十万人の大脱走
ラージャスティ王国第二都市ウマラセドリから、王都ナヴァラトナまで馬車で七日。
この大陸をグルっと一周する統一街道は、ウマラセドリで分岐しており、北に進むと王都ナヴァラトナ、東に進むとサンパウリーナ王国首都ポルト・ド・ソルに着く。
その両方とも広大なナヴァラトナ大河沿いの道だ。
ナヴァラトナ大河はとにかく川幅が広い。
西部からラージャスティ王国に入って来た私からすると、大河の有無でこれほど差が出るのかと驚きを感じざるを得ない。
ナヴァラトナ大河沿いの町や村は肥沃な土地に恵まれた場所だ。
降雨量が少なく大きな河川もない、この国の西部と比較すると雲泥の差だと思う。
各国にあった大河と、ナヴァラトナ大河の違いは、その広さと水質だろうか。
ナヴァラトナ大河はとにかく汚い。
ずっと茶色く濁っているし、なんか、嫌な感じの物が浮いたりもしている。
王都ナヴァラトナに行くのに高速船を出して一気に向かう案も出たが、結局やめた。
統一街道沿いに配備されているだろう、サンパウリーナ王国第一軍に見つかるという危険性もあったけど、何よりも船が汚れそうで凄く嫌だったのだ。
私はカスティリオ王国軍と一緒に、統一街道沿いを馬で進む。
同行するのはチャールズとレオンだ。
残りの仲間たちは第二都市ウマラセドリに残った。
貴族がいなくなった後の、都市の運営方法を作り変える支援を、もう少し現地で行う予定だ。
カスティリオ王国軍がいなくなるので、守りが多少薄くなるが、もう何日かするとイフヤ共和国の憲兵隊の人たちが到着するだろう。
彼らは西部の支援、特に崩壊した町の再建をしながら進んできているはずだから。
私達の周りには、カスティリオ王国軍の中でも選りすぐりの兵士達が集まっている。
中将のオジちゃんも横にいるので、ここが事実上の本陣だ。
王都ナヴァラトナにいるサンパウリーナ王国軍からすると、ここを落とせば勝ちなのである。
そのため、周囲の防御は凄く堅い。
統一街道沿いで大きな戦闘になるだろうと言われていたが、二日経っても、その様子は見られない。
戦闘どころか、サンパウリーナ王国の兵士の姿すらも見かけない。
私達は大きな統一街道を整列して行進しているだけである。
その理由は二日目の夜に判明した。
斥候部隊の報告によって、私達も知ったのだ。
「王都ナヴァラトナ陥落」と。
その報告は立ち寄った小さな町の教会の講堂で、私達全員で受けた。
陥落した経緯は不明であるものの、サンパウリーナ王国第一軍は既に城壁の中に入っており、こちらの到着を待ち受けているとのこと。
城門ならびに城壁の守りは、ラージャスティ王国軍ではなく、サンパウリーナ王国軍が行っている。
「つまり、ララ達は逆の立場になったってことだね。今度は城落としだ」
「そうだな。作戦を考え直す必要があるな。ウマラセドリと同じ策は使えない」
中将のオジちゃんの言う通りだ。
ウマラセドリでは、城壁をコソっと超えて、貴族街を最初に制圧した。
だからこそ、その後の都市運営を一気に変えることが出来たのだ。
既にサンパウリーナ王国によって、街が制圧されているのであれば、同じことは出来ない。
王都ナヴァラトナを奪い返したとしても、貴族が丸々残ったままになってしまう。
「ララちゃん、同じことをやるのは難しいのかな?」
「チャック、どういうこと?」
「ウマラセドリと同じやり方で街に入り込んで、貴族街を制圧しちゃえば良いんじゃない? そのまま城門を中から開けることも出来るんじゃないのかな」
「いや、チャック、街の中の警戒度が違うだろう。ウマラセドリでは兵士達は城壁を警戒していた。当然、敵は外から攻めてくるからな。でも、王都ナヴァラトナは違うだろう。占領したのだ。当然、貴族街は最も監視されているエリアだろう」
「そうだな。レオンの言う通りだ。貴族街、役所、兵士詰所、その辺はサンパウリーナ王国軍が掌握するために監視されているだろうな」
前回はサンパウリーナ王国軍が包囲していてくれたからこそ、貴族達を上手く捕らえることが出来た。
都市の中にいて籠城してくれているのだ。
侵入さえしちゃえば一網打尽に出来る。
今回も貴族街に閉じ籠ってくれているとは思う。
ただサンパウリーナ王国軍が近くで監視している。
うーん。
男の子たちが色々な案を出して、議論していた。
中将の部下の隊長陣も議論に混じり始めた。
