青春プロローグ
図書室っていうと、偏見かもしれないかもしれないけど文化系の青春の聖地みたいな感じがある。
まあ、手芸部の自分にとってもその偏見は見事に当てはまってしまうわけで。その道端でふてくされている石みたいに、当たり前でありきたりの思い出を書き綴っていこうかなと思う。
観測史上最も寒い夏といわれた昨年に続き、100年に一度の天変地異と騒がれた今年の暖冬のせいで桜がまだ蕾を蓄えていた並木通りを通って校舎へと入っていった。入り口にはもう何年もそのまま使い古されていると思わせるようなくしゃくしゃの花紙に彩られた「入学おめでとう」の文字が並んでいた。元気に満ち溢れた新入生と全く正反対のたたずまいで皮肉が効いてるなあと苦笑いしてしまった。そんな看板のもとを少し青みがかった制服を着た生徒がわやわやとうごめく様は波を連想させた。
入学式では校長先生が新入生に向けて長いはなむけの言葉を送っていた。汗を拭き拭き手元の原稿を読む様子はなんだか頼りなさを感じた。髪も薄かったし。話の内容全て覚えている生徒なんて両手の指、いや両手の本数で足りるんじゃないかな?途中からなぜかマルクス経済学について語ってたし、校歌の演奏を終え端に並んでいる吹奏楽部に至っては、楽譜をぼうっと見ていたり運指の練習までし始める始末だ。
そんな感じでつつがなく形式的に入学式が終わり、生徒達は上履きをパタパタ言わせて各ホームルームに戻っていった。6組の自分は2階の1番奥の突き当りの教室で、真上にいる太陽は居場所が無くなったように教室の端っこを控えめに照らしていた。
窓からは、この学校の生徒を持つ家族だろうか。国民的食品ヒーローのTシャツを着て、両手両足をバタバタさせている子供がいた。顔が汚れてしまったそのヒーローは設定通り、元気を失っているように見えた。
「んじゃ、1年6組のホームルーム始めんぞー」と言いながら担任と思われる女性が教室に入ってきた。2,3人位のグループが散り散りになり決められた座席へと戻っていく。学級委員がまだ決められていないのでクラス番号1番の生徒が先生に指名され号令をかける。
「こんちは。これから1年間6組担任となる中川奈桜です。」東京ばな奈の「奈」にー、と言いながら黒板にカツコツと名前を書き進む担任、中川先生は薄汚れて前衛的な迷彩服みたいな白衣を着ていて、理系教科担当なのか芸術教科担当なんだかいまいちわからない。
「1年生国語科担当で、もちろんこのクラスも受け持っているので授業の方でもよろしくー。」もう本当に白衣…もとい白衣だったものを着ている意味がわからない。
「つか私の自己紹介よりあんた達の自己紹介の方が重要でしょ?嫌でも1年間は同じ教室で飯食って顔つき合わして生活していかなきゃいけないんだから。」正論なんだが、なんとなく学び舎っていうより牢獄の監守みたいなセリフだ。というわけでさっき号令をかけた学籍番号1番の男子から自己紹介をすることになったが、
「青山正明です。えーと…他に何言うのかな…?」困った顔しながら青山が先生の方を見ると、
「えー自分が話したいこと話せばいいじゃん。っていっても温室育ちの君らには難しいだろうから、通ってた中学名、入ってた部活、好きな物くらいでいいんじゃないの?」と泥船のような助け舟を出したら、
「えーと…一中から来ました青山正明です…」
「あーもう!何かしこまってるのアホヤマ!!」同じ中学の知り合いと思われる女子が大声で言う。
「あ!その名前で呼ぶなって…もう…俺の高校デビューが…」
笑い声に包まれ、教室内の緊張感が解れる。彼の立場は多分そういう位置で一年間過ごすことになるのだろう。そういうものだ。
「あと、部活動は…え、皆聞いてー!俺テニス部!テニス部だったよ!軟式!」
少し騒がしくなった教室の中で任務を果たした彼は、少し不満げな顔で席に座った。
緊張感は無くなったものの、流石に青山もといアホヤマほど初めてのホームルームでインパクトを残すような強者はいなくて、惰性で淡々と進んでいく。なんて言ってると俺の番になった。
「岡中の永倉楓です。中学は科学部でした。好きなものは工作…というか作ることです。よろしく。」拍手がパラパラと鳴って次の女子が自己紹介を始める。
他人のことは言えず、自分の紹介も平凡極まりないものとなってしまった。まあいつも通りだしいいや。
予定より早く終わってしまったホームルームはチャイムの5分前に終わり、チャイムが鳴った途端他の教室に向かう男子や、緊張していたのか少し涙目で「ちょっとどいてくださいっ!!」と叫びながら駆け出していく女子。間に合うといいが。
結局今日は、緊急連絡先だったりマル秘が描かれている大量の提出書類を課して終わった。
「これらの書類は今週が期限だからさっさと提出してねー…え?木曜日が期限?みんな聞こえた?木曜までに出してね!ありがとー。名前なんだっけ?しっかりしてるよね。もう君学級委員でいいんじゃない?それじゃまた明日っ!」本当に公務員なのだろうか?勢いよく閉められたドアが反動で少しだけ開く。呆然としていた時間は短く、何もなかったかのように、むしろ一抹の不安を息を合わせてかき消すように皆が椅子を引く音が教室にこだまする。
やっと一日が終わった。自転車はその持ち主とは違いこれからを期待するようにきらりと光り、その光に苦笑いしつつ自転車のスタンドを立てた。雲がぽつぽつと広がっている。ほんとに何も無いひらけた視界。まだシーズンじゃないから海の家なんてないし、夏になったって、うちの高校のプライベートビーチと化すのだろう。ふと足元を見ると、小さな貝殻が落ちていた。端が大きく欠けていて思い出とするにもなんだか苦々しい。水切りの要領で投げてみたが、跳ねるのを確認する前に波が迎え撃った。そりゃそうか。あたりを見渡しても波が穏やかなせいか他に貝殻とかは見つからず、なんとなく、なんとなく右手首が消化不良のまま海を背にした。砂浜に突き刺したスタンドが砂に刺さり自転車が倒れていた。
次の日、登校したら青山が「やばっ!緊急連絡先の書類にハンコ押し忘れてた!」と大騒ぎしてた。
「このクラスに青山さんいなかったっけ?いないの?この学校にはいるんじゃないか!?ちょっと2年生のクラスとか見てくる!…あ、俺人見知りだった。マジか…誰か青山のハンコ持ってないの…」とてんやわんやだ。
「なんで俺たちが青山姓のはんこ持ってなきゃいけないんだよ!」
「お前ら『青山力』低いなー。」
「なんなんだよ青山力って!」
相変わらず6組ではアホヤマが大騒ぎしてました。顔合せてからたった2日目でそこまでいくアホヤマの力はすごい。廊下から歩いてくると、3つ隣の教室からもう声が聞こえてきていた。宴か?
「あっ!永倉!ハンコ持ってる?」
「持ってるわけないでしょ…廊下からも聞こえるよ、声。」そう言いながら、自分の椅子を引いて席に着く。
「大体今日水曜でしょ?提出期限は明日。今日ハンコ探して右往左往する必要ないでしょ。」
「まじか!?うおっほんとだ今日水曜じゃん!なんでみんな教えてくれないのっ!」音に反応して踊る植物のおもちゃのような動きをして悶えている。
「だってさーホントにずっと信じちゃうんだもん…もー永倉も言っちゃだめでしょ!」
「なぜ怒られてるんだ…俺は…」もはや6組は大きな芝居舞台のようになっている。
そんな物語の終幕を告げるように予鈴が鳴った。立ち見を続けていた観客たちも上気した顔のまま席に着く。
「おはよー。あんたたちの声廊下からでも聞こえたよ…若いって恐ろしいね…んじゃ始めるよ!」
みるみるうちに時間は過ぎていった。
新入生オリエンテーション。進学校だからか文化部もそれなりに勢いがあるらしく、むしろ文化部の発表の方が盛り上がっていた。吹奏楽部の演奏は圧巻だったが、隣の女子はうっすら苦笑いしていた。経験のある彼女たちにとっては、自分達にわからないミスにも気づいてしまうのだろう。
