28話 魔界でダンジョンを正式リリースしましょう
ハピたすのプロモーションがバズったのか俺らの予想を上回る数の勇者たちがやってきた。
「おいおい……見たか、ここが新しくできた話題の温泉らしいぜ」
「なんか、レーヴァテインがあるとかないとか」
「あとは、なんかかわいい女の子がロウリュをしてくれるとか」
先頭にいるのはひとりは赤ら顔で腫れた鼻が目立つ、鼻息の荒い勇者。
くしゃみ混じりに辺りを見回している。
もうひとりは、スキンヘッドに片目の眼帯、背中にごつい斧を担いだ大男。どちらも見るからに戦歴豊富な猛者だ。
「マジかよ。ほんとにあったんだな……温泉って。ここいらは魔王の縄張りじゃなかったのか」
「こりゃ罠かもしれねぇぞ。でも、罠だとしてもだ。寄ってみねぇ手はねぇだろう?」
そんなやりとりをしながら、彼らはのれんをくぐるようにして施設の前に立った。
「い、イラッシャイマセ〜〜〜!」
気合の入った掛け声が響き渡る。
勇者たちが顔を向けると、そこには愛想を貼り付けた表情のローゼリアが浴衣姿で立っていた。真紅のフリルの袖がひらひらと揺れる。
「な、なんだお嬢ちゃん。こんなところで一人でいると、魔王にやられちまうぞ?」
「こ、ここは勇者ども、じゃなかった勇者の皆さんのために設けられた、癒しの拠点なんです!」
「癒やしの拠点だあ〜?」
大丈夫か?物陰から様子を覗いていた俺も軽くため息をつく。
火山地帯に、ロリ美少女がいる温泉という異様さ。
しかし、勇者たちが求めるものからすれば、これは正解のひとつに違いない。
「癒しの拠点……ふむ。旅の疲れを癒すってのは、確かに大事かもしれねえな」
「ちょっと風呂に入っていくか? 意外と雰囲気も悪くないんじゃないか」
「では、どうぞ! あちらが受付になります!」
ローゼリアはぎこちなくも丁寧に、勇者たちを誘導する。
その一部始終を見届けると、そっと呟いた。
「……よし、勇者たちはかかった。あとはみんな、頼んだぞ」
◇◇◇
「まお湯へようこそ~~~♪」
ハピたすの元気な声が反響する。彼女の笑顔は太陽のように明るく、どこかぽやんとしていながらも、人を警戒させない不思議な空気を纏っていた。
「お客様にはまずこちらっ。ウェルカムスタンプを押しま~~~す!」
ハピたすは、来店した勇者にスタンプカードを差し出し、ペタリと押す。
カードには「まお湯スタンプラリー」と書かれており、館内のエリアを回るとスタンプがたまるというシンプルなシステムだ。
「へえ、温泉にこんなサービスがあるのか。サウナに、ゲームコーナーか」
赤鼻の勇者がふんと鼻を鳴らす。
「おにーさんたちが館内をぐるっと回ったら、このスタンプが全部たまります! たまったら……なんとぉ~~~」
「なんと?」
「ガチャが無料で引けちゃいま~~す! SSレア装備ゲットのチャンスー!」
「SSレア装備ってなんだ」
もう一人のヒゲ勇者が訝しげな視線を送ってきた。
「魔剣レーヴァテインです!」
「魔剣レーヴァテインだと?なんで魔界の宝剣がそんなことに?」
「それよりも、このドリンクもどうぞ~! 温泉入る前に水分とらないと、カピカピのミイラになっちゃうから!」
ハピたすが差し出したのは、例のエメラルドグリーンに輝くマジカルハーブ入りのドリンクだった。
「……なんだこの色?」
「気にしない、気にしない。飲んだらハイに、じゃなかった。飲んだらスッキリするよ」
「怪しいな」
さすがの勇者たちも、見慣れない色と説明に、眉をひそめた。
(あわわ……ヨッシーからは『これを飲ませるんだ』って言われたけどどうしよう)
一瞬、顔を曇らせたハピたすだったが、そこでふと何かを思い出す。
ヨシヒロの言葉だ。
「ハピたすは言語化はニガテだろうが、イメージと勢いがあれば、なんとなくだが納得する」
「……そうだっ!」
ハピたすは、にこっと笑い、勇者たちに身を乗り出すと――
「ねぇねぇ、おにーさんたちがこの戦いを乗り越えて、国に戻ったときのことを想像してみて!」
「想像?」
「そう! 金色の鎧に身を包んで、城に入ると――王様が立ち上がって、『よくぞ倒してくれた!』って拍手して、姫様がうるうるしながら手を握ってくれるの。で、その手の中にあるのがこのスタンプカードっ!」
「どういうことだ?」
「このカードを見たら、姫様が言うの! 『ああ……勇者様、魔王城に向かう途中で『まお湯』にも行ったのですね。決戦の前にもかかわらず、余裕と清潔感がある男性ってすてき♡』って!」
ヒゲ勇者が半笑いだったが、スキンヘッドの方には刺さったようだった。
