世界一のスーパーと、値引きパンの夕食 ジム・ウォルトン
世界一のスーパーと、値引きパンの夕食
朝の六時、ジム・ウォルトンは、薄い青色のシャツに濃紺のチノパンを合わせ、古びた革靴のひもを結んだ。窓の外では、夜明け前に降った雨がオークの葉から落ち、湿った土の匂いが網戸を抜けてくる。台所のテーブルには、焼きすぎて縁の黒くなったトーストと目玉焼き、それから半分だけ残ったグレープフルーツが並んでいた。彼は新聞を畳み、冷めかけたコーヒーにミルクを少し足すと、向かいに座る妻のリンへ顔を上げた。
「今日は店へ行ってくるよ」
「また抜き打ちで?」
「先に知らせたら、普段の店ではなくなるからね」
リンはバターのついたナイフを皿の縁へ置き、あきれたように眉を上げた。資産二十二兆六千億円とも報じられる男が、自分で車を運転し、町外れのウォルマートへ洗剤を買いに行くというのだから、毎度のことでも妙な話だった。ジムは黒く焦げたトーストの端を残さず食べ、洗ったマグカップを水切り籠へ伏せた。
灰色のピックアップトラックが駐車場へ入るころには、雲の切れ間から白い日差しが落ち、濡れたアスファルトがまぶしく光っていた。自動ドアの前には泥のついた子ども用長靴が片方だけ転がり、カート置き場では赤いベストを着た若い従業員が、きしむ車輪へ油を差していた。ジムは入口で香ばしいロティサリーチキンの匂いを吸い込み、買い物籠へ歯磨き粉と靴下、それから瓶詰めのピクルスを入れた。食品売り場を曲がったところで、値引き札の貼られたパンを三つ抱える女性とぶつかりそうになった。
「失礼しました」
「こちらこそ。籠を見ないで値段ばかり見ていたから」
女性はスーパーの清掃員らしい紺色の作業着を着ており、袖口には白い洗剤の跡が残っていた。胸元の名札には「マーサ」とあり、彼女はジムの顔を二度見したあと、抱えていたパンを落としそうになった。ジムが一袋を受け止めると、薄いビニール越しにまだ少し柔らかな感触が掌へ伝わった。
「あなた、もしかしてウォルトンさんですか」
「今日はただの買い物客です」
「ただの買い物客が、二十二兆円も持っていますか」
近くで缶詰を並べていた店員が吹き出し、慌てて咳払いをした。ジムは耳の後ろをかき、陳列棚に積まれた豆の缶を一つ手に取ったが、赤い値札を読んでも内容が頭に入らなかった。新聞にはウォルマート株を三一パーセント保有する一族の富が大きな数字で書かれるが、その金額は広すぎる牧草地のようで、本人にも端が見えない。けれどマーサの指が二十セント引きの札を確かめる動きは、朝のニュースよりもはっきり彼の目に残った。
「そのパンは夕食ですか」
「孫が二人来るんです。チーズをのせて焼けば、ごちそうになりますよ」
「肉売り場のチキンも合います」
「おすすめされても買えません。今週は洗濯機の排水管を直したから」
マーサは冗談めかして笑い、パンを籠の底へ丁寧に並べた。籠にはほかに牛乳、小さなチーズ、箱入りのマカロニが一つずつ入っており、派手な菓子はなかった。ジムは自宅の冷蔵庫に昨夜のローストビーフが残っていることを思い出し、持っていたピクルスの瓶を棚へ戻した。店内放送では子どもの迷子が告げられ、遠くから揚げ油の匂いと床磨き機の低い音が流れてきた。
「あなたの会社は、安い品物を売るためにあるのでしょう」
「そのつもりです」
「安いことと、働く人が安く扱われることは、同じじゃありませんよ」
ジムの指が歯磨き粉の箱の角で止まった。マーサは彼を責め立てることも、握手を求めることもせず、曲がった名札を直してから清掃用具の置き場へ戻っていった。床には誰かが落としたシリアルが散らばり、甘い蜂蜜の匂いが靴底へまとわりついている。ジムは立ったまま、従業員の時給を資料の一行として眺めていた昨夜の自分を思い出した。
