追い詰めるのは私達だ
町の大きさは、さほど変わらない。
でも、空襲から数日経過しているためか、もう亡くなっている人が多かった。
衰弱している人も多く、亡くなっているのか眠っているのか分からない人もいた。
広場で身体を横たえて、立ち上がる気力すら無くしていた。
家を焼かれ、食べ物も失い、こうして数日間耐え忍んで来たのだろう。
私と男性陣で教会の自動機械を回収しに行き、女性陣は早速救護活動に入った。
メーガンちゃんが大きな声で宣言して、前回と同じように体制を構築した。
動ける人は動いてくれと、呼び掛けていた。
子供たちも大人たちも、栄養失調が酷い。
衛生環境も良くなく、沢山のお水を使って、洗い場を建てたりもした。
私は崩壊した建物を片付け、腐敗した遺体を集めて焼いた。
既にハエやウジが、沢山たかっていて、もう焼くしかなかったのだ。
動ける人には頑張って働いてもらった。
町の外に行って、多くの農民を集めてもらう。
農家の人達には、最初の二日は復興活動に勤しんでもらい、その後の二日は畑を開墾して回った。
一つ前の町は、頑張って助けたぞーという気持ちになれた。
町を離れる時には、ちょっとした充実感もあったのだ。
でも、この町では、そこまでの充実感はなかった。
最低限のラインの生活を、何とかギリギリ提供した。
何とかクリア出来たかな、という思いだけが残った。
本当はもう少し人間らしい生活を担保してあげたい。
でも、それくらいしか出来なかったのだ。
それくらい酷かったから。
そんな思いで、私達は町を後にした。
「なあ、ララ、次の町では俺は穴に入らず、オトリ役をやろうと思う」
一時間単位に設けていた休憩で、レオンが私にそう言った。
町に入る時に、再び襲撃があるだろう。
最初の町では穴に入って逃れた。
次の町では穴に入ったけど、そこから光魔法を照射されてチャールズが撃たれた。
今度の町では、どう対処するかを決めないと行けない。
私はフローレンスと相談して、幾つか対策を練っていた。
でも、それは私だけでなく、レオンも考えていたと言う事だ。
フローレンスに回復魔法を注いでもらっていたチャールズが、ギョっとした顔をして問うた。
「レオン、その役をやるのならば、僕だろう。光魔法から逃れられるのは、僕の加速だ」
「ああ、チャック。ならば二人でやろう。町にいる間に、良い案を考えたんだ」
レオンが考えたのは、大盾にも別の結界を張る案だ。
結界を纏った大盾を、前面にして走る。
光魔法で照射されても、最初に割れるのは盾の結界だけだ。
レオンを倒すためには、二回分、走り回るレオンを光魔法で追いかけて照射しなくてはならない。
レオンはチャールズのように加速の力は使えないが、筋力強化で通常の人間よりも速く走れる。
それを光で照射し続けるのは、相当な魔力と魔法操作が必要だろうと。
「レオン、大盾で身体の全てが囲える訳ではありませんよ。きっと隙間から狙撃されます。相当な痛みを受けるのです。全力で走ることも難しいかも知れません」
姉が厳しい顔で、レオンにそう言った。
レオンは、それこそが自分の言いたかったことだと笑顔を見せて、私達に言った。
「ああ。俺も閃いてさ。研究してみたんだ。強化の魔法のもう一つの使い方を」
レオンは盾を自分の前に降ろして、そこに魔法をかけた。
あ、まさか。
私も気づいた。
レオンが何をやろうとしているのかを。
次に、マントや着ていた衣服にもかける。
私は気を利かせて、レオンを纏っていた結界を解除した。
その効果は実際に触れてみないと分からないだろうから。
最後に、レオンは自分自身の身体にも魔力を流した。
「レオン、すごいや。物も強化、つまり固く出来るんだね?」
