第1話・朝帰りの大誤解~誰もが己の信じた夢を~
第6章 ブルンの宿の朝
第1話・朝帰りの大誤解~誰もが己の信じた夢を~
遠く、東の空が白んできたばかりで、まだ薄暗い真冬の早朝。
飾り気のない、ごく普通の外観の馬車が宿の裏口付近に止められ、フットマンを務める警備隊員が素早く踏み台を設置する。
御者を務める方の警備隊員も馬車を降り、周囲を警戒するように鋭い視線を走らせていた。
「……足元にお気をつけて……」
「……ありがとうございます……」
声量を抑え気味にして、フットマンがインスの下車を手伝う。
そっと、手袋に包まれた手と手を重ね、まだ少しふらつく体を労わられながら馬車を降りたインスの顔色は青い。
あの後、かけて貰っていた『弱毒』の魔法が少し弱まってしまい、飲まされた興奮剤の効果で酷い目にあったインスの内心は怒りに震え、その震えを誤解した警備隊員たちから過剰ともいえるほどの手厚い保護を受けている。
この、宿への帰館もその一環。
元々はステールと二人、普通に歩いて……と言っても、インスはまだふらついているので、恐らくステールに抱えられて、になっただろうが……帰るつもりだった。
けれど、なぜか警備隊の一部が神殿に待機していて、馬車で送りますと言われた。
別に断る理由もなかったので、そのまま送って貰った、というのが今だ。
「お忙しいでしょうに……わざわざありがとうございました」
「いえ……これも我々の務めです。お気になさらず」
「それと、恐らく昼前にまたお伺いさせて頂くことになります。その際にはご協力願います」
宿の裏手には、事前に連絡を受けた主人が迎えに出ており、こわばった表情でやり取りを見つめる。
青白い顔に微笑を浮かべ、丁寧に礼を告げるインスの傍らにはふらつく身体を支えるようにステールが立っており、送ってくれた警備隊員が交互に告げる言葉に無言で頷く。
「分かりました……その、私どもの同行者には、今回の件は内密にお願いできませんか? 特に貴賓室を利用されている方に知られると、色々と差し障りがありまして……そもそも、その方々には問題の件をお伝えしていないのです……」
「「「……っ!」」」
同じように頷いたインスは、だが少し困った様子でそう話を続け、言われた警備隊員は一瞬だけ息を飲み、お互い視線で意見を交わす。
話を聞いていた宿の主人も一瞬身を強張らせた。
「……分かりました。では、その際はどこか、個室を借りることになりますが……」
「……もちろん、ご協力させて頂きます……」
一人が言いながら宿の主人に目を向けると、主人も分かっているという様子で頷く。
「すみません……お手数をおかけします」
「いえ……お客様に快適に過ごしていただくのが我々の使命でもありますので……」
今度は宿の主人に向かってインスが声をかければ、主人はなぜか薄く目を潤ませて微笑み返した。
((……なぜ、泣いて(いるのでしょう)……??))
その様子に内心で首を傾げるインスとステールだったが、まあ、恐らく暴漢に襲われた、と聞いているからだろうと結論付ける。
(……同行者のご令嬢はセージに妙に絡んでおられたし、そのご婚約者であろう銀髪の騎士様も、元より未亡人様への当たりがお強い……そこに不祥事ともいえるようなことが知られたら、どのような扱いを受けられるか……)
もし、二人が主人の内心を知ったら、どこから突っ込むべきかと一瞬悩み、直後にはインスが極寒の笑みで事細かな修正を試みることになるだろう。
そのくらい、実は様々な誤解が絡み合い、もはや収拾がつかない状況。
とは言え、誰も明確に口に出して言うことがないので、誤解は誤解のまま真実として彼らの中にそれぞれ収まってしまっている。
送ってくれた警備隊員二人が帰っていくのを少し見送って、インスとステールも宿泊している部屋に戻ることにする。
「……その、やはり、もうお一部屋ご用意させて頂きましょうか……?」
「「…………?」」
そんな二人に、少しだけ迷うように主人は声をかけるが、インスもステールもキョトンとして、軽く首を傾げた。
「……いえ……お気遣いいただき、ありがとうございます……ですが、大丈夫ですので……」
「…………そう、ですか……それは、とんだ御無礼を……」
にこりと笑ってインスが断りを口にすれば、何とも言えない複雑そうな表情で頷いた主人はそっと、二人を見比べる。
揃って首を傾げる様子と、間違いなくインスを気遣っている様子のステールを見て……
(……もしかして、このお二人は再婚されるのか?? いや、もうお一人、未亡人様のお嬢さんが懐いているご様子の護衛の方もいらしたな……なるほど……)
それが、とんでもない誤解の極致が完成した瞬間だった。
そうとは気づかず、インスもステールも主人と挨拶を交わして部屋へと戻る。
時間が時間なので、できるだけ静かに、息を潜めるようにして廊下を行く二人を見送って……
「……お嬢さんの懐き方を考えればもうお一人の方が、ご自身のお気持ちに沿うのならば今の方が……確かに、悩ましい問題だろうな……どちらの方も憎からず思っておいでのご様子だし……」
ごく小さく呟く主人の頭の中で、母として、あるいは女として、クロードとステール、どちらと結ばれるべきか思い悩むインスの姿が浮かんでいた。
なお、当然のことながらそんな事実は一切存在しない。
何なら、ステールはインスのことを手のかかる子供だと思っているくらいだし、インスはインスで雑過ぎる、けれども護衛官としては信頼できる相手としか思っていない。
もちろん、クロードがインスに恋情を抱いている筈もなく、インスのクロードに対する感情はステールに対するものよりも若干複雑であるとは言え、それはアインとの関係性によるものでしかない。
もっと言うなら、そもそもインスは未亡人ではないし、アインがインスの娘である、などという事実もない。
誰一人としてそんなことを口にした覚えもないというのに、どうしてそんな誤解がされているのか……今後、彼らがその誤解を知った時には大いに悩むことになる……のかもしれない。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
神殿での手厚い(?)保護を受け、早朝に馬車で宿へと送り届けられたインスとステール。
ジャンヌたちに知られぬよう伏せたまま事情聴取を進めるため、警備隊や宿の主人と裏手で静かに手配を整えます。
事情を聞いた宿の主人は、不憫なインスに同情するあまり、「どちらの護衛と結ばれるべきか思い悩んでいるのでは」という、凄まじい大誤解の極致を頭の中で完成させていて……!?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト




