雨上がりの庭と焦げた目玉焼き チャンポン・ジャオ
雨上がりの庭と焦げた目玉焼き
胃のあたりがきゅっと縮こまるような重苦しさが抜けず、台所の冷たいクッションフロアに素足の親指を擦りつけた。ガス台の上には昨夜の残りの味噌汁が入った小鍋が置いたままで、表面にうっすらと白い膜が張り、漂ってくる煮干しの出汁の匂いが妙に鼻につく。襟首の伸びきったグレーの薄手トレーナーの袖をまくり上げながら、このまま放っておけば昼には確実に酸っぱくなってしまうだろうとぼんやり考え、換気扇の鈍い回転音に背中を押されるようにして声を絞り出した。
「お母さん、昨日の味噌汁、火を通し直しておいたほうがいいんじゃないの」
胸の奥がざわついて落ち着かず、居間のちゃぶ台の縁を爪の先でカリカリと引っ掻いた。昨夜ネットの掲示板で見たチャンポン・ジャオの釈放や、Binanceが抱える十七兆円という途方もない制裁金、七十五パーセントという数字の並びが頭から離れず、居間の隅に積まれた古新聞の山や、洗濯籠からあふれ出た毛玉だらけの靴下にまでその不穏な数字が影を落としているように見える。桁が大きすぎて自分たちの生活とは何一つ結びつかないはずなのに、なぜか今月の電気代の請求書を見た時と同じ種類の嫌な汗が背筋をつたい、新聞をめくる指先を止めて隣を見た。
「ねえ、海の向こうの取引所がいくら払ったとか言われてもさ、正直まったくピンとこないよね」
喉の奥がからからに渇いて落ち着かないのに、母はといえば焦げ茶色の毛糸のカーディガンを羽織り、小さな銀のハサミを持って庭の掃き出し窓を開け放っていた。庭先では昨夜の強い雨に打たれた紫陽花が、青や薄紫の大きな手毬のような花を重たそうに土の上へと垂らしており、濡れた土と青臭い葉の匂いが湿った風に乗って居間まで吹き込んできている。母は濡れた飛び石に足を滑らせそうになりながら、咲き終わって茶色く縮れた花がらをチョキリと切り落とし、何事もなかったかのように縁側へ腰を下ろして庭下駄を脱ぎ捨てた。
「雨粒の重みで枝が折れそうだったから切ってきたよ、ほら、玄関の空き瓶にでも挿しておいてちょうだい」
手先を忙しく動かしていないと余計なことばかり考えてしまいそうで、フライパンに多めの油を引いて強火にかけた。冷蔵庫から取り出した卵を二つ割り入れると、ジュウと耳障りな甲高い音が跳ね返り、白身の端が瞬く間にチリチリと茶色く焦げて、香ばしさを通り越した苦い煙が換気扇に吸い込まれていく。半熟にするつもりだった黄身の上にまで白い膜が張りつめていくのを見つめ、母の言う通り庭の花を愛でるだけの余裕が自分にあればどれほど楽だろうと小さく息を吐きながら、火を止めたフライパンを濡れ布巾の上に置いた。
「火が強すぎてまた裏が真っ黒になっちゃったよ、うまく焼けないな」
焦げた卵の底をフライ返しで無理やり剥がそうとして黄身を潰してしまい、情けなさがこみ上げて肩の力が抜けた。食卓にはすでに今朝母が買ってきたという山型の食パンと、使いかけのチューブ入りマーガリンがぽつんと置かれ、窓の外では雨雲の切れ間から初夏の強い日差しが差し込み始めて、濡れた紫陽花の葉をぎらぎらと照らしている。遠くの国で誰かが大金を動かそうが失おうが、自分の目の前にあるのは焦げた卵と冷え切った味噌汁と、これから片付けなければならない庭の落ち葉だけなのだと自分に言い聞かせ、潰れた黄身に醤油をひと垂らしして箸を握った。
「まあいいや、焦げてるくらいが香ばしくて美味しいんだから、お母さんも早く座って食べなよ」