「ああ、ララ、その通りだ。俺の顔も触ってみてくれよ」
レオンは口を開かずに、口先だけでモゴモゴと話した。
「ふふ。口が動かなくなっちゃっているよ」
「あぁ、まだ上手く使いこなせないんだ」
レオンが強化魔法をかけた部位が、全て金属の様に固くなっていた。
頬っぺたを爪で叩くと、カンカン音がした。
でも、その分、柔軟性が消えちゃうみたいだ。
顔の表情も固まり、マントはカチカチに凍ったみたいになっている。
なるほど。
結界が無くなっても、最悪、衣服や皮膚を強化すれば、銃弾に耐えられるとレオンは言っているのだ。
「でも、レオン、これでは走れませんよね?」
レオンは魔法を解除してから、姉の質問に答えた。
「はい。そうなんですけどね。いざとなれば、俺自身が盾になれるってことを知ってもらいたかったのです」
「よし。やろう。アス姉、心配いらないよ。三方向のオトリを作る。レオンだけ袋叩きにはさせないよ」
「三方向?」
「レオンと、僕と、あとはララちゃん?」
「うん。フローレンスと色々相談して、ララも対策を考えたんだ。一つは多重結界。結界をさ、何重にも張るんだ。結界を張ると、その場から動けないんだけど、全ての結界を壊すためには、沢山の光魔法を照射する必要がある。あのアリとか言う光魔法使いと、ララの魔力量対決だよ。絶対勝ってやる」
ただ多重に結界を張っただけでは当然ダメだ。
イフヤ共和国での暗殺の時、私達は二枚の結界を張っていた。
一つは身体の周囲に纏わせていた結界。
もう一つは全員を囲う結界だ。
光魔法はその両方を同時に割った。
フローレンスから、仮説だが、その物理現象を教えて貰った。
それは、光の特性によるものだ。
光を使って、結界に『ゆらぎ』を引き起こして相転移させる。
つまり固定化した結界を強制的に元に戻すのだ。
光だから、透明な結界を通り抜け、身体を纏う結界にも当たる。
そこにも『ゆらぎ』を引き起こして同時に崩壊させた。
だから、一番外側の結界は、全ての光を通さない『絶界』にするつもりだ。
要は同時に割られなければ良いのだ。
「ちょっと見て。私の周りに結界を一つ作る」
四角い結界を私の周りに張り巡らせた。
分かりにくいので、少し曇りガラスにする。
「そして、これを絶界にする」
周りの景色の全てが消えた。
私からも見えない代わりに、周囲からも見えないはずだ。
「凄い不思議な色だね……。ララちゃんが闇に囲われたみたいに見える」
「うん。全ての光を通さないからね。漆黒の闇だよ」
私は絶界を解除した。
フローレンスが大きく頷いている。
そして、自信満々に宣言してくれた。
「あの光魔法使いが一つ割っても、中にはもう一つ結界を作っておく。だから多重結界。割られたら、また一枚作ればいい。常に一番外側だけ絶界にしておけば良いのだから、ララの魔法生成速度と魔力量ならば、あんな練習不足の魔法使いにララが負けるはずがない」
「ララちゃん、つまり僕は速度を上げて教会に突入すれば良いんだね?」
「うん。チャック、程ほどの速度で教会に行って。向こうを焦らせるように。ヤバい逃げないとって思わせて欲しいの」
「え? 全力じゃダメなの?」
「チャックの速度じゃ、単騎で三人のところに辿り着いちゃうでしょ? そうしたら、光をチャック一人で受けることになっちゃう。チャックも誘き寄せるためのオトリ」
「ん? 良く分からないな。三人ともオトリなら、本命は誰さ?」
私は姉に笑顔を向けた。
本命は姉だ。
「え? わたし?」
「そう。アス姉は先行して統一街道を迂回させて町に先に入れる。透明化したアス姉を広場に配置する。私達は堂々と存在を主張しながら、ゆっくりと統一街道を歩いて進むから、その隙にアス姉は裏から入る。多分、どこかで攻撃を打ち切って逃げに回るはず。三人のうち、一人でも良いから、ボウガンで討ち取ってくれればいい。一人倒せば、あのパーティは倒せる」