「……おお。そいつは悪くはないな」
「でしょでしょ~~~! だからまずはクイッといっちゃおう!」
「ま、まあ、タダだし。飲むだけなら……」
「よかった~~~! じゃあ、かんぱ~~~い!」
ハピたすのかけ声とともに、勇者たちはコップを口に運んでいく。
もちろん、ハピたすはドリンクは口にはしない。
勇者たちがクイッと飲み干すと。
「……ん、なんか草の味がするな」
「うん……まずい……でも効きそう」
「でしょでしょ~~~!ではいってらっしゃい〜」
ハピたすは満面の笑みを浮かべて見送った。
◇◇◇
「へっへっへ、いい湯だったぜ……」
湯上がりの勇者たちは、たっぷりと汗をかいた身体にタオルをのせながら、満足げに背筋を伸ばした。
「お〜、ここで終わりかと思ったら、なんか奥に明かりが見えるぞ?」
身体からホクホクと湯上がりの蒸気が出ている勇者たちが何やら気配を察知して、奥の通路へと足を進めた。
「ゲームコーナーへようこそ〜〜〜」
そこにいたのは、フリル付きの青い浴衣を着たクララだった。
背後には、ガチャマシンのような巨大な装置が異様な音を立てて動いている。
「お、おぉ……なんだこれは……」
「ま、まさか、ガチャ?」
「はい〜〜〜。こちらは『まお湯限定ガチャ』で〜〜〜す!」
「まお湯ガチャ?」
クララは涼しげな表情で説明を始める。
「中からカプセルが出てきて、そこに書かれた番号に応じた景品がもらえま〜〜す。大当たりの1等は」
「魔剣レーヴァテインだなッ! 知ってるぜ!!」
勇者が大声を上げる。
「その通りで〜〜す。さらに、今なら10連で、Bランク以上の装備が1つ確定しま〜〜す」
「な、なんだって……!でも高いんじゃないか」
「お値段はガチャ一回、三万ゴールドです〜〜〜」
「期待を裏切らずに、たっけぇな!」
「でも、考えてみろよ、ここで魔剣が出れば、俺たちの魔王討伐が一気に楽になるんだぜ?まあ、最悪魔王に勝てなくてもこれを売れば、一生遊んで暮らせるんじゃないか?」
「ぬぅ……オデ、運はそこそこ自信あるしな……」
「そうだ、未来への投資と考えたら悪くないんじゃないか」
(あの時ヨシヒロさんが言ってた、確証バイアスの言う通りですね〜〜〜。自分の意思決定が正しいと信じるために、都合のいい情報を集める、と)
「ちなみに、10連を15回まわすと、Sレア武器が確定で〜〜す」
「つまり150回か……!?そりゃあなかなか……でも、確実なんだから夢はあるなあ!」
「それじゃ、いくぜお嬢ちゃん!まずは10連で頼む!」
ガチャ、ガチャ、ガチャ……
ガチャマシンは軽快な音を立てながら、カプセルを吐き出していく。
「白が8個、青が2個〜〜。おめでとうございます、2等のブロードソードと、3等の栄養ドリンクで〜〜す」
「なんだよ、ハズレか……」
「でもまだ10連目だ。もう一度いくぞ!」
勇者はすでに財布の紐を緩めていた。
「いい心意気で〜〜す。ちなみに、期間限定のおまけとして、今なら炎のアミュレットがついてま〜〜す」
「それって、炎の攻撃に対して耐性のあるレアアイテムか?」
「ふふふ、信じるか信じないかは、アナタしだいで〜〜す!」
勇者は完全にマネタイズ商法に引っかかり、連続でガチャを引いていく。
クララは不敵な笑みを浮かべて微笑む。
「ふふふ。ここまでは順調で〜〜す」
◇◇◇
ガチャに興じて私財を散在する勇者たちがいる一方、勇者たちを着々と倒す準備も必要だ。
火山の地熱を利用した温泉でじんわりと温まった身体からは、まだ湯気が立ちのぼっていた。
「ふぅ〜、いい湯だな」
「このあたりにしては悪くねぇな。これなら明日からの戦いも気合が入るってもんだ」
リザはタオルを握りしめ、顔をこわばらせながらも、勇気を出して声をかける。
「あ、あの! 温泉のあとには、ぜひサウナもいかがですか?」
勇者は怪訝そうな顔で振り返る。
「サウナ? 風呂で十分あったまったし、これ以上は時間が、なぁ」
「そ、そうですよね……。でも、サウナに入ることで、”整う”んです」
別の勇者が鼻を鳴らすように笑った。
「“整う”? なんだそりゃ」
「それは、ですね……」
言葉に詰まりかけたリザは、とっさに、
「バ、バフがかかるんです! しかも、魔王からの攻撃に対して効果があるんです! 回復の手間が省けるので、攻撃の手数が増えるはずです」
「ほほう」
勇者たちは顔を見合わせる。
「……ふむ、確かに一理あるな」
「意外と戦略家だな、お嬢ちゃん」
「そ、そうですか?」
リザはほっとして胸をなでおろす。
リザと勇者との会話を聞いていたのか、その他の勇者たちもサウナへの興味を示す。