身体測定。去年より2cmしか伸びていなかった。せめて170cmは欲しいがこの伸び率じゃ難しいだろう。ただし体重はいつも家で量っている値とほとんど同じで、体重も平均体重の15%引きと家電量販店も驚きの値引き率を叩き出していた。座高は…いう必要あるのか?いまだに座高を測定する理由がわからない。そういえば座高は計測する義務が無くなったそうだ。だから?と言われても困るけども。とまあそんな新入生ミニイベントをこなしていった。4月ももう終わりそうだ。
入学式以来、帰り道なんとなく浜辺に寄るのが習慣になっている。今日は透き通るような青空で、ほのかにかおる潮風が胸に広がる。波がさわさわと音を立てる。この頃知ったのだがこの浜辺は波高生の間では「槍が浜」と呼ばれているらしい。大きく湾曲した弓ヶ浜に対抗して、真っ直ぐに何キロも続くこの浜辺に付けられたらしい。なんで武器つながりなんだろうか。何も無いこの浜になんて物騒な名前をつけたんだろうか。どうでもいいことが押し寄せては引いていく。本日は晴天なり。本日は晴天なり。小声で何度も繰り返してみる。
「こんちはっ!」「うあっ!」ビクッとして振り返る。ちょっと見上げると、黒い髪を首元あたりでさっぱりと切った女性がはにかんでいる。身長が大きいから先輩だろう。運動部の人なのか、まだ春先なのにほんのりとその顔は小麦色がかっていた。
「永倉くんはアナウンサーにでもなるのかい?」その女性の声は昔からの友達に世間話をするようにやわらかく僕の体に染みこんでいった。
「えっと…なんで先輩が僕の名前を知ってるんですか?えっと、部活の勧誘でしたら、僕は文化部に入りたいので…」肩にかかるエナメルの紐をぎゅっとつかみつつ答える。先輩はきょとんとして僕のことを見つめる。…なにか悪いことでも言っただろうか?
「ああ!そういうことか!そういうことね!」先輩が膝から崩れて笑い始める。スカートが白い砂まみれになっていることに気にもとめず地面をバサバサ叩いて大笑いしてる。声をかけようにもなかなか笑いが止められないのであわあわする。少し落ち着いた先輩がこちらを見上げ、
「ねえ?本当に私のこと知らないの?」少し記憶をさかのぼって探してみる。すらっと背が高くて、黒いショートカットで、少し丸みがかった目で、凛とした雰囲気をまとった女性。全く思い出せない。というかそれ程女性とのつながりが無いから苦労もしなかったが。
「はあ…笑いつかれた。私の名前は雨音(あまね)。今後も末永くよろしくね」そう言って右手を差し出してくる。苗字をなぜ名乗らないのか…それじゃあ
「雨音先輩。よろしくお願いします。」名前で呼ばなくてはならないじゃないか。おずおずと伸ばした僕の右手を遠慮なくぶんぶんと振り回しながら、満足そうな笑顔を見せる。よく見たら片方の頬にえくぼが出来てる。やはりこんな笑顔を見せてくれる女性なんて知らない。
なんだかよくわからない気持ちで家に帰った。いつの間にか家に帰っていて寝間着になっていて苦笑いした。こんなにぼーっとしていたのは初めてだ。これじゃ夜も眠れないかもしれない。そう思いながら横になっていたらいつの間にか眠っていた。ひたすら笑って、ひたすら走る夢を見た。
教室に入ると、またアホヤマ界隈が提出書類片手に騒いでた。
「また今日もハンコ忘れたのかよ…」
「聞き捨てならん!永倉よ!俺ともあろう者が同じミスを繰り返すと思うのか!」
あたりを見渡してオーディエンスの意見を頂戴する。全会一致の賛成となった。
「…まあいいさ…。予想通りだったさ…」うなだれるアホヤマ。
「そんでどうしたの?はんこ忘れてないなら何もこんな騒ぐこともなかろうに。」
「自分の名前書き間違えた。」
言葉がのどにつっかえる。
「………そうだよな!名前難しい漢字だもんな!気にすんなよ!」
「簡単だろ!?どう見ても!青山正明だぞ!小学校低学年で覚える漢字だけでしょ!」
「いやわかってるよ!せっかくフォローしたのに…」
「違うんだよ!ボールペンで書くと緊張するじゃん!簡単に消せないし!俺はそういうことを言いたかったんだよ!」机をバンバン叩きながらアホヤマが憤ってる。
「というかどこ間違えたの?」
「このようになっております。」恭しく渡された書類には、「靑山」と書かれている。
「なんで旧字体なんだよ…」
「つい出来心で…かっこいいし。」
「つか達筆じゃん!絶対緊張してないでしょ!?」
「毛筆の方が好きなんだよね」
「あっ!やめろ!なに好感度上げようとしてるんだ!」
「母親が。」
「「あっ…」」教室が何とも言えない空気になる。
からからと教室のドアが開く。ドアを開きかけ、眉をしかめた中川先生が教室を間違えたかのように無表情でドアを閉める。
「…!ちょっと、あってますよ!?教室あってますよ!?」アホヤマが手を伸ばして叫ぶ。
「なんか入りたくなかった。しょうがないからホームルーム始めるよ。はい号令。」
がががと椅子を動かす音がこだまする。
授業も終わり、帰りのホームルームも終わり、エナメルを肩にかけつつ席を立つ。ユニフォームに着替え終わって急いで走っていくやつ、教科担任やテストの愚痴をこぼしあうやつら、もそもそと遅めの昼食をとるやつ、ちらほらと出てきて早くも学校になじみ始めてる。部活、どうしようか。全然決まってない。いや全然というわけでもない。こまごまとしたものを作るのが好きだから、美術部とか手芸部。でもオリエンテーションで前に出てたのはほとんど女子だったし、女子ばっかりというのもなんだか気が引ける。流石にそろそろ部活見学しないといけないな…とりあえず、A棟へ行こう。
波丘高校は4階建てのA~E棟まであり、それぞれ北から順に平行に並んでいる。築年数はAが一番古く、Eが一番新しい。築年数が古いせいなのかA棟が文化部棟になっており、B棟が食堂・図書室、C棟が職員室や講義室、D・E棟が僕らが生活する棟になっている。新しい棟で生活できるのは非常に嬉しいのだが、文化部が活動しているA棟まで移動するにはなかなか体力を使う。連絡通路は遮る壁が無く、萎れている桜の花びらが隅に溜まっている。上履きで軽く蹴ったらふわりと舞い上がり制服やエナメルにくっついた。思ったより舞い上がった花びらに文句を垂れつつ手で軽く払っていたら前から「あははっ」と笑い声。
「笑ってないで取るの手伝って下さいよ…」
「ごめんごめん。ところで永倉くんはこんな所で何をしてるの?」雨音先輩がとたんと僕の手前で着地する。
「部活がまだ決まってないんですよ…周りの皆はもう部活の一員として活動してるし、焦って今から部活見学です。」
「部活入る気だったんだ。槍が浜をほっつき歩いてるから帰宅部志望かと思った。」先輩はつまんだ桜の花びらを軽く投げた。何かを考えるかのように口元に指をあてて空を仰ぐ。そして、ずずっと近づき耳元でささやいた。
「それなら一番最初に手芸部みませんか?」グッと言葉に詰まり、たじろいで一歩下がる。
「…喜んで。」そういうだけで精一杯だった。見なくてもわかるくらいに耳が火照った。
「先輩!新入部員捕まえてきましたよ!」ドアを勢いよく開けながら言うもんだから少し恥ずかしい。
「まだ入るとは決めていませんけど…」
「いらっしゃい。おや?男の人か。珍しいね。」さらりとした長髪の女性が、持っていた編み針を置いてこちらを向く。
「私の魅力で一瞬でノックアウトでした!」ウインクしながら敬礼する。
「ノックアウトさせちゃダメでしょ…」長髪の女性が苦笑いする。
「ごめんね。うちの部ちっちゃいから新入部員集めに必死なの。興味ないなら今のうちに帰っちゃいな。」
「えっ!?せっかく捕まえて来たのにもう帰すんですか!?」
「入部する気無いのに長居させても悪いから。」その言葉を聞いて背中を丸めた雨音先輩。唇をかみながらうなだれてる。
「いや…興味無いわけじゃないんです。」まるまった背中がぴくりと動く。
「元々物を作るのは好」
「そうそう!言ってた!」バッと飛び上がって「自己紹介で言ってたよね!?『工作が好き』って!小学生っぽくて覚えてる!」
やはりあの自己紹介はまずかったか。せっかく忘れかけていたのに。
「…とまあ、そんな感じです。」
長髪の女性が、短い背もたれに預けた身を起こして、ほっこりと笑った。
「じゃあ雨音さんが体格差に物を言わせて無理やり連れてきたわけじゃないのね。」そんな言われように雨音先輩はあごを突き出してすねる。その様子に笑いながらも
