衝撃
HPとMPの概念を少し変更します。
なにぶんどう表現しようか迷ったものでm(--)m
過去ステータスからもHP、MPは表示されなくなっています。
――結局、体感二、三時間で一階層を回り終えてしまった。いや、実際壁伝いに歩いたので、半分程度しか踏破していないのだが。他の部屋と異なる大部屋に到達したのだった。
しかし、そこに何かボス魔物でも存在するのかと思いきや、ガランとした何もない空間だけだった。既に攻略されたダンジョンにはボスも倒されているのかもしれない。いや、そもそもボスなんていないのか?
地下へと進む階段の横には、一部が燐光に包まれた床が存在していた。上に乗ってみると《マーキングしますか?》というウインドウメッセージが出現し、OKをクリックする。地上へ戻るかの選択はキャンセルした。
この部屋には魔物が出現しないようなので、一度ゆっくり自分のステータスを確認するため、俺はウインドウを開く。
《ステータス》
・イサヤ Lv3 ドラゴンテイマー
・《腕力》23《耐久力》18《敏捷》27《知力》15《精神》12
ここまでに倒した魔物は50匹程度だろうか。レベルは二つ上がっていた。敏捷の伸びがいいのは、魔物の攻撃を躱しているからなのか、若干身体が軽くなった気がする。腕力の方はどのみち一撃で葬るから威力は確かめようもないが、ヴァルが少し軽くなったようだ。耐久は……まだ攻撃を受けてないからか、伸びが少し悪い。知力と精神に至ってはコメントしようがない。
ともあれ、まだ余裕を感じた俺は調子にのって次の階層へと進んだ。日暮れまでにはまだ時間がある。腹は減ったが夜までは我慢できるだろう。今度からは何か買ってくるべきだな。
――しかし、その余裕は二階層で早くも失われた。ゴブリンやケイブウルフに加えて、『マッドオックス』という角を生やした羊みたいな奴が蹄を打ち鳴らして襲いかかってきたのだ。それが単体、もしくは二体程度ならばまだ相手にするのは余裕だったが、二階層を歩き進めたところで、初めて三体同時に魔物が出現したのだ。
マッドオックス Lv3
マッドオックス Lv2
ゴブリン Lv2
一匹のマッドオックスが突っ込んでくるのを回避してから、近づいてきたゴブリンの身体を両断する。その間に反転したマッドオックスが再度突進してきた。地面へと転がるように躱して急いで立ち上がる。
立ち上がった瞬間、身体の斜め後ろから激しい衝撃を受けて肺から強制的に空気が飛び出た。身体の深部まで貫く激痛に一瞬頭が真っ白になる。
「は……ぐっ……」
ヴァルを地面に突き刺して転倒することは阻止し、体当たりを敢行した相手を下から突き上げるかたちで抉る。喉元から頭部まで串刺しになった相手は沈黙し、引き抜くと同時に発火した。
残った一体がやや怖じ気づいたように足踏みしているところへ、こちらから距離を詰めて一気に薙ぎ払う。
「はあ……ハ……は」
病室で寝ているはずの身体がどのような反応をしているか興味はあるが、俺の脳はこの痛みをどう感じているのだろうか。痛みと激しい攻防で酸欠の状態まで再現してくれているようだ。息苦しさという感覚を間違いなく俺は感じることができている。
HPという概念がないこの世界でどれだけの攻撃を受ければ死ぬのかは、おそらく現実で死ぬにはどれほどの苦痛を受ければ死ぬのか、という問題と大差はないだろう。耐久力や装備している防具にもよるのだろうが、所詮Lv3で革の服を着ている俺がこのような苦痛を何度も味わえば結果は分かりきっている。
甘かった。まだこの世界で一度も攻撃らしい攻撃を受けたことのなかった俺は、どこか油断していたのだ。一階層を攻略した時点で戻るべきだったのかもしれない。ヴァルの威力に頼って、危険を感知する感覚が麻痺していたとも思う。
辺りを警戒しながら床に座ってしばし休むと、体当たりされた右腰を中心とした痛みは少し引いたが、まだ鈍痛のようなズシリとした痛みは残っている。
「ここはケチってる場合じゃないよな」
俺は腰に下げた道具袋から小瓶を取り出し、一気に飲み干す。《癒しの滴》が喉を潤し、体内へと流れ落ちていくのを感じると、痛みは嘘のように無くなった。本当に買っておいて良かったと空になった小瓶に感謝する。小瓶はそのまま溶けるように消えてしまった。
残りは三つ。かなり歩いてきたので、このまま先へ進む方がよいか、それとも戻って転移床からダンジョンを脱出するか。
……情けないが、俺は戻る道を選んだ。
二階層が残りどのぐらいか確実なことは判断できない。ここにくるまで一度も回復アイテムを使わなかったからといって、二階層突破まで足りるという保証はない。
結局、一階層の転移床へ戻るまで、ふたたび攻撃を受けることはなかった。三匹同時に現れること自体珍しいのかもしれないし、俺がより慎重に戦ったということもある。ダンジョンの入口に飛び、最後にもう一度ステータスを確認する。
《ステータス》
・イサヤ Lv4 ドラゴンテイマー
・《腕力》28《耐久力》26《敏捷》32《知力》24《精神》17
耐久が上がっているのは、攻撃を受けたからだろうか。この数値が上がれば痛みは減少するのか? 痛みを減らすためにより痛みを味わう……俺にはそんなマゾッ気はないつもりだ。
ダンジョンから外へと出ると、ちょうど陽が沈もうとしているところだった。俺がのそのそ歩いている姿を見て駆け寄ってきたのは、入口にいた騎士だった。
「ああ、無事だったの。どう、ゴブリン一匹ぐらいは倒せた?」
嫌味で言っているのではないと、顔で分かる。たぶんLv1の町人ならそれが普通なのだろう。
「一階層は突破しました。魔物も何十匹かぐらいは……」
俺の言葉を見栄っ張りの冗談だと信じて疑わない騎士は、笑いながら「スゴイわね」と言ってくれる。くそぅ。
そのままサウスプラナへと向かおうとすると
「ああ、ちょっと待って」
と騎士に呼び止められた。
「君、歩いてきたみたいだけど、帰りも徒歩なの?」
「はあ、馬とか乗り物なんて持ってないですし……」
「まさか……《リープ》を知らない? 暗くなれば広原は危険よ。盗賊に襲われる危険もあるから」
「え……」
呆気にとられた俺の顔が余程マヌケに見えたのか、騎士は「しょうがないわね」と言いつつ首を振った。
「普段はこんなことはしないんだけど、少しだけ待っててくれる?」
「は、はあ」
騎士の言わんとする意味が理解できないまま、しばし地面に転がって待つ。辺りはかなり暗くなってしまった。すると、突然どこからともなくリーベンスとは異なる騎士が姿を現した。
「よう、交代の時間だ」
「お疲れ様です」
騎士達が挨拶を交わし、見張りの交代手続きを行っている。それが終了したのか、リーベンスがこちらへと歩み寄り、手を伸ばしてきた。
「君の家、もしくは拠点にしている町はどこ? 荷物もそれだけよね?」
「はい。えっと、サウスプラナ……です」
「なら大丈夫ね」
女性と手を握る行為などしたことのない俺は、うろたえながら騎士の手を掴む。何をする気なのだろう。そんなことを思っていると、騎士が何かを呟いた。
「リープ」
すると目の前の空間がグニャリと歪み、身体が宙に浮くような感覚に襲われた。これは……この世界に来たときに感じた浮遊感に近い。次の瞬間、俺はサウスプラナの西出入り口に立っていた。
「こ、これって?」
「それじゃあ、私はフレイラークへ帰るから。もしこの魔法のことを知りたいのなら、出入り口辺りで商売をしている誰かに聞くといいわ」
それだけ言って、騎士はすぐに消えてしまった。魔法……こんな便利な移動方法があったなんて。
ああ……もしかしてヴァルがこの町を襲った時、騎士がすぐ駆けつけることができたのって、あれのおかげなのか。しかし、これは便利だ。覚えられるのなら是非とも習得したい。あの騎士は出入り口辺りで商売してる人にって言ってたけど……。
日も暮れてしまっているからか、人はそう多くない。辺りを見回しても、それらしい人は見当たらなかった。
焦ることはない……か。明日にしよう。今はとにかく残金0の状態をなんとかしなければ、今日宿屋に泊まる金すらない。南西地区にある商人ギルドへと走り、待機アイテム欄へと放りこんであるドロップアイテムを全て売り払う。
内訳としては。
《毛皮》×10 単価50ダカット
《ゴブリンの牙》×15 単価60ダカット
《角》×6 単価80ダカット
合計金額は計1880ダカットとなった。これはなかなか頑張ったのではないだろうか。少なくとも宿屋に泊る金額と飯代には十分過ぎる稼ぎだといえるだろう。核玉が全てヴァルに吸収されるとしても問題はない。もともとダンジョンは一人で挑むものではないようなので、本来はこれを人数分で割る必要があるのだろうが、全部俺の総取りである。
得た金で遅めの夕食にありつき、昨日と同じ宿に泊まることにした。まだ贅沢を考える余裕はない。回復アイテムも補充したいし、何より防具をもう少し充実させたい。当面は無駄使いを減らさなければならないだろう。
寝る前にヴァルを手に取り、少しは癒えたかと訊いてみる。
『雑魚では腹は満たされぬものよな』
などと王様発言をしやがった。まあ今の俺にはヴァルが必要なのは間違いない。しばらくはこのままでいてくれと不謹慎な考えを抱きつつ、俺はベッドの中で静かに目を閉じた。




