七十五パーセントを手放さなかった男 チャンポン・ジャオ
七十五パーセントを手放さなかった男
九月の上海は、朝から生ぬるい雨が降っていた。チャンポン・ジャオは、襟の擦れた紺色のシャツを着て、六畳ほどの仕事部屋に座っていた。机には冷めた豆乳、半分だけかじった葱油餅、数字を書き散らした黄色い帳面があり、窓辺の鉢では薄紫色の桔梗が雨粒を受けていた。彼は画面に並ぶ暗号資産の価格を見ながら、右手の人差し指で机を三回たたいた。
「世界のお金は、まだ国境を越えるたびに立ち止まります。インターネットは一瞬なのに、送金には何日もかかる。これは、おかしいと思いませんか」
向かいに座る友人のリンは、紙袋から温かい肉まんを出した。仕事の話を始めると食事を忘れるジャオのために、毎朝二つ買ってくるのが彼の習慣だった。肉まんから立つ湯気には、生姜と豚肉の匂いが混じっていた。リンは一つをジャオの帳面の上へ置き、濡れた眼鏡をシャツの裾で拭いた。
「おかしいとは思う。でも、だからって取引所を作るのか。君は家まで売ったんだぞ」
ジャオは肉まんを手に取ったが、すぐには食べなかった。彼が売った家の台所には、母親から譲られた欠けた白い皿があり、冬になると窓の隙間から冷たい風が入った。それでも自分の家と呼べる場所だった。契約書へ署名した日の夜、彼は最後まで残しておいたインスタント麺を鍋から直接食べた。
「家は、また買えます。でも、今という時間は買い戻せません」
リンは何か言い返そうとしたが、ジャオがようやく肉まんを食べ始めたため、黙って自分の分をかじった。窓の外では配達員の自転車が水たまりを跳ね、黄色い雨合羽が灰色の路地を横切った。二人はしばらく咀嚼する音だけを聞いた。その朝、ジャオは新しい取引所の名前を帳面へ書いた。
「Binance。二進数と金融を合わせた名前です」
会社を始めると、部屋には人が増えた。折り畳み机を三台並べ、社員たちは肘をぶつけながらコードを書いた。床には充電ケーブルが這い、窓際には洗った靴下が二足干され、誰かがこぼした珈琲の染みが薄茶色の地図を作っていた。十月に入ると、近所の花屋が店先へ黄色い菊を並べ始めたが、彼らの部屋だけは季節が止まったように昼も夜も白い蛍光灯がついていた。
「社長、また問い合わせが千件を超えました」
赤いパーカーを着た若い技術者が、両手で頭を抱えた。机の隅では、昼に頼んだ炒飯が透明な容器の中で油を固めていた。ジャオは自分の椅子を彼へ譲り、壁にもたれてノートパソコンを開いた。疲れた社員の顔を見ると、胸の奥で小さな針が動いたが、ここで速度を落とせば利用者は別の場所へ行くと分かっていた。
「千件なら、一人百件です。私も百件返します」
「社長が利用者対応をするんですか」
「社長だから数字だけ見ていればいい、という規則はありません。ところで、その炒飯は誰のですか」
若い技術者は、容器を見て「あ」と声を上げた。皆が笑い、張り詰めていた空気が少し緩んだ。ジャオは冷えた炒飯を電子レンジへ入れたが、加熱時間を間違えて三分も回した。容器の蓋が膨らみ、部屋には胡麻油と焦げた卵の匂いが広がった。
Binanceの利用者は、数週間で急増した。画面の数字が一桁増えるたび、社員たちは歓声を上げたが、ジャオは机を三回たたく癖をやめなかった。上がった数字は下がることもあり、集まった人は不安を感じれば一晩で去る。そのことを、家を売った後に暗号資産の価格が大きく下落した経験から知っていた。
「社長、少しは喜んでください。私たちの取引量が世界一になりました」
リンが炭酸水の瓶を差し出した。忘年会を開く余裕がなく、祝いの料理は近所で買った焼き餃子と塩味の落花生だけだった。社員の一人が白い紙で星を作り、桔梗の枯れた鉢へ挿していた。ジャオは炭酸水を一口飲み、舌を刺す泡に顔をしかめた。
「世界一は、今日だけかもしれません」
「今日くらい、自慢しても罰は当たらないでしょう」
「では、今日だけ自慢します。皆さんは世界一よく働きました。ただし、明日は普通の会社員に戻ってください」
