第10話・行く先々で遭遇す~理由の分からぬ声掛けに~
第1章 西へと向かう極寒の
第10話・行く先々で遭遇す~理由の分からぬ声掛けに~
一行が皇都から最も近い大きな都市であるブルンに到着したのは、皇都を出発してから七日目のこと。
三日目にインスからジャンヌに対する呼び掛け方や、宿の取り方に関して苦情を告げられたファンは、以降、できるだけ貴族向けの……それも中流貴族程度が利用する高級宿を選ぶようになった。
流石に、上流貴族が利用する宿では身分を完全に隠すことはできないし、下級貴族向けは平民の豪商向けを兼ねていることもあるので、最初の二日間と同じような状態になりかねない。
よって、正体はバレないまでも、貴族であるという程度は知られても問題なかろうと判断した結果の中流貴族向けだった。
「……中途半端ですね……この先、西方に進めば、そもそも貴族向けの宿など一つもないというのに……」
「バカな! それでは西方の貴族たちは皇都への社交の際にどうしているのだ!」
「……ある程度の人員を連れての随行ですから、町や村の外で野営をするのでは? ステールさんにでも聞いて下さい……」
「……っ!!??」
中流貴族向けの宿を選んだ初日に、インスにそう言われてファンが驚いたのも数日前のこと。
冷笑を向けたインスにギリギリと歯を食いしばり、眉間の皺をこれでもかとばかりに深くしたファンだったが、結局は程よく詮索もされない、ということで、そのまま中流向けの宿を選んでブルンまで来た。
「それにしても……インスもアインも……なんでどこででも絡まれるんだ?」
「私が知るわけないでしょう? 彼らの目的すらわかりませんよ……」
呆れたようにリオンが言ったのは確か五日目の昼過ぎだったか……
途中の町で昼食を取るためにレストランに寄ったら、町の住人と思しき男たちが数人、クロードとステールがちょっと離れている間にインスとアインを囲んで何やら声をかけてくる、というのは、実は出発二日目からずっと続いていた。
これは三日前の昼だったか……
昼食のために立ち寄った町で、ジャンヌが馬車の中で摘まむものが欲しいと言い出した。
致し方なく買い物するのに付き合って向かった商店街。
インスとアインは、茶菓子を扱う店の中で、ジャンヌたちと別れて棚に並ぶ菓子を見て回る。
流石に、巨漢すぎる護衛官の二人を伴うと、店内での威圧感がとんでもないことになるため、クロードとステールは店の外で待機だ。
店の奥からはジャンヌの楽しそうな声が響き、時折相槌なのか何なのか、ファンの声とリオンの声も聞こえた。
「……こちらは少し、硬いですかね……日持ちはしますが……」
一方、手前側に並ぶ焼き菓子を眺めつつ、インスは難しい顔で呟く。
砕いたナッツを混ぜて二度焼きにしたビスコッティでは、アインがそのまま食べるには硬すぎる。
興味深そうに棚に並ぶ菓子を見つめるアインの方も、特別気になる品まではないのか、それほど物欲しそうな様子がない。
(……アイン君が気に入ったものや、好きなものがあれば、と思いましたが……)
そっとインスが息を吐いたところで、二人組の男が近づいてきた。
「どれを買うか、迷っているなら、おすすめの品を紹介しようか?」
手を繋いで棚に並ぶ菓子を見ていたインスとアインを挟み込むようにして足を止め、一方の男が声をかけてくる。
「………っ」
「……お気遣いなく……」
身を固くしたアインをそっと抱き寄せたインスが当たり障りなく返す。
少し軽薄な雰囲気で、まともな職に就いているのかも怪しい二人組。
けれど、金銭的な余裕はそれなりにあるのか、身にまとう外套は平民の物と考えればかなり立派な仕立てで、アクセサリーの類も身に着けている。
恐らくは商家の次男か三男、と言ったところだろうか?
