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魔の神殺しの勇者は今日も魔法を否定する  作者: 緋島礼桜
穿つ氷刃を否定する

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5/11

  



 自白と共に崩れ落ちた真犯人。

 それを見て、ようやくシシロウさんは安堵のような吐息を洩らした。


「ま、これでわかっただろ? 魔法なんかこの世界にはもう無いってことをな」


 彼はそう言い残して、静かに踵を返す。

 事件は解決した。そう告げるかのように。


 この町へとやって来て初日。

 いきなりの殺人事件に、シシロウさんの名推理。


 色々ありすぎて、頭が追いつかない。

 私はなんて声を掛けて良いのかもわからず、立ち尽くしてしまう。


「悪かったな、マルル。飯、他の店で食えそうか?」

「あ、と……」


 情けない声しか出てこない。

 それでも何か言わなきゃと、口を開いた。


 ――そのときだった。


 

「あ……ひょっとして、アンタ。あの勇者じゃないか?」


 声を上げたのは、あの元氷魔法使いの男性だった。

 彼は目を白黒させながら言う。


「王宮魔法使い時代に見かけたんだ。あの当時と雰囲気は違うが、面影もある。間違いない……!」


 その直後。

 ざわり、と空気が揺れる。


 20年前、世界を滅ぼそうとした魔の神を討伐した勇者。

 それは世界の誰もが知る、常識とも呼べる伝説。

 彼の名前こそ知られていないようだが、英雄である彼は当然、とんでもない有名人なのだ。


 ――だが。

 向けられた視線は、英雄を見るものではなかった。



「……魔の神殺しの勇者か」


 誰かが吐き捨てるように言った。

 そこから一気に、シシロウさんを見る目が変わっていく。


「アンタのせいで魔法が無くなったってのに何様だ」

「何を偉そうに事件なんかにしゃしゃり出やがって……」


「お前のせいで職を失ったんだぞ、俺は!」


 彼へと向けられる非難の声。

 マスター夫婦も、さっき助けられた元氷魔法使いでさえも。

 次々とシシロウさんを責め立てる。


「魔の神がいた方が平和だった」

「それで世界は保たれてた」

「魔の神と話し合いだってできたはずだ」


「それを殺した」

「魔法も消した」


「全部、お前のせいだ」


 理不尽な言葉と視線の雨は、氷魔法以上に凍えた。

 第三者の私でさえ、その異常さ、恐ろしさに震えるほどだ。


 ――それなのに。

 そのすべてをシシロウさんは受け止めて、笑った。


「……ああ、魔法は俺が消した。それが悪いのか?」


 悪びれる様子もなく、肩を竦める姿。

 その態度に、罵声は更に強まっていく。


 と、私は気づいた。

 彼の瞳には、真っ直ぐに凛としたあの輝きが、なくなっていた。


 ……違う。


 あの人は笑ってなんかいない。

 無理やり笑顔を作っているんだ。

 平気な“フリ”をしているだけだ。


 ――本当は、傷ついているかもしれないのに。


 そう思った瞬間。

 私はシシロウさんの隣に立っていた。


「シシロウさんは悪くありませんっ!!」


 何も考えず、ただそれだけを叫んだ。

 それから私は、シシロウさんの腕を引っ張って店を飛び出した。


「おい、ちょっと君たち!」


 ようやくやって来た衛兵を押しのけると、私たちは人混みを抜けていった。

 周囲の視線を受けながらも、私は止まらなかった。


 止まりたくなかった。




 飲食店街を抜けた私は更に歩いて、歩いて、歩いて。

 歩いたところで、ようやくシシロウさんに呼び止められた。


「おい! これ以上どこまで行く気だ?」


「……え?」


 適当に歩いていたため、気づけば本当に見たこともない場所に来ていた。


 そこは静寂な公園だった。

 花壇には色とりどりの花が咲き、穏やかな風によって、それらが心地良く揺られている。


「――っく……ははっ……」


 と、なぜかシシロウさんが笑い出した。

 突然の笑みに私は困惑して、顔をしかめる。


「え? 何か私、変なことしました?」

「そりゃそうだろ、お前……この国で勇者の肩持って、あんな風に啖呵切った奴……初めて見たわ」


 そう言ってシシロウさんは愉快そうに笑う。

 が、私は余計に胸が締め付けられた。


 勇者なのに。

 英雄だったはずなのに。


 なぜ、あそこまで蔑まれなくてはならないのか。

 なぜ、あんなに言われておいて、こうも笑っていられるのか。


「シシロウさんは辛くないんですか? あんなに言われて……なんで何も言い返さないんですか?」


 シシロウさんは私の手を解くと、ゆっくりと腕を伸ばしながら言った。


「まあ、事実だからな。それにあんなの、反論してどうにかなるもんじゃねえんだ。だから気にしないのが一番だ」


 聞くと、勇者だと身バレしても時間が経てばそれもすぐに風化し、忘れ去られるのだという。

 だから、シシロウさんを勇者だと罵倒する者はいなくなる。

 同時に、シシロウさんを勇者だと讃える人もいないというわけだ。


「でも……私は悔しいです。魔の神を倒した勇者様なのに、20年経っても……あんな風に言われ続けてるなんて」


 気づけば、私はポロポロと涙をこぼしていた。

 今日一日で色んなことが起こり過ぎて、情緒が不安定になっているせいもあった。


 流石のシシロウさんも驚いたようで、目を丸くしてその涙を見ていた。


 だが、すぐに苦笑して返す。


「涙もろさは父親(エンスイ)似なのな……今の世じゃあ、勇者が“魔の神殺し”なんて揶揄されてんのは有名な話だってのに。母さんから聞いてなかったのか?」


 私は黙ったまま頷く。


「……そうか。ケンノク島は魔法復活思想者もいないだろうしな。説明なんかいらなかったってことか」


 冷静にそう分析するシシロウさんへ、私は流れる涙を拭いながら尋ねた。


「シシロウさんは、こんな国から出ようとは思わないんですか? それこそ、ケンノク島なら貴方を勇者として歓迎してくれるはずです!」


「――それはダメだ」


 予想外にも、彼は即答で否定した。


「どこ行ったって、勇者のせいにしたがる奴はいるからな。ま、俺はそれでも構わねえんだ」


 彼の紫色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。


「だがな……それよりも俺は、未だ“魔法”なんて過去の幻想を妄信する奴らの目を覚まさせたいんだ」

「え……?」


「さっきの殺人事件のように、未だ世の中には“魔法”を原因だと叫ぶ怪事件・怪現象が山ほどある。俺はそういった謎を全部解き明かして――“魔法”そのものを消し去りたいんだよ」


 その志は素敵なものだが、苛烈で苦難な道のりだ。


「けど、“魔法”でも解明できなかった現象は昔からあったって聞きましたよ! だったら、全部なんて無理ですよ!」

「無理だとしても、俺は今の“魔法”を否定し続ける。それだけだ」


 どうして、彼がそこまで“魔法”に執着するのか。

 魔法を知らずに生まれた私には、到底わからない。


 『“魔法”があった世界に生きた人たちは――今も“魔法”に囚われている』


 それはシシロウさんも同じだった。

 むしろ彼の方が、誰よりも“魔法”に囚われているような気がしてならない。


 ……私は不意に、母さんの言葉を思い出した。




『――あともう1つというのはね……“魔法”のことなの。シシロウくんは世界の誰よりも“魔法”に囚われて、そこから抜け出せなくなってしまった。だからね、貴方にはあの人の負担を少しでも取り除いてあげてほしいの……お願いね、マルル』


 今ならば母さんが同居を頼んだ理由も、その想いもよく理解できた。




「さてと……改めて飯食い直しに行くかぁ。飲食街はしばらく行けそうにないから、しゃあねえ、ここはこの近くの居酒屋で――」


「シシロウさん」


 シシロウさんの言葉を遮ると、私はその場に正座した。

 意外な行動にシシロウさんは先ほど以上に驚いた顔を見せている。


「な、何やってんだ、お前……」


 地面に座することを驚いているようだが、私にしては大した汚れではない。

 私の故郷では懇願をする際、こうして正座し頭を垂れるものだからだ。


「私を貴方の……勇者様のお側に仕えさせてください。貴方の雄姿を、私は母や亡き父に代わって見届けたい……そして、貴方のお役に立ちたいのです。お願いします」


 両手を地に付け、私は深く頭を下げる。

 その懇願に、シシロウさんはこれまでにないほどの動揺を見せ、「いや、お前……」としどろもどろな言葉を洩らす。


 だが、しばらくの沈黙の後、深い深いため息をついて、答えた。


「土下座してまで一緒になるような人間じゃねえんだけどな、俺は」

「私は、土下座したくなるような人間だと思いましたよ」


 先ほどの殺人事件……いとも容易く解決していたが、それは彼の鋭い洞察力だけの成果じゃない。

 専門的な知識があってのものだ。

 そしてその知識の源泉はおそらく、自宅で柱と化していた、あの古文書の数々によるものだろう。


 あれらを読破して、そうまでしてでも魔法を否定しようとする彼の執念とも言うべき果敢さ。

 真摯に謎と向き合い、戦う勇姿。

 なにより……罵倒されるとわかっていても、人を助けようとする熱い心。


 ――ああ、この人やっぱり勇者なんじゃないか。

 私が小さい頃からずっとずっと憧れていた、伝説の勇者様だったのだ。




「……涙目で土下座までした娘を返したなんて知りゃあ、リリーが殴り込んで来そうだろうからな……」


 シシロウさんは頬を掻きながらポツリと洩らす。

 と、彼はその手を私へと差し出した。


「わかった、俺の負けだ。少しの間なら面倒見てやるよ」


 思いが伝わったことに私は微笑み、彼の手を力強く握った。


「ありがとうございます」


 シシロウさんの力を借りて立ち上がった私は、膝の土埃を払ってから、改めて頭を下げた。


「不束者ですが、これからよろしくお願いします」

「……その挨拶は良くない誤解を生むから、人前で言うなよ?」 


「フフ、わかってます――それじゃあ、お腹も空きましたしどこかの店にいきましょう」


 私がそう言ってお腹を擦ると、シシロウさんは苦笑を返して歩き出した。


「だったらやっぱ、この近くにある居酒屋だな」

「結局、お酒なんですね……」


「当然だろ? 頭を使った後はアルコール強めの酒を煽るに限るんだよ」


 そう返したシシロウさんはケラケラと声を上げて笑った。


 


 こうして見ると、子どもっぽく笑う顔がよく似合う、ただのおじさんにしか見えない。

 

 だが魔法に囚われ、魔法を否定しようとする元勇者(シシロウさん)の根幹には、私なんかじゃ到底理解できない深い深い闇が――過去がある。

 そんな彼の謎について、私が知る機会はいつの日かあるのだろうか。


 ふと、そんなことを思いながら、私はシシロウさんの背中を追いかけた。



 

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