「よーし、じゃあサウナとやらで整ってやるか!」
「こりゃ整って“討ち取って”やるしかねぇな、魔王!」
サウナへの入口に続々と勇者たちが集結していくのだった。
その様子を見かけた他の勇者たちも、なにかあるのか、と並び始めていく。
行列ができると、より行列になる。
行列のできる店効果が起きているのだった。
「それでは順番にご案内します!」
こうして、サウナ室は勇者たちが、ギュウギュウに詰め込まれた押しくら饅頭状態になるのだった。
◇◇◇
「よし、そろそろ頃合いだな」
勇者たちがサウナ室に詰め込まれたことを確認し、作戦の実行に移ることにした。
『防犯めだま』の映像から汗だくになった勇者たちの様子がよく見える。
「なあロウリュを女の子がやってくれるって話じゃなかったか」
「俺は背中を流してもらえるみたいなことを聞いたんだが」
「アチチ〜、さすがに俺はそろそろ出るか」
一人の勇者が出ようとドアノブを回そうとするも、ドアは開かない。
「ん、おかしいな」
ガチャガチャと力強く回すも、やはりうんともすんとも言わない。
「もしかして、閉じ込められたのか」
勇者たちは怪訝な表情で互いを見合う。
「俺が魔法で扉を壊すーー」
魔法が使える勇者が詠唱しようとするも、その勇者はよろけ始める。
「おえっ、キモチワル……」
ちょうど、マジカルハーブの効果が効いてくる頃だ。
脱水症状に加えて、幻覚症状。そして、密集による整いどころか心理的なストレス。
条件は整った。
「よし、いまだ!」
サウナ室でガコン、と鈍く重い音が鳴ったかと思うと。
「ん? なんか床が……お、おい、これヤバいんじゃ……」
「わあああああああああ!!」
床が突然崩れ落ち、勇者たちはまとめて地下へと落下していった。
舞い上がる蒸気、赤く染まった岩肌、そして――
「アーッ! 尻が! 尻が燃えるッーーー!」
「アチアチアチアチー! 地面が! 地面がマグマ!? マグマが地面!?」
不良品として扱われていた、『マグマ床』がついに輝くときがきた。
500kg以上でないと作動しないマグマ床も、一人でダメなら該当する体重になるようにすればいい。
それはつまり、人口密度が高い状態をつくりあげれば、それは可能だ。
「さあ、後は頼んだぞ。ローゼリア」
俺も、現場へと向かうことにした。
サウナ室の扉をバンと開けて、落ちた勇者たちを見下ろすのは紅の浴衣を着たローゼリアだ。
「おお。お嬢ちゃん、そんなところで見てないで助けてくれーー」
勇者たちは手を伸ばし、懇願の声が聞こえてくる。
浴衣姿だったローゼリアが、両腕から紅蓮の炎を放ち、全身を覆うほどの魔力をまとっている。
「な、なんだよ。俺は夢でも見ているのか」
「見せてあげるわ。私たちの開発の総決算を!」
ローゼリアは両手を高く掲げ、詠唱を始めた。
「煉獄に眠りし、獄炎の焔。汝の怒りで不遜なる蛮者を焼き尽くせ!」
足元の魔法陣が火花を散らし、炎が渦巻き、天井へと伸び上がる。
「ちょ、まって、それヤバいって! マジでヤバいって!!」
「お、お前ら逃げろォーー!」
「いや、どこにーーー?」
しかし、勇者たちに逃げ場などなかった。
「クリムゾン・フレイム!!」
灼熱の焔龍が轟音とともに現れ、サウナルームに集った勇者たちを丸焼きにした。
勇者たちの口から魂がスルスルと抜けていく。
ローゼリアは、ふうっとため息をつくと、にやりと笑みを浮かべる。
「ふふっ。やっぱりこのダンジョン、最高ね」
「うまくいったみたいだな」
俺も現場へと向かい、想像を超えた成果が得られたことを目の当たりにする。
「お礼を言うわ。魔族のヨシヒロさん」
小気味のよい軽快なハイタッチ音が洞窟に鳴り響いた。
プスプスと真っ黒コゲになった勇者たちは、口から魂がスルスルと抜けていく。
「おっ。なんだ」
体が光に包まれる感覚。
勇者を倒して経験値を入手したからなのか、全身に力がみなぎってくる。
ローゼリアはふう、と一息つくとぱんぱんと軽快に手を叩く。
「それにしても、魔王というのは伊達じゃないんだな」
「この魔界に私よりも炎をうまく扱える魔族はそう多くはないはずだわ」
「それだけの魔力を使えるかしこさがあれば、もっとダンジョンを痛てーーっ!」
耳をめちゃめちゃ引っ張られた。
「それにしても、なんとかなるもんだな」
「ええ、意外とやってみたら何とかなるものね」
「今回の作戦は……」
お互いを見合って、俺とローゼリアはハイタッチをした。ぱぁんと軽快な音が鳴り響いた。
「礼をいうわ。魔族のヨシヒロさん」