「もちろんです。雨音先輩のせいでは、ないです。」僕の言葉に長身の女性は眉をひそめる。
「色々と聞き出したいことが生まれたね。その一言で。ねえ雨音"先輩"?」
「あっ私医者行かないといけないんで」
「はい逃げない。」扉に手をかけていた雨音先輩の肩を長髪の女性が掴む。
「どういうことかな?雨音"先輩"?」雨音先輩は前に向けていた足をピタッと止め、振り返って言う。
「だって面白そうじゃないですか!」
「いや、わかるけれども。見てた私も非常に楽しかったけど。」
「わかってくれますよね!」
「わかるとも!」二人が肩をたたきあいながらひしと抱き合う。
「えーと…お取込み中すいません。」
「どうしたの?」二人が抱き合いながらこちらを向く。
「ちょっと忙しいから手短によろしくね」
「僕全く内容がつかめてないんですけど…?」
「ああ、雨音さんは先輩ではないよ」長髪の女性がくすりと笑いながらさらりとそんなことを言う。
「えっ?」そして、長髪の女性のかげからヒョイと顔をだして
「同い年だよ。ついでに言うと同じクラスだよ。」
「はぁ…そうでしたか…言ってくださいよ…」雨音さんは僕に指さしながら
「自己紹介したのに全く顔も名前も覚えてない方がおかしいと思うけどね。」反論が思いつかなくて思わず窓に目をそらす。笑えるくらいの快晴だ。
「よ、40人もいるクラスでの自己紹介全員分覚えてるわけないじゃないですか!」ようやくひねりだした言い訳に雨音さんはうつむきながら、短い髪の毛をくるくると指で弄んでいる。
「そうだよね…私、永倉くんみたいな『好きなものは工作です』なんて小学生みたいで印象的な自己紹介出来なかったもんね…」長髪の女性がクスリと笑ってこちらを髪の隙間からちらっと見る。だから軽いトラウマなんだからそっとしておいてくれよ…
「すいませんでした。」そういうと雨音さんはくるくると回り両手を頭上に伸ばしながら、
「私謝罪の言葉だけじゃ埋め合わせられないくらい、心に深い深い傷を負ってしまったなあ!」と演技がかった声を上げる。嫌な予感がする。
「どうすればいいんですか?」恐る恐る尋ねてみる。
「いやー自分で考えてくれないと。あ、そういえば先輩、この手芸部部員何人でしたっけ?」長髪の女性に水を向けると
「先輩たちが卒業して、今私達二人だけじゃないの。だからあと雨音さん以外にもう一人新入部員が入部してくれないと、規定により部活として認められなくなってしまうって前伝えたばっかりじゃないの。」長髪の女性―――どうやら部長とみられる―――がちらちらとこちらの目を見ながら言う。
「そうでした…すっかり忘れてました…」雨音さんは盛大にため息をつく。何度も何度もこれ見よがしにするもんだから深呼吸みたいになってる。
「わかりましたよ…入部しますよ。手芸部。」
「えっ、いいの?悪いって!入部する気あまりないんでしょ?無理やり入れさせたくないし…」机に腰かけながら言った雨音さんは、言葉とは裏腹に目がキラキラしている。
長髪の女性も何か勉強を始めていてこちらを向かないが、心なしか横顔が嬉しそうだ。
「大丈夫です!自分の意思で入部します!自分の意思で!」雨音さんはがばっと長髪の女性に振り返りながら、
「聞きました!?先輩!」先輩はボールペンを置いて、
「聞いてたよ。一言一句逃がすことなく。あとこれハイ。」僕のもとに手渡された紙は入部届だった。自分の名前、入部する部活はボールペンで深く書き込まれていて、あとハンコを押して担任に提出するだけの状態になっていた。さっきから書き込んでいたのはこれだったのか。
「明日にでもすぐに提出しますよ。」そういうと二人はいたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべた。
ホントに笑えるくらいの快晴の空を潮風が流れていった。
非日常的な設定のない青春小説を目指して書きました。
処女作なので、温かい目で見て頂いたならば幸いです。