親の稼ぎで遊び暮らしている風の青年たちで、棚と棚の間にある通路を塞ぐように立ち、声をかけて来た方の男が棚に片手を着いてインスに顔を寄せてきた。
咄嗟に下がれば、そちらにはもう一人が。
棚の方に寄せ、背中側に庇ったアインが、怯えた様子でぎゅっと外套の裾を掴む。
インスもそっと、溜め息を飲み込んだ。
「そう言わずに少し付き合えよ? そっちの小さいのにもうまい菓子を食わせてやれるぜ?」
「必要ありません。……退いていただけませんか?」
「遠慮するなって……困ってるんだろ?」
「……そうですね。あなた方に困っています……」
「「はぁっ!?」」
困っているのだろうと聞かれたから素直に返したのに、男たちの声に怒気が宿る。
まあ、そうなるであろうことは分かっていたが、口で言って理解しないなら仕方ない。
「この……っ!」
「……っ……!?」
怒りの形相で、一人が無遠慮にインスの腕を掴む。
「っ……!!」
「……っ。放していただけませんか?」
ヒュッとアインが息を飲み、男が引き寄せようとするのに抵抗しながら、一応警告として伝えるインスの目からは温度が消えて行く。
「金もないのに店に入ったんだろ? 意地張ってないで、俺らに付き合えばいいんだよ!」
「……は……?」
いきなり何を言い出したのか分からなくて、思わずポカンとしたインスの腕を強引に引く。
「……っ……!」
僅かに体勢を崩したインスが微かに眉を顰めれば、もう一方の男の手がアインに伸びた。
「……誰が触れてよいと言いましたか?」
「……っ!?」
その瞬間、インスの目から完全に温度が消え、アインに手を伸ばした男の、その手を逆に掴む。
掴んだ手の指と手首とを下の方向に捻り上げてやれば、声にならない悲鳴を漏らして膝をついた。
「……は……?」
インスの腕を掴む男が呆けたように目を見開く。
「……放してください、と申し上げているのです」
掴む力が緩んだ隙に、腕を返して逆に掴み返した男の手を同じようにして捻ってやれば、こちらも声にならない悲鳴を上げて蹲る。
言って聞かずに手を出してこようとするのだから、正当防衛だろう。
「……インス様……すごいです……」
直前まで物凄く怖がっていたアインがそう言ってキラキラとした目を向けた。
それに、ちょっとだけ困ったように微笑みかけたインスは、チラリと周囲の様子を確認する。
「インス、アイン、そろそろ……って? え?」
「……は? インス、お前、何やってるんだ?」
買うものを決めたらしいジャンヌが店の奥からやってきて、床に蹲ってもだえる男二人と、その男たちの手を片方ずつ掴んで涼しい顔をしているインスに、リオンと二人、呆気に取られた。
「……またか?」
「私に言われましてもね……」
疲れたように溜め息を吐いたファンに、インスも疲れたように溜め息を返す。
「……あ、あの……」
ジャンヌたちの接客をしていたのだろう、店の主人と思しき初老の男が、真っ青になって声をかけた。
その後、男たちを警備隊に突き出し、買い物を済ませた一行はさっさと出発したので、彼らがどうなったのかは分からない。
ちなみに、最初は普通に放逐する予定だったのだが、いかにもな高位貴族の連れであると思われたせいで警備隊を呼ぶことになってしまった。
まあ、こちらは被害届を出さなかったので、店が迷惑行為として通報するのは自由だ。
恐らく、これまでにも色々と町の者に迷惑をかけてきたのだろう。
これ幸いと、大きな声で喧伝して見送ってくれたのだから……
そんなやり取りが立ち寄る先々で繰り返され、予定より数日遅れてブルンに到着した。
第10話をお読みいただきありがとうございます。
一行は皇都を出発して七日目。
ついに最初の大きな都市ブルンに到着します。
前回の説教を経て、ファンなりに配慮して選ぶようになった「中流貴族向けの高級宿」。
しかしインスから冷酷で無慈悲な現実を突きつけられてファンが再びフリーズする数日前のやり取りが描かれます。
さらに、出発二日目からずっと、立ち寄る先々でなぜか男たちに絡まれ続けていたインスとアイン。
ジャンヌのためにお菓子を買いに立ち寄った店で、アインに手を伸ばそうとした不届きな男たちに対し、ついにインスの冷徹な「正当防衛(物理)」が炸裂します!
涼しい顔で不届き者の手首を捻り上げるインスの圧倒的な強さと、それを間近で見て「すごいです!」と目を輝かせるアイン。
店の奥から戻ってきて、床に蹲る男たちと涼しい顔のインスを見て呆気に取られるジャンヌやリオン。
そして「またか」と呆れるファンの温度差(笑)。
行く先々でトラブルに遭遇しつつも、ようやく到着したブルン。
果たしてブルンではどんな騒動が待ち受けているのか!?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト




