ラージャスティ西部の大規模侵攻と支援
「あれ? 中将とナスルのオジちゃんまで? 早いね」
あまりに困窮していた北の村から私達は一度町に戻った。
今日にはチャールズとレオンが、戻ってきているだろう。
合流して、翌日には田植えをするつもりだ。
統一街道沿いまで戻ると、町に大量の兵士たちが駐留しているのが見えた。
急いで駆け付けて、兵士に声をかける。
カスティリオ王国軍とイフヤ共和国の憲兵隊だそうだ。
指揮官が教会の講堂を指揮所にしているらしい。
女神像がある講堂に行くと、いつかラ・フールで見たような作戦指令室に変わっていた。
中将のオジちゃんがいるし、ナスルのオジちゃんまでいた。
チャールズやレオンとソファに座って、四人で話していた。
私が声をかけると、オジちゃん達は立ち上がって迎え入れてくれた。
皆でハグをして再会を喜び合う。
「皆、ようやってくれた。チャールズとレオンから報告を聞いたぞ。ここに来るまでの町でも話を聞いた。其方らは本物の女神の使徒だ」
ナスルのオジちゃんが、心まで響く声で褒めてくれた。
「オジちゃん、ありがとう。でも、オジちゃん来ちゃっても良いの? 国家元首は前線に来ちゃいけないんだよ」
「分かっておる。ワシの仕事は困窮した民を支援することだ。前線はオスカー・フェルナンデス中将に任せるさ」
それは助かる。
私は北の方の村の話を伝えた。
出来れば憲兵さん達も米の田植えを手伝ってほしい。
ナルスのオジちゃんは快く応じてくれたよ。
メーガンちゃんが、深く頭を下げている。
「ララ、女王陛下の読み通り、サンパウリーナ王国がラージャスティに侵攻を開始した。国境の町レスレベルハリ(Reslebelhari)は占拠されたそうだ」
中将のオジちゃんから、そう伝えられた。
まあ、そうだろうなと思う。
これで、同盟国は大義名分をもって戦えるだろう。
「オジちゃん、兵站の確保のためにも、途中の町で開墾しながら進もうよ。別に王都や第二都市が落ちてもいいよ。取り返せばいい。貴族よりも数の多い民が優先だよ」
「ふふ。そう言うと思ったぞ。斥候部隊は先行させる。統一街道を拠点に北と南に広く展開しながら進もう。ララの畑の開墾の仕方も学ばぬとな」
「ララ、町は全て破壊されていると思って間違いないか?」
「うん。だから、町があったら立ち寄って、遺体や残骸を片付けたりしながら進んでいる」
「分かった。町の再興は憲兵隊で引き受けよう」
「そうだな。我らカスティリオ王国軍はララ達と歩みを合わせて、畑を開墾しながら進もう。いずれサンパウリーナ王国軍とぶつかるだろうが、その時には南からサンテールとヴァルデンが北上しているだろうしな」
あっと言う間に方針が決まってしまった。
私が一方的に話しちゃったので、メーガンちゃんの顔を見たが、特に問題はなさそうだ。
彼女も王都ナヴァラトナの出身である。
生まれ育った街よりも、田舎の農村を優先すると私が言ったことにも合意してくれていた。
「メーガンちゃん、ララが勝手に決めちゃったけど、大丈夫? メーガンちゃんの街は後回しにするって事になっちゃうけど」
「ララちゃん、問題ないですよ。王都ナヴァラトナと第二都市ウマラセドリは堅牢な城壁に囲まれています。おそらく籠城するでしょう。民から奪った米俵も沢山あるはずです。自分たちで頑張れば良いのです」
「ララ、ラージャスティの東部、サンパウリーナ王国軍が侵攻してきている方面は、ナヴァラトナ大河沿いよ。元々肥沃な土地。支援も後回しで問題ないわ」
姉からも同意を得たので、方針としては確定である。
このまま統一街道沿いを東進する。
途中の町の支援と片づけ、北と南の農家の開墾、それを沢山の兵士の力を借りながら進むことにした。
ラージャスティの統一街道は中央部を横断する形で作られている。
その真ん中に位置するのは、第二都市ウマラセドリだ。
ウマラセドリで統一街道は分岐する。
