第3話・二日目の朝の馬車の中~かつての苦情を理解しない~
第1章 西へと向かう極寒の
第3話・二日目の朝の馬車の中~かつての苦情を理解しない~
昨夜は入浴と軽い夕食を済ませると、早々にダウンしてしまったインスとアインは、今朝も軽い朝食だけを部屋で済ませて馬車に乗る。
皇都を出発する直前まで色々とあって、昨日ほどではないがインスもアインもまだ顔色が悪い。
それなのに、能天気にもあまり普段と変わらないサービスが受けられた、と言い放った皇孫皇女のジャンヌに呆れて、インスはにこりと笑顔を浮かべる。
「……本当に、皇女殿下はいつでも前向きでいらっしゃいますね……」
その、穏やかで優しげなのに冷ややかな気配に、馬車の中の温度が一気に氷点下まで下がった。
それは、昨年夏の終わりごろの出来事。
記憶を思い起こしながら、当時の苦労に思いを馳せる。
「皇女殿下は私に、リオンさんと『約束している。』とだけ仰いました……」
ここ、エスパルダ聖皇国の皇孫皇女であり、この大陸の守護神である女神の加護を受けた巫女姫でもあるジャンヌは、度々皇城を抜け出し、皇都の散策に赴いていた。
そのジャンヌが皇都で知り合った、神殿孤児院育ちのリオンは赤髪の青年。
この大陸において赤い髪色は「魔女の申し子」と呼ばれ、忌み嫌われている。
それは、かつて大戦を引き起こした女呪師が「赤毛の魔女」と神話に記されているから。
「……いつも通り、皇都に散策に行かれるかのような気軽さで仰ったので、私もいつも通りにこっそりと手助けしましたね?」
「……ぇ……!?」
貼りつけた笑顔のままのインスの語りに、その膝の上のアインが目を見開いて絶句した。
(そ……そんなことをして、インス様、怒られなかったのかな……?)
呪師というのは魔法の使い方を知っている。
だからこそ、その力を悪用することがないように、管理・監視されている。
皇女殿下の城内からの脱走幇助、だなんて、普通に考えて「怒られる。」では済まないはずだ。
オロオロとして、落ち着かなげにインスを見たり、ジャンヌを見たりするアインの頭を、インスはそっと撫でる。
実際、インスが手伝っていたのはジャンヌへの好意で、というわけではない。
むしろ、ジャンヌがわざわざインスに接触してきたがゆえに背負い込まされた、特大の厄介ごとでしかなかった。
(……本当に、呪師学校を卒業してすぐに、極秘で皇帝筆頭秘書官に呼び出されたこちらの苦労を少しくらいは理解していただけませんかね……?)
一介の、卒業したての皇宮呪師が直接かかわるはずなどない相手。
思わず一瞬だけ意識を過去に飛ばすが、アインを心配させるわけにはいかない。
だからアインを見る目はどこまでも優しく、そんなインスの気持ちが伝わったのか、すぐにアインも少しだけ落ち着きを取り戻す。
(……よく、分からないけど……大丈夫、だったのかな……?)
身体から力を抜いたアインがホッとしてインスにもたれかかれば、インスもホッとして視線を上げた。
「……まさか、その『約束』というのが、主神殿に侵入することで、神剣の封印を解く為だった……と知っていたら……」
ジャンヌに視線を戻した瞬間、インスの目から再び温度が消える。
(……ぇ……? あれ? 大丈夫じゃ、なかったのかな……?)
インスが浮かべた笑みは変わらなくて、けれどちょっと、いつもと様子が違ってアインは驚く。
隣に座っているリオンがブルっと小さく震えるのが視界に入った。
「けして、お手伝いすることなどありませんでしたよ」
「「…………っ!?」」
薄く口元に笑みを這わせたインスの、一切笑っていない微笑みに、ジャンヌもリオンも息を飲んで絶句する。
(ええ……本当に……よくもそんな、とんでもないことを仕出かして下さったものです……おかげで私がどれだけ苦労したと思っておられるのか……)
誰が想像するだろう?
