292 引越し4〜配置〜
[前回までのあらすじ]田舎への引越しを決めたオルフェルたちは、高級不動産屋を訪れた。最初は場違いな客と警戒されたが、六枚のS級冒険者証を見せた途端に空気が一変。神獣使いと伝説の魔人と認められた一行は、ギルド職員アルデオンから特別な物件の話を持ちかけられる。
場所:リヴィーバリー
語り:オルフェル・セルティンガー
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「フィウンデの街の北東、スビレーの森の中に、空き家がひとつございます」
俺たちがワクワクしながら地図を覗き込んでいると、アルデオンさんの指が地図の中に付けられた丸い印を指さした。
印の大きさからして、結構大きな敷地のようだ。
「おぉー!? これ、すげーでかい家なんじゃねーか? 成犬になっても走り回れそうだぜ」
「ええ、建物の広さもさることながら、庭園も広大です。魔人になっても余裕があるかと思いますよ」
「えぇ!? 魔人でも余裕!? ほんとに!?」
魔人になったときの解放感を思い出し、ついつい血が騒いでしまう。思わず身を乗り出すと、ミラナが俺のシャツを引っ張った。
ミラナの視線がなにかを訴えている。俺は浮いた腰を椅子に戻した。そんな俺たちの様子に、アルデオンさんは静かに微笑んでいる。
そして、手にした資料の中から別の紙を取り出し、地図のとなりにそれを広げた。屋敷の輪郭が細かな線で描かれた見取り図だ。
「へぇ。森の中だけど、塀に囲まれてて安全そうだね。この並んでる小さな建物はなんだろう?」
「もしかして、一棟ずつ貸し出してるんじゃねーか? 空いてる部屋が多いなら、いくつか借りてもいいかもな!」
「そうだね。みんなで同じ部屋に住まなくても、近くの部屋を借りればいいよね」
「庭は共有スペースなのかな? 羽を休められる止り木があると嬉しいな」
「近くに水場があると助かるもらね」
「魔法の訓練にも使えるね!」
俺たちが見取り図を囲んで盛り上がっていると、アルデオンさんが申し訳なさそうに口を開いた。
「恐れ入りますが、こちらは部屋ごとの賃貸ではなく、敷地全体をお買い上げいただく形となっております」
「えぇっ、全部? 何部屋あるんだ……?」
「四十部屋以上ございます」
「四十部屋以上!?」
あまりの多さにかたまる俺たち。でもここは、貴族も足を運ぶ高級不動産屋だ。俺だってこれくらいは想定している。
なんせ俺たちの手元には、三億ダールを超える資金があるのだ!
――いける! 俺は伝説の魔人だ! これくらいの屋敷買ってみせるぜ!
とりあえず心のなかで叫んでみたものの、さすがに四十部屋はいらないだろう。俺は小声になって隣のシンソニーに囁いた。
『いや、多すぎだよな。すげー子沢山でも部屋が余るぜ?』
『うん。それに、こんなの三億ダールあってもきっと足りないよね。森の中なのはよかったんだけど……』
シンソニーも苦笑いしながら少し肩をすくめている。
こんなめちゃくちゃな物件は、先輩たちがすぐに断ってくれるだろう。俺たちは見取り図から顔をあげ、国境の地図に見入ったままのシェインさんに視線を移した。
シェインさんはなぜか、腕組みをしたまま動かない。
しばらく無言で見守っていると、長い長い沈黙のあと、唸るような声が耳に届いた。
「いや、これは……。本当にすごい立地だね」
「そうですわね、おにぃさまん」
――ん? すごいって、なんの話だ……?
真剣な様子の二人につられて、俺も地図を見直してみる。敷地の北東、リベラス山脈の峠の出口を塞ぐのは、オトラー帝国との国境の砦だ。
さらにその奥、峠の中腹には、帝国側の砦が構えている。
三百年前、俺たちが生まれたイニシス王国。その滅亡の後に築かれた、オトラーの名を冠する帝国……それがもう、目と鼻の先にあるのだ。
アルデオンさんが示した物件は、まるで砦を監視するために設けられた要塞のように、スビレーの森の高台に構えていた。
――おぉ。オトラーが近いな! ここに住めば、あっちがいまどうなってるか、なにか情報が掴めるんじゃねーか?
