第8話・踊る薬葉が移す色~時間をかけてゆっくりと~
第6章 ブルンの宿の朝
第8話・踊る薬葉が移す色~時間をかけてゆっくりと~
透明なガラスのポットの中で、ふわりと葉が舞い上がり、ゆっくりと落ちていく。
入れたばかりのポットから、すぐにインスはカップに一杯分の薬湯を取り分けると、その分、薬缶のお湯をポットに注ぎ足す。
「おい。今さっき入れたばっかで色もろくについてないじゃないか?」
カップに取り分けられた薬湯はほんの一瞬、湯の中で広がった際にごく薄く明るい黄緑色が移っただけの白湯。
眉を顰めたステールに、インスはお湯の温度を掌で確かめて溜め息を吐いた。
「……言ったでしょう? 段階的に濃度を上げて、複数回に分けて飲む必要がある、と……最初は殆ど白湯の状態で、胃腸を温めながら薬の成分に慣らすところからです……」
「あの……いきなり、濃いお薬を飲むと、むしろびっくりして、また吐き出してしまいます……」
「そういうことですね……」
インスの説明に、アインがそっと言葉を添えれば、インスはよくできました、とでも言うかのように微笑んでアインの頭を撫でる。
「……な、るほど……?」
二人がかりで説明されて、ステールはよくわからないながらも、二日酔いの朝にがっつり肉を食べたらもたれるようなものかと首を傾げながら納得した。
言いながらも、ちびちびとほぼ白湯の薬湯をインスは飲み進め、その間にもポットの中の湯はゆっくりと明るい黄緑色へと染まっていく。
その色味を見ながら、インスは別のカップに薬湯を一杯分取り分けた。
黄緑色が緑になる手前。
最初のものよりはずっとはっきりと色が付いた、でもまだ薄そうな薬湯がカップに一杯。
最初の一杯を飲み終わる頃には、ポットの薬湯は少し濃い緑色に。
取り分けてあった黄緑色の薬湯は程よく冷めて。
空いたカップに緑色になった薬湯を半分ほど入れると、取り分けてあった黄緑色の薬湯をまた少しずつ、ゆっくりと飲み始める。
「……時間かかりそうだな……」
「複数回に分ける、言った時点で分かっていたことでしょう?」
様子を見ていたステールがちょっと疲れたように呟けば、チラリと視線を投げたインスはあっさりとそう返した。
ごく低い温度で温め続けているポットのお湯は、対流が起きて中の葉がくるくると踊り続けている。
乾燥された薬草は、素人目には何がなんだか全くわからないが、よくよく見ると形状や色が少しだけ違っていた。
茶色い枯れ葉のようでありながら、少し元の色味なのか緑っぽかったり、何かの木の実や花びらも混ざっているのか、白や赤、黄色などの粒も見える。
インスは薬湯を飲みながら、ステールとアインは薬缶に残っていたお湯でお茶を入れて一緒に飲みながら、先ほど、アインが診察した際の話をしていた。
「……は……? え……? 見者って、見えない傷痕が見えるのか?」
「まあ、簡単に言えば、そう言うことになりますね……」
物凄く雑にまとめたステールが目を真ん丸に見開くのを、ちょっと頭痛を感じながらインスは頷く。
そっと、左手で胃の辺りをさすったのは……薬が効いてきて鈍い痛みと不快感が生じ始めたから。
「……ステール様は……首のところ? 小さい点があります……」
「「……点……」」
インスに促されてじっとステールを見つめたアインが、ちょっと首を傾げながら伝えれば、インスとステールは何とも言えない顔でその言葉を繰り返す。
(……針で刺されたから、点ってことか? 確かに、物凄く小さい穴だろうが……)
なぜ点? と首を傾げながらも、ステールは針を刺された右の後首を無意識にさする。
(……結構な太さのある針に見えましたが……まあ、暗くなりかけていましたし、持ち手の部分と針先とで太さが違っていた可能性もありますか……)
それはもう、針というより錐ではないのか? という思考が一瞬、頭の片隅を過ったが、インスはとりあえず口を噤む。
無言のまま、何杯目かの薬湯を飲み込んだ。
薬湯の色はすっかり濁った緑色で、量はカップの三分の一ほど。
ポットに残る薬湯は徐々に茶色くなりつつあった。
それから……
ちょっと眉を顰めたインスが、胃の辺りだけでなく、下腹の辺りも撫でるようになる頃には、殆ど黒、と言えるほど濃くなった薬湯がポットに少しだけ残り、インスはそれを、慎重にカップに移す。
ほんの一口分の……けれど、見るからに苦そうな色味となった薬湯を、最後にグッと顔を顰めながら飲み干す。
「…………………」
何とも言えない、渋い顔で沈黙するインスの様子に、アインはオロオロとして水を用意するべきか……と悩み、ステールはまあ、そうなるわな……と内心で物凄く納得して眺めていた。
「…………アイン君。ありがたいですが、ダメです……」
「……ぅ……は、はい……。でも……」
チラチラと水差しに目をやりながらも、動くことはなかったアインに、インスが何とか声を絞り出せば、アインもまた分かっているので頷く。
頷きはするが、後味の苦さを知識として知っているため、やっぱり口直しにお水を一口くらい……と思うのもやめられない。
「何がだ?」
「……正直、苦すぎてお水が欲しいのは確かなのですが……」
分からないのはステールで、首を傾げるのにインスが説明をする。
「……それをすると、せっかくの薬効が薄くなってしまいますし、お水では冷えてしまいます……かといって、白湯などを口にするわけにもいきません……」
「……ぇっと……だから、その……」
淡々と、感情を排して告げるインスの様子をチラチラ見ながらアインがもごもごと呟く。
「あ~。なるほど?」
話を聞いて、理解したステールがちょっと笑う。
つまり、口の中の苦みが消えるまで、我慢するしかないということだった。
第8話をお読みいただきありがとうございます。
傷んだ身体を治すため、特製の薬湯を淹れ始めるインス。
耐熱炉とガラスポットで薬葉をゆっくりと温め、白湯に近い状態から段階的に濃度を上げながら、時間をかけて飲み進めていきます。
薬効を損なわないため、途中で水や白湯で口直しすることも許されず、最後に残った真っ黒で激苦の薬湯に耐え続けるインス。
ステールとアインが見守る中、ポットの湯の中でくるくると踊る薬葉と、苦味に我慢強く耐えるインスの姿にご注目ください。
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト




