26話 ダンジョンのフィードバック対応
魔界の赤い月が雲の裏に隠れた瞬間、世界は息を潜めた。
周囲一体が暗闇に包まれると、空が縦に割れていく。
夜の帳の割れ目を、熾天の刃が切り裂いていく。
割れた山脈の谷間が歪むと、空間に紫紺色の渦がうねり始めた。
人間界と魔界をつなぐ、ゲート。
銀、金、白銀にきらめくランクプレートを首元から下げた勇者の群れが押し寄せる。
大地を踏み割っていく無数の軍靴の音。
その数は数百、いや数千はいるであろう。
「ついに、”ゲート”がリリースされたぞ!」
「今日で魔界も終わりだ!」
無数の雄叫びが重なり、まるで戦鼓のように空気が震える。
「クソッ! これがローゼリアが言ってたゲートとかいうやつか?」
◇◇◇
「ロゼちゃん、この揺れってもしかして」
違和感を察知したリザはあたりをキョロキョロと見回している。
「おそらく、”ゲート”が開放されたんだわ!」
「どうしよう。ついに勇者たちの軍勢がやってくるってことだよね」
「そうね、まずは瓦礫を一通り片付けてから、もう一度、罠を配置し直すわよ」
「間に合うかな?」
「なんとかするしかないわ!」
「そ、そうだよね」
リザは言葉では納得しつつも、不安そうな表情だ。
「おい、ローゼリアいるか?」
汗で髪が額にべたりと貼り付く。
全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出し、干からびそうだ。
「そんな汗だくで、いったい今さら何をしにきたの? もうアナタは赤の他人よ」
「温泉だ」
「はぁ? こんな時に何を言ってるの?アナタの脳みそは沸騰したのかしら」
「そうじゃない。温泉をつくるんだ」
「どういうこと?」
魔王とモンスター娘たちは疑惑の眼差しを向ける。
「俺たちの目的はなんだ」
「それは、アナタが何回も言っているように、勇者たちを油断させて、一網打尽で倒すことよ。そのために一生懸命ダンジョンをつくってたんじゃない」
「そうだ。その目的を叶えるべく、俺らは低予算でなるべく効率よく勇者を倒せるようなダンジョンをつくろうとしてた。でも、考えてみれば直接たたかわなくてもいいんだ」
ローゼリアは腑に落ちない表情を浮かべつつも、興味を寄せる。
「詳しく説明をしてちょうだい」
「そうだな。俺も焦りすぎた。順を追って話すな」
俺は息を整えながら、考えたことを整理する。
「結論からいうと、いまの時間と予算でこのダンジョンを作り切るのは難しいと思う」
ダンジョンはところどころが破壊されており、このがれきを片付けるだけでも一苦労だ。
「ちょっと、アナタがつくるっていったからがんばってきたんじゃない」
「ああ。でもローランたちの侵入の件もあったし、いまから大掛かりな罠をしかけたり、モンスターを雇用するのは現実的じゃない」
「そこでだ。この間、出てきた温泉をつかう」
「ちょっと、ヨッシー。さすがにウチでもそれはおかしいってわかるよ?」
「これは発想の逆転だ。これまでは罠を駆使して攻撃的に勇者を倒すことを考えていた。でも、いったん勇者が集まるようにすればいい」
「ヨシヒロさん、私もさっぱりわからないです」
「このダンジョンを温泉施設にするんだ。もちろん時間がないから大掛かりなものにはしない。けれど、勇者たちがこの世界で本当に求めているものはおそらく癒しだ」
「癒し……」
「さっき、まさにこのダンジョンを攻めて来ようとする勇者たちの話を聞いたんだ。俺らはコンセプトだったり、計画だったりを詰めてきた。でも決定的に足りてないことがあったんだ。それは勇者そのものを知るということだ」
「勇者を知る?」
「そうだ。俺らは実際に使うひと、つまりユーザーの想像を抜きで開発を進めてしまったんだ」
「見ての通り、人間にとって魔界というのは過酷な場所だ。そんな中で魔王がいるというダンジョンの直前に癒しのスペースがあるとしたら?」
「寄ってみたいと思うでしょうね」
「だろう。だから、先に敵意を見せずに、勇者たちの満足度が上がるようにする。そこで気が緩んだところで勇者たちを一網打尽にする」
一同はまだ整理がつかない様子だ。
「つまり、アナタが言いたいのは油断大敵ってことね」
「そうだ。さすが魔王様」
「でも、そんなにうまくいくのかしら」
「勇者たちの目的は、魔王であるローゼリア。お前を倒すことだ。だからそこに対して有効な場所あるようにする」
「どういうこと?」
「まずは、体力と魔力を回復できるような施設。それから勇者たちも装備を整えたくなるだろう。だからこの間出てきた遺物を景品にする」
「景品って、パーティーじゃないんだから。それにそんな数も多くはないわよ」
「そこでガチャだ」
「ちょっと待って、さっきから全然理解が追いつかない!」
「すまん、ちゃんと説明できてなかった。この間、発掘された魔剣レーヴァテインをガチャの目玉報酬にするんだ。もちろん無料ではなく、有料の景品としてた。伝説の武器が1回たったの数百ゴールドで手に入るかもしれない、といったら」
「挑戦はしてみるかもしれないわね」
「そうだ」
「しかし、本物の遺物を勇者たちに渡すわけにはいかない。そこでハピたすの出番だ」
「ウチ?」
「この遺物と同じレプリカをデザインしてくれ。ハピたすが目指していたアートではない。だが、これの精度が高いほど勇者たちは騙されやすくなる。うまくやってくれないか」
「ウチ、模写はできるけど、実物をつくるのはちょっとムリかも」
「ということで、クララの出番だ」
俺はクララの方に視線を向ける。
「デザインがあればあとは何とかなる。そうだろう?」
「はぁ〜いったいボクのことなんだと思ってるんですか」
クララは気だるそうにしながらも。
「天才ですから、問題ありませ〜〜〜ん」




