空き瓶とサルビア カルロス・スリム・ヘル
空き瓶とサルビア
首筋にじっとりと張りつく汗を拭うのも忘れ、私はひび割れたプラスチックの丸椅子に深く腰を落とす。トタン屋根の隙間から差し込む真夏の強烈な西日が、壁に掛けられた古びたラジオと、埃をかぶったテルセルのプリペイドカードの束を容赦なく照りつけている。この街の回線網を牛耳る大富豪のカルロス・スリムは総資産二十兆円近くを握り、メキシコの通信シェアの半分以上を一人で支配しているという話を、今朝の新聞の片隅で読んだばかりだ。私の手元に残されたのは、油染みのついた二枚の紙幣と、棚の隅に置き去りにされた昨夜の冷めた黒豆の煮込みだけである。
「おじさん、その棚の五百ペソのチャージカード、まだ生きてるのかい」
喉の奥がカラカラに渇いて唾を飲み込むのさえ痛いのに、私は右手でくたびれた綿のブラウスの裾を小さく丸め、何度も指先で擦り続ける。店の入り口には、排気ガスで葉の端が黒ずんだ赤いサルビアの鉢植えが置かれていて、ねっとりとした甘い土の匂いが立ち込めている。向かいのタコス屋から漂う焦げたラードとクミンの刺激臭を吸い込みながら、私はどうして昨日余計な果物を買い込んでしまったのかと、昨夜の買い物の記憶をぼんやり辿る。
「生きてるさ。だけどお前さん、さっきからその薄汚れた袖ばかり揉んで、冷たいハイビスカス茶でも一杯飲んでいったらどうだ。どうせ急ぎの用事でもあるまいし」
店主の低くてしゃがれた声に胃のあたりが小さく縮み上がり、私はカウンターの端に並べられた飲みかけの炭酸飲料の空き瓶へ視線を落とす。瓶の口には黒いアリが二匹這い回っていて、ベタついた茶色い輪染みがベニヤ板の上に丸く残っている。スリム氏の築いた巨大な電波の王国がどれほど空を埋め尽くしていようと、この安アパートの一室で私が受け取る連絡など、もう何一つ残されていない。
「冷たいお茶なんて結構よ。それより早く番号を打ち込んでちょうだい、バスの時間が来ちゃうわ」
胸の奥が冷たく強張るような感覚を押し殺しながら、私は足元に置いた買い物袋の破れ目を親指の腹でそっとなぞる。袋の中からは、ぬるくなったトマトの甘酸っぱい匂いと、洗ったばかりの湿った麻のスカートの生乾きの匂いが混ざり合って漂ってくる。店主が指先を舌で湿らせて帳面をめくる苛立たしい音を聞きながら、私はなぜか、故郷の庭で母が毎年植えていたサルビアの鮮やかな蜜を吸った幼い日の記憶を思い出す。あの頃は、誰かに自分の声を届けるために、こんな乾いた番号を買う必要などなかったはずだ。
「バスならさっき行ったばかりだよ。ほら、端末のランプが青になった。これで今月も世界中と繋がる大金持ちの仲間入りだね」