――それにどっかに、向こうへ行ける抜け道があったりして……。
オトラーに戻るのは難しい。それはわかっているけれど、ついそんなことを考える俺。
みんなあまり口にはしないけど、離れ離れになった守護精霊のことや、封印された王都のこと……そのほかにもあれやこれや、気になることはいくらでもある。
動きが止まった俺たちの前に、アルデオンさんはまた、別の図面を取り出した。
これはさっきよりさらに詳しく、部屋の名前まで記されている。
「こちらは現在、フィウンデの領主であるフィルスター侯爵様が所有しておられる物件です。敷地南側にある建物はヴィラ・シルヴァとよばれておりまして、一階部分には大広間、キッチン、ダイニングホールなどがございます。そして、二階部分は……」
アルデオンさんの説明を聞きながら、俺は新しい図面を覗き込んだ。南側にある大きな建物は、貴族の居住空間だったらしい。
そして屋敷の北側には、武器庫や見張り台、訓練所、そして兵士宿舎まで描かれていた。
義勇兵時代に多くの時間を過ごしたアガランス砦を思い出させるような、物々しさが漂っている。
俺はシンソニーと顔を見あわせた。
「これ、屋敷っていうより要塞じゃねーか……?」
「屋敷でもあるけど要塞だよね……。峠の砦が突破されたときの後衛基地って感じかな……」
「ほほう……! この屋敷の本質をこんなに早く見抜いてしまうとは。さすがは暗黒期を生き抜いた神獣パーティーの皆様ですね」
「あ、あはは……」
アルデオンさんに感心されて、シンソニーが苦笑いしている。ミラナも少し戸惑った顔だ。
いくら森の奥が希望でも、いきなり要塞をすすめられるなんて、彼女だって思いもよらないだろう。
「お察しのとおり、この屋敷は二年前までグロストフ軍が駐屯していた由緒ある軍事拠点です」
「……なぜ我々のような冒険者に、このような前線の要地を?」
「……実は、先ほどもお伝えしましたように、この屋敷は現在、国境地域の領主であるフィルスター侯爵様の管理下にあるのですが、もともとはグロストフ辺境伯様が所有する軍事要塞でして……」
「管理者が変わったということですか?」
「そうなのです。長年国境を守ってきた辺境伯の血筋が、ついに途絶えてしまったもので」
「なるほど……。しかし、それだけではこの場所を冒険者に売る理由にはならないと思いますが」
「それは、おっしゃるとおりです……」
言葉を探すアルデオンさんに、シェインさんが重々しい口調で切り込んでいく。
その鋭い眼差しは、義勇軍の総隊長として、数々の戦いを越えてきた者のそれだ。
この屋敷が売られる背景に、どんな意図が隠されているのか、彼はそれを見極めようとしている。
さっきまでのワクワクが嘘のように空気が張り詰め、俺の背筋も勝手に伸びた。
まるで義勇軍の会議にでも引っ張り出されてしまった気分だ。
「もう少し詳しく、事情をお聞かせ願えますか?」
「はい……。侯爵様はこの屋敷を受け継いだものの、現在の情勢では維持しきれず、持て余しておられるのです」
「しかしこれは、国防に関わる問題でしょう。ベルガノン王国とオトラー帝国は、長年緊張状態にあると聞いていますが」
「まさしくそのとおりです。だからこそ冒険者ギルドを介し、一定の条件を満たす方へ託したいという話が来ているのです……」
「ふむ……。やはり腑に落ちませんね。S級冒険者をこの場所に住ませる、その目的はなんなのでしょうか」
シェインさんの真剣な眼差しに貫かれ、アルデオンさんの表情がどんどん真剣なものになっていく。
俺もこれはさすがに不思議だ。俺たちはこの国の冒険者だけど、オトラーは祖国みたいなものだ。
両国が緊張状態だという話を聞くと、複雑な気持ちになってしまう。やっぱり戦争は避けて欲しい。
だからこそ、オトラー帝国が安易に攻めてこられないよう、この場所にはしっかりと、軍隊を置いておくべきだと思うんだけど。
いくら伝説の魔人がいるとはいえ、冒険者に売ってしまうなんて、本当にそれでいいのだろうか?
アルデオンさんは俺たちの反応を見まわして、分厚い書類の束を手に取った。
「……あなた方は三百年間も封印されていたということですが、現在の国境の緊張状態がなぜ起きているのか、その経緯はご存知ですか?」
「帝国からの侵略行為が繰り返された結果だと聞いています。ただ、詳しい事情までは……」
「なるほど、ではそのあたりをご理解いただくために、少しお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
シェインさんが頷くと、アルデオンさんは分厚い書類の束を手に取った。
そして『神よりもたらされし三つの聖遺具』と書かれた書類を人数分取り出し、俺たち全員に配っていった。
お読みいただきありがとうございます!
大変長らくお待たせしました。気がつけば、なんと五ヶ月以上ぶりの更新になってしまいました……汗 お待ちいただけていたでしょうか。とりあえず『引越し編』だけでも投稿してしまおうと、なんとか戻ってまいりました。
さてさて、アルデオンさんが紹介してくれた物件は、まさかの国境の要塞!?
引越し先を探していたはずが、なんだか穏やかじゃないですが、オルフェルたちは、この屋敷を買うことになるのか……?
ちなみにこの『引越し編』、当初は七話くらいの予定だったのですが、気づけば十一話まで膨らんでおります。のんびりお付き合いいただけると嬉しいです。
次回、第二百九十三話 引越し5〜聖遺具〜をお楽しみに!