北に向かう道はユニオン・リパブリックに。
東に向かう道はサンパウリーナ王国に。
王都ナヴァラトナは、北上する統一街道沿いにある。
恐らく第二都市ウマラセドリに到着するのは、サンパウリーナ王国軍の方が早いだろう。
だが別にそれでもいい。
サンパウリーナ王国は、これから二正面作戦を展開しないといけないのだ。
西からはカスティリオ王国軍が、南からはサンテール、ヴァルデン連合軍が侵攻してくる。
ひょっとすると、北からはカサ・デ・アグア王国軍がチャンスとばかりに攻め込んでくるかもしれない。
女神の神託に従っていれば、勝てると思っているのなら大間違いだ。
攻め込むのは、こっちだ。
追い詰めるのは、こっちなのだ。
「んで、チャールズとレオンの戦果はどうだったの?」
そう話を振ると、二人とも苦い顔をした。
「ああ、結論を先に言うと逃げられた」
「ララちゃん、でも一日半で四回追い詰めて、四回傷をつけたよ」
「つまり、四回も逃げられたってこと?」
「う……。そう言われると面目ないな」
何度か追い詰めるも、その都度、例の光速移動で逃げられたらしい。
統一街道から、かなり北に外れた方まで追いかけたが、結局時間切れで戻ってきたそうだ。
「うん。でも、追われる恐怖心は与えられたと思う。二人とも、ありがとう」
「ふふ。ララちゃん、それだけじゃないんだよね」
チャールズが背後から、じゃーんと言って、私に見せてきた。
ライフル銃。
長い銃口を持つ狙撃銃だった。
「うぉ。奪ったんだ」
「ああ。銃を放置をして逃げ出したよ。弾も三百ある。これで狙撃されることは無いよ」
「まあ、どこかで女神から補給されるだろうけどね」
三丁目の銃だ。
これは仲間で装備したほうが良いだろう。
「ララちゃん、想像通りマクミランTAC-50だったよ。通常のスコープだけでなく、多波長スコープもあったよ」
「アス姉に練習させよう。チャールズとレオンも銃持っておく?」
「いや、僕らはもう少し剣を学びたい。あの槍の護衛に全然勝てなかったからね。このまま弱いままだと、オヤジに申し訳ない。東の国に行ったら、集中して学ぶ時間を確保して欲しい」
チャールズが言っているのは、片目の剣士のオジちゃんの事だ。
居合抜きの達人で、東の国で剣を学んだと言っていた。
懐かしいな。
オジちゃんの変な言葉使いが、また聞きたくなってきた。
「せやで。チャールズ、毎日の鍛錬だけが血肉になるんやで。努力せなアカン」
フローレンスがオジちゃんの真似をした。
私とチャールズ、姉は笑ってしまったが、他の人は、キョトンとしている。
チャールズとレオンは近接戦闘に特化させて頑張ってもらおう。
銃は私が小さい方を持つ。
姉はボウガンとライフル。
機関銃は予備だな。
まるで将棋の様に、奪った武器を使わせてもらうだけだけど、だいぶ強化されたと思う。
光魔法と暗殺婆も、もう私達にはかかって来ないだろう。
さらに、大量の援軍まで来てくれた。
これで、道は開けたぞ。
私は拳をグッと握りしめた。
※
翌日は早朝から北に向かった。
カスティリオ王国軍の人たちが、そのまま周囲の水源の状態を調べに散ってくれた。
今日は、昨日修復した水源から取れる範囲で水を引き、水田を作る予定である。
本当は苗を育苗箱で育ててから、田植えするのだけど、今回はやらない。
湛水直播という水を張った状態で種をまくやり方をする。
どっちが良いかは、メリットもデメリットも両方あるのだけど、今回は人海戦術で行くので、こちらのやり方を選んだ。
まず憲兵さん達に、干からびた水田を耕してもらった。
雑草も根こそぎ除去である。
その後、水路から水を引き込み、再び攪拌してもらう。
均等に種を植えて貰ったら、私が田んぼ単位に収納魔法を使って、半年経過させる。
一瞬で黄金色の稲穂が揺れる田んぼに様変わりだ。
「「「おぉー!」」」
「「「これが真の女神様の加護か」」」
