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18話 ヒトなし カネなし ロクでなし

「ふぅ~~~。おなかいっぱいで~~す」


その小さなからだのどこにこれだけのカレーライスが呑み込まれていったのか不思議なほどだ。

気のせいかゲソの中腹もぷっくりと膨れているように見える。


「満腹なので、ちょっと休みま~~って、踏まないでくださ~~~い」


腹を満たすだけ満たしてラボに帰ろうとするクララのゲソをローゼリアが踏みつける。


「ふふ、クララ。働かざるもの食うべからざるってことわざは聞いたことあるわね?」

なんだその微妙に惜しいことわざは、と思いつつ。


「ボクは聞いたことありませ~~~ん」

「アナタが食べたカレーの量はそう、一週間分というところかしら。なので食べた分の二週間ははたらいてもらうわ」

「計算があってませ~~~ん。魔界労働基準監督署に届け出を出しま~~~す」

「ははーん、自信がないってことなのね? 天才ハッカーさんでも三週間が必要ということかしら。でもできないっていうなら仕方ないわね」


クララは少し不機嫌にムスッとした表情で頬を膨らませる。


「ボクの手にかかれば、そんなにかからないと思いま~~す」

当の本人は気づいていないだろうが、ローゼリアは適度に煽ることでやる気を引き出したように見える。

コミュニケーションは水ものだ。リザに同様のことをしたらきっと落ち込んでしまうだろう。

100%の正解がなく、個人個人の特徴に合わせていくしかない。


「ただ、もう前みたいなブラックなのは懲り懲りで~~~す。なので、今回はちゃんとした計画を希望しま~~す」

「そういえば、確かめておきたいんだが、前のブラック度合いってどんなだったんだ」

「それはもう聞くに耐えないもので~~す」

傍にいるリザとハピたすも、渇いた苦笑いをしている。


「仕様書もない。まともに発注もされてない。計画もない。おカネもない。それなのに、長時間労働ばかりでした~~~。こんなのはマネジメントとはいえませ~〜~ん」

いや、クララは実はいろいろ見えていてまともなんじゃないか?と思えてきた。


「……っ! 仕方ないじゃない。あの時はああすることしかできなかったのよ」

「そういって最終的に尻拭いをするのはいつも後工程のボクたちじゃないですか〜〜〜」

クララから恨みつらみの声が次々と出てくる。


「あんなのは無謀としかいえませ~~ん。だから全員辞めちゃったので~~す」

「辞めた? 元々は他にも働いてるやつらがいたってことか?」

「そうね。いまはここにいるメンバーしかいないけれど、以前はもっとたくさんいたわ」

「じゃあ、クララはなんでここにいるんだ?そんなに嫌なら辞めればよかったんじゃないか」

それは、と言おうとしたところでクララは言葉を濁らせ、場に静寂が生まれる。



「まあ、ボクは他にいくところもないので〜〜〜」



見かねたローゼリアがため息交じりに。


「はあ。でも、安心しなさい! 今回はちゃんとコンセプトだってあるわ」

「コンセプト〜〜〜?」

「そうよ! さあリザ。掛け軸を持ってきて」

「え! う、うん!持ってくるね」


リザは小動物のようにちょこちょこと駆け出していく。

多くのメンバーが辞めたというのについてくるとは、物好きなものだ。

とはいえ、ブラックが日常化してくると、ホワイトな方が非日常になる。

俺も仕事が終わって定時に帰れるのに、なぜかやらなくてもいい書類整理やネットサーフィンをしたものだ。


「あったよ、ロゼちゃん!」


息があがったリザは小脇に掛け軸を抱えている。


「ふふ。きっと今回はクララも見たら驚くに違いないわ。リザみせてやりなさい」

リザが巻物をばっと広げると、クララが訝しがった表情になる。

どういうことなのかと、俺も覗いてみたが、一瞬理解が追いつかなかった。


「これは、どういうことですか〜〜〜?」

「え?」


急いでリザが持ってきたのは掛け軸ではなく、タペストリーだった。


そこに描かれていたのは、わずかな布面積を残したモンスター娘二人がシーツの上で濃厚に絡み合っているものだった。


「これがコンセプト〜〜〜? ちょっとボクには理解できませ〜〜〜ん」

「わーーー! 違うんです。これはそういうわけではなくて、わーーー!」

「ふぅん、リザっちはこういうことに興味があるんだ?」

企み顔でにやにやしながらハピたすが見つめる。


「早くしまってきなさい」


耳を真っ赤っかにしたローゼリアが落ち着きなさそうに尻尾を揺らす。

リザはそそくさと部屋に戻るとしばらく帰ってこなかった。


◇◇◇


「ということで、あらためてコンセプトはこれよ」


テーブルの上に乗せられた掛け軸をくるくると紐解いていく。

椅子の上にちょこんと座ったクララは、文字を一文字ずつ読み上げていく。


「ゆ~」

「だん」

「たい」

「てき」


「油断大敵ってことですか〜〜〜?」

「そうよ、前回はなんにもコンセプトとかいうのがなかったから今回はつくったの。どう驚いた?」

むしろ、コンセプトが何もない状態でどう着地させようとしたのか。俺が驚くわ。


