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「氷魔法の攻撃ってのはな、基本は人を刺したり斬ったりするもんじゃねんだ。打撃か凍傷、凍結を狙うもんだ。その方が効率がいいからな」
シシロウさんはそう言って、元氷魔法使いの男を一瞥する。
「パフォーマンス重視で氷の刃や槍を作って戦う奴もいるが……あれは魔法の精度や条件が必要で、一部の上級魔法使いでもなきゃ無理だ……悪いが、ここで飲んだくれてるレベルの男にできる芸当じゃねえんだよ」
『上級魔法使いじゃない』と断言された男は、プライドを傷つけたと言わんばかりに顔をしかめる。
が、直ぐに眉尻を下げて自分の非力さを肯定した。
「……ああ、そうだ。俺が創り出した氷魔法じゃ、人を刺すことは――できなかったろうな」
「じゃ、じゃあこれは何なんだ!? 現に氷で刺されて死んでるんだぞ!」
マスターが叫ぶのも無理はない。
夏が始まろうとしているこの時期に、突然現れた巨大な氷柱。それに貫かれた死体。
誰がどう見ても、“魔法の仕業”だと思ってしまう。
――だが、しかし。
「いや、違う」
シシロウさんは即座に否定した。
「これは氷で殺されたんじゃねえ。殺されてから、氷を刺されたんだ」
「……え? 氷を刺された?」
私は無意識に彼の言葉を復唱し、息を飲む。
「考えてもみろ。死体をこんな目立つとこに放置するか? 普通はどこかに隠そうとするもんだ」
シシロウさんの正論に、マスターと奥さんが食い下がる。
「そ、それは……隠す暇がなかったとか、気が動転してたとか、色々あるだろ?」
「この人、いつも酔いつぶれてここで寝てたのよ! 誰でも殺せたからこそ、きっとわざと放置したんだわ!」
「だったら、なおさらおかしいじゃねえか」
シシロウさんは鼻で笑って返す。
「誰でもやれる状況なら、なおさらこんな目立つ真似……“氷柱”で殺害なんて、犯人を名指しさせるような犯行はしねえだろ」
言われてみれば、そうだ。
この事件は元氷魔法使いの犯行に、あまりにも“出来すぎていた”。
シシロウさんの強気な言葉に、私は人知れず息を飲む。
「じゃ、じゃあ! このお客さんは一体いつ、どうやって、誰に殺されたってのよ!!」
奥さんが叫ぶ。
するとシシロウさんは、床の血を見て静かに言った。
「血の乾き方と色からざっと見て……殺されたのは今よりもっと前だ。昨日の深夜ってとこだが……」
そう言い終わるや否や――シシロウさんは突然、突き刺さる氷柱を掴んだ。
「あっ!?」
そう声を上げるよりも早く、彼は軽々とそれをどかしてしまう。
……え、ちょっと待って。その氷柱って、結構重そうだったんだけど?
「おいっ!!」
「何してんだよ!?」
「衛兵はまだなのか!?」
シシロウさんの強行に場がどよめく。
しかし彼は冷静に、露わになった被害者の傷口を見つめていた。
「……やっぱりな」
そして、何かを確信したらしく、彼は言った。
「刺し傷が何度も重なってる……これは抉った痕だな。こんな傷、氷じゃつかねえよ」
「あの、それって……?」
私の質問に、シシロウさんは答える。
「犯人は殺害後、腹部に丁度いいサイズの穴をくり貫き、そこに氷柱を刺し込んだんだ」
そうすれば、巨大氷柱で貫かれたような死体が完成する。
小太りな被害者の腹囲ならば、そう簡単にバランスが崩れることもない。
……と、私は不意に犯行の場面が脳裏に浮かんでしまう。
思わず吐き気を覚え、急いで口元を押さえた。
「じゃあ氷は!? 氷はどこからやってきた!!?」
マスターは声を荒げ、シシロウさんは睨む。
だが、シシロウさんもまた冷淡に、冷酷に彼を射抜いた。
「――それはアンタが一番わかるだろ、マスター」
「は……はあ?」
「なにせこの店はこの時期でも、なぜか冷えた酒を出してくれるんだ」
直後、マスターと奥さんの表情が変わる。
青ざめていく二人に対し、シシロウさんは口角を吊り上げて言った。
