ミル
この世界において、目覚めが定期的に訪れてくれることは信じてよさそうだ。陽が昇って間もない時間に起床した。窓を開けると暖かな陽気に満たされた空気が心地よく部屋を循環する。季節というものは存在するのだろうか。現実でいえば春のような気候である。
さて、本日の予定はといえば、まずは開拓者ギルドで攻略情報を調べること、防具とアイテムの補充、昨日の魔法についての情報収集、そしてダンジョン攻略といったところだろうか。朝食を済ませた後に開拓者ギルドへと向かい、早速受付のお姉さんに話しかけた。
ノルンと表示された相変わらず綺麗なお姉さんは愛想よく対応してくれる。
「本日はどのようなご用件で?」
俺は自分の名前を告げてから、ビーストケイブの情報について教えてもらった。出現する魔物の種類、階層ごとの注意点などを丁寧に説明してくれる。ビーストケイブの魔物は階層の深さに+-1の魔物が出現するらしいので、それを目安とすると良いそうだ。
そしてダンジョンは俺が思っている以上に数があるようで、この国に存在するものだけでその数は優に二桁に達するとのこと。中には一階層で高レベルの魔物が出現するようなダンジョンもあるので気をつけるように言われた。
ビーストケイブの『マップ』などがあるかと訊くと、あるにはあるが有料らしい。それでも必要なものだと思うので、全十層のマップを500ダカットで購入した。他のダンジョンのに比べれば安いらしい。
最後に、登録してあるステータスを更新するかと質問されたが、昨日したばっかりなので、と断った。まるでほとぼりが冷めるまで潜む犯人の気分だったが、さすがに昨日の今日なので別段不審に思われなかっただろう。
その足でそのまま商人ギルドへと向かい、《革の靴》、《癒しの滴》を二つ購入し、ダンジョン攻略の準備を整える。残金は720ダカット。かなり減ってしまったが、これは必要経費だ。
――あれかな。
ダンジョンへと赴く前、西出入り口付近でソレっぽい人物を見つけた。辺りをキョロキョロ眺めては、町を出ようとする者に時折声をかけている少女の姿。
ミル Lv8 自由商人
「ちょっといいかな」
「はい、あ、もしかして開拓者の方ですか。どちらかへ行かれます?」
俺よりも幾分年下だと思われる女性は、あどけない笑顔で俺に振り向いた。純真無垢といった表現が似合う少女は、どうやら当たりのようだ。
「それって、リープっていう魔法? ビーストケイブまで送ってくれるとかはできたりするのかな」
「はい。私、ここから西方面にある場所なら大抵は跳ぶことができます。ビーストケイブだと近いので片道100ダカット、帰りもご必要なら合計200ダカットで承ります」
やはり昨日の騎士さんは優しかったようだ。こういった商売があるのはなるほど頷けるが、俺があまりに頼りなさそうなので帰る途中に無料で送ってくれたのだろう。
「そうだな……うん、送ってほしいんだけど、帰りはどうするんだ? まさかダンジョンの前で待ってるわけじゃないよな」
「あの、時計をお持ちでないんですか?」
「時計?」
この世界に時計などというものがあったのか。宿屋の中とかには見当たらなかったが? ゴソゴソと袋から少女が取りだしたのは、透明なガラスの中に翡翠色の砂が詰まった砂時計だった。
「よろしければ、こちらも300ダカットでご購入しますか? 何かと便利なんですよ」
やだ、この子意外と商売上手。
「あ、ああ」
「いつごろ帰られる予定ですか?」
「日暮れ前だから……今から九時間後、ぐらいかな」
「えーと、九時間、と……」
砂時計を操作し、少女はそれを俺に渡してくる。これで時間を調整するわけらしい。受け取った後、それを腰の袋の中へと入れる。行き賃と時計代合わせて400ダカットを支払った後、少女が笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございます。それではお手をお借りしてもよろしいですか」
年下の少女にドキドキするのは情けないが、しょうがないだろう。だって結構可愛いんだもん。
少しばかりの幸福の時間はほんの一瞬で、浮遊感を味わった後、俺はビーストケイブの前に立っていた。
「それでは、時間になれば迎えにきますので」
それだけ言うと、少女はすぐに戻っていった。単価はそれほど高くはないので、一日に何人も運ぶことにしているのだろう。
さて、ここからは少しばかり気を引き締める必要がある。今日は二階層を突破してやるつもりだ。事前に情報だって仕入れたのだから。