王都ナヴァラトナの地図を会議テーブルに広げて、貴族街、役所、兵士詰所にマークを付けていく。
その周辺が重点警戒対象だ。
第二都市ウマラセドリと比較すると、三周りくらい大きな都市だ。
五万人のサンパウリーナ王国軍が駐留したら、街が人で溢れてしまう絵面を想像していたが、そんな人数なら軽く飲み込んでしまうくらいの大都会。
そりゃそうだよな。
カスティリオ王国首都アクアリス、ヴァルデン共和国首都シュタインランド、セレニティアだって大きな街だった。
「王都ナヴァラトナって、随分大きな都市だよね。人口はどれくらいいるの?」
「面積は広いが人口はそうでもないぞ。二十万程度だったはずだ」
「平民が半分で十万人。兵士や教会関係者で八万人。貴族が二万。メーガンちゃんに聞いて比率で掛けた数字だけど、大体合っているのかな?」
中将が部下の一人に視線を送る。
彼が斥候や情報を担当している隊長さんなのかな。
私の質問にはその人が答えた。
「もう少し貴族の数が少なく、平民の数が多いと思われます」
「なるほど。その人たちは、どこに住んでいるの? 地図で言うとどの辺?」
隊長さんが、地図上に書き込みをしてくれた。
エリアをペンで区切り、数字を書き込んでくれている。
平民の殆どが北部に集められていた。
普通の都市とは逆の作りみたいだ。
利便性を考慮したのだろうか。
貴族街が第二都市ウマラセドリに近い最南端にあり、北に行くほど貧しい人たちが住むエリアとなるみたいだ。
王城や教会はその中間地点にある。
かなり広大なエリアだ。
「北に住む平民はやっぱり十万人くらいだね」
「はい。残りの平民は貴族街で侍女、執事、下働きを住み込みでしております」
なるほど。
貴族一人に付き、二、三人の下働き。
まあ子供の貴族もいるだろうし、妥当なラインなのだろうか。
「やっぱり今回は逆だね。それで行こう」
私は思いついた案を説明した。
ちょっと説明しただけで、私の手からは離れた。
男の子たちが地図上に視線を向けて議論し始める。
どうやら採用はされそうだ。
でも、私が思い描いた作戦とは、少しずつかけ離れていく。
何か、より大掛かりな作戦になってきちゃったな。
そんなの本当に出来るのだろうか。
ちょっと心配になってきたけど、子供は黙るだけである。
私はソファに座って、皆の議論の結論を待った。
※
王都ナヴァラトナに着いて、カスティリオ王国軍は外壁の周囲を包囲した。
城壁の監視所から矢が放たれても届かない場所での包囲だ。
斥候部隊の隊長さんは、早速周囲の状況をより詳細の地図に落とすべく指示を飛ばす。
私、レオン、チャールズの三人は透明魔法で早々に街に侵入した。
全速力で街の中心街に向かって駆ける。
走っているのはチャールズとレオンで、私は背中にくっついているだけだけど。
勿論向かうは教会の尖塔だ。
王都ナヴァラトナの中心地に聳える二つの尖塔。
かつてカリーム・アーバで見たことのあるものと同じ建築デザインだ。
黄金に飾られたドーム状の屋根。
ナスルのオジちゃんが嫌って壊した富の象徴たるランドマーク。
私達はそこに向かって走っていた。
「やはり王宮の敷地がサンパウリーナ王国軍の駐屯地なんだね」
チャールズから小声で話しかけられる。
街の中心部に作られた広大な敷地が視界に入っていた。
王宮や教会が建てられているエリアは、綺麗な芝生が敷き詰められた公園の様な敷地だ。
そこに沢山のテントが張られているのが見える。
チャールズの言う様に、ここを駐屯地としたのだろう。
私達は芝生を避けて、石畳が敷かれている歩道の端を走った。
途中で兵士達とすれ違うが、気づかれた様子もない。
教会の入口で一度止まり、チャールズの背中から降りた。
そのままチャールズの手を握る。
レオンが中の様子を伺いに私達の元を離れた気配がする。
「大丈夫。教会は接収されていないようだ。二階に人の気配はするけど、講堂には誰もいない。行こう」
透明化したまま、私達は教会の中に侵入し、女神像がある講堂に入り込んだ。
入口に結界で鍵をかけ、透明化を解除する。
女神像の天板に続く、結界階段を作るとレオン、チャールズが駆け上がった。
私は念のために女神像の中に自動機械が無いことを確かめてから、階段を上がり、天板を通りハシゴを登った。
私が自動機械を回収している間、レオン達は尖塔から街の様子を確認していた。
二人で手持ちの地図に書き込みをしていた。