「ってことは――当然あるんだろう? 氷室がな」
氷室。
それは、冬に作られた氷をしまい込むための専用の室だ。
冷暗所の地下に設置されているのがほとんどで、一年中氷を溶かすことなく楽しむことができる。
私の故郷では一般的な冷蔵方法だが、どうやら魔法大国だったこの国において氷室は、中々珍しい方法だったようだ。
「店をリニューアルしたときに、氷室か同等の冷蔵所を地下にでも新しく造ったんだろ? だったら、巨大な氷塊をいくつか保存してあってもおかしくはない」
ゆっくりと、シシロウさんの指先がマスターを指す。
「つまり……この“魔法”に見せかけた殺人事件の犯人は、アンタしかありえないってことだ。マスター」
事件の経緯を纏めると、こういうことだ。
昨日の深夜、マスターたちは被害者を刃物で殺害。
被害者の腹部を円形状にくり貫く。
氷室にあった巨大な氷塊の1つを、氷柱状に削る。
開店間近に、氷柱を被害者の傷口に刺し込む。
――そうして、開店時間になったところで、あたかも今、その現場を発見したかのように叫んだ。
反論が浮かばないのか、言葉を詰まらせるマスターと奥さん。
沈黙は許さんとばかりにシシロウさんは推理を続ける。
「それと、奥さんも共犯だ。この犯行は中々の重労働だ。2人がかりでもやっとってとこだったろうからな」
追及され、よりいっそう奥さんの顔が青白く染まっていく。
その様子は今にも倒れてしまいそうなほどだ。
「まあ、おそらく。凶器に使った刃物やら抉られた肉片やら、まだ処分しきれてねえだろ。そこを衛兵にちゃんと調べて貰えば――」
「俺が……俺がこの手でやったんだよ。つい口論になって、カッとなってな……」
と、マスターが俯きながら、絞り出すような声で自白した。
彼の証言によって、この事件は解決した。
……と、思ったが。
「いや、違うな」
即座にそう言ってシシロウさんは切り捨てた。
「え……?」
「殺したのは、アンタじゃない」
動揺に目を見開くマスターを無視し、シシロウさんは淡々と語る。
「マスターほどの巨躯なら屈まないと腹部なんて刺せやしないし、そんな箇所を衝動的に刺そうとはしねえだろ」
言われてみれば、マスターと被害者の男性の体格には、例えは悪いが熊と豚ほどの差があった。
巨漢のマスターが刺したと言うのなら、もっと胸部や肩口に傷があったはずだ。
「そ、それは、揉みあっているうちに……」
「まあその線も考えられるが、刺した位置的にもアンタがやったって方が自然だ……奥さん」
シシロウさんの視線が奥さんへ向く。
射抜かれた彼女は、まるでトドメを刺されたようだった。
逃げ場がないと観念した奥さんは、唇を震わせながら言った。
「……わ、私が……やりました」
静かに口を開いた奥さんの目から、涙が零れ落ちる。
力尽きたかの如く崩れ落ちる彼女に、マスターは優しく、力強く寄り添っていた。
――これは後に知った話だ。
被害者は、巷で有名な迷惑客だったらしく。
精神的に追い込まれていたマスターは、元よりこの偽装工作を考えていたらしい。
そして――奥さんが口論の末、衝動的に殺害してしまったことで、計画を実行に移した。
“魔法の仕業”に見せかけた理由は至って単純だった。
誰も深くは考えないと、思ったからだそうだ。
実は魔法が使えたんだと、誰も疑わないと、確信があった。
だから夫婦は、常連客の元氷魔法使いに罪をなすりつけようとした。
この事件は、あまりにも雑で、短絡的なものだった。
だけど“魔法”という言葉たった1つで、みんな簡単に思考を止めてしまった。
……そう、この事件の恐ろしさは“魔法のせい”で事件が片付けられそうだった、ということだ。
今は無き“魔法”という現象が、未だに人を狂わせている。
そんな現実を私は知った。
――そして恐ろしい現実がもう1つ。
私はこの直後。
“魔法に囚われた人間”の醜悪な私刑を、嫌というほど思い知ることになる。




