第6話 魔物解体師――ひとときのスカルペル
小説を閲覧いただきありがとうございます。
こちらは、旧版の改稿版です。
登場人物や流れが旧版と異なります。
旧版→https://ncode.syosetu.com/n7144lx/
解体室に入る前に、入念な消毒が行われた。
犬獣人であるポイセタには、消毒の匂いが強かったのだ。
消毒の間、彼はずっと眉間に皺を寄せて、低く唸っていた。
「ポイセタ、大丈夫か?」
「へ、へーき……っす」
消毒が終わると、真っ白な作業着を着る。
こうして、ようやく解体室への入室が許可されるのだ。
「ここが解体室。持ち込んだ魔物をバラすとこだ」
「広いっす! わわ、魔物がいっぱいっす!」
解体室は、天井と床が白い石張りになっている。
多少の血はあるが、部屋は清潔に保たれていた。
「もっと血が飛び散ってて、臭いもヤバイのを想像してたっす」
「はは、そんな不衛生だと営業停止になっちまうな」
「思ってたより、ずっとずっと綺麗っす!」
一昔前なら、解体場はポイセタのイメージ通りだろう。
今は排水や換気設備の設置は当たり前。
更には、洗浄魔法の刻印が義務化していて、厳しくなっている。
「万が一、ここで疫病が発生したら国全体が終わっちまう。
実際、そういう事件もあったからな」
「ひぇ……恐ろしいっすね」
「だからこそ、衛生には一番気を使ってるんだ。お、あれを見ろ」
チーフが指さした先には、巨大なオークの死体が作業台に乗っていた。
「……お、おおきいっす……オークっすか」
「ついさっき、運び込まれた奴だな。今から解体が始まる」
「これはこれは。
ずいぶん、生きの良い素材を連れてきましたね。ね? チーフ」
「ひぃぃいいっす!」
突如、背後から肩に手を置かれたポイセタは、その場で大きく飛び上がる。
聞き覚えのある声に、チーフはコイツを忘れていたと頭を抱えた。
正確には思い出したくなかったのだが。
「おいらは素材じゃないっす! だ、誰っすか!?」
ポイセタはチーフの後ろに回り、その人物から距離を取った。
見上げるほどの長身の男だ。
顔は竜の頭部で、彼の両目は糸で縫合されている。
白い鬣を後ろで一つで縛り、白い作業服を着ていた。
周囲がにわかに騒がしくなる。
「うわ……ロウさんだ」
「あの人、今日って非番じゃなかったっけ」
「『ひとときのスカルペル』」
各々がその人物に対して、バラバラに呼称する。
だが、共通して認識として、ろくな人物ではないと評価していた。
「ダンテ、やめろ。ポイセタは見学者だ。
将来、アンタの部下になるかもしれないんだ。仲良くしろ」
「それはそれは。その子犬くんは私の部下なんですね」
「へ? 部下っすか!? チーフさん、冗談っすよね!?
というか、あの! この人、誰っすか! 教えてくださいっす!」
ポイセタの切実な叫び声に、辺りがしんと静かになった。
この人物を知らないことへの驚きが半分。
知ってしまうことへの哀れみが半分。
複雑な視線がポイセタに集中する。
「ふむふむ。なるほどなるほど。今時珍しいですよ、子犬くん。
まさか、私を知らないなんてね。ね? チーフ」
「うるせーぞ。さっさと自己紹介しちまえ」
「やれやれ。仕方ない」
竜頭の男は芝居がかったように、両手を広げた。
「ロウ=スカルペルとでも呼んでください。
その名前で通っているようですし、大体の人間がそれで認識しています」
「ろ、ロウさん……っすね」
「ええ、ええ。どうも。ですが――」
深々と腰を折って、まるで貴族のように優雅にお辞儀をする。
「名前に意味などありませんがね」
そして、冷たく無機質な声でロウは吐き捨てた。
その声色を聞いただけで、ポイセタの身体が勝手に震える。
チーフはかばうように前に出た。
「『スカルペル』に解体できない魔物はいない。
こんな奴だが、うちで一番腕利きの解体師だ」
「やれやれ。『何でも屋』に言われても、ちっとも嬉しくありませんよ」
軽口を言い合うチーフとロウ。
ポイセタは「もしかして、仲良しっす?」と見当違いな感想を持つ。
だが、おかげで身体の震えがマシになった。
「ったく。暇なら先輩らしく、ポイセタに解体作業を見せてやってくれ」
「嫌です。ただの豚の解体なんてつまらないです」
――じゃあ、お前は一体何をしに来たんだ。
作業員一同、心の声が一つになった。
「チーフ! 自分が説明します!」
「私も! お手伝いしますね!」
見かねた何名かが、恐る恐るやってきて名乗りでる。
「すまねぇな。頼む」
「ロウさんの手を煩わせるわけにはいきませんし!」
「そうですよ。オークくらい、私たちで出来ますから!」
部下が懸命にフォローしているのに、それが当たり前という顔のトンデモ上司。
チーフは頭が痛くなってきた。
「じゃあ、開始します。新人くん、良く見ててください」
作業員の一人がナイフを手に取る。
だが――。
「やれやれ、やれやれ」
その手がぴたりと止まった。
「それではいけません。いけませんよ。ね?」
いつの間にか、ロウが作業員の隣に立ち、その手を掴んで止めていた。
「え……?」
「ったく、嫌って言ったくせに、何なんだお前は」
誰も、近づく気配を感じとれなかった。
「見ていられなかったので。それだと肉質が下がってしまう」
「あ……あ、すみませ……」
作業員は顔を真っ青にして震える。
ロウはその手からナイフを抜き取ると、別の形状のナイフを選ぶ。
「このオークは若い個体。この柔肌に相応しいナイフはこれです」
オークの腕に指先を当てて、優しくなぞる。
「ここから、こう。流れにそって、突き立てて滑らせる」
説明を終えるとロウはナイフをそっと作業台に置いた。
ポイセタがぽかんと口を開ける。
どうして切らないのだろう。そう思っていると、
――ずるっ、ごとり。
何かがズレる音がした。そして、オークの腕が身体から外れる。
不思議なことに、血は一切出ていない。
異様なほど美しい断面を露わにしながら、腕が転がった。
「あ……」
ポイセタの喉から、悲鳴が漏れる。
「子犬くん。きちんと見てましたか?」
「え、っと……あの」
一部始終見ていた。だが、一体、いつ切断したのか。
ロウのナイフ捌きは誰の目にも映らなかった。
「いけません。いけませんね。きちんと見学しないとね。ね?」
ずる。ずる。ずる。
ごとり。ごとり。ごとり。
次々と部位が外れていく。オークだったものは、どんどん小さくなる。
切っているはずなのに、血がほとんど流れない。
生々しい肉の断面が、臓器のうごめきが良く見えた。
「肉、皮、骨、臓器、魔石……何一つ無駄なものはない」
部位ごとに選別されて、入れ物に収められていく。
すでにオークはいない。あるのは、肉屋に並ぶ"新鮮な肉"だ。
「どんな醜悪なものも、中身はこんなにも美しい……美しいですね?」
解体が終わると、ロウは並べられた部位に一礼する。
「やはり、新しい発見がなくつまらない。ですが、この美しいひとときに感謝を」
くるりを踵を返すと、ブーツをこつこつと響かせて、ロウは元の場所に戻った。
「子犬くん。これが、解体です」
「……っ、う……」
ポイセタは、しばらく動けなかった。
呼吸の仕方を忘れたように、胸が浅く上下する。
頭では分かっている。
ロウのいう通り、今のは“解体”だ。
だが――。
あの異様な光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
静かで、生き物が無慈悲にも物になっていく。
どこまでも残酷で、そして。
(――綺麗だったっす)
頭の中に浮かんだその言葉に、ポイセタはぞっとした。
怖いのはロウじゃない。
あれを“美しい”と思ってしまった、自分だ。
「まあ、今のは例外だ」
チーフが肩をすくめる。
「こいつだから、一人で出来る芸当だ」
「これはこれは。チーフ。貴方もできるのにね。 ね?」
「……できるわけねぇだろ」
軽い口調でその場の緊張をほぐす。
その目は少しだけポイセタを気にしていた。
「ほとんどが複数人で担当する。ちゃんと手順があって、担当も決まってる。
それに従って、あとは流れ作業だ」
「流れ……作業っすか」
「そうだ。血抜きをしながら、肉は肉、皮は皮、骨は骨。分担して処理する」
チーフは近くの作業台を顎で示した。
「ほら、あっち見てみろ」
言われた方向を見ると、別の解体が進んでいた。
「定位置に固定完了! これより解体開始する。
急げ! 内臓傷む前に抜くぞ! 保存容器持ってこい!」
「おっけー! ぱぱっと切り分けていくよー!」
チーフのいう通り、複数人で解体が進む。
ナイフが入り、肉が裂ける音がする。
血も、普通に流れていた。
生々しい。先ほどの作業と比べると余計に。
荒くて、人間的で。確かに“作業”だった。
「複数人でも大変そうっすね。やっぱりロウさんは……規格外だったっす」
