第9話 治療院スタッフ――聖拳の老女、現場に復帰する
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「まぁまぁ。チーフちゃん。久しぶりねぇ」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
チーフが窓口に顔を出すと、そこにはよく見知った人物が来ていた。
「おう。いらっしゃ――って、グレアさんか!?
久しぶりですね、元気でしたか?」
「ふふ。本当にねぇ。私はとっても元気よ」
グレアと名乗る小柄な老女だ。
昔、チーフがとても世話になった大事な恩人である。
いや、老女という言葉が適切かはわからない。
なぜなら、彼女はとても若々しく見えるからだ。
背筋はしゃんとしていて、綺麗な白髪は艶があり、どこか神秘的に見える。
「しかし、なんだってこんな窓口に?」
「実はねぇ、お仕事を探しに来たのよ」
「……グレアさんがですか?」
「あら、私みたいなおばあちゃんに紹介するお仕事は無いかしら」
頬に手を当てて、困ったわぁと小首を傾げるグレア。
「とんでもない!
グレアさんなら、ここじゃなくたって、引く手数多だと思っただけだ」
チーフは慌てて否定する。
これはお世辞でも何でなく、事実だった。
彼女はただの老女ではない。
五年前に引退してしまったが、元S級の冒険者だ。
「ふふ。私をそんな風に評価してくれるなんて、嬉しいわ。
実はね。来月、娘が出産予定なのよぉ。
私も立派なおばあちゃんってわけ」
娘とこれから産まれてくる初孫のため、色々入用なのだとグレアは言う。
新たな命の報告に、死滅しきっているチーフの表情筋も珍しく綻ぶ。
「お孫さんが生まれるのか。そいつは、めでたい!
グレアさん、おめでとうございます」
「ふふ。ありがとうねぇ。
孫が生まれたら、色々入用になるでしょう。
だから、おばあちゃんが孫のためにちょっと頑張ることにしたのよ」
そういうことなら、ぜひ紹介させてください。
チーフはそう言うと、グレアが冒険者だった頃の記録を探す。
「私があと三年若かったらねぇ。迷宮に潜って一稼ぎしたのに」
「何かあったら、娘さんが悲しみますよ。無理はしないでください」
グレアの記録を発見し、中身を確認した。
魔力S。精神A+。
光魔法。上級回復魔法。蘇生術。
解呪。解毒。体術。
高い能力に豊富なスキル。
流石はS級冒険者といったところか。
「やっぱり、グレアさんはすげぇな」
チーフはグレアの能力に感嘆する。
「ブランクはあるでしょうが、このスキルなら色んな場所を紹介できますよ」
何か希望はあるのか。
チーフの問いかけに、グレアは少し悩んで、
「そうねぇ、短時間のお仕事がいいわ。
あと、なるべく時給がいいと助かるわねぇ」
提示された条件とグレアの能力から、いくつか候補を絞る。
その中の一つ、治療院に目をつけ提案した。
「治療院。懐かしいわねぇ」
「正直、楽な職場ではないが……って、すみません、ついクセで」
治療院については、グレアも冒険者時代に利用したことがある。
今更、説明しなくてもよく知っているだろう。
先輩冒険者にでしゃばった真似をしてしまった、とチーフは慌てて謝罪する。
グレアは首を振って、いいのよと微笑む。
「私はもうずいぶん前に、冒険者を引退したし。
ちゃんと説明してくれた方がありがたいわよ。だから、謝らないでちょうだい」
いつだって、初心を忘れずに。
グレアは茶目っ気たっぷりにウィンクする。
「ありがとうございます。
どうします? さっそく現場を見ますか?」
「そうね。今の治療院がどんなふうになってるか、見せてちょうだい」
チーフは頷くと、グレアを引き連れて、治療院へ向かった。
***
「どうぞ。グレアさんがいた頃と場所は変わってないですよ」
治療院はギルドに隣接して建っていた。
いざとなれば、即座にギルドとの連携が可能である。
患者を搬入しやすいように、出入り口は広くなっていた。
「あらぁ。なつかしいわね。
私もうんと若い頃に、無茶をしてお世話になったわ」
「グレアさんが負傷してる姿か。俺には想像もつかないな」
中に入ると、消毒液の臭いが出迎えた。
白を基調とした清潔感のある内装。
洗浄や浄化の魔法の刻印が何重にも刻まれている。
「あっちは感染対策の部屋です。
伝染する毒や呪いが年々増えているので、増設されました」
「良い判断だわ。ふふ、それってチーフちゃんが提案したのよね?」
グレアの指摘にぎくっと肩を震わせる。
「えっと、なんのことだか……」
「もー。チーフちゃんって、本当に自己主張しないわねぇ。
私にはお見通しよ。ここの通路だって、広く改築されてる。そうよね?」
更なる指摘に、チーフは内心冷や汗だらだらだった。
(別に俺のアイデアじゃない。
昔、グレアさんが改善要望として言ってたことを実施しただけで)
伝染対策の部屋が欲しい。
重症患者を乗せた車輪付きベッドが通れるように、通路の幅を広くして欲しい。
現役時代にグレアが指摘していたことだ。
「俺はただ……グレアさんの意見を採用しただけですから。
グレアさんの意見が有用だと判断されたので、改築や増設ができた。
それだけですよ」
「ふふ。私の不満をチーフちゃんがちゃんと覚えててくれたおかげね。
ギルド長に意見を通すのは大変だったでしょう。ありがとう、チーフちゃん」
気恥ずかしくなり、チーフはそそくさと正面の扉を開く。
「さぁ、どうぞ」
「まぁ。懐かしいわね」
扉の先は、本格的に治療を行う部屋となっている。
いくつも仕切りがあり、清潔なベッドがいくつも並ぶ。
薬品棚には、薬剤や治療器具がたくさん収められていた。
「ご覧の通り、設備はいつでも使えるよう手入れは怠ってないです」
――バンッ!!
グレアに部屋の紹介をしていると、大きい音と共に血の臭いが混じってきた。
「急患ね……生きてるかしらねぇ」
物騒なことを口にしているが、実際、治療院には死体も運ばれてくる。
様子を確認すると、負傷した冒険者が仲間に支えられてやってきたようだ。
「迷宮回収業者じゃねぇな……生きてる」
回収業者は迷宮内に残された『おとしもの』を回収してくれる。
今回、冒険者たちに『おとしもの』はなかったようだ。
チーフはほっと胸をなでおろした。
「まぁ! 良かった。蘇生となると、大変だもの。
頑張ったわね。命があればそれだけで儲けものよ」
グレアを連れて、ベッドの近くに移動する。
治療師の邪魔にならない位置で、作業の様子を見学させてもらう。
「魔物による毒傷を確認、出血多量! 意識なし!」
「そこのベッドを空けろ! 慎重に寝かせるんだ!」
「毒の解析をお願い! 急いで傷をふさいで、増血薬の投与するわ。
大丈夫? こっちの声は聞こえるかしら?」
「回復魔法準備! 一番大きい傷から塞ぎます!
『ヒーリング!』」
数人の治療師が傷の具合を確認し、迅速に治療していく。
毒と出血により負傷者の意識はなく、かなりの重症だ。
文字通り、命だけは助かったような状態だった。
「毒の進行具合はどうだ!?」
「解毒剤が効いてます。これなら、部位の切断もしなくて大丈夫でしょう」
あと少し治療が遅ければ、毒で壊死した箇所を切除する必要がある。
今回の患者は本当に運が良い。
「一体、どんな無茶をしたら、あんな大怪我を負うのかしらねぇ」
「そうですね。少し、気がかりだ。
こりゃあ。意識が戻ったら確認しないといけねぇな」
治療がひと段落つくと、治療師の一人がこちらに気が付く。
「チーフ!? お疲れ様です! 来てたんですね」
「ああ。お疲れさん。忙しいところ、邪魔して悪いな。
ご覧の通り、職場見学中だ」
「そちらのご婦人がですか……」
ずいぶんと年配の方だが大丈夫だろうか。
そんな不安そうな顔で、治療師はじっとグレアを見つめた。
「ええ、よろしくお願いしますねぇ」
グレアが一歩前に出て、頭を下げる。
「はい。まぁ、チーフの紹介なら、優秀なんでしょうね」
とんでもなく失礼な物言いだ。
優秀どころか、治療師の大先輩になるのだが。
彼が自分の無知に気が付くのは、もう少し後になってからである。
「いやぁ、それにしても、あの『何でも屋』が来てくれるなんて、助かるなぁ!
回復の手はいくらあっても困りませんからね!」
(おいおい、ここでもかよ)
チーフは自分への過分な評価に頭を抱えた。
「なんで俺を頭数に入れてんだよ。俺は窓口担当で、今は職場案内中だぞ」
「まぁまぁ! ようやくチーフちゃんの実力が認められたのねぇ」
「そんなんじゃありませんから」
「いいのよぉ。私は最初からチーフちゃんの凄さを分かってましたからね」
「だから、違いますって! 誤解です。
俺の本職は、ただの職業案内の窓口係ですよ」
二人の親しげなやり取りに、治療師は首を傾げる。
「あの……ご婦人はチーフとお知り合いなんですか?」
「ええ。なにせ、チーフちゃんが新人の時からのお付き合いですからねぇ」
「えぇ!?」
自分が治療院に入った頃には、すでにチーフは職員として勤めていた。
それよりも長い付き合いだったとは。
治療師は驚きで空いた口がふさがらない。
そこへ、チーフが追い打ちをかけるように、爆弾を投下した。
「おい。グレアさんの前で失礼なことを言うんじゃねぇぞ。
そんじょそこらの冒険者より、ずっと大先輩なんだからな」
グレアの名前を聞いて、治療師は表情が固まった。
もしかして、まさか、と小声でぶつぶつと呟いている。
その顔から血の気がさっと引いていく。
「グレア……。も、もしかして、あの『聖拳のグレア』!?」
無知な治療師も、流石に『グレア』の名前は知っていたようだ。
背筋をピンと伸ばして、グレアの方を向き直る。
「ひぇぇぇ!! し、失礼しました!!」
顔を引きつらせながら、上擦った声で謝罪した。
グレアはきょとんとして、頬に手を当てている。
「まぁ。そんな大それた名前がついてるの?
私はただの回復術士だったのだけどねぇ……」
武器が使えないから、護身程度に体術を習っただけだし」
グレアは回復魔法に優れていたが、それよりも攻撃方法が彼女を有名にした。
「拳でアンデッドを昇天させるのは、グレアさんくらいでしょう」
「仕方ないのよ。私は武器を使うのに向いてなかったし。
攻撃手段が護身用に習った体術しかなかったのよねぇ」
グレアの戦いは普段の姿からは想像もつかないほど、豪快だった。
一撃必殺。鉄拳制裁。
聖なる力が込められた拳は、数多の魔物を屠ってきた。
そうして付いた異名が『聖拳のグレア』。
「え、あの、ぐ、グレアさんが、この治療院で働いてくれるんですか!?」
グレアの正体を知るや否や、治療師は興奮気味に確認してくる。
あからさまな態度の変化にチーフはため息を吐く。
だが、グレアは気にした様子はなく、「ええ、そうよ」と肯定した。
「短時間だけですけどねぇ。ぜひお手伝いさせてほしいわ。
もうずいぶん、現場に出てないから、感が鈍ってると思うの。
色々教えてくださるかしら?」
「じ、自分でよければ!
むしろ、こちらこそグレアさんに色々ご教示いただきたいです!!」
「ふふ。じゃあ、さっそく治療のお手伝いさせてほしいわ」
いきなりの実践希望に、治療師はたじろいで、チーフの方をちらっと見る。
チーフは大丈夫だと頷いてみせた。
「グレアさんのやりたいようにやってください。ただし、無理はしないように」
「心配してくれてありがとうねぇ、チーフちゃん。大丈夫よ」
「ってわけだから、グレアさんを頼むぜ」
「わかりました」
グレアを連れて、軽症患者の治療スペースに向かう。
丁度、負傷した冒険者が来ている。
「では、グレアさん。さっそくお願いします――次の方どうぞ」
「いででで……。世話になるぜ。俺としたことが、ヘマをしたぜ」
右手を負傷した冒険者が入ってきた。
自分で応急手当したのか、適当な布で止血がされている。
「この布は、ご自身で?」
「ああ……帰還の魔法陣まで距離があってな。
間に合わせの布で、なんとか、誤魔化しつつ帰ってきたんだ……」
布は限界まで血を吸い上げていて、汚れきっていた。
清潔な包帯に交換しなければならない。
「傷口を確認して消毒しないと。この布、取りますね――グレアさん」
「ええ。任せてちょうだい。ちょっと痛いけど、我慢してねぇ」
冒険者はグレアの姿を確認すると、ぎょっと目を見開く。
「え、グレアさん!? 現場に復帰したんですか!? いっ、いだだだっ!!」
「よいしょっと、じっとしててねぇ」
さっと汚れた布を取った。
血が溢れてきたので、清潔な布で拭いつつ傷口の具合を確認する。
傷口を消毒して、手際よく包帯を巻く。
「復帰は無理よぉ。私はおばあちゃんですからねぇ。
だけど、こうやって治療のお手伝いぐらいはできるわ」
「ふー。痛みが楽になった。ありがとうございます、グレアさん」
「鎮痛剤と解毒剤をお願いしておくから、三日はちゃんと飲んでね。
数日は安静しないといけませんよ」
あれ? これって教えることはないのでは?