「つまり、どういうことですか~~~?」

「これは単純に見えるけれど、奥深いわよ。相手を油断させてそのままイチコロにするのよ。すごいでしょう?」


クララはまじまじと、書かれた文字を眺めてそこに書かれたこと以外を読み取ろうとする。


「つまり、これに紐づいてさえいれば、逆になにをやってもいい、という理解であってますか〜〜〜?」

「ええ、まあそうね? 細かいことはこれからヨシヒロが決めるけれど」


ひでぇ。人任せかいな。


クララはふぅん、とため息をつくと、今度は大きく息を吸い込み、胸に空気を膨らませて。



「油断大敵、相手を驚かせてその後に勇者どもを一網打尽にすれば、いいということならアイデアがあります。たとえば、防犯めだま。あれは一見すると、ただの監視カメラ的な映像記憶装置としての役割しかありませんが、あれにフラッシュ機能とビーム発射装置をつけたらどうでしょう?映像を記録するだけでなく、光で網膜細胞に損傷を与えつつ、目がくらんだところをビームで勇者どもを黒焦げにするんです。それから、宝箱。勇者たちはレアアイテム目当てで宝箱をあけにくるはずです。それであけた時を起爆トリガーとして炸裂する爆薬をしかければ、勇者どもに致命的なダメージを与えられるはずです。それから、マグマ床。上に光学迷彩のステルス・シートを被せれば、罠は見えなくなります。上に乗ったが最期。勇者たちはマグマの中にドボンと落ちるわけです。ああ他にもやりたいアイデアがたくさん」



「なあ、ローゼリア。なんかキャラ変わってない?完全にオタクの早口みたいになってるんだが」

「あの子はスイッチ入ると、こうなっちゃうのよ」


やりとりをしている間にもクララは、あれならこれならと目を輝かせながらぶつぶつと喋っている。

当人的にはどうやら刺さったようだ。

まあ、たしかに具体的にこれやってください、というよりもやや抽象的で創意工夫の余地がある方がよいか。


「どう、クララ? ワクワクするでしょう。ダンジョンつくりたくなったんじゃない?」

「まあ~~~、ローゼリアたちが困っているなら?」


「いい子ね。じゃあ食べた分くらいは働いてもらうわよ。天才ハッカーのHACHIさん」

「じゃあ、さっそくボクはラボでこれからの準備を」

「その前に、まずはクララにも現実を見せてやれ、リザ」

「これなんだけど……」


やや気まずそうな顔をしたリザが残金を記載したノートをクララのゲソに手渡す。


「なんですか?これは~~~? ダンジョンちょきんノート?」

ゲソがパラパラとページを捲っていく。


「ん~~~?これ、ケタ数間違ってないですか~~~。残金が三万ゴールドってどういうことですか〜〜〜」


「いいや、これが現実なんだ。このダンジョンはもはや、人なしカネなしスキルなしのろくでなしだ」

「ちょっと!途中からただの悪口になってない?」

「ん?俺は事実を言ってるだけだけど、ってその物騒な魔法は止めろって」

静かな怒り顔のローゼリアは両手で炎の魔法を溜める。炎の渦の中で火炎龍がうごめいていた。


「これしか残金がないとビームは〜〜〜」

「ん~、水鉄砲でガマンするしかないかなあ」

「宝箱を開けたときの爆薬は〜〜〜」

「開けたときに破裂する、コショウ爆弾くらいならできるでしょうね」

「マグマ床の上に敷く光学迷彩は〜〜〜」

「ごめんね。クララちゃん。あまり高額なものは使えないんだ。だからあそこにあるブルーシートを敷くとかしかできなさそう」

「ブルーシート〜〜〜」


作業で汚れたシートが雑に折りたたまれている方に目をやる。

クララも心なしかゲソがゲッソリとしていくように見えた。


「なあ、さっきからお前らは文化祭のお化け屋敷でもやるつもりなのか?」


まあ正直なところ、やれる範囲でなんとかするしかないというのが現状だ。

あとは上手くこの火山のダンジョンにある天然資源そのものをどうにか有効活用するしかない。


「くくく。現実が見えてきたようね。クララ」

「だ、騙すなんてズルいで〜〜〜す」

「あらあら、でも天才さんなら二週間もかからずにいけるわよね」

「それは要件次第で……」

「クララ。アナタもこのダンジョンと運命をともにする一員なのよ。そんな態度でいいのかしら」


なぜか急に強気だ。この魔王。


「アナタは理想的なことばかり述べているようだけれど、プロはね、いまあるべき手札でベストを尽くすのよ」


そして続けて熱のこもった弁で焚き付けていく。


「ねえ、クララ。あなたもプロでしょう?それもとびきり天才の」

ローゼリアの力強い眼差しで見つめられたクララはどきりとする。


「とはいえ、その現実を理想に近づけるために、調達してくるのも魔王様の仕事だけどな」

「きぃー!なによ。人がたまにはいいことを言っているのに」

「おいおい。それ、自分でいうのか?」

わちゃわちゃとする俺たちをよそ目に。


「さあ〜〜〜て」

体の前で拳を組むように、ゲソにも気合いが入る。

「天才の力を見せてやりますよ〜〜〜」


何はともあれ、エンジニアのアサインに成功するのだった。


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