この田んぼを担当していた憲兵さん達から歓声が上がる。
一期分は収穫して、村の食料にしてもらう予定だ。
この後、収穫作業まで憲兵さん達にお願いしないといけない。
村々の周りには多くの田んぼが広がっている。
私達だけだったら、数個で諦めただろう。
でも、今日は沢山の憲兵さん達がいるので、水路がカバーしている田んぼは全てやろうと思っている。
何か所か、枯れている水源をカスティリオ王国軍の兵士さんが見つけてくれた。
私も同行して確認する。
やはり多くは多重水脈だった。
このラージャスティの北西部は緩やかな坂になっている。
そのためか、地下深くにはちゃんとした水脈が北東部に向かって流れていることが多い。
カスティリオ王国軍の兵士さんにも、イフヤ共和国の憲兵さんにも、枯れた水脈の再生方法は教えておいた。
私は空間魔法で奥深くまで穴を開けられるけど、彼らはスコップで掘り起こさないといけない。
それなりの重労働だと思う。
結構な範囲の水路が復元したことで、広範囲で水田が復活した。
それでも、カバーできない範囲は、カスティリオ王国軍の兵士さんたちが耕してくれている筈だ。
そこは、根菜類、耐乾燥性作物に変えてしまって良いと思っている。
田んぼや畑を再生させて、一期分育て収穫する。
その中から、農家の人たちの一年分の食料を割り当て、再び田植えや畑に種をまく。
残りの食料は、憲兵さんや兵士さん達の兵站とする。
北部まで広く作業したので、数日間かかってしまったけど、得た物は多いと思う。
ラージャスティの土地の殆どが平地であり、本気で農業に力を入れれば、カスティリオ王国の南部に負けない農業大国になれると思う。
それを私だけでなく、ナスルのオジちゃんも、メーガンちゃんも確信した数日間だったと思う。
「中将のオジちゃん、そろそろ次の町に行こう。ここから西側は北部も南部も、かなり復興出来たと思うよ。農地だけだけど」
「そうだな。兵站も大量に集まったな。もう十分なくらいだ」
「余ったら、配布すれば良いんだよ」
「ナスルのオジちゃんは、ここに残る?」
「ワシも次の町に行こう。部隊は少し残しておく。町の再興作業と、北部の農民のケアだな」
「よし。じゃあ、明日出発だ。兵士さん達は疲れていないかな?」
「ララ、僕が接している兵士さん達は、憲兵さんもだけど、皆、活き活きしているよ。大丈夫だと思うよ」
「あら、チャールズ、本当?」
「ああ、チャールズが言ったことは本当だ。俺のところにも、そう報告があがっている。実際、俺も楽しいしな」
「皆、農業が好きなのかな?」
「ははは。そうだな。好きなのかも知れないが、それよりも、人を殺すより生かす方が楽しいのだろう。自分たちが働いたら、目の前にいる人たちが生きられるのだ。それは兵士にとって何よりの喜びだろう」
「分かるわ! 私も楽しいもの! 全然疲れないのよね!」
「山猿は泥遊びが好きなだけだろう」
「はいはい。そこまでね。じゃあ、良かったってことで良いのかな。お母様とお祖母様に怒られなきゃ良いけど」
「女王陛下も宰相閣下も怒る訳ないだろう。むしろ、『それじゃ』と言って褒めるだろう。あの方々は本来戦うのが嫌いな人たちだからな」
「じゃあ、明日の朝、出発ね。今日はゆっくり寝よう」
「皆さん、ちゃんと泥を洗い流してから、部屋に戻ってくださいね」
「「「はーい」」」
最後にアス姉に母の様なことを言われて、皆が自分の手を眺めた。
手どころか、顔も靴も服も泥だらけだ。
チャールズに言われた通り、マリーなんて子供みたいに汚れている。
メーガンちゃんも、ナスルのオジちゃんや、中将軍だって偉い人なのに、田んぼで働いていた。
この人たちが、率先して泥まみれになっていれば、兵士さん達も一生懸命に働くものだ。
良い雰囲気なのは、偉い人の振る舞いに大きく影響されるのだろうと思う。
そう思ったところで、私は普段、全く泥を洗い流していないことに思い当たる。