「なるほど。護衛を倒せば接近戦で僕らが勝てる。光魔法を倒せば狙撃も怖くない。狙撃手を倒せば攻撃の手が無くなる。そうだね、ララちゃんの言う通りだ」
姉は作戦のイメージが湧いたのだろう。
引き受けると言ってくれた。
「良いわ。わたしはやるけど、わたしの姿が見えないと、疑われるのではなくて?」
「そう。お姉様、だから今回は私も姿を見せます。敵にはお姉様と私の区別はつかないでしょ? 人数通りだと思うはずだわ」
アス姉もニコリと笑った。
それならば、怪しまれる事はないだろうと。
「決まりだね。走れ、戦え、チャレンジしろ。このパーティの三大原則だ。もう逃げないよ。堂々と戦ってやろうじゃないか」
休憩を終えるとすぐに姉は先行すると言った。
私は姉に魔法をかけて、慎重にね、と声をかける。
統一街道を外れ、南に走って行く音がした。
今回一番走らないといけないのは、姉だ。
私達はむしろ、速度を上げてはいけない。
しかも、フローレンスまでいるのだ。
早く走れる訳もない。
そのフローレンスは、走り始めてすぐにゼェゼェ言い出した。
「フローレンス……、もう少し運動したほうがいいよ」
「はぁ、はぁ、良いのよ。私は頭脳派よ」
早々に息を切らして歩き始めたフローレンスを見て、皆が苦笑を浮かべている。
フローレンスは自分に大量の回復魔法を注いでいる。
偉そうに言っていたけど、一番最初に魔力枯渇になるのはフローレンスな気がしてきた。
「でも、フローレンス、少し太ってきたよ」
「え? うそ? ララ、嘘でしょ?」
「ううん。本当。フローレンス、また背が伸びたでしょ。アス姉にまた近づいた。でも、お尻とか、顔とか、アス姉より大分太いよ」
「マジで? いや、騙されないわ……。お姉様が細すぎるのよ。私は標準よ」
「でも、くびれとか無くなってきたし、服も……」
「わかったわよ! もう言わないで!」
あと数ヶ月で新しい年だ。
私達が十三歳になる年。
本来ならば高等学校に進む年齢でもある。
この世界の高等学校の生徒は、既に大人の容姿をしている人が多い。
フローレンスは5フィート4インチほどに背が伸びた。
百六十センチを超えたということだ。
チャールズやレオンだって、百八十近くまで伸びただろうと思う。
私は未だ5フィート、百五十センチないと思うけど。
それに、今のフローレンスの年齢は一番太りやすい時期でもある。
実際に一緒にお風呂入ると、ちょっとムチムチしてきたなと思うことも増えてきたのだ。
急に走り始めたフローレンスを見て、皆が笑い出した。
マリーとメーガンちゃんは、走ることにも慣れてきたみたいで、遅れを取ることもなくなってきた。
しかも、マリーは何気に運動神経も運動能力も滅茶苦茶高い。
走り方も凄く恰好が良い。
黒い髪をポニーテールで縛って走る姿は、マラソンランナーみたいだ。
フローレンスみたいに、女子が走っている様な感じも見受けられないのだ。
きっと、武道とかやらせたら強くなるタイプだと私は思う。
「ララ、そろそろだな。歩くよ」
「了解」
遠くの方に教会の尖塔が見えてきた。
こっちが見えてきたってことは、向こうも見えているってことだろう。
もう少し進んでから、一度、見えるところで休憩を挟んだ。
水を飲んで、息を整える。
アス姉は既に町に入っただろうか。
何事もないことを祈る。
そう考えると、少し心配になってきたな。
見つかって、やられちゃったりしていたら、マリーの時の魔法で戻せる時間内に駆けつけないとヤバい。
「行こう」
