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黄金の影と、波の囁き

黄金の影と、波の囁き


 どこまでも続く太平洋の群青色が、ハワイ・ラナイ島に優しく打ち寄せていた。夕暮れ時の砂浜は、沈みゆく太陽の光を浴びて、まるで上質な琥珀を溶かしたかのように輝いている。ラリー・エリソンは、自身の所有するホテルのテラス席に腰掛け、心地よい潮風を肌に感じていた。八十一歳という年齢を全く感じさせない引き締まった身体に、仕立ての良い特注の白いリネンシャツがよく映えている。胸元は少し緩められ、日焼けした肌がのぞいていた。ボトムスには上質なチャコールグレーのイタリア製スラックスを合わせ、リラックスしていながらも、洗練された王者の風格を漂わせている。


「おい、サフラ。ここの景色はいつ見ても飽きないな」


 ラリーは、クリスタルのグラスに注がれた最高級のシャルドネを軽く揺らしながら、向かいに座るオラクルの最高経営責任者に声をかけた。グラスの表面に結露した冷たい水滴が、彼の指先を心地よく濡らす。


「ええ、ラリー。あなたがこの島を買収した理由が、今なら本当によく分かります。ここには雑音が一切ありませんもの」


 サフラは、涼しげなシルクのブラウスの襟元を整えながら微笑んだ。彼女の視線の先には、テーブルの上に美しく盛り付けられたディナーが並んでいる。今夜のメニューは、ラナイ島の豊かな自然が育んだ食材をふんだんに使った特製の一皿だ。地元産の新鮮なロブスターのグリルには、甘美なマンゴーと特製ハーブのソースが添えられ、香ばしい磯の香りとフルーツの甘酸っぱい香りが、潮風に混ざって鼻腔をくすぐる。さらに、じっくりと焼き上げられた極上のテンダーロインステーキからは、肉汁のジューシーな香りが立ち上り、食欲を激しくそそった。


「雑音がない、か。確かにその通りだ。シリコンバレーにいると、毎日がデータの洪水だからな。だが、あのノイズの中でこそ、オラクルという怪物は成長してきた」


 ラリーはフォークを手に取り、ロブスターの身を一口大に切り分けた。口に運ぶと、ぷりっとした弾力のある食感とともに、濃厚な海の旨味とソースの爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。彼は満足そうに目を細め、喉を鳴らした。


「四割の株式を維持し続けるのは、並大抵のプレッシャーではないでしょう? 市場は常にあなたの動向を監視しています」


 サフラが肉を一切れ口に運びながら、探るような視線を向けた。


「監視、か。心地よい緊張感だよ。私がオラクルの株を約四十パーセント握っているのは、金のためじゃない。コントロールするためだ。テクノロジーの未来を、自分の手で確実に導くための手綱さ。誰も私からその手綱を奪うことはできない」


 ラリーの声音には、絶対的な自信が満ちていた。彼の脳裏には、数え切れないほどの買収劇や、競合他社との血を吐くようなシェア争いの記憶が、鮮明な映像として蘇っていた。胸の奥が、かつての戦場を思い出すかのように熱くなる。


「千九百億ドルもの純資産を持つ男の言葉としては、重みが違いすぎますね。世界中の富豪たちがあなたを追いかけていますが、誰も追いつけない」


「数字はただの結果に過ぎないよ、サフラ。私が本当に愛しているのは、ゼロから一を生み出すあの感覚だ。クラウドのアーキテクチャを考えているとき、私の頭の中は、このラナイ島の海よりも澄み渡っている」


 ラリーはワインを一口含み、心地よい酸味と樽の香りをゆっくりと味わった。彼の視線は、遠くの水平線へと向けられている。太陽は完全に沈み、空は深い群青色から紫色のグラデーションへと移り変わっていた。波の音が、規則正しいリズムで五感を癒していく。


「会長であり、最高技術責任者でもある。その二つの顔をこれほどの年齢になっても維持し続けられる動機は、一体どこにあるのですか?」


「好奇心だよ。それ以外に何がある? 技術は生き物だ。昨日までの正解が、今日にはゴミ屑になる。そのスピード感がたまらないのさ。私は引退して、ただの老人として砂浜を散歩するつもりはない。死ぬその瞬間まで、技術の最前線にいたいんだ」


 ラリーは力強く微笑み、テーブルの上のステーキにナイフを入れた。美しいピンク色の断面から、温かい湯気とともに肉本来の濃厚な香りが溢れ出す。一口噛みしめると、上質な脂の甘みと旨味が舌の上でとろけた。


「あなたと話していると、年齢という概念がどれほど無意味かを痛感させられます。オラクルの未来は、まだまだあなたの頭脳の中にあるのですね」


「当然だ。サフラ、お前が会社を冷徹に経営し、私が技術の未来を創る。このコンビネーションがある限り、我が社は揺るがない。さあ、冷めないうちに食べよう。この島の恵みは、五感を刺激してくれる最高のスパイスだからな」


 ラリーは再びグラスを掲げ、サフラと静かに音を響かせた。夜の帳が降りたラナイ島に、涼やかなガラスの音が響き渡り、波の囁きの中に溶けていった。彼の瞳には、満天の星空とともに、まだ見ぬテクノロジーの黄金の未来が、確かに映し出されていた。


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