ダンジョンに入ると、最初の部屋の一部が転移床のように光っているのが見えた。昨日はこんなものはなかったが、もしかすると一階層を攻略した転移床で行ったマーキングによるものなのか。試しに上に乗ると、一階層深部への転移の是非を問う表示が出現したので、OKを押した。
本日の結果的には、実に三階層まで突破することに成功した。マップが手元にあるので、迷うこともなく着々と歩を進められたことが大きい。三階層には新しい魔物は存在せず、それまでの階層で出現した魔物がレベルを少し上げて出現した。一番怖いのはやはりマッドオックスの突進だ。今日は何度か攻撃をくらってしまった。
革の靴を変えたぐらいでは無駄かと思ったが、レベルが上がったことによる補正効果もあるためか、昨日ほどの激痛ではなかった。
それでも念のためにダメージを受けるたびに回復することは怠らなかったので、回復アイテムもそれなりに消費した。
三階層を突破して砂時計を確認すると、そろそろ砂が下に全部落ちようかという頃合いだったので、転移床から地上へと戻る。
砂が落ちきるまでまだ少し時間があるため、ウインドウを開いて今日の成果を確認する。
《ステータス》
・イサヤ Lv6 ドラゴンテイマー
・《腕力》41《耐久力》36《敏捷》45《知力》30《精神》26
《装備》
・《両腕》イグニス・ヴァルム《頭》なし《身体》革の服《足》革の靴
短期間でこの成長は早いほうかもしれない。今日は二組ほどのパーティとダンジョン内ですれ違ったが、やはり複数だった。経験値はパーティで分割されるらしいから、当然っちゃあ当然だ。
待機アイテム欄には、昨日よりも大量にドロップアイテムが詰め込んである。この待機アイテム欄はすごく便利なのだが、なんでも入るわけではないらしい。例えば、宿屋で作ってもらった昼食のパンを腰袋ではなく、待機アイテム欄へ入れようとしたのだが、入らなかった。今のところ装備品やドロップアイテムが収納できるのは確認しているが、何か法則でもあるようだ。
そしてあのリープという魔法。騎士は荷物はそれだけか、と俺に訊いた。運ぶ量も制限があるのだろうか。
そんなことを考えていると、どうやらミルという少女は仕事に真面目であるようで、砂時計が示す刻限ちょうどに姿を現した。
「お待たせしました。サウスプラナに戻ってよろしいですか?」
「ああ」
サウスプラナまで戻ると、どうやら俺が迎えにいく最後の客だったらしく、少女も同じく町の中へと歩を進めた。ふと、俺は気になっていたことを訊いてみる。
「リープの魔法ってさ、覚えるのはどうすればいいんだ」
別にこの子にお金を支払うのが嫌なわけじゃない。ただ自分で使えたらすごく便利だろうし、何より現実で存在しない魔法なんてものを覚えるのは純粋に興味がある。
「大事なお客さんがいなくなってしまうことが分かっていて、それを自分で教えてあげる人は珍しいんじゃないでしょうか」
至極もっともな意見が返ってきた。誰もがリープを覚えればこの商売は上がったりだろう。
「な~んて嘘です。そこまで極秘なことではありません。知ってる人は知っていますから」
「と、いうと……?」
仕事外だからか、少女がクスクスと笑顔で話を続ける。惚れてまうやろ~~……。いや冗談でなく。
「ここサウスプラナから北にフレイラークがありますよね。首都フレイラークには魔法書を販売しているお店があるんですよ。そこで購入すれば魔法書は入手できます。ただ少々高価なのと、魔法の素養がないと習得できない、らしいです」
「らしいっていうのは……」
「こういった送り迎えの商売は結構昔からあるんですよ。そこで商人である私の父が試しに魔法書を買ってきたのですが、どうやら父自身は使うことができなかったみたいで……偶然私には素養があったようです」
「だからそれを活かして商売ってわけか。しっかりしてるな」
思わず感心の声を漏らす。
なるほど魔法は誰もが使えるということではないらしい。ダンジョン攻略する開拓者にとってはかなり役立つと思われるが、高い金を出してまで使えるか分からない魔法書を買い求めるかは疑問だ。俺が見た騎士は普通に使っていたが、ひょっとすると騎士ってかなり優れた人しかなることはできないのだろうか。
「魔法書を皆で使い回すとかできないの?」
「魔法を覚えられない場合には魔法書が残りますが、もし覚えられた場合は魔法書は消滅してしまいますので……高価なものを他人に貸す人はいないかもしれませんね」
ごもっともだ。