急に立ち上がった私を見て、皆が、どうした? と声をかけてきた。
「アス姉が心配になってきた」と言うと、皆も立ち上がって歩き始めた。
これまで通りならば、あと少しで狙撃が始まるはずだ。
「レオン、尖塔にいる?」
視力強化が出来るレオンに訊ねた。
「いるな。二人、窓から顔を出している。まだ銃は構えていないな」
暫く歩くと、尖塔の窓からキラっと光るのが見えた。
「襲撃! 散開!」
レオンが左前方に、チャールズが一度思いっきり速度を上げて前方に走ってから右に方向を変えた。
チャールズの速度にビビったのか、光の照射が一瞬だけ、チャールズの方に向けられた。
私は立ち止まって、自分たちの周りに三重の結界を作る。
光が戻ってきたところで、一番外側の結界を絶界に変えた。
世界が闇に包まれる。
1,2,3。
三秒でパリンと外側の結界が割れた音がした。
二番目の結界を絶界に変えて、もう一枚内側に生成する。
これ、余裕だな。
ずっと維持できそうだ。
パリン
パリン
パリン
三回割れたところで、レオンから声が聞こえた。
「撤退した! 行くぞ!」
私達も結界を解除して走る。
姉の元までダッシュだ。
走る。
走る。
走る。
フローレンスが遅れているけど、もう放置だ。
肺がつぶれるまで全力で走った。
広場では既に戦闘が繰り広げていた。
女の護衛がチャールズとレオンの二人相手に戦っている。
槍を上手に使って、二人を牽制している。
距離を取ると長い槍が伸びてくる。
上手すぎて二人とも安易に飛び込めない。
チャールズが速度を上げて踏み込んでも、槍の柄の方で捌いている。
これ、二人がかりでもシンドイな。
姉の姿は見えない。
でも、走って逃げていく光の魔法使いの腕には、矢が刺さっていた。
垂れ下がった左腕からは、血が滴り落ちている。
大丈夫だ。きっと成功したのだ。
光の魔法使いが、自分と狙撃銃を持っている婆さんに、光魔法をかけた。
一瞬だけ二人が光り輝く。
そして次の瞬間には、二人が消えた。
姉の矢が、二人が元居た場所を射貫く。
矢は何にも当たらずに通過した。
透明魔法?
いや、矢が通過したんだ。
あれは光速移動か。
そんなものまで持っているのか。
でも、そこまで持続時間はないようだ。
魔力が枯渇してきてるのかも知れない。
広場を越えた先で再び姿を現した。
三頭の馬。
そのうちの二つに跨って逃げようとする。
姉の矢が暗殺婆の左肩を貫いた。
馬上でうつ伏せに倒れた。
それでも駆ける馬。
「絶対捕えてやる! 逃げ切ってみろ! 追い詰めるのはこっちだ!」
マリーが大声を響かせて叫んだ。
はは、マリーらしい強がりだけど、その通りだ。
私達が攻められているのではない。
攻めるのはこっちだ。
追い詰めるのはこっちだ。
マリーが姿を消した。
こっちは正真正銘の瞬間移動だ。
次の瞬間には、チャールズとレオンが戦っていた女性の手から槍が消える。
その槍を持って、チャールズの後ろにマリーが現れた。
護衛の使徒が、突然手に持っていた槍が消えて呆然としている。
世界最強は、マリーだと思うよ。
時の魔法は最強魔法だと思う。
レオンとチャールズがニヤっと笑って捕縛しようと動く。
だが、女性の護衛は短剣を取り出して、自らの喉を切り裂いた。
高く血しぶきが上がる。
メーガンちゃんから、ヒっと声が上がった。
私達が駆け寄った時には、既に事切れていた。
「ララ、どうする? 生き返らせる?」
「ううん。マリー、このまま逝かせてあげよう。捕まっても辛い未来しか待っていないんだから」
「そうだね」
私は頭の中の自動機械だけを除去した。
「ララ、俺とチャックで、光魔法使いと狙撃手を追わせてくれないか?」
「うーん。三日。三日で倒せないなら戻ってきて。それまで、ここにいるから」
「了解」
痕跡を辿るスキルがレオンにはある。
育ての親であるレナさんに鍛えられたから。
私は馬を二頭、彼らに渡してあげた。
行ってこい。
追い詰めろ。
斃せなくても、あの二人に恐怖心を与えるだけでも有効だ。
「ララ、二人はどこに行ったの?」
後ろから姉の声がした。
私は姉の透明化魔法を解除して、逃げた二人を追ったと告げた。
「わたしが仕留めきれなかったからね。次はもっと上手くやるわ」
「いや、アス姉、十分だし。それに、もう心配だからやらないよ」
「心配……?」
私は姉を単独行動させて如何に心配したかを話した。
姉は苦笑を浮かべて首を振った。
「平気よ。心配しすぎよ、ララ」
「そうよ! ララ、次からはアス姉と私が行くわ! 時間を止めて私がブスっとやるわ!」
「うん。そうだね。マリーの時の魔法を攻撃に使うことを思いつかなかったよ。でも、マリー、ブスっと人を刺したり出来ないでしょ?」
「う……、平気よ! やるわ!」
大きな声で言えば良いものじゃない。
目が泳いでるよ。
「ふふ、マリー、時を止めてもらえれば、わたしが矢で撃つわ」
「まあ、こうやって色々やってみないと思いつかないこともあるよね。ララも学んだよ」
漸くフローレンスが、息を切らせながら走ってきた。
こうやって走らせないと、分からないこともあるのだ。
姉にボウガンではなくて、あの狙撃銃を渡したいと心から思う。
あれがあれば、遠距離の攻撃がさらに強化されるだろう。
チャールズ達が持ち帰ってくれると良いのだけど。
そこまで考えて、自分の空間収納に二つの銃があることに気づいた。
あのカスティリオの将軍が持っていた機関銃とリボルバーだ。
全く、こうやって後になって思い出すことも沢山あるのだ。
姉が気持ちを切り替える様に、一呼吸入れてから、メーガンちゃんに声をかけた。
「じゃ、メーガン、始めましょうか」
「はい。皆さん、また宜しくお願いします」
私達の本当の仕事はここからだ。
でも、広場を改めて見渡すが、この町の民が見当たらない。
私達が戦っている間も、人の姿を見ることはなかった。
既に沢山の人が亡くなっているのか。
それとも、どこかに避難したのか。
「とりあえず、町の状況を確認することから始めましょうか」
「アス姉、ララは教会の自動機械を取り除くね」
私はチャールズとレオンがいないので、教会に行って、自分で自動機械を回収することから始めた。
姉達は町の中を探し回ったが、人はいなかったそうだ。
ようやく町の外を歩いていた二人の兵士さんを見つけたと言っていた。
町の人は、南部の農村へと避難し、兵士さん達は、それを護衛していたそうだ。
彼らに、南部の農村で一番大きな畑に人を集めるように依頼した。
明日の午前中にこちらから向かうので、案内して欲しいとも。
二人の兵士は王女から直接の命を受け、身体を強張らせて走って行ったそうだよ。
「今日はどうする? まだ二時間くらい陽があると思うけど」
「遺体を見つけて焼こうか。ララが集めて来るよ」
「そうね。変な病気が蔓延しちゃうからね」
「フローレンスは疲れただろうから、先に戻っていなよ。ジョヴィに早めに家に帰るって言っておいて」
「はあ……。分かったわ」
チャールズとレオンが帰ってくる場合もあるだろうから、念のために女神像の裏側に空間部屋へ繋がる裂け目を作っておく。
フローレンスは、そこから部屋に戻って行った。
崩壊した建物の残骸を、町の外れに一塊にしてまとめて置いた。
遺体も全て収納して、あの護衛の使徒さんと一緒に焼いて埋葬した。
翌日から二日間は、いつものように水田を畑に変え、根菜類、耐乾燥性作物の育て方を教えて回った。
