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魔の神殺しの勇者は今日も魔法を否定する  作者: 緋島礼桜
穿つ氷刃を否定する

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4/10

  



「氷魔法の攻撃ってのはな、基本は人を刺したり斬ったりするもんじゃねんだ。打撃か凍傷、凍結を狙うもんだ。その方が効率がいいからな」


 シシロウさんはそう言って、元氷魔法使いの男を一瞥する。


「パフォーマンス重視で氷の刃や槍を作って戦う奴もいるが……あれは魔法の精度や条件が必要で、一部の上級魔法使いでもなきゃ無理だ……悪いが、ここで飲んだくれてるレベルの男にできる芸当じゃねえんだよ」

 

 『上級魔法使いじゃない』と断言された男は、プライドを傷つけたと言わんばかりに顔をしかめる。

 が、直ぐに眉尻を下げて自分の非力さを肯定した。


「……ああ、そうだ。俺が創り出した氷魔法じゃ、人を刺すことは――できなかったろうな」


「じゃ、じゃあこれは何なんだ!? 現に氷で刺されて死んでるんだぞ!」


 マスターが叫ぶのも無理はない。


 夏が始まろうとしているこの時期に、突然現れた巨大な氷柱。それに貫かれた死体。

 誰がどう見ても、“魔法の仕業”だと思ってしまう。


 ――だが、しかし。


「いや、違う」


 シシロウさんは即座に否定した。


「これは氷で殺されたんじゃねえ。殺されてから、氷を刺されたんだ」

「……え? ()()()()()()?」 


 私は無意識に彼の言葉を復唱し、息を飲む。


「考えてもみろ。死体をこんな目立つとこに放置するか? 普通はどこかに隠そうとするもんだ」


 シシロウさんの正論に、マスターと奥さんが食い下がる。


「そ、それは……隠す暇がなかったとか、気が動転してたとか、色々あるだろ?」

「この人、いつも酔いつぶれてここで寝てたのよ! 誰でも殺せたからこそ、きっとわざと放置したんだわ!」


「だったら、なおさらおかしいじゃねえか」


 シシロウさんは鼻で笑って返す。


「誰でもやれる状況なら、なおさらこんな目立つ真似……“氷柱”で殺害なんて、犯人を名指しさせるような犯行はしねえだろ」


 言われてみれば、そうだ。

 この事件は元氷魔法使いの犯行に、あまりにも“出来すぎていた”。


 シシロウさんの強気な言葉に、私は人知れず息を飲む。


「じゃ、じゃあ! このお客さんは一体いつ、どうやって、誰に殺されたってのよ!!」


 奥さんが叫ぶ。

 するとシシロウさんは、床の血を見て静かに言った。


「血の乾き方と色からざっと見て……殺されたのは今よりもっと前だ。昨日の深夜ってとこだが……」


 そう言い終わるや否や――シシロウさんは突然、突き刺さる氷柱を掴んだ。


「あっ!?」


 そう声を上げるよりも早く、彼は軽々とそれをどかしてしまう。

 ……え、ちょっと待って。その氷柱って、結構重そうだったんだけど?


「おいっ!!」

「何してんだよ!?」

「衛兵はまだなのか!?」


 シシロウさんの強行に場がどよめく。

 しかし彼は冷静に、露わになった被害者の傷口を見つめていた。


「……やっぱりな」


 そして、何かを確信したらしく、彼は言った。


「刺し傷が何度も重なってる……これは抉った痕だな。こんな傷、氷じゃつかねえよ」

「あの、それって……?」


 私の質問に、シシロウさんは答える。


「犯人は殺害後、腹部に丁度いいサイズの穴をくり貫き、そこに氷柱を刺し込んだんだ」


 そうすれば、巨大氷柱で貫かれたような死体が完成する。

 小太りな被害者の腹囲ならば、そう簡単にバランスが崩れることもない。

 

 ……と、私は不意に犯行の場面が脳裏に浮かんでしまう。

 思わず吐き気を覚え、急いで口元を押さえた。



「じゃあ氷は!? 氷はどこからやってきた!!?」


 マスターは声を荒げ、シシロウさんは睨む。

 だが、シシロウさんもまた冷淡に、冷酷に彼を射抜いた。


「――それはアンタが一番わかるだろ、マスター」

「は……はあ?」


「なにせこの店はこの時期でも、なぜか()()()()を出してくれるんだ」


 直後、マスターと奥さんの表情が変わる。

 青ざめていく二人に対し、シシロウさんは口角を吊り上げて言った。


「ってことは――当然あるんだろう? 氷室がな」


 氷室(ひむろ)