せいぜいストレス発散として、たまに皇都の散策に出かけていた皇女殿下が、ある日突然主神殿に不法侵入して、国宝であり神宝である神剣を手に入れようと企てているだなんて。
知った瞬間に文字通り顔色を無くし、後始末に奔走させられたのだから愚痴の百兆千兆、むしろ無限に黙って聞いて欲しい。
だというのに、この皇女殿下方は更にやらかして下さった。
「……そのあと、リオンさんの手を借りて、深夜にお出かけになられたと伺った時は、本気で倒れかけましたよ……」
しかも、救援として呼ばれて駆けつけた先では、無自覚に女神の加護の魔力をアインに流し込み、ファンに命じられて魔法を使ったアインを暴走寸前に追い込んでいて。
更にジャンヌとリオンが口を滑らせたせいで、それまで皇城からの脱走を手伝っていたことがほぼバレて……というか、その夜の脱走までインスの手引きと思われてしまい。
結果、それから数日間に渡り、一日中、片時も目を離されることなく見張られるハメになったインスの苦労を、欠片でも理解してくれているのだろうか?
「……あれだけ申し上げたのに、今の状況ですよ……?」
「「……え、と……」」
笑顔で射抜く、という器用なことをやってのけるインスを見て、ジャンヌもリオンも何か言わなければ……と焦って口を開く。
「インス、なんか、もしかして、怒ってる?」
「……バ……っ!!??」
一足先に口を開いたジャンヌのその発言に、ますます焦ったリオンは声を上げかけるが、その前に一切の表情が抜け落ちたインスを目にして硬直した。
ジャンヌの物言いに、えっと目を丸くしたアインも驚いてジャンヌを見、インスを目にしてカチンと固まる。
「「「「「…………………………」」」」
しばし、馬車の内部は吸い込まれそうなほどの無音に支配され……
「(……怒っているか……? ですか……? 何を仰っておられるのでしょうねぇ……?)……………いいえ……………?」
意識して表情を取り繕ったインスが漸くそう告げた瞬間。
「……びっくりした~。……脅かさないでよ!」
からりと笑顔になったジャンヌの反応は想定の範囲内。
隣でリオンが滝のような冷や汗を流しているが、知ったことではない。
(……言葉の『裏』は一切読まない……相変わらず、ですねぇ……)
だからと言って、直接的に言えば理解するのかと言えばそうでもない。
どこまでも、自分の都合のいいこと『だけ』を受け入れる。
(……インス様。何だか、すごく……)
すうっと、インスが目を細めていくのをアインが戸惑ったように見上げる。
いつも通りのジャンヌと、何だか様子がおかしいリオンと、三人の様子をこっそり伺いながら、ちょっと身体を硬くした。
「(…………魔法が使えさえすれば…………)」
その、アインの様子に宥めるように撫でながら、インスは唇を微かに動かす。
「………っ!!??」
音のない唇の動きを、どうやらリオンは読み取ったようで、ひっ……と、短く悲鳴を飲み込んだのが分かる。
それに驚いて、ちょっと目を見開いたアインがリオンを見つめた。
(……な、何だか、リオンさん。すっごく体調が悪そう……)
大丈夫かな? と心配するアインがオロオロとリオンを見つめ、ジャンヌを盗み見て、困ったようにインスを見上げる。
視線が合うとふわりと微笑むインスはいつも通り。
「? リオンもお腹痛くなっちゃったの? 大丈夫?」
そっと胃を押さえるリオンに気づいた、ジャンヌの言葉に……
「……お前は、もう少し、周りのことを、ちゃんと見ろ……」
「えっ!? ちょっ……! ディアス!!」
真っ青になって冷や汗を流しながら、ようよう告げるリオンを心配して、ジャンヌは馬車を止めるようにと外に声をかけた。
第3話をお読みいただきありがとうございます。
旅の二日目の朝。
動き出した馬車の中で繰り広げられるのは、眩しいほど前向きなジャンヌと、
氷点下の温度差で応じるインスの、噛み合わない静かな攻防戦(?)です。
「あの時」のジャンヌの脱走劇がいかに周囲にとって大迷惑だったか。
当時の見張り役としてのすさまじい気苦労や、アインが暴走寸前になったあの緊迫した危機の数々を思い出し、
インスの美しい顔からすうっと表情が消え失せていく(目が死んでいく)様子は、シュールでありながら同情を禁じ得ません(笑)。
そんなインスの「絶対に笑っていない極寒の笑顔」の威圧感に、
隣でガタガタと震え上がることしかできないリオンの受難も相まって、馬車内は早くもカオスな空気に……。
かつてのやらかしを一切悪びれないジャンヌの強心臓と、
それに振り回される面々の楽しい旅路は、まだまだ続きます。
次回もお楽しみに!
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▼ 本編【CCC】シリーズ 総合リンク
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ノリト&ミコト




