第8話 鑑定士――危険人物と危険遺物
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鑑定室に到着すると、スアーマは目をキラキラさせる。
あっちこっちに目移りしながら、舐め回すように部屋を見渡す。
「はわ~。素晴らしいですね~!
無駄なものがなく~、綺麗に種別分けされています~!」
「はは。ありがとよ。ご覧の通り、冒険者が持ってきた未鑑定の素材、迷宮の遺物を預かってる」
古びた本。さび付いた指輪。正体不明の生き物の爪。
棚は整理整頓されているが、一見するとよくわからない物ばかり。
「はぁわ♡ こんな貴重な品物と毎日触れ合えるなんて、素敵です~」
「危険な物も置いてるから、気を付けろよ」
とてもじゃないが、貴重な品があるようには見えないし、命に関わる危険な物があるようにも見えなかった。
「迷宮の品がこんなに大量にあるなんて~、さすがはギルドですね~」
どの品にもスアーマは夢中だが、とりわけ年季の入った遺物に興味を示している。
「そういや、アンタは考古学を専攻してたんだったな。
やっぱり古い物が好きなのか?」
チーフは興味本位で質問してみる。
それが後悔に繋がるとも知らずに。
「もちろんですよ~。特に迷宮の品は素晴らしいですね~。
あぁぁ♡んふっ♡いいです~♡
この古い苦みを帯びた香り~。ふんふん~。
ふぁぁ~♡ たまりません~♡」
蕩けた顔で艶めかしい吐息を吐きながら、スアーマは答える。
それを見たチーフの脳裏に、解体変質者の顔が一瞬チラつく。
「ヤバイのを招いちまったか……」
「はえ~? どうかしましたか~?」
「何でもねぇ」
スアーマを引き連れて、部屋の奥へと進む。
作業場を覗けば、作業員たちが黙々と作業を続けている。
「忙しいとこ悪いな。邪魔するぜ」
「……あ、チーフ! お疲れ様です!」
一人の作業員が手を止めて、出迎えた。
「今日はこっちのヘルプですか?」
「いや、職場見学だ。忙しいなら出直すが」
「大丈夫ですよ! 見学って事は、ようやく、人員が補充されるってことですか!?」
疲れた顔の作業員は期待するような目で、チーフを見る。
「それは彼女次第だな」
「はじめまして~。スアーマと申します~」
「どうも。自分は鑑定士のカンテンです。ようこそ、鑑定室へ! 歓迎しますよ!」
カンテンはにこにこしながら「こちらへどうぞ」と作業スペースに案内する。
「見学なら、チーフも手伝ってくださいよ。
今日は持ち込みが多すぎて、死にそうなんですから」
「なんでだよ。俺は人がいねぇ時の臨時だろ。ダメだ」
カンテンの言う通り、忙しいのは間違いない。
だが、チーフの見たところ、人員は揃っていて、業務自体に問題なさそうである。
「そう言わずに、お願いしますよー」
「だから、ダメだって言ってるだろ。あー、もう、引っ付くな!」
「うう、自分たちを見捨てないでくださいー」
後生ですから、などと大袈裟にアピールするカンテン。
二人のやり取りを見ていたスアーマは首を傾げる。
「あの~。チーフさんって、窓口担当ですよね~。
その方が鑑定も出来るんですか~?」
チーフはただの一般ギルド職員だ。
専門職の手伝いとはどういうことか。
違和感と好奇心を解消するため、カンテンに尋ねる。
カンテンは首を傾げる。
何を当たり前のことを聞くのか、と不思議そうな顔だ。
「当然できますよ?」
「おい、何言って」
「そうですか~。当然ですか~……。ただの窓口担当が鑑定も出来るんですね~」
「当たり前ですよ! なんたって、あの『なんでも屋』のチーフですから!
それに、鑑定だけじゃないですよ。チーフに出来ないことなんて――もがっ!」
ぺらぺら。つるつる。
カンテンの口はよく滑る。
チーフはついに実力行使で黙らせる。
「カンテン……今日は忙しいんだよな?
ここで手ぇ止めてていいのか? ん?」
「んー! んんー!(すみませんすみません!)」
元々、チーフの表情筋は死んでて怖い。
それが怒ったらどうなるか。答え。もっと怖い。
カンテンは怯えて涙目になりながら、ごめんなさいと謝罪した。
「ったく。職場見学に来てるって言っただろ。
ほら、作業をスアーマに見せてやってくれ」
「了解です!!」
チーフから解放されたカンテンは、作業台に未鑑定の品を三つ並べた。
「それでは、今から自分が三つ鑑定します。よく見ていてください」
「よろしくお願いします~」
最初に取り出したのは、青い表紙の本だ。
「まずはこちらの機械に置いて登録をします」
「登録ですか~」
「はい。発見した日時、場所、特徴など細かく入力するんです。このように――」
機械から発生した光が、本に向かって照射された。
すると、モニターに文字が表示される。
「今回の書物は……すでに登録済みですね。
これは『水の魔術書(初級)』でした。
はい。こんな感じで、まずは一件完了です」
「なるほど~。すでに登録されている品物は素早く鑑定できるんですね~」
ものの数分で、最初の鑑定が終わった。
スアーマは機械を興味深そうに観察する。
「素晴らしいです~。これ、と~っても、効率的ですね~」
「全部に鑑定スキルを使ってたら、時間も魔力も全然足りませんからね」
この機械のおかげで、鑑定の効率は格段に上がった。
鑑定士が処理できる件数も増えたという。
「持ち込みの件数が増えたから、仕事量は前と変わらず多いんですよ。
働けど、働けど、我が仕事、終わり見えず……世知辛いです」
「いいから、次の鑑定をしやがれ」
そうやって脱線するから、仕事が終わらないんだぞ。
チーフはそう言って、じろっとカンテンを睨む。
「つ、次ですね!」
カンテンが次の未鑑定の品を機械に乗せた。
「装飾品。指輪ですね。
まずは登録します……おっと、これは、候補が複数ありますね」
装備品は種類が多く、このような結果が表示されることが多い。
そこで鑑定スキルの出番となる。
指輪に手を当てて、カンテンはスキルを発動させた。
「鑑定――『癒しの指輪:自動回復(微)、体力増加(小)、???』。
……一部鑑定が弾かれてます」
装備品に付属する能力のいくつかが判明する。
しかし、何かがカンテンの鑑定を拒絶していた。
スアーマはじーっと指輪を見つめて、
「ん~。これは呪いですね~」
即座に鑑定を拒絶する何かを特定してみせた。
カンテンが驚いて、スアーマの方を向く。
「え!? まだ解析が終わってないのに……」
「正解。やるじゃねぇか、スアーマ」
「これくらいは~、任せてください~」
なぜか本職の鑑定士であるカンテンより、チーフの方が状況を理解している。
スアーマはおやと思ったが、口には出さなかった。
「カンテン。もっと魔力を当てろ」
「了解です!」
言われた通り、指輪に向かって魔力を当て続ける。
すると、指輪に刻まれた刻印がぐるりと回転して、逆さまの刻印が現れた。
「こ、これは!? 逆さ刻印!
ええっと逆さ、逆さ……あぁ!! 【反転】の呪いか!
だから、自分のスキルを跳ね返してたのか」
急いで再鑑定した結果を機械に入力する。
「よし、『【呪】癒しの指輪:自動回復(微)、体力増加(小)、反転』っと。
これで完了です。人気がなのになー。これは廃棄だ」
「それにしても、スアーマは良く分かったな」
「私の解呪スキルが反応したので~」
「いやー、すごいですねぇ! 自分も見習わないと!」
カンテンはそう言いながら、三つ目の品を取り出す。
最後は魔物の素材だ。
一メートルほど長さ。先端が異常に鋭い。
鋼鉄の防具すら、簡単に貫通しそうだ。
「魔物の牙ですかね。登録情報を確認っと」
「素材ですか~」
素材を目にしたスアーマだったが、今までの熱量が嘘みたいに大人しい。
「素材はあんまり、興味が湧きませんね~」
「おいおい。えり好みするな。素材の鑑定も立派な仕事だ」
「登録済み、サイレントバードの……嘴!?
あぶなかった……。誤鑑定するところでした」
「素材が一番数が多く、鑑定が難しいんですよ」とカンテンは苦笑する。
「なるほど~。わかりました~。
それで、次は何を鑑定するんですか~?」
遺物とは異なり、スアーマの反応はそっけない。
本当に魔物の素材には、ちっとも興味がないらしい。
「いいか。ここで働きたいなら、えり好みなんてするなよ」
「分かってますよ~。業務ならきちんとやりますので~」
「すみません、これ追加の未鑑定品です」
これで鑑定は終わりかと思いきや、新たに品物が持ち込まれた。
「ご苦労さん。これは遺物か? 古びた短剣だな」
「はわ♡ 遺物ですか~!?」
スアーマの気分が再び上昇する。
ぎょろぎょろと瞳をせわしなく動かして、短剣を食い入るように見つめる。
「どれどれ魔石の付いた短剣……該当記録はありませんね。
全てが未鑑定。初めて持ち込まれた遺物のようです」
「すぅー♡ あぁ香しい遺物の香りですぅ~♡」
「遺物の香り? か、鑑定……『推定200年前、儀式用ナイフ』」
カンテンは短剣に魔力を当て続け、丁寧に鑑定していく。
ふと、短剣に埋め込まれた魔石が脈打つ。
「……待て。その魔石。何かおかしい」
チーフだけが、その嫌な気配を敏感に感じ取っていた。
「嫌な気配だ。こいつは……なんだ? 生きてる?」
嫌な気配は次第に濃くなっていく。
魔石が妖しく輝いて、ついにひびが入った。
異変を確認し、即座にチーフが大声を上げる。
「まずい! おい! 今すぐカンテン! そいつを放り投げろ!!」
「え? 一体、どういう」
間に合わない。チーフは無理やり短剣を掴み、人のいない方へ放り投げた。
「貸せっ!! 俺の目は誤魔化せねぇぞぉぉおおお!!」
短剣が宙を舞う。
それは、もはや視認できるほど、異常な光を放っていた。
ピキ。ピキピキ。バリンッ!
一瞬の静寂。そして、魔力が爆ぜた。
――ギュエエエエエ!!
カンテンの魔力を吸い取り、鑑定室に巨大な魔物が復活する。
魔石に見えたのは、仮死状態の魔物だったのだ。
「ま、魔物ですぅ~!!」
「ひぇええ!! ま、魔石が割れて、魔物が生まれたぁぁぁ!?
け、警報機作動! 鑑定室閉鎖!」
「今、結界を張った! 鎮圧チームが来るまで持ちこたえろ!」
カンテンは素早く緊急ボタンを押す。
チーフも簡易結界を展開して、従業員を結界の中に避難させた。
このような緊急事態は珍しくないのか、全員、落ち着いて避難行動をとっている。
「スアーマ。悪い、結界維持の魔力を貸してくれっ!!」
「はい~! お手伝いします~!」
魔物に動揺していたスアーマだったが、チーフの声に落ち着きを取り戻す。
そして、自分の役割を理解すると、結界のサポートに回った。
「助かるぜ、スアーマ。鑑定士の仕事は、安全な机の上だけの作業じゃねぇ。
こうやって、危険が持ち込まれることも、日常茶飯事だ」
「そうですね~。こんなスリリングなこともあるなんて~。びっくりです~!」
「だから、なんだ……もし、魔物との戦いが苦手なら――」
「古代の遺物に危険はつきものですね~。驚きましたが、苦手ではないですよ~」
そう断言する瞳に怯えはない。
あるのは、遺物への強い好奇心と執着。
邪魔するものがいるなら、魔物でも容赦しない――そんな顔だった。
良い顔つきをするスアーマに、こいつは適職だと感心する。
「いいね。スアーマはこの仕事が天職かもしれないな!
どうする? アンタ、この仕事――」
「当然、やりますよ~。どうぞよろしくお願いしますね~!!」
期待の新人の頼もしい言葉に、その場で歓声が上がった。
魔物はまだ暴れている。討伐チーム到着までの防衛戦。
今まさに、命がけの新人研修が始まった。




