第2話・自我の芽生えと困惑と~道行く人波、紛れる影は~
第4章 発芽の兆しと不穏の兆し
第2話・自我の芽生えと困惑と~道行く人波、紛れる影は~
今後のことを話し合い、フィール家を出るころには辺りは早くも暗くなっていた。
「……少し、時間がかかり過ぎましたか……」
空を見上げて、西の端に極僅かな残照を見とがめたインスが小さく呟く。
「……? ……アイン君?」
その瞬間に、繋いだ手をきゅっと握られて、インスは不思議そうにアインを見下ろした。
二人が付けている手袋は、外側は滑ることがないように魔物の革が。
そして内側には、僅かな水分で熱を発生させる雪中兎の毛皮が使われていて、ふわふわのもこもこで温かい。
「………………」
唇を引き結んで俯くアインは無言。
そう言えば、ステールも何も言おうとしない。
「……アイン君……」
「……っ」
その場で膝を着いて、顔を見合わせるようにして向き直ったインスに呼ばれて、アインはピクリと肩を揺らした。
優しい、温かい声音で呼ばれているのに、胸の奥がざわざわする。
「……教えて下さい。今、君が感じていること、思っていることを……」
「………………」
そっと、繋いでいない方の手を、手袋を外してアインの頬に添えて聞けば、無意識にか頬を摺り寄せるのに、唇を開こうとはしない。
二人の頭上で、クロードとステールが視線で会話していたが、インスもアインもそちらを気にする余裕がなかった。
(……どうしたのでしょう? ……何か、気になる事でもあるのでしょうが……?)
いつもなら、問いかければ応えるはずなのに、今のアインはなぜか頑なだ。
困惑しつつも、それも、アインが自分の考えや気持ちを、しっかりと持つようになった証拠にも思えて、少しばかり嬉しくも思う。
けれどそれでも、心配であることに違いはなくて、できれば相談して欲しい、教えて欲しいとも思ってしまう。
(……聞き出すことは、できるでしょうけれど……)
どうしたものかと、考える。
アインの感情を……それも、罪悪感などを刺激するような言い方をすれば、必死に否定して、話してはくれるだろう。
けれど、そのやり方をあまりしたくない。
(……正直、無理に聞き出すやり方は、できればしたくないですからね……)
必要だと分かっているなら躊躇しないが、今回はそうではない。
だから、アインを傷つけるようなやり方をしてまで、聞きだしたいとは思えなかった。
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(……どうして、インス様は……)
一方のアインは、フィール家でのインスの言動を思い返せば思い返すほど、胸の奥がざわついて、何だか嫌な気持ちがぐるぐるする。
それが何なのか分からなくて、何と言えばいいのか分からない。
何かが嫌だったことはなんとなくわかるのだが、では何が? と聞かれても……
(……わからない……)
だから何も言えなくて、キュッと唇を引き結び、俯いてしまう。
「……二人とも、そろそろ戻らないと……」
しばらく無言になって向き合う二人に、少し呆れた様子でステールが声をかけた。
「……そう、ですね……それじゃあ、アイン君……」
「……ぇ……? ……わ……っ?」
頷いたインスは、言いながら手袋をはめ直してアインを抱いて立ち上がる。
急に抱き上げられて、驚いたアインが慌ててインスの首に手を回し、しっかりと抱き着いた。
「……お話し、できるようになったら、教えて下さいね……」
「…………ん……はい……」
そっと、頭から背中にかけてをやさしく撫でて告げたインスに、アインも素直に頷く。
四人はゆっくりと宿泊先の宿へと向かって歩き始めた。
その、後ろ姿を……
(……へぇ……。驚いた、とんでもない上玉じゃないか……しかも、あの服装……)
散歩でもするような気楽な足取りで宿屋街に向かって歩くのは、だぼっとした服装で中折れ帽子を深く被ったひげもじゃの行商人。
リリーが勤める宿屋兼食堂・バイファに逗留中の行商人は、少し前を行く巨漢の二人と、子供を抱いた華奢な若者を何とはなしに眺めながら唇を歪める。
(……何だって、こんなところに皇宮呪師とその護衛官、更に神殿護衛官まで居るのか……皇宮と神殿、双方の護衛官を連れてるなんて……何者かねぇ……?)
何やら話しながら歩いてはいるようだが、巨漢の二人が壁になって、振り向くようにして話す若者の口の動きが読めない。
かといって、護衛官の二人は前を向いたまま。
(……それにしても、まさか昨日シメた男共が懸想してる嬢ちゃんの家に、あんな奴らが来てるとはね……危うく怪しまれるところだったよ……)
家の前で無言で周囲を威圧していた……本人にそのつもりはない……クロードを目にした瞬間、方針を変更し、フィール家を探るのは中止したが……
「……っ……!?」
チラッと、インスの視線が一瞬こちらを見たのを感じる。
緊張も警戒も気づかれないように、視線にも気づかなかったフリをして、足取りも呼吸も乱さない。
極僅かに息は飲んだが、それも自然な呼吸に偽装した。
そのおかげか、すいっと視線は外れ、何事もなかったかのように彼らは宿へと向かう。
途中、バイファへの分かれ道で、すんなりと道を変えた行商人は……
さりげなく路地裏に紛れ込むと走り出す。
彼らが向かう先に先回りして、予想通りの宿に入っていくのを物陰から確認する。
「……さてはて、一体何者なのかねぇ……」
ニヤリと、それはそれは愉しそうに笑って呟くその声を聞く者はいなかった。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
フィール家での話し合いを終え、すっかり日の暮れかけた街を宿へと向かう一同。
インスの言葉に複雑な感情を抱き、固く口を閉ざしてしまうアイン。
そんなアインの「自我の芽生え」を察し、無理に聞き出さず優しく寄り添い見守るインスの不器用な情愛。
しかし、無事に宿へ戻ろうとする彼らの背後には、密かに忍び寄り観察する怪しげな行商人の影があって……?
次回もお楽しみに!
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
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ノリト&ミコト




