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世界がどうであれ、夫婦のイチャイチャが常に優先されます。転生先で口説いた美女は最強の魔女でした。  作者: 1009
第一章「絶界の骸森のめぐりあい」

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第四話「スキル、ぶっ壊れておりました」

 渾身の想いを込めて放たれた求婚の一言は、エルミニアという魔女の許容量を、あっけないほど軽々と振り切ってしまったらしかった。


 ぷしゅう…と気の抜けた音でも聞こえてきそうな勢いで白目をむいた彼女が、そのまま後ろへ倒れ込んでいく。とっさに信が腕を伸ばして抱きとめなければ、その後頭部は、固い床へまともに打ちつけられているところだった。


「えっ、えっ、エルミニアさん!? うそ、気絶……!? ちょ、大丈夫ですか、しっかりしてください!」


 ぐったりと力の抜けた体を抱えたまま、しばらくおろおろと狼狽していた信だったが、ふとした拍子に、頭のなかで何かがひらめいた。


 そういえば――と、彼はようやく思い出したのだ。この世界に降り立ってからというもの、神からもぎ取ったはずのスキルを、自分は一度たりとも試していなかった…という重大な事実に。


「……いや、待て。おかしいだろ、俺。スキル検証なんて、異世界転生の基本中の基本じゃないか。それをこの半日、エロフなエルフさんに気を取られっぱなしで、丸ごとすっぽ抜けてたなんて……!」


 我ながら、これほど情けないこともないと、信は心のなかで自分を思いきり叱りつけた。


 ともあれ、まずはこの気絶した魔女を、どこか楽な場所に寝かせてやるのが先決だった。だが、いくら善意からとはいえ、女性の私室へ許可もなく踏み込むのだけは、これから関係を築いていきたいと思えば絶対に避けたかった。


 あらためて腕のなかのエルミニアへ目をやると、気を失ってなお、その姿はぞっとするほど艶めかしかった。上気して薄く色づいた頬や、呼吸に合わせて静かに上下する胸もとを目の当たりにして、信の理性は一瞬、ぐらりと大きく傾きかけた。


(――いやいやいや、落ち着け! 頑張れ俺、負けるな俺、踏みとどまれ俺……っ!)


 両の頬を手のひらでばちんと張り、信は無理やり己を現実へ引き戻した。理想の相手だからこそ、こんなくだらないことで信頼を損なうわけにはいかない!と己に固く言い聞かせながら。


 ようやく気持ちを落ち着けた信は、ここでひとつ思いついて、神から授かった『限定魔力創造』を試してみることにした。まずは彼女を寝かせるための、寝心地のよいベッドソファーでも作ってみようと、頭のなかにその形をぼんやりと思い描き、右の手のひらを何もない空間へすっとかざしてみる。


「錬成!」


 声に応じて手のひらの先の空間がにわかに歪んだかと思うと、大気中に漂っていた魔力の粒子が淡い光をまといながら幾重にも折り重なり、みるみるうちに凝縮して、確かな質感を持ったひとつの家具へと形づくられていった。ものの数秒で、そこには信が思い描いたとおりの、ふかふかとした生成り色のベッドソファーが、ことりと軽い音を立てて出現していた。


 半信半疑で座面を押してみれば、指がやわらかく沈み込んでゆっくりと押し返してくる感触は、地球の高級家具となんら変わりがなく、信は思わず感嘆の声を漏らした。


「おおー……! すごい、なんの違和感もない。本当に、何もないところから出てきちゃったよ……。いやこれ、ひょっとしてこのスキルだけでも、とんでもないんじゃないか?」


 無から有を生み出すという神の御業の片鱗に、信の胸は否応なく高鳴った。ただし今は、可能性をあれこれ探るのはあとまわしにして、まずは目の前の魔女を休ませるのが先だと、彼はすぐに気持ちを切り替えた。


「すみませんエルミニアさん、少しだけ、失礼しますよー」


 ひと声かけてから、信はエルミニアの背と膝の裏へそっと腕を差し入れた。あの匂い立つ色気をなるべく意識しないよう努めつつ、お姫様抱っこの要領で彼女を軽々と抱え上げると、作ったばかりのベッドソファーへ、壊れ物でも扱うように慎重に横たえていく。続けて枕と柔らかな掛け布団を新たに錬成し、乱れた銀髪をそっとよけてやってから、彼女の肩までふんわりと布団をかけてやった。


