第2話 迷宮サポート課――その声が、生死を分ける
小説を閲覧いただきありがとうございます。
こちらは、旧版の改稿版です。
登場人物や流れが旧版と異なります。
旧版→https://ncode.syosetu.com/n7144lx/
冒険者ギルド三階。総合ヘルプセンター。
中に入るには、いくつもの厳重な身体検査が必要だ。
「ここが迷宮サポート課だ」
「なんだか、見覚えがあります」
扉が開いた瞬間、イズミは息を止めた。
整然と並ぶ机。ずらりと並ぶモニター。
そこに座る職員たちが、途切れることなく誰かと会話している。
この光景はまるで――
「コールセンターだ……」
思わず、口からこぼれた。
イズミがチキュウで働いていた職場に、あまりにも似ている。
「迷宮内のトラブルに関する問い合わせを受ける所だ」
チーフは周囲の邪魔にならないように、声量を落として説明する。
「迷宮に潜ってる冒険者から通信を受け取って、ここから遠隔でサポートする」
「チキュウでも似た仕事がありました」
「へぇ。じゃあ分かるだろ? 情報の扱いがどれだけ重要か」
「はい。守秘義務ですね」
イズミの返事にチーフは満足そうに頷いた。
「ここの情報は、外では他言無用で頼むぜ」
当然そのつもりだと、イズミはこくりと頷く。
チーフに先導されて、室内を見学して回る。
ちょうど、対応しようとしている職員がいた。
「ちょうどいい。あの職員の対応を見るぞ」
「お邪魔します」
静かに職員の隣へ移動する。
職員は二人に気づき、軽く目線で挨拶すると、すぐに通信へ意識を戻した。
「迷宮サポートが承ります」
『水がなくなりました!!』
「あぁ、こりゃ新人冒険者からだ」
声で分かるとチーフが小さくつぶやく。
「この手の問い合わせは多い」
所謂、『不足の問い合わせ』に分類されており、一番多い問い合わせだという。
「食料が足りねぇ。水がない。薬切れた。矢や弾薬が尽きちまったってな」
迷宮の入り口には、ギルドの職員が配置されている。
入る前には、必ず職員が準備に問題がないか、最終確認をしていた。
「俺たちは口酸っぱく言ってるぜ。物資は余裕をもって準備しろって」
命に関わることだからと、再三警告している。
それでも、無茶をする者は後を絶たない。
「結局、なんとかなると思って突っ込むんだ。で、なんともならねぇ」
チーフは鼻で笑った。
馬鹿の一つ覚えみたいにな、と。
「新人は経験不足。経験者は慢心と油断だ。よくある話さ。悲しいことにね」
淡々と事実を語る。
どこか諦めのような思いが滲んでいた。
「落ち着いてください。まずは冒険者IDを教えていただけますか?」
『なにそれ、わからないです!』
冒険者が焦っている様子が伝わってくる。
イズミは息を呑む。
「……IDが出てこねぇ。新人だな」
チーフは冷静に状況を分析した。
「すみません、IDというのは?」
イズミの疑問に、チーフが説明する。
「冒険者一人ひとりに付与される管理番号だ。
ランクや依頼達成率、攻略履歴……必要な情報をそれで管理してる。
迷宮に潜ってる、冒険者の現在位置もな」
「すごく重要じゃないですか」
「ああ。だから熟練者は、最初にIDを言う。
最短で助かるための行動を理解してるわけだ」
じゃあ、とイズミは対応中の職員を見る。
「この冒険者からは、何も情報が得られてないってことですね」
「それを素早く特定するのも仕事だ。まぁ見てな」
チーフに言われて、イズミは対応を見守る。
「私が責任を持ってサポートします。現在位置は分かりますか?」
職員は落ち着いていた。想定済みなのだろう。
冒険者を安心させるように、優しく確認する。
『だ、第三層です……!』
「第三層ですね、出現する魔物は?」
『コウモリと……砂のやつと……あと、ゴーレムっぽいの!』
正式名称ではなく、魔物の特徴が伝えられた。
(コウモリに砂? 全然わからない)
砂がヒントだろうか、と本番を想定してイズミも考える。
「……ピラミ迷宮だ」
「え?」
チーフが即座に場所を特定した。
「砂漠みたいに暑い迷宮で、そこで水不足は致命的だろう」
対応している職員もわずかな情報で、ピラミ迷宮だと判断している。
『もう限界で……どうしよう、このままだと依頼を達成できない』
「第三層で、ブラッドコウモリ、サンドマン、レッレーゴーレムと推定。
ピラミ迷宮の第三層ですね?」
『そうです! 予想より早く水がなくなって。何とかなると思ったんですけど。
お願いします。助けてください!!』
職員は端末を素早く操作する。
モニターが次々切り替わり、やがてマップが表示された。
「モニターを見てみろ。この冒険者の情報と現在地だ」
チーフに促され、イズミは画面を見る。
(GPSがあるんだ。思ってたよりずっとハイテクだ。それにやっぱり――)
「完全にコールセンターですね」
思わずそう呟いてしまうほど、似ていた。
「確認しました。すぐ近くに給水所あります。
現在、向いている方向から左手に進んでいただくと、上への階段に到着します。
階段の近くに給水所がありますので、ご確認ください」
『よ、よかったぁぁ……確認してみます』
「階段には一階への帰還装置もございます。
もしも、攻略が難しい状況でしたら、状況に合わせてご活用ください」
的確な案内。そして無駄のない誘導。
職員は新人向けに帰還手段まで提示した。
「この一言で、生存率が上がるんだ」
案内内容はテンプレ化されていて、マニュアルが完備されている。
職員は業務フローに従い、品質の高い応対をしていた。
イズミは自分がチキュウで働いていた頃を思い返す。
(私、こんなにテキパキ応対できてたかなぁ)
もし、この職員がチキュウにきたら、ベテランオペレーターになるに違いない。
そう思うくらい、満足度の高い対応だった。
やがて通信は終了した。間を置かずに次の通信が入る。
「迷宮サポートが承ります」
『増員依頼! IDは■■■■。現在メンバーは二人だ』
「IDを確認します。少々お待ちください」
内容を聞いた瞬間、チーフの表情がわずかに険しくなる。
「ネクロン迷宮? ランクDがたった二人で潜るとこじゃねぇ。何かあったな」
対応する職員も緊張した面持ちで、詳細を聞き出している。
『うっかり、落とし穴で地下五階までスキップしちまった。
聖職者がいたから、ボス部屋まで到着した。
頼むよ。増員してくれ。せっかく来たんだから、ボスを討伐して戻りたいんだ』
イレギュラーの発生だった。
即断はできない。職員は一旦対応を保留する。
職員の手上げに、上長が速足でやってきて状況を確認した。
だが、上長も険しい顔をしている。やがて視線がチーフへと向けられた。
「チーフ、業務中に申し訳ないのですが、相談しても?」
(え? チーフさんに?)
「緊急だからいい。増員はできないぞ」
思わず、言葉が口をついて出た。
「そ、それって見捨てるってことですか!?」
チーフはイズミの方を見ながら、指示を続ける。
「増員はできないから。帰還誘導をしろ、理由は――」
正規の進行ではなく、通信だけでは状況がつかみにくい。
他の冒険者を危険に巻き込む可能性があるから増員はできない。
そのうえで、帰還の判断は冒険者に任せるが、ギルドは命の保証をしない。
チーフの決断に職員は頷くと、通信を再開した。
「恐れ入りますが、増員は対応できません。帰還を推奨します」
『……は? 嘘だろ、ここまで来たんだぞ!?』
焦り。怒声。ボス討伐への執念。
冒険者の怒号が周囲に漏れて聞こえている。
だが、職員は毅然とした態度で対応を続けた。
やがて、痺れを切らしたのか、通信は一方的に切られた。
「口出しして、すみません」
イズミは深々と頭を下げる。
「さっきの気持ち、大事にしろ」
「どういうことですか?」
「助けてくれって焦っただろ? それは迷宮に潜ってる冒険者の気持ちだ」
「あ……」
相手の気持ちを理解すること、それが対応するうえで大事だとチーフは告げた。
「あの冒険者……大丈夫でしょうか」
「帰還しろとは言った。あとは、冒険者の判断次第だな」
「そう、ですよね」
ああいうのは大抵――そう思ったが、イズミの様子を見て口に出さなかった。
「時には、厳しい『選択』をしないといけねぇ。
俺たちは多くの冒険者をかかえていて、一人のために多くを犠牲にはできない」
「責任重大ですね」
イズミがようやく絞り出した言葉に、チーフは静かに頷く。
「俺たちは現場にいないが」
一瞬の間。
「言葉一つ、その場の判断次第で、生かすことも、殺すこともある。
この場所で、冒険者と一緒に戦ってるのさ」
通信が鳴る。それを誰かが受ける。
その先で誰かが助けを求めてるのだ。
職員は一本でも多く取ろうと、迅速に対応している。
一本で救われる命があり、同時に助けられない命もある。
「正直に言うと、この仕事は忙しいし、ご覧の通り責任も重い。
ひょっとしたら、冒険者より辛い仕事かもしれねぇな」
見学が終わり、チーフに連れられてイズミは部屋から退出する。
「どうだ」
チーフが振り返り、イズミに問う。
「この仕事、やってみるか?」
「……怖いです」
「そうか」
「でも! さっきの判断は納得できない――」
正直な感想だった。
「だから、私がたくさん学んで、もっと上手に対応したいって思いました」
一人でも多くを救いたいとイズミは力強く宣言する。
その視線は、チーフではなく。
先ほどまでいた部屋へ向いていた。
「なので、やってみたいです」
「……そうか」
それだけ言って、軽く頷いた。
「……逃げんなよ、イズミ」
チーフはそう言ってから、口の端をわずかに上げた。
「ようこそ、新人。迷宮サポート課へ」
評価、ブックマーク、コメントなど、お待ちしております!皆様からの反応が執筆の励みとなります。
いつも応援してくださる方々、本当にありがとうございます。