「そういうこった」
「やれやれ。雑です。今の切り分けは爆発持ちの場合、死にますね」
「ば、爆発っすか?」
そういう魔物もいるとチーフは補足を入れる。
「やっぱり、魔物って怖いっすね」
その後も解体は続いた。
ロウがダメ出しをして、チーフが補足を入れる。
作業が終わると、上質な素材が作業台の上に並んだ。
「これが解体の流れだ。
解体師の腕次第で素材の価値がぐんと跳ね上がる」
「すごいっす。魔物が綺麗に分けられて、素材になったっす……」
「及第点といったところですね」
余計な事を言うロウ。チーフは無言で足を踏みつけて黙らせる。
「焦ることはねぇ。最初は誰だって上手くいかないもんだ」
数を熟せば上手くなる。この仕事は日々の積み重ねだ。
ポイセタが焦ってしまわないように、精いっぱいフォローを入れた。
本来なら、上司であるロウの役目なのに、とチーフは内心恨み言を漏らす。
「積み重ねていく……それってなんだか冒険者みたいっすね」
「確かに。実力主義のところもそっくりだな。
最後まで油断できないとこも、似てる」
チーフは真剣な顔で忠告した。
死体と侮るなかれ。実は死んだ後の方が危険な魔物もいる。
「不定形。アンデット。そういった魔物は面倒なんですよ」
「魔物は倒して終わりじゃねぇ。死体の処理まできっちり終わらせる。
そこで初めて、魔物の討伐完了って言えるってこった」
討伐のアシストをする。それが解体師という仕事である。
「ここでなら、おいらも、戦えるっすかね……冒険者みたいに……」
「なんとなんと。青臭いですね。ね」
「ダンテ。次、余計なこと言ったら、俺への業務妨害で始末書を書いてもらうぞ」
「これはこれは。では書けば、発言してもいいということですね。ね?」
これ以上、余計なことをしゃべらせないために、チーフはポイセタに向き直る。
「ポイセタ、どうする?」
ポイセタのスキルなら採用が可能だった。
あとは彼の意思次第である。
この風変りな上司だけが不安材料ではあるが。
「おいらは――」
ポイセタは、ゆっくりと深呼吸をする。
ロウの解体の様子が頭から離れない。
あれを。綺麗だと。思ってしまった自分が怖い。
「働きたい、っす」
だけど、それ以上に、ここなら役に立てるという希望がちらつく。
冒険者としての道は絶たれてしまったけど。
ここでなら、別の形で戦えるのだ。
「冒険者さんを支えるっす!」
異様な技術に飲み込まれてはいけない。
この場所は、死体で遊ぶ場所ではないから。
誰かのために、サポートする場所だ。
「それで、ちゃんと、人の役に立てる解体師になりたいっす」
「……そうか」
チーフは短く答えた。それ以上は何も言わない。
だが、その声音は、どこか安心したような柔らかいものだった。
――ドォオン!!
「なんっすか!? 地震っす?」
「なんかでけぇのが来やがったな」
「これは、これは。やっとメインディッシュが来ましたね。ね!」
大きな地響きがして、建物全体が揺れる。
「大型個体搬入! 搬入揺れに注意しろっ!!」
「どけどけ! 通路を確保しろ! もっと広げないと入らないぞ!」
「タイザンタートル一体!」
想定外の魔物も持ち込みに、現場が一気に騒がしくなった。
「S級の搬入か……」
「え、えす?」
「ダンテ。アンタ最初からこれを予見して来たのか?」
「くく……。いいえ。いいえ。まさか! 日頃の行いが良かったのでしょう!」
見学のはずだったのに、上司のやりすぎなパフォーマンスに加え、S級魔物の搬入まで重なる。
だが、ポイセタの瞳からやる気が失われることはなかった。
「勉強させてくださいっす!」
「くく、くくくく。どうぞ。どうぞ、お好きに。
チーフ、手伝ってくださいね。ね?」
軽い足取りでロウは大型魔物の死体へと歩みを進める。
「ポイセタ。無理はするな。できるだけ離れて見てろ」
「……うっす」
とりあえず、ポイセタを避難させて、チーフはロウの後を追う。
手伝いというより、何かあった時のブレーキ役として。
ポイセタは二人の後ろ姿を見守る。
(あの人みたいには、ならないっす。でも――あの技術は、知りたいっす)
相反する想いを抱えたまま。
新米解体師は、食い入るようにその光景を見つめた。
――討伐は、まだ終わらない。
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