王宮で視界が塞がれているところ以外は、三百六十度見渡せる。
二人が角度をずらしながら、尖塔内を一周する間、私も良い子で待っていた。
「ララちゃん、次は北部にある冒険者組合本部に行くよ」
「はーい」
この都市の冒険者組合も、二つある。
一つが南の貴族街の方に面した冒険者組合支部。
本部は北側の大広場に面している。
ここからすぐだ。
王宮の敷地を北に抜ければ、そこが大広場だ。
再び透明化して駆け抜ける。
今度はレオンが背負う番みたいだ。
石積のレンガで建てられた古めかしい冒険者組合本部。
冒険者組合の建物だけは、どこも似た様な造りだ。
堅牢であり武骨であり、揺るがない志を象徴してもいる。
私達は一階のスイングドアを押してから透明化を解除した。
人気の全くない受付とホール。
壁に張られている依頼書すら見当たらない。
「あれ? 誰もいないよ」
「俺が奥にいこう。ララは待っていろ」
レオンが受付のカウンターを颯爽と飛び越え、奥に走っていった。
私はカウンターに肘を乗せて休む。
かつて、最初に冒険者登録した時には、このカウンターに届かなかった。
姉が書類に記載しているのを見上げているだけだったことを思い出した。
私も、ちゃんと成長しているのだ。
フローレンスのホルモン魔法が効いているのかは分からないけど。
レオンが一人の男性を伴って戻って来た。
ターバンをグルグル巻いたガラの悪い三十代の男性だ。
顔に斜めに走った傷跡がまた怖い。
「申し訳ありません。一級冒険者パーティのエッジ・シーカーの皆様、お会い出来て光栄です。そして、ビックリしました。どうぞ、鍵のかかる奥の部屋に行きましょう」
ラージャスティ王国冒険者組合本部長ヴィジャイ・チョウハン(Vijay Chauhan)。
全然発音できない名前だった。
部屋に向かう途中で聞いた話によると、王都ナヴァラトナだけでなく、第二都市含めて、冒険者組合は事実上業務停止状態らしい。
戦争が終わるまでは、冒険者たちも仕事がないことを泣く泣く受け入れているそうだ。
中には街を離れて、山の方に向かった冒険者もいるとか。
案内された部屋は来客用というよりも、組合職員の人たちが使うような会議室だった。
安全を確保するためだろう。
私達は席に座り、改めて挨拶をした。
会話をリードするのは、チャールズだ。
私達が考えている作戦を地図を広げて説明した。
「理解いたしました。冒険者組合としては、全面的に支援しましょう。組合からの依頼という形で、都市の冒険者も集めます」
「ありがとうございます。依頼は後付けになると思いますが、メーガン王女殿下名義にすると思います。報酬はエッジ・シーカーが負担しても問題ございません。作戦成功の確率を上げることを何よりも優先したいです」
チョウ何とか言う本部長の言葉にチャールズが応じた。
街に詳しい人を一人でも多く確保することが、作戦の成否に直結する。
私達やカスティリオ王国軍では出来ないことが沢山あるのだ。
「三日後に再度訪れますので、その時に具体的な作戦を詰めさせてください。今日決めたいのは、作戦遂行の拠点、地点、ポイントを決めておきたいのです」
「何か所想定なされていますか?」
「うーん。最低三か所、可能ならば五か所です」
本部長が地図上に印をつけ始めた。
街の北部に点在する印をつけていく。
一つ一つ、その周囲の建物や状況を説明してくれるが、実際に見た方が良いだろう。
本部長も同行すると言ってくれた。
「街を歩く人が殆どいませんが、出歩いても問題ないのでしょうか?」
「一応、戒厳令が出されました。ただ街の活動を止める訳にはいかないので、商人の往来や買い物は許されています。私は一応、冒険者組合の本部長ですからな。問題ございません」
「分かりました。私達は姿を隠してついていくので、気にせずに馬で進んでください」
冒険者組合を出る前に、私達は透明化魔法をかけた。
本部長が乗る馬についていく形で、北部の複数地点を確認しにいく。
八か所廻ったが、想定以上にこの都市は広く、夕方まで時間がかかってしまった。
兵士達の警戒態勢は貴族や役所、兵士駐屯所がある南部、それに街の中心部と、城壁の外に向けられているのも、歩いているうちに分かった。
中心部から外れて、北部の壁際に行くほど、外に出ている人は増える。
そして、人々の貧しさも北に行くほど増していった。
北部に食料は回っているのだろうか。
「街の食料って、どこかに集められているのでしょうか?」
「はい、食糧庫に一年分の蓄積があります。貴族共は自分で確保しておりますな。ワシら庶民は食糧庫から週に一度配給されるのです」
「サンパウリーナ王国軍の兵站は別?」
「占領軍は我が国軍の兵糧を奪ったようです。ですので、兵士達の分も食糧庫で賄うようになりましたわ」
※
翌日は朝から土木作業員として働いた。
昨夜、冒険者組合本部長と確認したポイントに、番号を振って優先度を決めた。
斥候部隊が持ち帰って来た周囲の情報を元に、作戦拠点を決める。
私達がいる統一街道は、緩やかな谷間を走っている。
ナヴァラトナ大河も西部から流れてきて、王都ナヴァラトナで南に曲がり、統一街道に並行して谷間を下っていく。
作戦開始拠点は、王都ナヴァラトナの北西部。
ちょっとした林の奥を拠点とした。
チャールズが地図に五本の線を引く。
始点はこの林の奥の作戦開始拠点。
私が周囲の木を全て取り除いたので、かなり広い草原となった。
終点は、冒険者組合本部長と確認した街のポイント。
そこまで、トンネルを通すのだ。
まず二十フィートくらいの深さの大きな穴を掘った。
百人くらいは余裕で入れるくらいの広さの穴だ。
魔力を地中に広げて、一気に収納する。
カスティリオ王国軍の兵士達が、土を固めて、木で補強する階段を作ってくれた。
王都ナヴァラトナ方面の壁に、五つの入口を木枠で作る。
木枠に番号が振られた。
一号トンネルから、五号トンネルまで、順番に横に並んでいる。
「ララちゃん、一号から行くよ」
「了解」
チャールズがコンパスを片手に、方向を指し示してくれる。
私はその方向に真っすぐと魔力を延ばす。
大きさは大人が三人通れるくらいの横幅。
七フィートくらいの高さ。
所々で木枠で補強するので、なるべく真四角をイメージする。
限界まで真っすぐ伸ばしてから結界を作った。
少し天井と壁を踏み固めるように上下左右に揺らしてから中の土を収納する。
「「「おー!」」」
カスティリオ王国軍の兵士達から歓声が上がった。
レオンが懐中電灯を持って、中に入っていく。
兵士さん達は、補強の木枠を持って作業を開始した。
「チャック、方向は合っている?」
「少し北に向かい過ぎているから、次修正しよう」
「指で指すのじゃなくて、長い木を置いてもらった方がやりやすいかも」
「あ、そうだね、ごめん」
穴を掘るのは特に難しくはない。
方向さえ明確にしてしてもらえば、繰り返すだけの単純作業だ。
何度か崩落してやり直すこともあったけど、結界を解除する際に一手間加えることで、それなりの強度の穴になることも分かった。
難しかったのは、終点の見極めだ。
地図や目測、トンネルの距離を歩幅で図る等々のやり方で目安を付けたが、全く一致しない。
小さめのマンホールを地上まで通して、チャールズとレオンがよじ登って、地上から顔を出して確認する。
まあ、当たり前なのだが、距離も方向もずれている。
その最終地点の調整が非常に難しかった。
マンホールを作って場所を確認して、また、その穴を埋める。
何度か繰り返して、最終地点のポイントまでたどり着いた。
全てのポイントが、どこかの建物の地下だ。
地下の壁をくり抜き、そこからトンネルに出入りできる形にするのだ。
最初のトンネルを掘り終った時に、私は床にへたり込んでしまった。
決して魔力が厳しい訳じゃない。
集中し続ける神経が疲れるのだ。
「ララちゃん、お疲れ。念のためにトンネルの入り口に結界を張っておいて。さぁ、三日で五つ掘るよ」
「あいー」
レオンが手で起こしてくれた。
頑張ろう。
ここから、一人でも多くの民を逃がすのだ。
トンネルには沢山のカスティリオ王国軍の兵士達がいて、壁と天井を補強してくれていた。
一週間。
一週間だけ保ってくれればいい。
一日半で五つのトンネルは完成させた。
もう一日半を使って、外壁の周囲に大きな堀を作った。
いきなり外壁の外が掘り返されると、城壁の上で監視しているサンパウリーナ王国軍に気づかれてしまうので、厳密に言うと作ったのは堀ではなくて、トンネルだ。
でも天井部分が薄い、直ぐに崩壊するトンネルである。
かなりの部分を結界で保たせているので、私が結界を解除すれば大きな堀として現れるようになっている。
あとは大河周辺の仕込みも終わらせたので、事前準備としては、何とか間に合った、間に合わせた感じだと思う。
※
作戦開始は王都ナヴァラトナの周辺に諸々の仕掛けを終えた翌々日に開始された。
陽が完全に落ちた後、王都ナヴァラトナで動き始める手筈になっている。
冒険者組合本部長が多くの冒険者に声をかけてくれたので、民への周知は万全だと聞いている。
チャールズとレオンはトンネルを通って、王都ナヴァラトナの北部に入った。
私はトンネルの出口で待つ役だ。
カスティリオ王国軍の兵士達も、都市内ならびに出口側にも待機してくれている。
都市内ではカーキ色の軍服を着ており、万が一、サンパウリーナ王国軍に見つかったとしても、何とか誤魔化してくれるはずではある。
私はドキドキしながら、トンネルの出口で待った。
王都ナヴァラトナの北西部の林の奥。
トンネルの出口になっている大きな穴には、魔道具で明かりを灯している。
人々は、その明かりを目指して歩いてくるはずだ。
案内の兵士さんもいるし、一本道なので大丈夫なはずである。
遅いな。
何かあったのかな。
様子を見に行った方が良いのかな。
そんなことを考えていると、三号トンネルから人がワラワラと出て来た。
私の周囲にいた兵士さん達が、動き出す。
二号トンネル、五号、四号、一号と続々と人が出て来た。
中には歩けない老婆を抱えた兵士さんや、泣いている赤子を抱いている母親もいた。
良かった。
ホッとしたのもつかの間、すぐに百人揃った様だ。
五列×二十行。
整列している百人をまとめて収納する。
トンネルからドンドン人が出て来る。
兵士さんがアテンドして、列に並べていく。
百名揃ったら、私が収納する。
もうトンネルを見ている余裕もなく、私は作業を繰り返した。
一時間で七千人強収納出来た。
目標は十万人の民を逃がすことだ。
卓上の計算では十五時間。
朝、陽が昇るまでに終わらせるのは、少し厳しいかもしれない。
そう聞いているし、私もそう思えてきた。
この国の風習なのか常識なのかは分からない。
出て来る順番に貧富の差が反映されていた。
時間が経つごとに、出て来る人の身なりがみすぼらしくなっていく。
商人と思われる大きな荷物を抱えた人たちは、最初の二時間程度で、ほぼいなくなった。
朝陽が射す時には、貧困層と思われるやせ細った人が増え、
完全に陽が昇った後は、兵士達に身体を支えながら歩く人たちばかりになった。
冒険者風の人たちが出て来始めたことで、私は終わりが近づいていることを感じる。
途中、仮眠を三十分取らせてもらった以外はずっと立ちっ放しだ。
流石に、もう眠りたい。
「ララ様、私で最後です。お疲れ様でした」
背後から声をかけられて振り向くと、冒険者組合本部長の人が立っていた。
たしか、ジャイチョウとか、そんな感じの名前の人だ。
「ああ、良かった。兵士さん達は? チャックとレオンは?」
「兵士は全て戻ってきました。チャールズ様とレオン様は、三号トンネルの向こうでララ様をお待ちすると言っています」
「了解。じゃあ、本部長も列に並んで、収納しちゃうね。次に会う時はウマラセドリだよ」
「はい。此度の事、心より御礼申し上げます。我が国の民を救ってくださった女神の使徒様の事は、未来永劫語り継ぎます」
「はは、オーバーだよ。じゃあ、またね」
冒険者組合本部長を列に並べて、最後の収納作業を終えた。
斥候部隊の隊長さんが完了を報告してくる。
「ララ様、民の避難は完了です。中将閣下には私から報告します」
「うん、隊長さん、みんなもありがとう。ララはチャールズとレオンと合流した後、最後の仕上げをする。危険だから、みんなに伝えておいてね」
「は!」
カーキ色の軍服を着たまま、彼らは撤退していった。
私は階段を下りて、三号トンネルに向かう。
広い王都とは言え、サンパウリーナ王国軍は南側に注力し過ぎだった。
北部は完全にノーマーク。
城壁の上に、兵を配置させていただけだ。
その幸運があったとは言え、兵士達に見つからずに十万人の人たちが五つのポイントに移動出来た。
冒険者たちの上手な差配、アテンド、マネジメントが効いたのだろう。
五つのトンネルも無事に崩れることなく、人々を運んでくれた。
大丈夫だろうと思ってはいたけど、凄く上手く行ったと思う。
私はもう少し頑張らないと。
眠すぎて目がチカチカする。
眩しすぎる朝の光から逃れるように、真っ暗な三号トンネルに足を踏み入れた。