空間部屋に入る時には、一度結界を解除する。
汚れているのは、表面の結界だけだからだ。
皆は、自分で解除できないから、いちいち洗って部屋に戻っているのだろう。
私は皆の分の結界を解除してあげた。
さあ、中に入ろう。
きっとジョヴィが美味しい夕食を作っていてくれるはずだ。
オジちゃん達には、ワインもあるよ。
そう言って、皆で空間部屋に戻った。
※
次の町も既に崩壊していて、瓦礫と遺体しか存在しなかった。
もちろん、暗殺の使徒の狙撃は無しである。
遺体を取り出して、瓦礫を町の一角に積み上げて更地にした。
遺体は焼いて、皆で黙祷する。
憲兵の人たちが近くの農民の人たちを集めるべく散った。
兵士の人たちは北部の水源探しである。
翌日からは、水源と水路の復活、水田、畑の開墾と作業をこなした。
北部の村々は同じ様に悲惨な状況になっており、フローレンスの治療と、姉達の炊き出しでの栄養補給を行った。
北部と南部には憲兵さんや兵士さんも手伝ってくれた。
私は一期分だけ自分の収納魔法で育てて収穫してもらった。
残りは皆で田植えと種まき。
この辺も慣れた感じになってきたと思う。
数日皆で働いて、次の町に、また数日働いて移動する。
それを数回繰り返した。
統一街道沿い以外にも、小さい村や町が点在しており、そこも全て空襲で壊滅していたことも分かった。
兵士さん達が広く動いているくれるからこそ、カバー出来たことだと思う。
この活動期間は、誰も死なない、誰とも戦わない、ただ多くの民を助けるために働く期間だ。
しかも毎日ヘトヘトになるまで働く肉体労働なので、全員が心地よい疲れを感じる日々になった。
あと、もう一つ良かったのは、夜間にメーガンちゃんと皆が話し合えたことだと思う。
ラージャスティ王国は国王と王妃を失っている。
通常に考えれば、メーガンちゃんが女王として就任することになる。
この後、国をどうするのか?
どう発展させていくのか?
メーガンちゃんはどの様な王になりたいのか?
その辺を話し合う良い時間と機会となった。
何せナスルのオジちゃんが一緒にいるのだ。
彼も姉と一緒に、この部屋の書庫で学び、じっくりと考えた先達なのだから。
姉、メーガンちゃん、ナスルのオジちゃんに、たまに中将のオジちゃんも混じって、よく話し合っているのを見かけた。
彼女がどの様な返答を出したとしても、自分たちはキチンとサポートする。
その姿勢は話し合いの場からも十分伺えるものだった。
※
女神の空襲は西側だけに集中していたらしい。
それが分かったのは、第二都市まで残り一日の距離にある町に辿り着いてからだった。
姉たちは中将にあがってきた報告でそれを知っていたらしく、特に驚いた様子もない。
周りを見ると、私とマリーだけが知らなかったみたいだ。
「ララは知らなかったよ。女神は町を全て破壊したと思っていたよ」
そんな私の呟きをチャールズが拾ってくれた。
「おそらくサンパウリーナ王国軍の侵攻を邪魔したくなかったのだろう。サンパウリーナ王国軍の拠点としても考えていただろうしね」
「え? じゃあ、あの町にはサンパウリーナ王国軍がいるの?」
「いないよ。既にカスティリオ王国軍が先行して確認の上、常駐している。ただ……」
「ただ?」
「凄く嫌な感じになっているらしいよ」
チャールズが言ったことは、もう少し近づいて、町の様子が見えてきて理解できた。
小さいながらも、城壁に囲われた町。
統一街道沿いに町に入る門が設置されており、ラージャスティの兵士らしい人たちが門を警備しているのも見えた。
カスティリオ王国軍は町の中に入れてもらえないらしく、統一街道を挟んで反対側の土地にテントを張って駐留しているようだった。
「なるほど。チャックが言ったことはこれ? 入れてもらえなかったの?」
その質問に答えたのは、私達の少し前で馬に乗っている中将のオジちゃんだった。
馬の速度を落として、私の横に並びながら説明してくれた。
ラージャスティ国の兵士ではなく、この地を治めている貴族の私兵だそうだ。
他国との戦争状態になっているので、サンパウリーナ王国のみならず、カスティリオ王国軍も町に入れることは出来ないと言われたという。
門から町の様子を伺う限りは、特に破壊された形跡もないので、先行した部隊は町の外で駐留することにしたそうだ。
いずれにせよ、これからカスティリオ王国の大軍がここにやってくるのだ。
大軍が駐留できるように、町の外に大きな駐留場所を確保しておく必要もある。
その準備をしていたと言う。
「こちらにはメーガン王女殿下がいらっしゃる。堂々と町に入るつもりだ」
中将のオジちゃんは、私にそう言った。
門の内側に入るのは、カスティリオ王国軍中将のオジちゃんと十名の兵士、
メーガンちゃんと、私達、
イフヤ共和国元首のナスルのオジちゃんと、憲兵十名。
少数で門の兵士の問うた。
「メーガン王女殿下ならびにイフヤ共和国元首もいらっしゃる。通せ」
門を守るのは国の兵士ではないとはいえ、相手に王族がいる。
全員が傅いて私達を通した。
「プラティク・バンジャラ伯爵が滞在なされていると聞きました。私達は教会の講堂を拠点とします。後で訪れるようにお伝えくださいませ」
「は!」
メーガンちゃんに指示されて、門の兵士は何処かへ走っていった。
私達は町の中心地に馬に乗ったまま進んだ。
教会の尖塔が見える。
おそらく、あそこが中心街なのだろう。
プラティク・バンジャラ (Pratik Banjara)。
メーガンちゃん曰く、その人がこの地区を治める貴族だそうだ。
ただ、通常の貴族は王都ナヴァラトナか、第二都市ウマラセドリを拠点として活動している。
地区を治めていると言っても、税を徴収するために区分けしているに過ぎないらしい。
どうして、この町に滞在しているのか、メーガンちゃんにも分からないと言っていた。
これまで訪れた西部の町とは異なり、多くの人が町の中を闊歩していた。
大通りを走る馬車も多いことも、私にはちょっとした違和感を感じる。
中心街に進む右手には、バラック小屋のような貧しい人たち向けのエリアもあった。
おそらく南側が貧困層で、北側は比較的裕福な人たちが住むエリアなのだろう。
この大通りを境に明確に分けられているのだろうと思った。
「ララ、あっち見てみて」
私の右側で馬に乗っているフローレンスから声をかけられた。
フローレンスの視線は私が見ていた右手に向かっている。
彼女も貧困層の人たちの様子が気になったのだろう。
「貧しい人たちの住む場所?」
「うん。子供達を見てみて」
大通りから少し外れたところに薄汚れた道がある。
狭く、土の道だ。
食べかすやゴミも点在しているような道に、子供達がこっちを見ていた。
ボロボロの洋服を一枚頭から被っているだけだし、靴も履いていない。
その子たちは北部の町と同じように栄養失調特有の体形をしていた。
枝葉の様な手足。頭だけが大きく見える。お腹だけが膨れ上がっていた。
「こんなに賑やかな町なのに、食べ物がないのかな」
「左側は太っている人がいるのにね……」
視線を大通りの左に移すと、その差異は明確だった。
こちらは普通というか、栄養が足りない様には全く見えない。
これが、この国の当たり前なのだろうと思う。
富の再分配という社会的な機能が、言葉通り機能していないのだろう。
教会に入り、そのまま女神像の講堂を拠点として準備した。
自動機械を除去し、中将がいつも使っている、作戦指令室の備品を空間収納から取り出してセットしていく。
ソファセット、会議テーブル、執務机、その他諸々だ。
女神像の裏側に空間部屋に繋がる裂け目も作った。
教会と講堂の入口は、憲兵さん達が警備に立ってくれた。
憲兵さんや兵士さんたちは、二階の会議室を宿代わりに使う予定らしい。
この町を治める貴族は直ぐに訪問してきた。
バンバンだか、ジャラジャラとか言う名前の貴族だ。
左右に体格の良い護衛を伴って、やってきた。
入口付近でメーガンちゃんに向けて、膝をついて挨拶してから、重そうな身体を起こす。
姉の案内に導かれて、ノソノソ歩いてソファに座った。
動くのも難儀しそうな大きく太った人だった。
ソファに座っても汗を拭い、息を整えている。
メーガンちゃんは、同席している私達を紹介した。
私達のことは、冒険者パーティと紹介したからか、ソファに踏ん反り返ったまま、顔だけを上下に動かして応じた。
でも、中将をカスティリオ王国軍の責任者と紹介されると、大きな身体をわざわざ起こして、丁重に挨拶した。
ナスルのオジちゃんの時は、躓かんばかりの平身低頭な様子に変わった。
あからさまな対応の違いに、私達は苦笑を漏らし、メーガンちゃんは露骨に顔を顰めた。
「早速ですが、私達も急いで帰国したのです。ナヴァラトナとウマラセドリの様子を教えて頂けますでしょうか?」
メーガンちゃんが、ジャラジャラ貴族に聞いた。
私はともかく、姉や中将達はカスティリオ王国軍の斥候部隊から状況は既に聞いているだろう。
それでも、ラージャスティの貴族から、どう見えているのか、どう捉えているのかをメーガンちゃんは確認したかったのだと思う。
「は。両都市とも包囲網が築かれて、籠城していると聞いております」
そんな説明から始まったが、話を聞くうちに気になるところも出て来た。
まず、このジャラジャラ貴族は『ウマラセドリに帰ろうとしたら、都市が包囲されていたので、この町に退避した』と説明していたが、時期が合わない。
多分、この人、事前に危機を察知して逃げて来たのだろうと、皆が気付き始めて来た。
そして、安全なこの地で一人ヌクヌクと美味しいものを食べているのだろうと。
その後、領内の農業の様子を確認したが、何の問題も無いという返事が返って来た。
もちろん、信じるつもりは毛頭ない。
もうこの人から得るものは何もないだろう。
そう私達全員から、そんな雰囲気が漂っている中、最後にフローレンスが爆弾を落とした。
「あの南地区の惨状に対して、どの様な対策を行うつもりなのかを教えて頂けないか」
そう、ストレートに問い質した。
「南側? ダリーの人たちの事ですかな」
聞きなれない呼び名に私達はキョトンとする。
ただ、それを聞いて、メーガンちゃんだけが怒りだした。
「伯爵。それは差別用語ですよ。禁止されていたはずです」
「お、これは王女殿下のお耳を穢してしまっても申し訳ございません。ただ、女神様の思し召しに従って、我々は振る舞うのみです。彼らには彼らの事情があり、あの様な生活をしているだけでしょう。全ては女神様の御心の内です」
「そうですか。分かりました。それでは、私達で少し活動しますが、それも女神様の御心の内と捉えて放っておいてくださいませ」
「フローレンス、伯爵にも手伝ってもらうのが良いだろう。是非、女神様の使徒の支援を依頼した方が良い」
フローレンスが自分たちで支援するから、放ってほけと突き放したが、ナスルのオジちゃんは、こいつも引き摺りこめと言い放った。
でも、貧困層の炊き出しとか医療活動について来たら、多分邪魔なだけだろう。
農地を歩かせた方が健康のためにもなるから、私の活動を手伝わせた方が良いと思う。
「フローレンス、ナスルのオジちゃんも、明日から北と南の畑を確認してくる。そっちにしよう。自分が税を徴収している土地なんだから、当然視察に来てくれると思うよ」
「はは。そうじゃな。では、伯爵よ。歩きやすい格好をしてくるが良い。馬車は通れぬ道じゃ」
「バンジャラ伯爵。私も視察に行きます。其方も同行しなさい」
最後はメーガンちゃんが王族として命じることで、ジャラジャラ伯爵も首を縦に振るしかなかった。
額から汗を流しながら、了承していた。




