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サルタノエ王国の南東――森林地帯の辺境地に私たちはやって来ていた。
どうやら“魔法を使う巫女”が暮らすという集落はこの辺りにあるらしい。
が、すでに数時間歩き通しだ。そろそろ寝転がって休みたい。
「……本当にこんなとこに人が住んでるんでしょうか?」
疲労困憊の私に対して、シシロウさんは汗一つ流さず答える。
「ああ。ちゃんと踏みならした道があるのが何よりの証拠だ。どうやら人里離れた辺境地のわりに、人を導く気は満々らしいな」
彼はそう言うとスキットルを取り出して、ぐびりと飲み込んだ。
もちろん中身は水――ではなく。酒だ。
「あの……歩きながら酒なんて、体に悪いどころか、死んじゃいますよ」
私の忠告に耳など貸さず、シシロウさんは口元を拭いながら言った。
「酒なんて水と一緒だ。大したことねえよ」
そう断言する口元から漂うアルコール臭。
かなり強い酒を飲んでいるようだが、なぜか酔った素振りすらないから恐ろしい。
「……あっ!」
と、私は立ち止まって前方を指した。
「集落の入口っぽいのが見えてきましたよ!」
生い茂る森林の合間から覗く、人工物らしき建物。
私は最後の力を振り絞る勢いで、その近くへと駆け寄った。
だが、そこにあったのは周囲の木々以上に高く造り上げられた木柵。
いいや、柵と言うよりもはや壁だ。
砦と呼んだ方が相応しいほど、堅牢そうな集落の入口だった。
「そこに止まれ!」
「ひゃあ!」
突然降ってきたかのような怒声に、私は悲鳴を上げる。
見上げた先――木柵の上から覗く顔。
中年らしき男性がこちらを睨んでいた。
「あ、あの……私は……」
「通行証を見せろ」
男性の気迫に思わずしどろもどろになってしまう。
すると、私の隣に並んだシシロウさんが通行証を掲げながら言った。
「これでいいのか? ちなみに、コイツの分もちゃんとあるぞ」
シシロウさんの視線に気づき、私は大急ぎで鞄にあった通行証を取り出した。
「……今開ける」
男性はそれだけ言って、柵の向こうへ消えてしまった。
「シシロウさん……あの人ちょっと怖くないですか?」
耳打ちする私に、シシロウさんは眉尻を下げて返す。
「出会ってものの数秒で決めつけるのはよくねえぜ。無愛想なオッサンでも実は愛嬌があったりするもんだ」
「そ、そういうものですか?」
無愛想なのに愛嬌のあるおじさん……残念ながら私にはちょっと想像できない。
なんてことを考えているうちに、目の前の門がようやく開いた。
これまた砦の入口を思わせるような落とし格子になっている。
……本当にここが集落なのか、不安になってきた。
「――無骨な造りで申し訳ありません。昔、巫女を見せろと強引に押し入ってきた者たちがいまして……そのため、今ではこのように選ばれた方だけを我が集落へ招き入れるようにしているのです」
私の心情を察したかのように、そう説明しながら現れた一人の女性。
4、50歳くらいの婦人は丁寧に一礼して言った。
「この度は遠路遥々“巫女の集落”へよくお越しくださいました。わたくしはこの集落の長を務めております、ヤナと申します」
「え、ああ。私はマルル・ボワットと言います」
長であるという彼女に釣られるかたちで、私も慌てて自己紹介する。
続けてシシロウさんの紹介もしておこうかと、お節介なことを思ったけれど。ふと言葉に詰まった。
(“シシロウ・アルダ”で名乗っていいのかな? 20年経ってるとはいえ、一応超有名人様だもんな……)
――なんて悩んでいると。
「シシロウだ」
と、だけ返した。
「いいんですか、シシロウさん」
慌ててシシロウさんに耳打ちしたが、彼が気に留めることはない。
「前も言ったが有名なのは称号だけで、外見や名前までは広まってねえんだよ」
確かに彼の名前やその姿が載った文献はほとんどない。
島を出るまで知らなかったが、本当に“勇者”は悪名として広まっているようだ。
……そんな調子でシシロウさんは一体、どんな20年を過ごしてきたのだろう。
「それではシシロウ様、マルル様、お二方にはこれより二日間ほどの修練を受けていただきます」
「ええっ!!? 修練ですか?」
てっきり、すぐに巫女様と出会えると思っていた私は思わず目を白黒させる。
片やシシロウさんは至って冷静だ。眉一つ動かしていない。
「はい。巫女様に会うというのはそれほど神聖なことなのです。まずはお二方には身を清めてから法衣に着替えていただき、離欲の間にて“欲”を断ってもらいます」
欲を断つ。
それは欲――食事、睡眠、雑念を断ち、俗世から全てを切り離すということ、だそうだ。
つまり、何もない部屋で丸二日間、寝ることも食べることもできず、何もしないで過ごすのだという。
……二日も食事できないなんて、私には死活問題だ。
「そんな! ご飯がダメなんて私には無理です……」
「欲を取り払うことこそが巫女様の謁見に重要なことなのです――と、言うべきところなのですが、いきなり全てを断つというのはそう容易くありません。なのでまずは五日間、徐々に身体を慣らすことから始めましょう」
五日間。修練の日数が増えているというのは、突っ込んではいけなさそうだ。
そう思わせまいとばかりにヤナさんが優しく微笑みかけていたからだ。
だけど、その笑みに不穏さを感じていたのはどうやら私だけではないらしく。
シシロウさんも似たような、不審げな眼差しを彼女に向けていた。
「テンナ、貴方はマルル様を案内して。ライヒさんはシシロウ様を」
ヤナさんの目配せを受けた後方の二人――若い男女が私たちの前に立つ。
どちらも私と同じくらいの年齢のようで、男性の方は鮮やかな水色の髪で中肉中背。
片や女性の方はヤナさんと同じ艶やかな紺色の髪で、やせ型。背は私よりも低いイメージだ。
「では……こちらへ」
それだけ言うと女性の方――テンナさんは私を置いてさっさと歩いて行ってしまう。
「あ、待って下さい!」
私はシシロウさんと別れてしまうことへの不安を抱きつつも、彼女に置いてかれないように、急いであとを追った。
「……」
私の前方を進むテンナさんは終始無言だった。
気まずさを感じ、私はおもむろに口を開いた。
「この集落ってどんな感じなんですか? 生活とか、子どもたちのこととか、いつも何食べてるとか……」
だが、言葉が返ってくることはない。
「あ、巫女様には会ったことありますか? って……さすがにそれは不躾な質問ですよね」
なんて言って笑ってみるが、これも無反応だ。彼女はずんずんと歩くだけ。
……もしかして、不愛想な人なのだろうか。
そんなことを思って静かに口を閉じると――。
「――通行証、見せて」
ようやく喋ったと同時に、私の眼前へと手を差し出す。
ボーイッシュな見た目に反した少女のような可愛い声。思わず笑みが零れる。
が、まるで射抜くような視線を受け、私は急いで通行証の木板を手渡した。
受け取った彼女はどこからか炭のペンを取り出し、何やら書いていく。
「リオ――巫女様は私たちを導く素晴らしい方よ」
ペンを走らせながら、ポツリと、テンナさんがそう呟く。
「リオ様? それが巫女様の名前なんですか?」
「ええ。見た目はずっと14歳のままで、宙を舞い、人の心を読み解くことができ……そしてお望みの未来を与えてくれる」
「ホントにそうなんですね!」
よりいっそう私の中で巫女様への興味が膨らんでいく。
「……何? 巫女様に何か願いでもあるの?」
「あ、いえ。ちょっと会ってみたいだけなんですけど、もしできることなら聞いてみたいこともあるかなって――」
「……これが貴方たちの名札になるから。外さないこと」
それから、木板に元からあった穴へ紐を通すと、今度はそれを私の首へと通した。
どうやらテンナさんは、私の名前を通行証に書いていたようだ。
「じゃあ、これに着替えて。更衣室はこの建物に入って右手の部屋にあるから」
そう言ってテンナさんは持っていた衣装を手渡してから、目前の建物を指差す。
「えっ!? あの、中まで案内はしてくれないんですか?」
見知らぬ土地に独りは心細い。不愛想だとしても、彼女がいてくれた方が嬉しかった。
だが、彼女は俯いたまま何も言わない。
しばらくして、ようやく口を開いたかと思えば。
「試練に負けないでね」
それだけ言い残し、彼女は集落の奥へと姿を消した。




