第3話・早朝のラウンジで~静寂に沈む蒼華の儚さ~
第6章 ブルンの宿の朝
第3話・早朝のラウンジで~静寂に沈む蒼華の儚さ~
早朝の冷え込む外気が嘘のように温かい茶室には、まだ若い従業員の女性が一人。
他には客の姿もなく、ポコポコと微かに音を立てる薬缶の蒸気がカウンターの奥で白くかすんでいた。
今にも倒れそうなほど青ざめて、足元がおぼつかずにふらつくインスと、少し遠慮がちに、けれどもしっかりと支えるステールを目にして、微かに従業員が息を飲む。
けれども余計な詮索の言葉もなく、落ち着いた声音でそれぞれの注文を聞くと、すぐに準備を始めた。
端の方にある窓際のソファー席を占拠して、程なく運ばれてきたのはインスが注文したレクテアのミルクティー。
リラックス効果があり、安眠のサポートをしてくれる香草の一種で、蜂蜜を少しだけ加えて甘くする。
並んで座ったステールも香茶と、ついでに軽食を注文していて、少し迷って、インスも焼き菓子を追加で頼んだ。
「「……………」」
しばし、無言の時が過ぎ、ゆっくりとお茶を飲むインスの隣で、ステールも黙々と軽食を詰め込んでいく。
ステールが注文したのは辛みのあるスパイスが効いたお茶。
少し多めに蜂蜜を加えて貰ったのは疲労から。
麻痺させられて、雪が厚く積もった極寒の屋外で冷やされた体を内側から温めながら、蜂蜜の甘さが沁みていく。
「……数時間もしないうちに、起きる必要がありますか……」
ややあって、フッと息を吐いたインスがぽつりと呟きながら、白み始めている外を眺めた。
「ん? ……まあ、そうだが、気にせず寝てればいいだろう?」
腸詰と芋が入った熱々のスープを食べていたステールが手を止め、同じように外を眺める。
「……そうしたいのは山々ですが、どんなとんでもない作戦を考え付いたのか、確認しておかないといけませんからね……」
「あ~……」
肺の中が空になるほど深く溜め息を吐くインスの言葉に、ステールもちょっと遠い目をして曖昧に頷く。
頷くが、今からそんなことを気にしていても仕方がない。
「……まあ、先のことは今は置いて、少し休め」
「……分かっています……」
だからそう言って、もくもくと食事を再開すれば、インスも小さく息を吐いて、また一口お茶を飲む。
それからまた無言の時間が少し過ぎて……
「「…………」」
ステールがスープの器を空にし、少し冷めてきたお茶に手を伸ばすころには、インスはその肩に寄りかかるようにして眠っていた。
(……黙って寝てりゃあ、可愛いもんなんだがな……)
内心で溜め息を吐くステールはインスを起こさないようにお茶を飲み切ると、そっとその身体を横抱きにして立ち上がる。
(……ん?)
その瞬間に、何やら視線を感じて周囲の様子を探るが、居るのは茶室の従業員だけ。
特に何を言うでもなく穏やかに微笑みながら、退室するのを見送る体勢を取っているだけのようだ。
(……何か、生ぬるい視線を感じたんだが……気のせいか……?)
内心で首を傾げつつ部屋に向かったステールは知らない。
茶室の従業員に、外出先で恐ろしい目にあった未亡人を、無言で守る頼りがいのある男と思われていたことを。
微妙に間違っていながら、絶妙に間違っていない認識のせいで、生ぬるい視線に感じていたのだと。
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静かにクロードが開いてくれた部屋の扉を潜って室内に入れば、一番奥、窓際のベッドの端に小さな盛り上がりが一つ。
一つ開けて、扉に一番近い場所にあるベッドで寝ていたファンが、ぎろりと睨むようにしてインスを抱くステールを見た。
「……随分と遅かったな……何があった?」
「……あ~……申し訳ないですが、話はインスから聞いて下さい……」
声を抑え気味にして問いかけるファンが、実は別に睨んでいる訳ではないと分かっているステールも声を潜めて返せば、当然のようにファンは眉間に皺を寄せる。
胡乱げに、ステールの腕に抱かれたインスを見て、フンっと息を吐く。
「……寝ているだけか……?」
「まあ、今は?」
「「…………」」
追加の質問に答えれば、何とも言えない沈黙が落ちる。
特大の溜め息を、それでも抑え気味にして漏らしたファンはベッドから抜けると、手早く上着を羽織った。
「……報告はインスからだったな……ステールも休んでおけ」
「……分かりました……」
洗面室へと向かうファンを見送って、ちょっとだけ迷ったステールは空いていたベッドにインスを横たえる。
いつも通りにアインと同じベッドに寝かせてもよかったが……
(……下手に添い寝させて、アインを起こしても説明できないからな……)
少しでも二人ともを休ませようと思ったら、今は別のベッドに寝かせておいた方がいいだろう。
顔を洗い、身だしなみを整えたファンが部屋を出ていくのを見送る。
(……あれ? 今、ファン卿が出て行かれたということは、リオンかクロードと交代か? え? 俺、どこで寝ればいいんだ??)
空いたベッドは一つ。
使う人間はあと二人。
(……しまった! インスとアインを別のベッドに寝かせたら、足りなくなる!!)
慌てても後の祭り。
今更、やっぱりもう一部屋貸してくれ、とも言えない。
致し方なく、ステールは毛布だけ引っ掴んで、部屋の隅で壁にもたれかかって寝ることにした。
第3話をお読みいただきありがとうございます。
早朝の静かなラウンジで、温かいお茶と焼き菓子を前に一息つくインスとステール。
温かいお茶の香りと静かな時間の中で、ステールの肩に寄りかかるようにして眠りに落ちていくインス。
そんな二人を生ぬるい誤解の眼差しで見守る従業員と、部屋へ戻った後に繰り広げられる小さな気苦労。
束の間の安らぎと、儚く静かな早朝のひと時をお楽しみください。
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト




