フレイラーク
フレイラークまではビーストケイブよりも距離があるとは聞いていたが、なにぶんリープで跳んだ場合にはその違いは分からない。魔法を使用した本人は消耗具合で判別できるのかもしれないが。
フレイラークの正門前に跳んだ俺は、まずその大きな門に圧倒された。俺の身長の三倍はあるだろう。そこから続く高い外壁はもしや城と城下町全てを囲んでいるとでもいうのだろうか。
「サウスプラナよりもずっと大きいんですよ。なにせこの国の首都ですから」
城下町の大通りを歩きながら、ミルは大まかにではあるが説明をしてくれる。城下町の奥には豪奢な城が建っており、その周りの城下町は碁盤目状に通路がある。慣れてくれば迷うことはないが、初めて来た者は自分が何筋目にいるかが分からなくなるらしい。
実際、俺は自分がもうどこにいるのか分からなくなっていた。今ミルに置いていかれれば間違いなく迷子になる自信がある。
何筋目を曲がりに曲がって到達したのだろうか。もう俺には分からない。ひょっとしたらダンジョンよりも難しいのではと思えるほどに入りくんだ場所に、魔法書を販売する店は存在していた。
「ここです」
ミルとともに店の中に入る。店内はあまり広くはない。所狭しと置いてあるのは巻物の山。これが魔法書なのだろうか? カウンターの向こう側に、黒いローブを纏ったいかにもな雰囲気の女性が座っている。目元しか見えないが、そこまで歳をとっているようには見えない。
サーリャ Lv32 魔道士
さすがにレベルが高い。盗みでも働けば恐ろしいことになるかもしれない。
「何をお探しでしょう」
「まずは自分に魔法の素養があるかどうか知りたいんです。だから、一番安い魔法書はどれになりますか?」
リープが一番安ければ一発勝負だが、それよりも小額で素養があるかを判別できるのなら、そうした方がいい。ミルも横で「それがいいですね」と頷いている。
「……魔法は必ずしも一つ習得すれば残り全ても習得可能であるとはいえませんが、こちらなどいかがでしょうか」
勧められたのは
《フレイムボール》
《アイスランス》
《ヴォルトアロー》
の三つだった。どれも値段は6000ダカットだそうだ。基本的な魔法であるが、使用者によって威力も変わるし、どれも使い勝手は良いらしい。となれば、後は相性で決めるべきだろう。
俺が持っているヴァルは言わずもがな炎を発生させる。炎に有利な属性は水だそうで、アイスランスは水属性。もし水属性の魔物でも出現すればヴァルの威力は半減するかもしれない。そして水属性に有利なのは雷属性なのだそうだ。雷属性の魔法はヴォルトアロー。
ならば決まりだ。
「ヴォルトアローの魔法書にします」
金貨を六枚具現化させて支払う。受け取った魔法書は一枚の巻物だった。すぐさま試してみたいのだが、さすがに町中では問題がある。
「もしすぐにお試しになるつもりなら、裏手で使用してみますか?」
魔道士はカウンターの奥にある扉を開いて手招きする。奥には店内よりも広いのではないかと思われる空間が存在していた。ところどころ壁に傷がついている室内の奥には、不思議な形をした石がいくつも置かれており、一風変わった射撃場といった趣である。
「早速試したいというお客様も多いので、こういった部屋を用意してあるのです。あそこにあるのは魔吸石といいまして、魔法を吸収する特性を備えた石でございます。ヴォルトアローの魔法でしたら、問題なく吸収できるでしょう」
「そ、それじゃあ」
俺は巻物を解いて中に記載されている文字へと視線を落とす。
「……あの、これをどうすれば?」
「手を魔吸石に向けてかざしてください。次は掌に意識を集中しながら魔法書にある文字を読み上げてくだされば結構です」
俺は右手を魔吸石へと向ける。左手に持った魔法書はそのままで、書かれていた内容を頭の中で何度か反芻させた。
掌へと意識を集中させながら、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「――大気に満ちる紫電の糸を紡ぎて、刃向かう者を光の矢にて撃ち貫く――……ヴォルトアローッ」
右腕が微かに痺れたかと思った瞬間、掌から紫色の放電糸が矢のような形となって勢いよく放たれた。それは目標の魔吸石へと見事に命中し、石はヒビが生じて二つに割れる。同時に魔法書は役目を終えたかのように消滅してしまった。
「出来たぁっ」
成功した嬉しさで思わず声を上げてしまったが、魔吸石は魔法を吸収するのではなかったか。壊してしまって怒られないかと恐る恐る魔道士の方を窺う。
「……なかなか強い魔力をお持ちですね。ヴォルトアローでこうなるとは少し予想外でした。どうやら魔法の素養は十分のようです」
「うわあぁっ、イサヤさん凄いです。本当に魔法を習得しちゃいました」
どうやら怒られることはなさそうだ。ミルは感心したように手を口にあてている。どうだ、これできっとリープだって習得できる。そうなれば今後ダンジョンに赴く際にミルと会うことも無くなるのだと思うと、やや寂しい気がしないでもない。
「一度習得した魔法は、次から魔法名だけを口にすることで発動可能です。リープの魔法書もお求めになられますか?」
そうなのか。それは少しありがたい。魔物との戦闘中にあまり時間のかかる詠唱をしている暇はないものな。
「じゃあリープの魔法書も」
「かしこまりました。リープについては町中での使用は不可能なので、外でお試しになってください」
金貨十枚を支払ってリープの魔法書を受け取る。
これで今日の目的は果たした。俺がウインドウを開いて確認すると、スキル欄に新しい表示が存在していた。
《スキル》
・ディテクト
・ドラゴンスペル
・魔法
……あ、そういえば前から少し気にしてたけど、このドラゴンスペルって何だろうか。一度選択してみたのだが、ミミズがのたくったような文字が表示されただけで意味が全く分からなかったのだ。ヴァルに訊いても『人間と契約したことなど初めてなので我にも分からぬ』とのことだ。
「あの」
『スペル』というからには魔法の一種なのだろうか? それならばこの魔道士さんにご質問させてもらえば何か分かるかもしれない。何か書くものがあれば……。
「あ、それならこれを使ってください。10ダカットになります」
ミル、っぱねえ。すぐ用意できるのも、っぱねえが、ここでしっかり金を取るところが半端ねえよ。
ひとまず礼を言ってから、ドラゴンスペルのおそらく冒頭部分だけを見よう見真似で紙へと書き写し、魔道士へと渡す。
「これって何か分かりますか」
「これは……古代語ですね。いくつかの魔法書も古代語で書かれていますが、……あまり見慣れないものです……これは一体?」
「いえ、まあ別に大したことは」
「もし調べるのであれば、フレイラークにある図書館に行ってみてはどうでしょう。あそこならば資料も揃っていますから、古代語の解読もしてくれるでしょう」
「ありがとうございます」
俺とミルが店から出て一息つく。
「習得しちゃいましたね」
「だな」
「この勢いでリープも習得すればもう一人で行きたい放題ですね」
「だな」
「イサヤさんはお金払いが良い人だったので、これでお別れになるのは残念です」
「さようで」
「本当に……残念です。さてっ、これからどうしますか? まだ町を回るならお任せください。しっかりと仕事はさせていただきます」
急に大声を出すミルに少し驚いたものの、次はさっき話にあった図書館とやらに行ってみたい。
「ミル、図書館の場所は知ってる?」
「はい」
「よし、じゃあ次はそこに行こう……の前に――昼飯でも食べるか」
昼飯代ぐらい出すと言ったのだが、ミルはきちんと二等分することで支払いを済ませた。フレイラークには様々な料理店が並んでいる。味も他店との競争のせいか、かなり洗練されており、クリームをふんだんに使用した濃厚なパスタに、それに合う少しあっさりとした野菜煮込みスープは町を散策した疲れを吹き飛ばすものだった。
「ここが図書館です」
町の中央付近に存在しているドでかい建築物がどうやら図書館らしい。煉瓦を積み上げて構築された姿はどこかの美術館のように荘厳な印象を受ける。内部には一生かけても読みきれないであろう量の本達が整然と棚の中に収められていた。ここの本を読めばこの世界における知識が深まるかもしれないが、俺は残念ながら必要最低限の本しか読めない人間なのだ。
受付らしきところに座っている男性に話しかけ、さっきミルからありがたく買い取った紙に冒頭からの続きの古代語を全て書き写してから解読を依頼した。男性は少しばかりその文字を眺め、解読にかかる時間を提示する。
「ふむ、そうですね……三……いえ四時間ほどお時間をいただけますか。随分と複雑な言い回しのようなので」
「はい、お願いします」
「わかりました。それでは……500ダカットを先にお支払い願います」
あ、お金取られるんだ。まあタダでしてくれるなんてことは……
ミルの顔を窺うと、当然ですよと言わんばかりの表情だった。
ですよね。




