目を走らせている。
この時代に目覚めてから、シェインさんは時間さえあれば歴史書を読んでいた。
それでもアルデオンさんの資料には、そうした本にも載っていない話が、たくさん書かれているようだ。
「お、おにぃさま……! この聖なる鏡って……!」
「あぁ……ベランカ! どうやらこの鏡は、『聖なる灰』と呼ばれる特別な肥料を生み出せるらしい。それを土に混ぜると、闇のモヤを浄化する植物が育つそうだ。こんな奇跡があると思うかい?」
「あの……。聖なる灰なら、うちにも一袋ありますよ」
「なんだって!?」
シェインさんたちが声を弾ませていると、ミラナが少し気まずそうにしながら、衝撃的なことを言いはじめた。
どうやら、魔物のエサになる植物を育てるために、彼女はこの灰を使っているらしい。
ベランカさんが凍りつく。シェインさんも珍しく、ガクッと体を傾けた。
「品質によって値段は変わりますけど、メージョー魔道具店でも普通に売ってます」
「そうなのかい? 思ったより身近にあるものなんだね」
「はい。闇のモヤに汚染されたこの大陸は、聖なる灰の力によって、百五十年以上の歳月をかけて土壌改良が行われてきました。
いまでは淀みやすかった多くの土地が、穏やかにモヤを浄化する、神聖な力を宿す土地へと生まれ変わっています」
「ほぉ……。そうでしたか……それは本当に驚かされますね」
シェインさんの感心した声を聞きながら、俺はケルベロスガンマの隊員たちと行軍した、居住禁止区の光景を思い出していた。
腐った水、枯れ果てた大地、力なく垂れ下がっていたかと思うと、突然牙をむく森の木々。
もしあのまま、世界中がモヤに呑まれていたら……。
シャーレンが残した聖遺具は確かに、この世界を救ったようだ。
もちろん、百五十年以上ものあいだ、土壌改良を続けた人々の努力も、計り知れないものがあるけれど。
現在ではベルガノンもクラスタルも、基本的に空気は澄んでいる。
魔物はそれなりにいるけれど、木々は力強く根を張っているし、花も鮮やかに咲いている。
そんな当たり前のことが、実は長い時間をかけて取り戻されたものだったのかと思うと、いま目の前にある平和な景色も、奇跡みたいに思えてきた。
――やべー! いまさらだけど、よく考えるとすげー話だ。ほんとかよ?
だけど、シャーレンがもたらした聖遺具は、それだけではないようだ。
俺の視線は、そのまま次の項目へと滑っていった。
『聖なる鏡』の説明のすぐ下にあったのは、『聖なる指輪』についての記述だ。
「ちょっと待て……!? この聖なる指輪ってやつ、魔物化した人間を元に戻せるって書いてあるぜ!?」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
家探しに来たはずが、なぜか壮大な話を聞かされるオルフェルたちw
ヴィラ・シルヴァの背景にある歴史には、オルフェルたちの知らない三百年間が詰まっているようです。
暗黒期を生きたオルフェルたちにとって、この時代の復興は奇跡そのものですね。
しかし彼らはいったい、何に巻き込まれようとしているのか……。
次回、第二百九十四話 引越し6〜聖なる指輪〜をお楽しみに!