 それは、冬に作られた氷をしまい込むための専用の(むろ)だ。

 冷暗所の地下に設置されているのがほとんどで、一年中氷を溶かすことなく楽しむことができる。


 私の故郷では一般的な冷蔵方法だが、どうやら魔法大国だったこの国において氷室は、中々珍しい方法だったようだ。


「店をリニューアルしたときに、氷室か同等の冷蔵所を地下にでも新しく造ったんだろ? だったら、巨大な氷塊をいくつか保存してあってもおかしくはない」


 ゆっくりと、シシロウさんの指先がマスターを指す。


「つまり……この“魔法”に見せかけた殺人事件の犯人は、アンタしかありえないってことだ。マスター」




 事件の経緯を纏めると、こういうことだ。


 昨日の深夜、マスターたちは被害者を刃物で殺害。

 被害者の腹部を円形状にくり貫く。

 氷室にあった巨大な氷塊の1つを、氷柱状に削る。

 開店間近に、氷柱を被害者の傷口に刺し込む。


 ――そうして、開店時間になったところで、あたかも今、その現場を発見したかのように叫んだ。




 反論が浮かばないのか、言葉を詰まらせるマスターと奥さん。

 沈黙は許さんとばかりにシシロウさんは推理を続ける。


「それと、奥さんも共犯だ。この犯行は中々の重労働だ。2人がかりでもやっとってとこだったろうからな」

 

 追及され、よりいっそう奥さんの顔が青白く染まっていく。

 その様子は今にも倒れてしまいそうなほどだ。


「まあ、おそらく。凶器に使った刃物やら抉られた肉片やら、まだ処分しきれてねえだろ。そこを衛兵にちゃんと調べて貰えば――」


「俺が……俺がこの手でやったんだよ。つい口論になって、カッとなってな……」


 と、マスターが俯きながら、絞り出すような声で自白した。


 彼の証言によって、この事件は解決した。

 ……と、思ったが。


「いや、違うな」


 即座にそう言ってシシロウさんは切り捨てた。


「え……?」

()()()()()、アンタじゃない」


 動揺に目を見開くマスターを無視し、シシロウさんは淡々と語る。


「マスターほどの巨躯なら屈まないと腹部なんて刺せやしないし、そんな箇所を衝動的に刺そうとはしねえだろ」


 言われてみれば、マスターと被害者の男性の体格には、例えは悪いが熊と豚ほどの差があった。

 巨漢のマスターが刺したと言うのなら、もっと胸部や肩口に傷があったはずだ。


「そ、それは、揉みあっているうちに……」

「まあその線も考えられるが、刺した位置的にもアンタがやったって方が自然だ……奥さん」


 シシロウさんの視線が奥さんへ向く。

 射抜かれた彼女は、まるでトドメを刺されたようだった。


 逃げ場がないと観念した奥さんは、唇を震わせながら言った。


「……わ、私が……やりました」


 静かに口を開いた奥さんの目から、涙が零れ落ちる。

 力尽きたかの如く崩れ落ちる彼女に、マスターは優しく、力強く寄り添っていた。




 ――これは後に知った話だ。


 被害者は、巷で有名な迷惑客だったらしく。

 精神的に追い込まれていたマスターは、元よりこの偽装工作を考えていたらしい。


 そして――奥さんが口論の末、衝動的に殺害してしまったことで、計画を実行に移した。

 

 “魔法の仕業”に見せかけた理由は至って単純だった。

 誰も深くは考えないと、思ったからだそうだ。

 実は魔法が使えたんだと、誰も疑わないと、確信があった。

 

 だから夫婦は、常連客の元氷魔法使いに罪をなすりつけようとした。

 



 この事件は、あまりにも雑で、短絡的なものだった。

 だけど“魔法”という言葉たった1つで、みんな簡単に思考を止めてしまった。


 ……そう、この事件の恐ろしさは“魔法のせい”で事件が片付けられそうだった、ということだ。


 今は無き“魔法”という現象が、未だに人を狂わせている。

 そんな現実を私は知った。



 ――そして恐ろしい現実がもう1つ。


 私はこの直後。

 “魔法に囚われた人間”の醜悪な私刑を、嫌というほど思い知ることになる。



  

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