数年後、ジャオの資産は十七兆円を超えたと報じられた。その大部分は、彼が手放さなかったBinanceの持ち分から生まれたものだった。記者たちは豪邸や自家用飛行機について尋ねたが、彼は黒いポロシャツと綿のズボンを着て、紙コップの珈琲を飲んでいた。控室のテーブルには、皮の乾いた蜜柑と、小さな花瓶に挿された白い秋明菊が置かれていた。
「資産の七十五パーセントがBinanceに結びついているというのは、本当ですか」
記者が録音機を近づけた。ジャオは蜜柑の皮を剥きながら、指先についた甘酸っぱい匂いを嗅いだ。家を売った頃、彼は値下げされた蜜柑を一袋買い、一週間かけて食べていた。最後の一個は底が柔らかくなっていたが、捨てるのが惜しくて傷んだ部分だけを切り取った。
「おそらく、そのくらいでしょう」
「怖くありませんか。一つの会社に、それほど多くを預けるのは」
ジャオは蜜柑を一房だけ口へ入れた。甘さの後から強い酸味が来て、奥歯の辺りがきゅっと縮んだ。七十五パーセントは富の割合であると同時に、逃げ道を少なくする数字だった。社員、利用者、家族、そして画面の向こうで資産を預ける人々の顔を思い浮かべ、彼は蜜柑の筋を丁寧に取り除いた。
「預けているのではありません。私は、まだ仕事の途中にいるだけです」
その夜、ジャオは高層ホテルの広い部屋へ戻った。窓の下には無数の車の灯が流れ、絨毯は足音を吸い込み、冷蔵庫には値段の書かれていない飲み物が並んでいた。それでも彼はルームサービスを頼まず、鞄からカップ麺を取り出した。湯を注いで三分待つ間、洗面台で黒い靴下を手洗いし、暖房の吹き出し口の近くへ干した。
「十七兆円を持つ男の夕食が、これですか」
同行していたリンが、開け放した扉から顔を出した。彼は昔より上等な灰色のジャケットを着ていたが、眼鏡をシャツの裾で拭く癖は変わっていなかった。ジャオはカップ麺の蓋を開け、立ち上る胡椒の匂いに目を細めた。数字がどれほど増えても、空腹を満たすために必要な量は昔と変わらなかった。
「卵を買い忘れました」
「問題はそこですか。下の店なら一皿五万円の料理もありますよ」
「五万円あれば、サーバーを一台増やせます」
「もう、そういう規模の会社ではないでしょう」
リンが笑うと、ジャオも箸を持ったまま笑った。窓辺にはホテルが用意した赤いダリアが咲き、花びらの影がガラスへ重なっていた。彼は麺をすすり、明日の会議資料を開いた。世界中の価格が動き続ける夜でも、彼の机には食べかけの夕食と、書き直しだらけの帳面が残っていた。
「リン、明日は何時からでしたか」
「朝七時です。世界一のお金持ちなら、もう少し遅く始めてもいいと思います」
「では、六時半にしましょう。十五分だけ散歩をして、残りの十五分で朝食を食べます」
「その計算では、私まで早起きすることになります」
翌朝、二人は薄い霧の中を歩いた。街路樹の根元には橙色の金木犀が散り、湿った土と甘い花の匂いが混じっていた。ジャオは黒い上着のポケットへ両手を入れ、開店準備をするパン屋の前で足を止めた。焼きたてのパンを二つ買うと、一つをリンへ渡した。
「家を売ったことを、後悔した日はありますか」
リンはまだ温かい紙袋を胸に抱えた。ジャオはすぐには答えず、パンの端をちぎって口へ入れた。失った家の台所も、欠けた白い皿も、冬の隙間風も忘れてはいなかった。しかし、忘れなかったからこそ、大きな数字を自分の価値と取り違えずに済んでいた。
「あります。だから、もう一度買えるものと、二度と買えないものを間違えないようにしています」
「今、二度と買えないものは何ですか」
「今日です。パンが冷める前の、この時間もです」
二人は道路脇の低い石垣へ腰を下ろし、通勤する人々を眺めながらパンを食べた。ジャオの腕時計には、世界各地の市場から通知が届き続けていたが、彼は画面を伏せた。金木犀の花が一つ、黒いズボンの膝へ落ちた。彼はそれを指でつまみ、帳面の新しいページに挟んだ。
「さあ、行きましょう。七十五パーセントの続きが待っています」