治療師はグレアの処置を見て、瞬時に悟った。
ブランクがあると言ってたが、そんなのは全く感じない手際の良さだ。
「すげぇ……。痛くねぇ! ありがとうございます!
へへ、仲間に自慢してやらぁ! あのグレアさんに世話になったってな!」
「ふふ。無茶はしないでね。何事も、命あってのものよ」
治療師もチーフの隣に並ぶと、グレアの邪魔にならないよう見守るのだった。
「チーフちゃん、ちょっといいかしら」
「ん? どうしたんですか」
「ジョ・イ迷宮に異常が発生してるかもしれない」
ジョ・イ迷宮。推奨ランクはE~D。
冒険者の入門迷宮。初心者向けとして有名な場所だ。
「私はね。迷宮変化が起こってるんじゃないかと思ってるの」
迷宮変化とは、時折迷宮内で発生する異常事態である。
「なぜ迷宮変化が発生していると?」
「さっき治療した人から検出された毒で判断したわ」
まさか未知の毒が検出されたのか。
チーフが黙り込んだのを見て、グレアは慌てて付け足す。
「安心して。毒自体は既存のものよ。
でもね、この毒があの迷宮で検出されたことが問題なのよ」
「一体、何の毒が検出されたんですか」
「『クサリドク』。腐食属性の混じった混合毒よ」
「なんだって? ジョ・イ迷宮でですか!?」
全く安心できる内容ではなかった。
未知ではなかったが、非常にやっかいな毒だ。
少なくとも、初心者向けの迷宮に出現する魔物が持つ毒ではない。
チーフは通信機を掴むと、内線につなぐ。
「チーフ!? 一体何を」
「緊急事態だ。『こちら治療院。ジョ・イ迷宮にて混合毒検出。
至急、迷宮の一時閉鎖をしてくれ。
あと、調査隊派遣を要請する。迷宮変化の可能性大だ!』」
次々と関係各所に連絡をするチーフにグレアは満足そうに微笑む。
「ふふ。チーフちゃんは話が早くて助かるわねぇ。
頭の固いギルド長さんなら、手遅れだったかもねぇ」
「あわわ。手続きを無視して調査隊を動かしたら、ギルド長がカンカンだ……」
「こういうのはスピード勝負よ。災害が発生してからでは遅いの」
一通りの連絡が終わり、最後にギルド長へ内線を繋ぐ。
短いやり取りをして通信を切ると、グレアの方を向く。
「グレアさん、見学中にすみません。
ギルド長が直接話を聞きたいと言ってて。ついて来てもらえますか」
「まぁ……。いいですよぉ。
良い機会だから、ギルド長さんの固い頭が柔らかくなるように、説明するわね」
緊急事態発生とギルド長からの呼び出しにより、職場見学は中断だ。
チーフは申し訳ないと謝罪をする。
「気にしないでちょうだい。私としては、もう十分見学したわ。
チーフちゃんが問題ないなら、すぐにでもここで働きたいくらいよ」
グレアの頼もしい言葉に、やはりこの人には叶わないなとチーフは笑った。
「大歓迎ですよ、グレアさん。また一緒に仕事が出来て嬉しいです。」
「私もよ、チーフちゃん。お世話になりますねぇ」
まずは、ギルド長への説明からね。腕がなるわ。
グレアはそういって、歩みを早くする。
迷宮に起きた異変。迷宮変化。
近々やっかいな仕事が舞い込むに違いない。
そんな気配をチーフは静かに感じているのだった。




