手芸部室でのひととき
「これ、ハンコ押したんでお願いします。」半分に切り取った入部届を部長に渡す。
「確かに受け取りました。」部長が恭しく両手で入部届を受け取る。
「まあ強制的に入部させちゃったようなもんだけどね。でも入部してくれて助かったよ。」はにかみながら笑う。
「もうその話はいいですって。」しょうがないので笑い返す。
手芸部入部の言質を取られて以来、早速帰ってすぐ親にそのことを話すと、
「え?テニス部入るって言ってなかったっけ?」とか言われた。それは中学の最初の頃の話でしょ…結局それも部員が多くてなんか人間関係がややこしそうだから科学部にしたのだ。その話をすると、母はそうだったっけ?というと
「まあどんな部活でも一生懸命頑張りなさい。」と笑うと、ハンコを押して夕食の準備を始めた。
中川先生に入部届を手渡すと、「やっと出したか、永倉が最後だぞ。」と顔をしかめながらひっつかんだ入部届のその文面を見渡すと、ぱっと顔を輝かせて
「ようこそ我が部へ!これでうちのクラスからは二人目!潰れなくて残念だ!」とか歓迎されてるのかわからないことを言われ頭をガシガシされた。というか中川先生、顧問だったのか。大事なことを部長達は教えてくれなかった。
その話を放課後二人に話したら、
「えっ?昨日きちんと話したじゃん!」
「永倉くんは忘れっぽいですね。」とか言いながら笑っている。二人とも僕と全く目を合わせようともしないから事実は火を見るより明らかだ。
そういえばこの部活は何をするのだろう。先程の顧問同様全く教えてもらってない。部室を見渡しても、昨日部長が作っていた編みかけのマフラーと思われるものと毛糸玉や糸針以外には、網の外れかけた電熱線ストーブと、ほこりをかぶって薄茶色になった扇風機と教室においてあるような机と椅子くらいしかない。
「部長。そういえば、この部活は何をするんですか?」
「うーん。何をすると思う?」
「アラサー女子じゃないんですから…」
「あなたの偏見の片鱗が垣間見えたね…」右の眉を軽くひそめ、少し手で前髪を解く。少しすると思い出したかのようにコホンと咳払いをする。
「手芸部ではものを作ります。」
「なるほど。」とても標準的手芸部らしい活動内容だ。
「以上。」
「へっ?」
「だから、それで以上。」
「……」あっけにとられていると、雨音さんが
「この部活は名前こそ『手芸部』だけど、波高には文芸部や美術部とかが無いの。昔部員が足りなかったせいで潰れちゃったわけ。そんで細々と生き長らえていた手芸部にその役割が付け足されていった。とはいっても美術部や文芸部に行きたい人は部活一覧を見ても、『ああ美術部無いのか』とか『それなら他の部活探すか』ってなってしまって、手芸部には来ないの。そんな経歴をオリエンテーションで伝える時間も無かったし。そんなわけでこんな状況になってしまった。ですよね?部長?」
「そういうこと。まあ作ろうという気持ちがとても強いならわざわざ部活に所属せず、帰宅部で帰ってから作った方が気楽だと思うけどね。」
「ホントに大事なこと何も言いませんでしたね…」肩を落とす。
「まあ落ち込みなさんな!あっそうそう!部長!例のヤツ持ってきましたよ。」雨音さんは机の上に置かれた白いバッグの中に手を突っ込む。
「じゃじゃじゃーん!」…その手に掲げられていたのは赤い電気ケトルだった。…え?
「いやはや助かるなあ。窓際に置いといてくれる?」
「…なぜ電気ケトルを…?」部長に聞くと、さも当然のような顔つきで
「お湯が無いとカップラーメン作れないじゃないの。」とか言ってきた。
「そこのケトルの下の棚開けてごらん。」雨音さんがカラカラと戸を開ける。
「うわっ!カップ麺ばっかじゃないですか!1、2……ざっと30個はありますよ!これ!うわー…」その反応を見て心なしか誇らしげな部長。いや、誇れるもんでもないと思うが…
「多分君たちもここに何回も来てるから実感してるだろうけど、教室から食堂・購買のあるB棟まで移動するの結構面倒なんだよね…だからここに備蓄してあるの。もちろん部室を私用化するのは気が引けるんだけど、仕方なく、しょうがないから。」A棟の方が教室から遠いことは黙っておく。言っても仕方ない。
「塩味ばっかりじゃないですか…」棚をずっと見ていた雨音さんが呟く。確かに後ろ姿から見えるラベルは全体的に青っぽい。
「わたしとんこつ味が好きなのに…」
「勝手に食べないでね?私こう見えても食べ物に関しては厳しいから。」
「食べませんって…」
そう言いつつ壁にかかっている時計を見るともう4時だ。弁当がちょっと少なかったせいか、お腹が減っていることに気付いた。そうなると前言撤回で、おいしそうに見えてくる。食べられないものを視界に入れ続けるのは目に毒だ。
少し椅子を動かして窓を背にする。同様に食べれないと知った途端、興味が失せたのか雨音さんは頬杖をつきながらハードカバーをぱらぱらとめくっている。部長も毛針と毛糸を持ってきてもそもそと編み始めた。夕焼けがほんのりと照らす教室での二人はまるで絵画のようで、とても綺麗だった。こそこそとデジカメを取り出し、レンズを向けてみても全く反応がない。なので1枚撮影してみた。パサッとなるシャッター音。二人とも目だけこちらに向ける。流石になんか言われるかなあと思ったが、たった一言だけしか言わなかった。
「「あとで1枚ちょうだい。」」と。
今作も読んで頂き、ありがとうございました。1話目からあんまり間を空けるとマズいかな…と思って短めですが、投稿しました。次話の投稿予定は未定ですが、気長に待っていただけたなら幸いです。