昼前、ジムは店長室の丸いパイプ椅子に座っていた。机には飲みかけの炭酸飲料、インクの薄くなったボールペン、娘が描いたらしい紫色の犬の絵が置かれ、蛍光灯からはかすかなうなり声が聞こえた。店長のハロルドは汗ばんだ赤いベストの襟を引っ張り、突然現れた大株主を前に何度も眼鏡を押し上げた。ジムは自動販売機で買った塩気の強いクラッカーを一枚かじり、床に落ちた粉を指で集めた。
「マーサは何年ここで働いている?」
「九年です。遅刻はほとんどありません」
「給料は?」
ハロルドが答えると、ジムは帳面へ数字を書き、その横に家賃、電気代、食費と並べた。紙の上ではどれも小さな数字なのに、足してみるとマーサの給料をほとんど食べ尽くした。ハロルドは冷房の風でめくれた犬の絵をペン立てで押さえ、机の隅に置いていた冷めたハンバーガーを紙で包み直した。
「本部は人件費を抑えろと言います」
「本部とは誰だ」
「ウォルトンさん、その質問を私にさせますか」
ジムはしばらく黙ったあと、口元についたクラッカーの粉を紙ナプキンで拭いた。二十二兆六千億円という数字は、店長室の狭い机には載らないが、マーサの二十セントやハロルドの冷めた昼食なら、ここに確かに置くことができる。彼は帳面を閉じず、地域ごとの賃金と勤務時間を見直す会議を、その場で秘書へ電話して設定した。ハロルドは疑うように受話器を見つめ、それから小さく息を吐いた。
夕方、ジムが食品売り場へ戻ると、マーサは清掃を終え、私服の黄色い花柄ブラウスに着替えていた。髪には石けんの匂いが残り、右手には値引きパン、左手には何度も使った布製の買い物袋を提げている。ジムはロティサリーチキンを一羽持っていたが、それを無理に渡せば金持ちの気まぐれで終わる気がして、代わりに朝から籠へ入れていた歯磨き粉をレジ台へ置いた。マーサは彼の手元を見て、いたずらっぽく目を細めた。
「ピクルスは買わなかったんですか」
「予算を見直したんです」
「二十二兆円あるのに?」
「二十二兆円あっても、無駄遣いはリンに叱られます」
マーサが声を上げて笑うと、レジ係もつられて笑った。ジムは自分の会計を済ませたあと、値引きパンを指さし、チーズをのせて焼く時間を尋ねた。マーサは表面へ少量のバターを塗り、焦げ目がつくまで五分待つのだと教えたが、話の途中で孫はケチャップをかけすぎるのだと本筋から外れた愚痴まで付け加えた。
その夜、ジムの夕食は豪華なステーキではなく、値引きパンをまねて作ったチーズトーストになった。リンは白いカーディガンの袖をまくり、少し焦げたパンを皿へ移しながら、台所に充満したチーズの匂いに鼻を鳴らした。テーブルの端には賃金改定の資料が積まれ、その上には朝のグレープフルーツの皮を入れた小皿が置き忘れられていた。ジムが熱いパンを急いでかじると、上顎にチーズが張りつき、リンが水の入ったグラスを差し出した。
「店へ行って、何を買ってきたの?」
「歯磨き粉と靴下だ」
「それだけ?」
「それから、二十セントの重さを教わった」
リンは意味を尋ねず、焦げたパンの端を指で折って口へ運んだ。翌朝になれば、会議では株主利益や原価率や三一パーセントという数字が飛び交い、ジムの提案に反対する者も現れるだろう。それでも彼は、マーサの洗剤で白くなった袖口と、ハロルドの机にあった紫色の犬を忘れないよう、帳面の表紙へ二十セント硬貨をテープで貼った。
「明日から、全部が変わると思う?」
「いいや。大きな店ほど、棚を一段動かすのにも時間がかかる」
「では、どうするの?」
「毎日、一段ずつ動かすよ」
窓の外では雨が再び屋根をたたき、流し台には二枚の皿と、チーズのこびりついたナイフが残っていた。ジムはそれらを湯につけてから資料を開き、最初の頁に「安く売ることと、人を安く扱うことは違う」と書いた。インクが乾くまでのあいだ、彼は朝食用のパンがもうないことを思い出し、明日も自分で店へ買いに行こうと決めた。