当面の食料支援として、一期分の収穫物も渡しておいた。
私達は次の町に進むのではなくて、その町を拠点として北側のエリアに進んだ。
南の農家さんたちに懇願されたのだ。
自分達はまだ生きていられる。
でも、北の村々は貧しさで死んでしまいそうだと。
実際に北側に半日走ると分かった。
北の方が土地が瘦せている。
おそらく井戸すらも枯れているのではないだろうか。
これは、ちと厳しいかもしれない。
畑を耕したとしても、ここまで水がないと生育しようがないだろう。
さて、どうするべきか。
北の村というのは、すぐに見つかった。
広い田んぼに囲まれて、幾つかの村々が密集して建てられていた。
ボロボロの民家。
瓦葺の屋根にも穴が目立つ。
堀を挟んで、何ヶ所か似た様な家々が立ち並ぶ村があった。
村の中に入ると、もはや崩壊している様に感じた。
子供たちは枝葉の様な手足に、膨れたお腹。
特徴的な栄養失調の状態だった。
大人たちも皆やつれている。
姉達が早速、炊き出しを始めた。
マリーとジョヴィが、周囲の村々に声をかけに行った。
フローレンスが一軒一軒訪ねて治療し始める。
「ララは井戸を見て来るね」
そう言って、私は村の井戸を探し始めたが、見つからない。
どうも水路から水を汲んで生活しているらしかった。
でも、その水路が干からびていて、これが水路だったと気づくのも時間がかかった。
「干からび過ぎて、全然分からなかったよ……」
最早、ただの堀にしか見えない水路に向けて、私は独りごちた。
しばらく水路の跡に沿って歩くと、周りの水田の周囲にも水路が掘られていることも分かった。
おそらく、この困窮の全ての根源はこの水源の枯渇だろう。
「こりゃ、本格的に水問題を解決しないと、どうにもならんな……」
ブツブツ呟きながら水路を辿り、水源を探す。
二時間くらい奥に進んだ先に、それらしき物を見つけた。
ちゃんとした水力駆動ポンプが設置されていた。
歯車やピストン、シリンダーを組み合わせたシッカリしたポンプだ。
でも、水流が止まってしまうと駆動しないんだよな。
井戸を覗き込むが何も見えない。
小石を投げても音がしない。
魔力を奥に広げて調べた。
三十フィートくらい地下にポンプが伸びているが、既に枯渇していた。
さらに奥へ、土の中に魔力を広げる。
やっぱり多重水脈だ。
水脈は地下で何層にも重なって走っている。
一番上の水脈が枯渇しても、奥の方は水が沢山あるな。
思い切って一番奥の方まで続く細長い穴をあけた。
グワっと水が溢れてきた。
井戸に水があっという間に満ちた。
「あれ、水車が回らないな……」
水は満ちたが水車が回らない。
バケツ三杯ほどの水を水車の上から掛ける。
ギィ……っと音がして少し動いた。
さらに何杯かの水をかけて、漸く動き出した。
「ふう……」
水車が回るとポンプが駆動する。
井戸から水が汲み上げられて、水路に水が流れ始めた。
流れていく水を、歩いて見て回った。
かなり勢いよく水は流れている。
これ、水脈はちゃんとしているし、このまま水田にすることも出来る気がしてきた。
明日まで様子見をして大丈夫なら、米を植えてみよう。
村まで戻り、姉にも事情を話した。
炊き出しが終わり、村人は安静に休ませたみたいだ。
フローレンスも栄養失調だから、栄養をとって休むしか無いと言っている。
今日、おそらくチャールズとレオンが戻ってくるだろう。
田植えには人手も必要だ。
私達も一度、統一街道沿いの町に戻ることにした。
チャールズ達と合流して、また明日ここに来よう。
今度は田植えだ。
泥だらけになって、米を作るのだ。
そう考えると少しだけ、楽しくなってきた。