「え、と、フレイラークに行かれるなら、私でも跳ぶことができます。それに大きな城下町なので、魔法書を販売しているお店や町中をご案内しましょうか? フレイラークまでの往復代を含めて1000ダカットでよろしいですよ」
やだ、この子商売人だった。
自然なかたちでお金を払ってしまいそうになるこの話術は年下のものと思えない。ついつい頷きそうになった。
「いや、でも覚えられるとも限らないし……魔法書って高いんだろ?」
「リープは10000ダカットだったと聞いています。でもきっと習得することができますよ。こんな私だって素養があったんですから。ダンジョン攻略に挑む勇敢な方ならきっと大丈夫です」
負けました。言い包められました。年下に。この子の笑顔反則なんですもん。
「そっか。すぐには無理だろうけど、魔法には興味あるし、お願いするときには声をかけるよ」
「はい。任せてください。私、ミルっていいます」
「イサヤだ」
小さい胸を張る少女は、内心では勝利したと思っているだろうか。だが一つだけ反撃させてもらうなら、フレイラークまでの『往復代』と発言したことが、俺が魔法を習得できると本心から信じていないんじゃね、というところだ。今後気をつけなさい、と心の中で遠吠えしてみた。
なにぶん魔法書を買うともなれば、かなりの大金が必要だ。リープだけでなく、他の魔法だって少し見てみたい。そうなると余裕をもって20000ダカットほどは用意したいものだ。
別にこれは寄り道ではない。ヴァルの傷を癒すのに魔物を倒す必要があるし、魔物を倒せばアイテムが手に入ってお金になる。そして俺は魔法を習得する。こういった目的があったほうがやる気にもなるというものだ。
――それから一週間。
俺はひたすらダンジョン攻略に勤しんだ。毎日ミルにダンジョンまで送ってもらい、がすがす攻略して帰る。
その繰り返しで、ダンジョン攻略は八階層まで進んだ。装備を充実させつつ、レベルを上げてお金も溜めた。階層が進むに連れて魔物は手強さを増したが、俺も確実に強くはなっていたので、それほど劇的な変化はなかったように感じる。なによりヴァルの威力は八階層で襲いくる魔物を相手にしても一撃、もしくは二撃で次々に焦熱地獄へと叩き込むのだから、頭が下がる。
そしてついに目標の金額を達成した。
《所持金》
・22040ダカット
《ステータス》
・イサヤ Lv13 ドラゴンテイマー
・《腕力》83《耐久力》75《敏捷》98《知力》70《精神》61
《装備》
・《両腕》イグニス・ヴァルム《頭》知力の帽子《身体》シルバーチェイン《足》エルフィンブーツ
知力の帽子は、おまじないみたいなものだ。防具屋でつい買ってしまった。昨日のうちにミルには今日フレイラークへ行くことは伝えてある。案内役であるミルは一日空けておくと言っていた。
今日はいつもの西出入り口ではなく、町の中央十字路で待ち合わせをしている。時計で正確な時間を指定したわけではなく、陽が昇ってから少し経ってからという曖昧なものだ。
宿屋から出発し、中央十字路で辺りを見回す。どうやらまだミルは来ていないらしい。建物に背をもたれさせて待つことしばし。反対側からミルがこちらへ向かってくるのが見えた。
どことなく普段の服装よりも小奇麗な格好をしているのは気のせいではない。おそらくフレイラークはこの国の中では一番都会なのだろう。仕事を兼ねているとはいえ、その都会に出向くとなれば多少服装も変化するさ。
決して俺のためにとか、そんな自意識過剰妄想などはするべきではない。
「お待たせしましたか? すいません」
「いや、全然。それじゃあ行こうか」
俺とミルは二人でサウスプラナの北出入り口へと向かう。別に西からでも跳ぶことはできるが、少しでも距離が短いほうが負担は軽いらしいのだ。魔法は使えば精神が消耗するので多用は禁物「送り迎えするだけの簡単なお仕事だとは思わないでください」というのは、こないだミルが俺に言った言葉だ。意外と楽な仕事なのか、と訊いたら少し怒られた。
とはいえ、今日は貸し切りだ。北出入り口まで歩いて町の外へと出る。どうやらリープは町の外を移動する魔法なので、どこでも自由自在ではないらしい。そりゃあ家の中へ勝手に入られたりすれば、たまったものではないだろう。
さて、それではフレイラークとやらに出発しますか。
……ん?
「ミル? 手を……」
いつも手を差し出してくるミルが、考えごとでもしているのか少し間が空く。
「え、あ、その……すいません」
微かに戸惑ったように伸ばされた手を掴むと、気のせいか、いつもより少し体温が高いように感じられた。