 ひと仕事終えた信は、そばの椅子に腰を落ち着けると、今度は試しに、慣れ親しんだ缶コーヒーをひとつ錬成してみた。


 プルタブを引き起こしてひと口すすってみれば、ほろ苦さと香ばしい甘さ、わずかにぬるい飲み口までもが、地球で毎日流し込んでいたものと寸分たがわない。その完璧な再現ぶりに、信は神から授かった力の凄まじさとありがたさを、あらためて胸の奥で噛みしめた。


 温かいコーヒーで人心地つくと、ようやく頭が冷えてきて、信は先ほど勢いのままに求婚してしまったことを、静かに省みはじめた。


 想いを打ち明けたこと自体に、後悔はいっさいない。


 だが、エルミニアの立場になって考えてみれば、話は別だった。出会ってまだ半日ばかりの見ず知らずの男から、いきなりあんな重い言葉をぶつけられたのだから、面食らって気を失うのも、無理からぬことだったのだ。


「しかも、命まで助けてもらった恩人にこれじゃあ……。ちょっと不誠実、っていうか、性急すぎたよなあ。もっと時間をかけて、お互いをじっくり知ってから伝えるべきだった……」


 そこまで考えて、信はふと…奇妙な違和感に首をかしげた。胸のうちに、ふと素朴な疑問が浮かんだ。


――今の自分は、こんなにも勢い任せの人間だっただろうか?と。五十路を越えたおっさんだったころの自分は、何をするにも石橋を叩いて渡るような、慎重すぎるくらいの性分だったはずなのに……


 その疑問に引き寄せられるように、信はふと…部屋の隅に立てかけられていた古い姿見の存在に気づいた。ゆっくりと歩み寄って鏡を覗き込んだ彼は、そこに映る見慣れない若者の顔に、しばし言葉を失ってしまう。


 艶のある黒髪も、皺ひとつない張りのある肌も、まぎれもなく二十歳そこそこの青年のものだった。頭では分かっていたはずの若返りという事実を、信はこのとき初めて、自分の目でまざまざと突きつけられたのだ。


「……ひょっとして、身体が若返ったせいで、思考まで、若いほうへ引っぱられてるのか?」


 もっともらしい仮説ではあったが、いくら考えたところで確かめようもなく、信は「まあ、そんなものだろう」と、あっさり自分を納得させることにした。


 それから信は、ベッドソファーで穏やかな寝息を立てるエルミニアへ、そっと視線を戻した。あらためて眺めても、やはり彼女は、ため息が出るほど美しく、匂い立つように色っぽい。


(あー、やっぱり結婚したいなあ。こんな綺麗な奥さんがいたら、それだけで人生大謳歌じゃないか。……うん、決めた。他のどんな男にも、絶対に渡さないぞ)


 誰に頼まれたわけでもないのに、信はひとりでそんな物騒な決意まで固め、うんうんと満足げに頷いてみせた。


 そうしてしばらく魔女の寝顔を眺めていた信だったが、やがて手持ち無沙汰になってくると、いいことを思いついたとばかりに、ぽんと手を打った。


「そうだ、せっかくだし、ほかのスキルもいろいろ試してみよう。エルミニアさんが起きるまで、外でこっそりな」


 眠る彼女を起こさないよう足音を忍ばせて、信はそっと家の外へと抜け出していった。


 結界の内側の、ひらけた庭先に立った信は、まず手はじめに、あの『限定時空間操作』に含まれる転移を試してみることにした。数メートル先の木を目標に定め、そこへ移動する自分を頭のなかで明確に思い描いた瞬間、視界がぐにゃりと歪んで足裏の感覚がふっと消え去った。まばたきひとつのあいだに、信の体は狙いどおり、その木の根もとへと立っていた。


「うおっ、す、すげえ……! ほんとに一瞬で移動できた!」


「…地球にいた頃、この能力があったら…通勤するのも帰宅するのもどんなに楽だったことか。何度、転移できたらなーと考えたかなぁ」

 信は一人、腕を組んで改めて感慨に耽るのだった。


 一度、その爽快感を味わってしまうと、もう止まらなかった。信は庭のあちこちへ次々と転移を繰り返した。右の岩陰から左の茂みへ、木の上から屋根の上へと、まるで瞬間移動そのものを遊び道具にした子どものように、彼は笑い声をあげながら跳びまわる。


 調子に乗った信は、そこからさらに、ほかのスキルまで片っぱしから試しはじめた。『限定天眼』に意識を集めれば、遠い森の梢にとまる小鳥の、羽毛の一本までもが手に取るように見通せた。


 試しに『アイテムボックス』を開いてみると、時間の止まったその空間には、先ほどの缶コーヒーが、淹れたての熱を保ったまま静かに並んでいる。


 ひとつ試すごとに、そのどれもが想像をはるかに超えた性能を見せつけてくるものだから、信のなかで昂ぶりに歯止めが効かなくなっていった。


「うはははっ、なんだこれっ!? こんな力なんて今までこれっぽっちもなかったから……! すごい、すごすぎる、めちゃくちゃ楽しいぞ……!」

「これで“限定”版だっていうんだから、ぶっ壊れにもほどがあるだろ! いやー、あのとき神様に遠慮しないで、全部言っといて本当に正解だったなーっ! ははははっ!」


 一方その頃、家のなかのエルミニアは、外から響いてくる場違いなほど陽気な笑い声に、うっすらと眠りの底から引き上げられていた。


(う、うぅん……。ワシは、いったい何を……?)


 ぼんやりとした頭で身を起こしかけた彼女は、直前の記憶がよみがえった瞬間、かあっと顔じゅうを真っ赤に染め上げた。


 あの珍妙な若者から…

「一目惚れした!」

「結婚してくれ!」

 …とあまりにまっすぐな言葉で告げられたのだ。


(あ、あんなことを、あんなにも臆面もなく……! 二千年以上生きてきて、あんなに熱く好意をぶつけられたのは、生まれて初めてじゃぞ……!)


 両手で火照った頬を覆ったエルミニアは、しばしその場で身悶えするようにうろたえていた。だがやがて、無理やり自分に言い聞かせるように小さく首を振る。きっとあれは都合のよすぎる夢か…でなければ何かの聞き間違いにちがいない……と。


 ところが、そう自分に思い込ませようとした矢先だった。エルミニアはふと…これまで見たこともない、やたらと寝心地のよい家具の上に自分が寝かされていることに気がついた。


「……なんじゃ、この…やたらとフカフカした寝床は……? ワシの家に、こんなものは無かったはずじゃが……」


 いぶかしげに掛け布団や枕を手で確かめていた彼女の耳に、ふたたび外から、あの若者の高笑いが飛び込んできた。いったい何事かと窓辺へ寄ったエルミニアが、何気なく外へ目をやる。


 するとそこでは信が、庭のあちこちへ瞬く間に現れては消え、消えてはまた別の場所に現れるという、およそありえない光景を繰り広げていた。その光景を前に、彼女の顔からは、みるみる血の気が引いていった。


 震える手で窓を勢いよく開け放ち、エルミニアは声を張り上げた。


「お、お主……っ! そ、そ、それは……まさか、転移か!?」

「あ、エルミニアさん、やっと気づいてくれましたか」


 名を呼ばれた信は、こともなげにそう応じるや、次の瞬間には、あっけにとられる彼女のすぐ目の前へと、ふっと音もなく転移してみせた。


「いやー、さっきから神様にもらったスキルを、いろいろ試してたんですよ。なかでもこの転移、めちゃくちゃ便利じゃないですか?」

「か、神様に……もらった、じゃと……?」

「て、転移のスキルを……この男は、神から直接……!?」


 この世界において、そもそも転移とは、世に伝説と謳われる魔女エルミニアその人が、数百年もの歳月を費やして、ただ一人で編み出した秘術にほかならなかった。


 消費する魔力は桁違いに膨大で、術者自身の魔力を呼び水としながら、そこへ莫大な魔力を封じた魔石を惜しみなく注ぎ込んで、ようやく一度きり発動できるかどうかという代物なのだ。


 常人にはとても背負いきれぬその負担ゆえ、これはふだんの魔法とはわけが違い、よほどの窮地でしか切れぬ、文字どおりの奥の手であった。


 そのため、この大陸広しといえど転移を扱える者はほんの数名しかおらず、しかもその全員が、ほかならぬエルミニアから直々に教えを授かった弟子たちなのだった。


 それを出会ったばかりの得体の知れない若者が、神からもらったなどと、あまりにあっけらかんと言ってのけたのだ。二千年の常識を根こそぎ揺さぶられて、エルミニアの理解は、またしても許容量をあっさりと振り切ってしまった。


「うーん……」


 白目をむいたエルミニアの体が、その日二度目となる勢いで、ふたたびぐらりと後ろへ傾いでいく。


「えっ、ちょ、エルミニアさーん!? また気絶!? だ、大丈夫ですか、しっかりしてくださーい!」


 あわてて両腕を差し出し、崩れ落ちる魔女をふたたび抱きとめた信の情けない叫びが、静かな骸森の空へ、むなしく吸い込まれていった。


 第四話 了

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